第2話 私の事情
上杉夏樹、27歳。この度、仕事帰りに異世界へと召喚されました。
魔王を倒す勇者としてでも、世界を救う聖女としてでもなく、特にこれといった秀でた才能も、異世界に喚ばれた魔力があるとか力が強くなるといった能力の付与もなく、目の前の美少年ハリー=レイス――ハル君の失敗により、スーツとハイヒールで異世界にいます。
聞けばバハ何とか、っていう強い幻獣を召喚したかったらしい。でも間違って私を召喚した挙げ句、帰してあげることができませんって言われれば怒るよね。私、間違ってないよね?
私にはすぐにでも帰らなければいけない事情がある。社運を賭けた大きなプロジェクトの社外プレゼンテーションが一週間後に控えていて、そのチームに一員に私も含まれていた。
年末年始やお盆も実家に帰らず恋人との別れも乗り越えながら心血を注ぎ、例え盲腸で入院しようとも階段から転げ落ちて骨折しようとも絶対にこの日は休まないと決めていたのに、よりによって「間違って異世界召喚」というオチで全てを台無しにするなんてあり得ない。
思い出すのも嫌になる一年が走馬灯のように浮かび、湧き上がる怒りをぶつけようと口を開けた瞬間、13歳の少年は自分の過ちを素直に認め謝った。
声も体も震えていた。演技や上辺だけとは思えなかった。犯した過ちの大きさにどうしようもないほどの後悔と逃げ出したくなる気持ちの中、自分を責め続けている。
その姿があの時の自分が重なり思わず目を背けた。煮えたぎっていた感情があっという間に萎んでいく。
私に彼を責める資格はない。
しばらく会っていない実家の両親を思い出した。
両親は私がこのまま帰れなかったら、自分たちの前から娘までもがいなくなってしまったら、またあの悲しみに打ちのめされるのだろうか。
また私のせいだ。なんて親不孝なのだろう。あんな姿はもう見たくないのに。
両親を悲しませるだけの存在でしかない私は、いくら頑張っても兄の代わりにはなれない。
不意に可笑しさがこみ上げてきた。気がふれたように涙を流して笑い続ける私を見てハル君は顔面蒼白で戸惑っていたけれど、それでも止められなかった。
ようやく収まった時には、ハル君の涙も私の涙も乾いていた。
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