白・黒・灰魔法使い編
光魔法と闇魔法は、相反する属性ゆえにどちらもを極めることのできる魔法使いはいないとされている。
それもその筈で、光は闇を、闇は光を拒み嫌い両立を望まない。
なので魔法使い達はどちらか一方のみを選ぶことを、学ぶ際に教えられる。
しかしそれを聞いてなお両立しようとした魔法使いは……総じて魔法使いとしての生活に幕を閉じてきた。
このような事があり、過去を振り返っても光魔法と闇魔法を両立して極めた魔法使いは、誰一人としていなかった。
過去には、誰1人も。
ここは別名、魔法使いの集う町。
このような呼び名が付いた理由は、魔法を教えてくれる場の最高峰たる学校が存在するからで、魔法使いを始める者から魔法使いを極める者までが集う町。つまり、魔法使いの集う町、となったのである。
「2人もここで魔法を学んだりしたの?」
「少しだけな、ただ学校には通わず剣に魔法を付加する術を覚えてからは全て独学だ」
「わたしもほとんど独学です。元々家にあった魔導書を読んでいるうちに使えるようになりまして、そこから少しずつ覚えていきました」
町の魔法使い達が聞いたら驚かれたり妬まれたりするようなことをさらりと言った魔法騎士と魔法司書が横に並んで前を、その後ろを格闘娘という形で3人が歩いて辿りついた先は、一般的な一軒家だった。
「ここですね」
「留守でなければ良いのだが」
「こんにちはー」
格闘娘が前に出て扉を叩くと、
「はーい、どちらさま?」
扉を開け、1人の女性が顔を出した。
「あらアナタ達、久しぶりね」
真っ直ぐに下した白髪の女性。身を包むのは黄色を基調とした魔法使いの装束で、主に光魔法を主体として扱う魔法使いが好む衣装である。
その女性は3人を見回した後、魔法司書と魔法騎士を改めて見て、
「ふーん、アナタ達も魔法の勉強怠っていないみたいね」
「はい、もちろんです」
「ふっ、当たり前だ」
「魔法使いたるもの、常に研鑽は必要よね」
その衣装から分かるように彼女はかつて光魔法を主体に扱う、白魔法使いとして勇者の仲間の1人だった人物だ。
「わざわざ来てくれたのよね、立ち話もなんだし、上がりなさい」
「おじゃましまーす」
白魔法使いに招かれ、3人は家の中へと入った。
「お茶淹れてくるから、部屋で待ってなさい」
通された部屋はいわゆるリビングと称される一般的な部屋、中央にローテーブルが一つ、それを囲うように二人掛けと一人掛けのソファーと椅子が二つずつ置かれている。
その内の一人掛けの椅子の一つに、座って本を読む者がいた。
「ん? おぉ、何だお前達だったのか」
白魔法使いくらいの女性と同じくらいの長さを後ろで一つにまとめた黒紙の男性。顔には黒ぶちの眼鏡をかけ、身を包むのは青紫色を基調とした、闇魔法使いの好む衣装。
彼も3人を見た後に魔法を使う2人を改めて見て、
「へぇ、魔力に衰えは無いみたいだな」
「無論だ、日常的に使っていてばそうそう衰えはせん」
「常日頃、勉強ですから」
白魔法使いと同じようにかつての仲間の力量を見定めた。
彼もまた、元勇者の仲間の魔法使い、闇魔法を主体として戦った黒魔法使いである。
二人掛けのソファーに格闘娘と魔法司書が並んで、対面の二人掛けに魔法騎士が1人座ると、白魔法使いが人数分のカップとティーポットをお盆に乗せて持ってきた。
全員にお茶が配られると、まずはお互いの近況を報告。魔法司書、格闘娘、魔法騎士はかつての仲間を訊ねる旅をしている事を話した。
「そういや、あれっきり会ってない奴もいるもんな」
「そうね、アンタ達みたいに手紙とかでやり取りできる元仲間もいるけど、今何してるか知らない方が多いんじゃないかしら」
一人掛けに座りテーブルを挟んで対面となった黒魔法使いと白魔法使いが互いに納得するのを見て、魔法騎士は口を開いた。
「オマエ達は相変わらず、魔法の研究に没頭しているようだな」
「もちろんよ」
「当たり前だ」
2人は魔法騎士の方を見ながら答え、
「従来よりも人々の信仰する光魔法。その基本は治癒系だけど突き詰めていくと絶大な威力をも誇る。あの子にも絶対、光魔法をマスターしてもらうわ」
「古来よりも人々が崇拝する闇魔法。その基本は破壊にあるが根本を探ると治癒や回復をも習得する。アイツにも絶対、闇魔法をマスターしてもらうぜ」
揃って対となる魔法のことを述べた。
「そうか……それで、今のところはどちらが上なんだ?」
「それはもちろん光魔法よ」
「そりゃもちろん闇魔法だ」
再び声がシンクロし、
「いやいや、光魔法…」
「いやいや、闇魔法…」
「「はぁぁ! 何言ってんだお前は!」」
白魔法使いと闇魔法使いはテーブルを挟んで睨みあった。
突然のことに魔法司書は持っていたカップが手から滑り落ち、それに気付いた隣にいた格闘娘が床に落ちる前にキャッチした。
そして、その発端を作った魔法騎士は、
「やはり相変わらずだな2人共、それでよく一緒に暮らしていられる」
もはや見慣れた景色に、口論する2人を気にすることなくカップに口を付けた。
その時、家の扉が開かれて誰かが中へ。リビングの騒がしさに気付いたのかこちらへと顔を出した。
「ただいま戻りました……あ、皆さん、いらっしゃいませ」
フード付きの灰色のローブを身にまとい、縁の無い丸メガネをかけた少年。フードを脱いででてきたのは白混じりの黒髪、あるいは黒混じりの白髪と呼ぶべきか、ちょうど半々くらいの色合いをして灰色にも見えるショートカット。買い物帰りなのか、腕に魔法道具の入った紙袋を抱えている。
「おじゃましています」
「邪魔しているぞ」
「おじゃましてまーす」
魔法司書、魔法騎士、格闘娘の返事を聞いてから、残る2人の口論にようやく気付いた。
「わわっ!? お二人ともどうしたんですか!?」
少年は慌てて2人の間に入り、なんとか口論を止めることが出来た。
「全く。アンタがあんな事言うからじゃない」
「そうだぜ、ったく」
白魔法使いと黒魔法使いは席に座り、カップに手を伸ばして口論で疲れた喉を潤した。
「いったい何があったんですか?」
「なに、2人共立派な魔法使いだということだ」
「はぁ……そう、ですか」
「お前もこっち来て座れよ」
「そうよ、カップもう一つ用意するわね」
「大丈夫です、僕が持ってきますので座っていて下さい」
少年は買い物袋を置いてくると空のカップを1つ持ってリビングへ、唯一空いていた魔法騎士の隣へと腰掛けた。
彼を魔法使いとして呼ぶ場合、その髪色を含めて、灰魔法使いと呼ぶ人が多いだろう。
彼は魔王との決戦時にいて、最初に戦線を離脱した仲間であった。
魔王は勇者との決戦に際して自らの城に強固な結界を張り巡らせた。武器はもちろん多くの魔法も通さない結界に対し、幾度かの攻撃により光魔法と闇魔法を混合したものが有効ということが判明した。
だがそんな魔法存在せず、白魔法使いと黒魔法使いによる連携技も後一歩届かず、新たな対処方を模索しようとなった時、彼はその眠っていた力を発揮した。
本来相反する光魔法と闇魔法、その上級魔法を同時に詠唱して放ち、見事結界を破壊したのである。
しかし無理な詠唱により彼はその場で気絶。彼が起きたのは勇者と魔王が決死を迎えた後であった。
その後の彼は自らの実力不足を痛感し、白魔法使いと黒魔法使いに教えを請うことに。2人共もちろん快く了承し、今のように共同生活を送りつつ、魔法を教わっているのであった。
「2人にも聞いたが、どうなんだ? 魔法の技術は」
「まだまだ勉強することばかりです。あの時のようにならないためにも、僕はもっと勉強しないといけません」
「とは言ってもね、あれから技術は目に見えて上がってるのよ」
「おぅ、元々あんな芸当が出来たからな、後一段階上がれば魔王城の結界を壊した時の魔法が使える所までは来てるんだぜ」
「そ、そんな、僕なんてまだまだ未熟者ですよ」
2人の魔法使いに褒められて灰魔法使いは恥ずかしそうに頬をかくが。
「だからこそ、まずは光魔法を極めないとね」
「だからこそ、まずは闇魔法を極めないとな」
部屋の中に再びの沈黙……先程の口論を思い出して魔法司書はカップをテーブルに置くと。まるで待っていたかのように静けさを破った。
「もうガマンの限界よ! 抜きなさい!」
「上等だ!」
白魔法使いと黒魔法使いは立ち上がり、互いに手持ちの杖を抜いてほぼ同時に詠唱を始めた。
「うわわ、どうしよう!」
「おお、落ち着いて下さい! お二人の詠唱からするにそこまで強力な魔法ではありませんので!」
魔法司書の言うとおり、それは室内だからか手持ちの杖という低出力魔法しか使えない獲物だからか、あるいは周りに自分達以外がいるからという配慮か。2人の唱えている魔法はそこまで威力は高くない攻撃魔法だ。
「とりあえず私の後ろへ! 対魔法壁を貼ります!」
魔法司書は手に一冊の本を持って魔法の壁を貼り。隣に座っていた格闘娘はその後ろへと隠れる。
対面の魔法騎士へ目を向けると、心配いらないという風に剣の柄に手をかけていた。彼女なら大丈夫だろうと魔法司書も壁の展開に力を込める。
そして同時に、2人の魔法使いは詠唱を終えた。
「「放て!!」」
白魔法使いの杖からは光の、黒魔法使いの杖からは闇の魔法が同時に放たれた。
その時だ、
「二人共! やめてください!」
本来なら魔法がぶつかる場所に、灰魔法使いは飛び出して両方の魔法に手を伸ばした。
右から光、左から闇の魔法が迫り、ほぼ同時に灰魔法使いの左右の手に触れる。
瞬間、両側の魔法の輝きが掻き消え、灰となって床の上に落ちた。
灰が床に落ちる音だけが響き、静寂が生まれる。それを破ったのは、異変に気付いた魔法司書。
「あ……あれ? 今のは、いったい……」
「もしかして、失敗?」
「いや、この2人があの程度の魔法詠唱に失敗する訳がない。現に杖から魔法は飛んでいた」
「えぇ、そうよ。あたし達の魔法が失敗したんじゃなくて」
「俺達の魔法が灰になっただけなんだ」
冷静になった2人は互いに杖を収めて椅子に座り、カップに手を伸ばして一口飲んでから、白魔法使いから話し始めた。
「この子の特異体質みたいなものなのよね。触れた魔法を何でも灰にしてしまうのよ」
「理屈は全く分からねぇが、それが闇魔法と光魔法を両立させている理由らしいんだ」
「どうやら灰にした魔法は習わなくても使えるようになるみたいなのよね」
「ただ問題は、本人にも出来る原理が分からねぇってことだな」
「そう、なんですよね……」
灰魔法使いは両手を下げると、そのままリビングから出て行った。
少しして戻ってくると、手に箒とちりとりを持っており、自分が出したらしい灰を掃除し始める。
2人の魔法に飛び込んだ灰魔法使いだが、口ではああ言っていたものの、心の中では、
『どうか、アレが起こりますように!』
と思っていた。いくら低出力魔法とはいえ、光魔法と闇魔法を両側から喰らえばただでは済まなかっただろう。
「以前にも見たことはあったが、そういう事だったのか」
「でもそれってさ、使いこなせたらどんな魔法でも消せて、どんな魔法でも使えるようになるって事だよね?」
「原理の上ではそうですけど……そんな事が出来るのでしょうか?」
もう魔法が飛んでこないと分かった3人は、改めてソファに座り直した。
「それは分かりません。もしかしたら消せる魔法には条件があるのかもしれませんし、全ての魔法が使えるようになるかも分かりません」
灰魔法使いも床に落ちた灰を掃除し終えて席に付く。
「でもこの力を使いこなす事が出来ればきっと、何かの訳に立つと思うんです。魔法使いたるもの、世界に役立つ者となれ。です」
魔法使いたるもの、世界に役立つ者となれ。
魔法を習う学校で先生が最初に伝える言葉であるが、そんなことを気にする人など生徒の中にはほぼいない。
しかし灰魔法使いは、そんな言葉に忠実なのである。
懐かしさを感じるその言葉に白魔法使いと黒魔法使いは顔を見合わせて頷いた後、灰魔法使いの方を見て微笑みながら。
「その行きよ、出来る限りの事はしてあげるわ」
「おぅ、お前のなりたい魔法使いになれるように手伝ってやるぜ」
「お二人共……ありがとうございます!」
頭を下げてお礼を言う灰魔法使いだが……周りの3人はなんとなくこの後の展開が読めたので、魔法司書は本を胸に抱えて格闘娘はその後ろに、魔法騎士は剣の柄に手を置いておいた。
「その為にはやっぱり、光魔法…」
「その為にはやっぱり、闇魔法…」
直後、白魔法使いと黒魔法使いの直撃を、再び灰魔法使いが止めたのであった。
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