メイド編

勇者には多くの仲間がいた。

しかしその仲間達全員が勇者の後を付いて歩いていたとしたら……ちょっとした見世物となっていただろう。

実際には、仲間の数が二桁になった頃、勇者達はある所に拠点を設けて、そこから数人のメンバーでパーティを組みあらゆる事件に対応していたのである。

そんな集いの場、時に皆の安らぎの場にして、魔物の強襲で戦場にもなったことのある勇者達の拠点。

魔王討伐後、役目を終えたそこは今……





そこは見晴らしの良い高原に建てられた建物。城と呼ぶ程豪華ではなく、塔と呼ぶ程高くも無い、強いていうならば兵の駐屯地とでも呼ぶべきか。

2階建ての建物の入り口の一つ、その前に3人は立っていた。

「ここも久しぶりだなー、2人はどう?」

「はい、こちらの方まで来ることはありませんでしたから」

「私も魔王討伐以来……いや、その後にも来たことはあったか、ここをどうするかという話し合いのために見に来たんだったな」

「じゃあここが今どうなってるのか知ってるの?」

「あぁ、ここはな」

魔法騎士が扉を開け、格闘娘と魔法司書が後に続いて中へと入った。

建物の中は、閑散としていた。

かつては勇者達が生活していたこの建物、2階建てでも勇者の仲間達が全員入るには少し無理であっただろう。実際、使っていた時は仲間の魔法使いによる空間拡張魔法というもので中の広さを大幅に広げていた為、勇者の仲間達全て受け入れられる過ごしやすい空間になっていたのだ。

今は魔法が解かれているので元々の広さになっており、所々に忘れないための戦闘の傷跡が残っているが、埃や塵一つ落ちてない、とても綺麗に掃除がされていた。

予想外に綺麗であった内部に格闘娘と魔物司書が見回していると、建物の中からこちらへと近付いてくる足音が聞こえ、

「はいはーい、いらっしゃいまー……あー! みなさーん!」

元気な声と共に、1人の少女が姿を現した。

黒いロングスカートの服に白いエプロンを着けた、この世界の従者や給仕役が着ているような服装に箒を両手で持った少女は3人を見て、再開を喜ぶように箒を投げ捨てて3人へと飛びついた。

「わわっ!?」

「うわっと!?」

驚いた魔物司書はぶつかっだが、格闘娘が2人まとめて受け止め、なんとか倒れることは逃れた。

「お久しぶりですー! お元気そうでなによりですよー!」

「お前も変わってないな、新しい仕事にも慣れているようだ」

ちゃっかりと突撃から逃げていた魔法騎士が訊ねると、少女は魔法騎士の方を向いてにっこりと笑った。

「はいですよ! 元々ここでのお仕事には慣れていましたし、今はその頃より狭い分お仕事も楽なのです!」



少女はあるお屋敷で従者、メイドとして働いていたのだが、ある出来事をきっかけに勇者の仲間になったという変わった経歴を持っている。

戦闘もそこそこ熟すのだが、それ以上に元従者という事もあって掃除の方が得意で、この勇者達が拠点としていた建物を仲間になって以来ほぼ毎日のように掃除していたのである。

そして魔王討伐後は元のお屋敷へ戻っていたが、魔法騎士達によるこの建物の維持の仕事を、仲間の中で最も歩き回っていたであろう彼女に白羽の矢が立ったのだ。

「現在こちらはかつて勇者達が過ごした場所として観光名所となっているのですよ。わたしはその案内人兼清掃員としてここに住み込みで働いているのです」

「そうなんだー、知らなかったよ」

メイドの後に続いて3人は懐かしい本拠地の中を歩いていく。

まず感じたことは、ここはこんなに広かったのかということだった。そもそも普通の家屋よりは広く、しかし魔法で拡張されていたのだからそう思うのはおかしい筈なのだが、それ以上に、

「こんなに人がいないだけで、広く感じるものなんですね」

「歩いたらどこかに誰かしらいた感じだもんね」

「まぁ、それだけ沢山の仲間とここで過ごしたということだ」

この中には今自分たち4人しかいない。かつては勇者と仲間達が過ごしたこの場所に、たった4人。それだけでもう、広く見える錯覚に陥るのには充分であった。

「あたしとしてはおそうじが楽なので助かるのですけどねー。毎日しなくてもそれほど汚れることもないのですよ」

それはそうだろう、毎日誰かが歩いていた時に比べれば今はメイド1人のみ、使わない部屋だってあるだろう。

……しかし、ここへ来て魔法騎士はある疑問に至っていた。

「頼んだ者であるにも関わらず、今更聞くが……ここには日にどれくらい客が来るんだ?」

対するメイドの答えは、

「ここ最近は来ていないですねー。なにせ一番近い町からもけっこうかかりますですから」

「やはりな……」

魔法騎士の思った通りのものであった。

勇者達の本拠地となったこの建物。元々は名も知らぬ富豪が別荘にする予定だったもので、町からかなり離れた郊外に建てられている。

観光名所としてはいるが、やはり遠さから客の入りは望めていないようだ。

別に入場料を取っている訳ではないので、人が来ないことに問題はあまりないのだが、

「じゃあ毎日ひとりぼっちなの?」

それでメイドは寂しくないのだろうか?

その答えは、

「毎日ではないのですよ、たまにはお客様が来ますし、それによくあの方が来て下さるのですよ」

「あの方、ですか?」

「この辺りをよく行き来しているので、ついでに寄っていると言っていたのですよ」

「あぁ、アイツか」

よく寄ってくれているという仲間のおかげで、問題ではない事が、分かった。



そして、3人が次の場所へ行こうと入口に戻って来て、

「あのさ、あの人がここに寄ってるんならさ、ここで待ってたらまた来るってことじゃない?」

「あ、でもあの方は昨日来てしまったばかりなのですよ。次はいつになるかは分からないのです」

「なら仕方ない、旅の途中で偶然出会うことを祈っておくしかないな」

「それでは、またいずれ」

「はいですよ! あの方が来たら、皆さんのこと話しておくのですよ!」



こうして、3人はかつて過ごした場所を後にした。


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