第二章(1)

 菊池君にどう返信をしたらいいのかわからないままラインを閉じて、アドレス帳を開く。昔携帯を変えた時に使う当てのない人を一気に消した。今登録してある連絡先の数は凄く少なくて、更に男の人となるとそれこそ父親と……先生だけだ。


  『新島せんせ』


 その名前をそっとタップすると表示される、電話番号とメールアドレス。先生から最後のメールを貰ったのはもう、5年も前なんだ。


 言われたわけじゃないのに、先生がくれた最後のメールは、いつも先生の声で再生される。


 『何かあったら連絡しろよ』


 先生の声は、思い出すだけで安心する。……先生の声、聞きたいな。震える手で発信ボタンをタップしかけて……触れる直前に、右側にある電源ボタンを押して画面を暗転させた。


 無理だよ。無理……。絶対に無理。


 だって最後に先生からメール貰ったの、もう5年も前だよ? 5年も経ったら……もう、私のことなんて忘れてる。担任でもなくて、授業も取ってなくて、放課後にちょっと会ってただけの私のことなんて、きっともう忘れてる。この番号だって、先生に繋がるかどうかだって判らないのに。


 『おかけになった番号は、現在使われておりません』


 時々間違い電話をしてしまったときに聞く音声が、頭の中で再生される。


 ……無理だよ。


 勇気を出してかけて…こんなメッセージが流れてきたら……私は二度と立ち直れない気がする。それなら、かけないほうが良い。絶たれてしまうくらいなら、曖昧なままで良い。


 寝ようと思っていたのに眠気は完全にどこかに行ってしまって、止まない雨が屋根をたたく音ばかりが耳につく。雨音を聞きながら眠った夜はいつも先生の夢をみて、泣きながら目が覚める。寝る前からこんなじゃ…明日の朝にはどれだけ凹んでるか考えたくも無かった。


 そっと手を伸ばして机の上に置かれていた高校の卒業アルバム引っ張った。ぱらぱらとめくって、開いたのは、授業風景のスナップ写真のページ。私は写っていないけど、開くのはいつもこのページ。


 だって、先生が居る。


 教師一覧にも、部活の集合写真のページにも一応いるけど、なんかすましてて先生って感じがしないから。小さくしか写ってないけど、それでも……今私が会えるのは卒業アルバムの中の先生だけ。


 怒られただろうけど隠し撮りの一枚でもしとけばよかったかな。隠し撮りしようとしたら先生はどんな反応をしただろう。フフッと小さく笑みがこぼれて、すぐに消えた。ホントは、そういう問題じゃないのは判ってる。


 会えば良かったのだ。卒業式の日に、先生が来るのを、逃げたりしないで待っていたら良かったのだ。

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