(5)
「翠。入り口んトコに居るあれ、お前の妹だろ。絶対」
え? と振り返ると、公園の入り口の植木に、微かに動く人陰。先生に目で「見に行って来い」といわれて植木の陰を覗くと。そこにはよく見知った顔、紛れもなく妹の藍がしゃがんでた。口元を両手で隠してたけど、それはもう面白いものを見たと言う様に目が笑ってた。
「なにやってんの、藍!!」
気まずそうに、だけど確実に面白がってる様子で私を上目遣いで見上げた藍は、だってぇと口を尖らせた。
「コンビニから出て来たの見えたからさ、追いついたら声かけようと思ってたの! そしたら男の人と会ってるからつい。お姉ってば、いつから彼氏居たの?!」
「……ちょっと前から」
もう隠れる意味は無いよね、と立ち上がった藍が小さく頭を下げたので振り返ると、先生がすぐ近くに来ていた。
「えと……妹です」
「藍でーす」
あっけらかんと言う藍と私を見比べて先生は小さく笑った。
「どうも、新島です。……似てるな、やっぱり」
「えー、似てないよ」
「えー、似てないですよ」
言い返す言葉が、ものの見事に藍と被る。
「いや、声同じだから」
「電話じゃよく間違えられるけど……」
言いながら藍をちらりと見て、続けた言葉がまたしても藍と被る。
「そんなに似てないよね」
「そんなに似てないと思いますけど」
「お前ら、わざわざハモんなよ」
半眼で言われて藍と顔を見合わせる。確かに前は、似てたかもしれない。年子で背も殆ど同じくらい、小さい頃からそっくりだねーといわれ続けていた。でも今は、藍はふつうのイマドキの女の子で、私は超地味な社会人で、全く別物だと思う。
「っていうかお姉こんなとこでなにしてんの?」
「何って、ちょっと話……したくて」
私の返事に藍がなんというか、物凄い顔をした。
「ええええええ、そんな23にもなって中学生みたいなことしないでよー」
そんなダメ?と見ると藍は先生を見て続けた。
「こんな地味な公園でデートとか許されるの高校生が限界ですよね?こんなトコでしゃべるより連れて帰りたいですよね?」
そんなことで同意を求められても先生困ると思うんだけど、という私を他所に藍は先生を見上げて、ね? と小首をかしげる。当たり前だけど妹の家では見せない顔に、私は少し圧倒されていた。先生は面白そうに藍を見て、私に言った。
「翠、お前明日も仕事だろ? 今日は帰れよ」
「……うん」
藍もいるし、このまま帰ろうかと渋々ながらも頷いた私の言葉を、またしても藍が遮った。
「えー? 帰るの? 仕事なんてどこからでもいけるんだから泊まりに行けばいいじゃん」
「行けないよ。着替えもないし」
なによりも、私はまだ先生のところに泊まったことすらないのに。藍は、しょっちゅう「友達とオールしちゃった~」とか「終電逃したから彼氏のトコに泊まってくね」とか。それはもう軽やかに、親への伝言を私に託してくれる。でも、私はそうじゃないし。先生だって、私のこといつも10時頃には家に送り返してくれる。だけど、私の返事に藍が本日2回目の物凄い顔をした。
「えええええ。着替えって……。着替えの一週間分くらい置いとけばいいじゃん」
「藍、カケル君のトコにそんなに置いてるの?」
頭にぽんと浮かんできたのは、暫く前に藍が家に連れてきた茶髪の彼氏。大学4年なのに茶髪で就職大丈夫なのかな? と思ったのを思い出す。
「カケルは別れたよー」
カケル『は』ってことは今は別の彼氏なんだろうか。それはさておき一週間分って、それは置き過ぎだと思う。
「あたしの話はいーから」
藍は私と先生を見比べた後にニッと笑った。
「いいよ。今日は特別にてきとーに服もって来てあげる」
え?と思った私を無視して、藍は座っていた公園の入り口の車止めからぴょこんと立ち上がった。
「ちょっとここで待っててね」
そういって歩いていってしまった藍をあっけにとられて私が見てると、後ろで先生が笑い出した。
「さすがだな、お前の妹。高校の頃のお前そっくりじゃん」
えー、私あんなだった? と見上げると先生は意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「あんなだったよ。やかましいトコとか、暴走しがちなトコとかすげー似てる」
「そこ?!」
そこ似てるっていわれても全く嬉しくない!! と私が不機嫌な顔をしていると先生の口元からふっと笑みが消えた。
「お前、昨日早く帰したの気にしてる?」
あまりにも私の気持ちを見透かした先生の言葉に、返事に詰まった。藍の登場ですっかり空気が変わってしまっていたけれど、元々はそうだったのだ。急に戻ってきた気まずい空気に、返事を返せずに俯いていたら、先生の手が頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。
「昨夜、普通に理性が吹っ飛びかけた。だから早く帰した、ごめん」
先生はそういって息をついた。
「ぶっちゃけだいぶご無沙汰だから、お前部屋に泊めるの結構しんどい」
だいぶご無沙汰って、と頬が熱くなる。先生、この5年の間にも彼女、居たりしたんだよね、きっと。
「だからいつも家に帰してた。っても別に泊まったからって無理にする気は無いから、心配するなよ。別々に寝てもいいし」
違うの、と言いたいのに、どうしても言葉が出てこなかった。私も昨日あのまま先生と最後までって……思ったんだよ。だけどそれを言葉にしようとすると、声が出ないかのように言葉に詰まってしまう。
暫くすると、ちょっと大き目のバッグを持った藍が戻ってきて、私に突きつけた。
「はい、着替えね。横のポケットにサンプルだけど化粧水入れといたから。おかーさんにはてきとーに言っとくから連絡入れなくていいよ。じゃ、いってらっしゃい」
藍はニッと不敵な笑いを私にくれてから、先生にぺこりと頭を下げる。
「うちの姉をよろしくお願いします」
「お預かりします」
ばいばーいと手を振って藍が軽やかに帰っていくのを、私は狐につままれたような気分で見送った。藍ってばお泊りに用意周到すぎる。変なところで妹に感心してしまっていた。
なんとなく緊張しながら先生の車に乗ると、先生に頭を撫でられて顔を上げるとと先生は少し寂しそうに笑う。
「なんも無かったら、お前もあんなになってたんだろうな」
それはそうかもしれない……と思った。私と藍は、昔はよく似ていたはずだから。そしたら、今私が抱えてるような悩みなんて全部無くって、私もさやか達と一緒に楽しく飲み会に行ったり、彼氏の所に泊まりに行ったりしていたんだろう。
だけど、それが良いのか悪いのかよく判らなかった。
「でも、何も無かったら先生と会うこと……無かったし」
「俺と会えなくたって、あんなこと無かったほうがよかっただろ」
躊躇うことなくはっきりと告げられた言葉に、ズキンと胸が痛む。頬を熱い涙が落ちていくので初めて泣いていることに気がついた。
「……ごめん」
涙を拭ってくれた先生の手は、温かかった。
「先生は、私と会えなくてもよかった?」
「お前にとってどっちが幸せかってのを考えたら、無かった方がよかったと思う」
先生は私の髪をくしゃっと撫でて言った。
「だけど俺は、年甲斐もなく会えもしないお前に6年も片思いするくらい、お前が好きだよ」
「今、そんな事言うなんてずるい……」
先生の言葉一つであふれてくる涙の意味が、全然変わってしまう。私のほうに身体を乗り出してきてくれた先生とキスを一つ。
「今日は、理性吹っ飛ばさないように善処します」
クスッと笑って言われた一言に、私は言葉も返せなくて俯くしか出来なかった。
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