召喚は間違いだったようです
久保田千景
本編
第1話 出会いは魔法陣の上
気が付けば知らない部屋にいた。
さて、問題です。ここはどこでしょう?
残業終えて会社を出て、お母さんから電話があって、家に着いて鍵開けて、家に入って戸締りして、鞄を玄関脇の棚に置いて、靴を脱ごうと足下を見たら変な文字の円が浮き出てきて、気が付いたらここでした。三途の川も花畑もないし、お婆ちゃんやお兄ちゃんのお迎えもないから死んではいないと思う。
自分の体をあちこち触ってみる。とりあえず変わったところはないみたいだ。ちゃんと顔も頭も付いている。胸も相変わらず小さいままだけどね。
スーツ姿で靴も履いている。鞄は玄関に入ってから靴棚の上に置いてしまったのでここにはないようだ。スマホは――鍵を取り出す時に落とすと嫌だから鞄の中に入れてしまった。
浮いている足元の石畳の床には、玄関で見たのと同じ赤い文字で丸い円が描かれている。
これは――魔法陣?
「あの――」
目の前の金髪美少年が声を発した。表情からして完全に戸惑っている。状況把握に忙しくて存在をすっかり忘れていた。
少年は右手には長い木の杖、左手には古くて分厚い本を持ち、薄緑色のローブを羽織っている。世間一般が思い描くいわゆる「魔法使い」の格好そのままで、やけに気合いの入ったコスプレをしているな、と思った。
「初めまして」
誰だかわからないけれど、とりあえず日本語であいさつしてみる。
「は、初めまして」
綺麗な日本語としっかりした返答に少し安心する。悪い子ではなさそうだ。
「日本語が上手ですね」
でも少年はこの問いには不思議そうに首を傾げた。
わずかな違和感を覚え、それを掻き消そうと口を動かした。
「ここはどこですか?」
「僕の部屋です」
想定外の答えに吹き出しそうになった。
この子、天然かも。いや、私の質問が悪かったんだ。
「あ、そうなんだね。ここは日本のどこ?」
「ニホン?」
少年は再び首を傾げた。
どうやら日本という単語を知らないようだ。嘘を吐いている雰囲気はない。
「東京って聞いたことない?」
「ごめんなさい。聞いたことがないです」
少年は申し訳なさそうに項垂れた。
別に責めたわけじゃないのに、何故かものすごく罪悪感を覚える。
「そっか。じゃあ、この国はなんていう名前なの」
「ガートランクル帝国領です」
世界の主な国々の名前はある程度知っているつもりだけど、聞いたことない名前だ。
一番最初の問題である「ここはどこでしょう?」の答えは「ガートランクル帝国領」だということはわかった。でもまた新たに問題が出てきた。
それ、どこにあるの?
もしかして、小説やゲームでよくある『異世界に召喚された』とか?
いや、そんなことありえない。最近疲れていたから夢を見ているんだ。
矛盾する思考が頭の中でぐるぐると入れ替わり、無意識に手の甲をつねっていた。けれどただ痛いだけで、目の前の景色に変化はなかった。
心臓の鼓動が早くなる。
「すみません」
高めの声が再び思考を中断させた。少年が緑色の大きな瞳で見上げている。
あまりにも真剣に見つめられ少し緊張する。
「は、はい」
「あなたはどうしてここに?」
あれ? え? どういうこと?
「君が、私を喚んだんじゃないの?」
魔法陣のある部屋には魔法使いの格好をした彼しかいない。だからこの子が何かしらの魔法を使って喚んだ、と勝手に思っていた。
口の中が乾く。
「いいえ」
あっさりと否定され違和感は嫌な予感へ変わった。昔からこういう予感だけは当たる。
少年は開いていた本をこちらに向けた。
「僕が召喚しようとしたのはこれです」
びっしり書かれた文字は全く読めないけど、そこに描かれている挿絵は鬣の生えたドラゴンらしき姿だった。
「これ、何?」
「バハ・ラングースと呼ばれる異世界の幻獣です」
「バハ――」
言葉が出ない。頭がくらくらする。
でも少年はそんな私に構う事なく熱く語っている。
「幻獣界の王にして最強の幻獣と言われていて、世界中の召喚士の憧れです」
魔法使いの少年――もとい召喚術士の少年は、不安と期待の入り混じった視線を私に向けた。
「あなたはバハ・ラングースですか?」
誰なのよ、それ?
絶句する私は、首を横に振ることしかできなかった。
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