第24話

荷台を隠す様に布で覆った荷馬車がヘイオス家の屋敷に入って来る。

その荷馬車の手綱を引くのは金髪で露出度の高いミニスカートのメイドだった。

金髪のメイドが屋敷の前に荷馬車を停めると、彼女と同じ様な格好をしたメイドが数人屋敷の中から出て来て彼女を迎えた。


「おかえりなさい。リリアナ」


外に出て来たメイドの一人が金髪のメイドにそう言うと、リリアナと呼ばれたメイドは馬車を降りながらこう言葉を返す。


「挨拶はいいからさっさと中に運びなさい」


「わかってるわよ」


そう言ってメイド達は一人ずつ、荷馬車に荷物として積まれた女性達を肩に担ぎ屋敷の中に運んで行く。だがその途中、一人のメイドが荷馬車で不思議そうな声を上げた。


「ねえ~リリアナ~? このメイドは何~?」


「メイド?」


そう呟きながらリリアナは不思議そうな顔をして荷台へ向かう。荷台で困った声を上げるメイドの方を見ると、そこには横たわるメアリーの姿が在った。その姿を何処かで見たと思いながらもリリアナは、それ以上深く考えずにこう言うのだ。


「何処かの旅に同行して不運にも捕まったメイドでしょ? とにかく中に運びなさい」


「は~い」


そう言ってリリアナは屋敷の中へと入って行く。

不思議そうな顔をして捕まったメアリーを見ていた背の低いメイドは、リリアナに支持された通りに屋敷の中へメアリーを運び始める。


「待ちなさい」


メアリーを肩に担ぎ、一階の隅に在る部屋へと運ぶその途中。不意に後ろから声を掛けられた背の低いメイドは不思議な顔をしながら振り返る。


「ん? ああ、アリシアさん。どうしたの~?」


メアリーを肩に担ぐ背の低いメイドが振り返った先には、メアリーの様なロングスカートのメイド服、腰に鉈を差し、長い白髪の大人びた様子のメイドが、そこに立っていた。


「それをこちらに寄越しなさい」


「それって……これ? いくらアリシアさんのお願いでもコレは駄目だよ。ヘイオス様の大事な商品なんだから~」


「なら、死になさい」


そう言ってアリシアは無表情で腰の鉈に手を掛けると、メアリーを担ぐメイドは慌てながら即座に返答する。


「わ、わ、わかったよ!! ヘイオス様に怒られたらアリシアさんのせいにするからね!!」


メイドは肩に担いだメアリーをその場に置き、逃げる様にその場を去って行く。

そしてアリシアと呼ばれた女はメアリーの後ろ襟首を片手で掴み、引きずって何処かへと去って行くのだった。






カーテンの閉められた薄暗い小さな部屋。そこは大きなベッドなどの家具一式が揃っている寝室だった。その寝室の椅子でメアリーはゆっくりと目を覚ます。


「……ここは」


メアリーの目の前には長い白髪で白髭の老人がテーブルを挟んで座り、その斜め後ろに控えるアリシアの姿が目に入る。そしてメアリーは何が起きたのか思い出しながらも、目の前の老人にこう言うのだった。


「何故、ヘイオス様がここに……」


メアリーにヘイオスと呼ばれる老人はその問いにゆっくりとした口調でこう答えた。


「アリシアが……お前を見つけて私の元まで連れて来たのだよ」


メイドはアリシアの方を見てから視線を老人に戻し、それを確認した老人が言葉を続ける。


「久しいな、メアリー……」


「はい、お久しぶりでございます。ヘイオス様」


「ふむ……。ところで今の主人は誰だ? レーゲルの息子か?」


「いえ、エルヴィン様はお亡くなりになりました。ですので、エレナ様とシンジ様にお仕えしております」


「エレナ……確か、レーゲルの息子の許嫁だったかな? もう一人は、聞いたことの無い名前だ……」


そう言って老人は長い髭を手で整える様な仕草をしながら何かを考えた後、メアリーにこう言うのだ。


「まあ、そんな事はどうでもよい……問題はお前がここのメイド達に捕まったという事だ」


そう言うとヘイオスはこう続けて言う。


「私の作り上げたメイドに失敗は許されない。まして息子が作った玩具に遅れをとるなどということは在ってはならない事だ。わかるな?」


「はい。ヘイオス様の作り上げた人形として、主の命令を完璧に遂行し、どんな状況下でも命を賭して主を守る。それが私の役目でございます」


「そうだ。だが、貴様はそれに失敗した。主を守り切れず、あろうことか息子の玩具に劣った。それは私が作った人形として不名誉極まりない出来事だ」


そう言って老人は呆れた様に溜息を吐き、言葉を続ける。


「メアリー……お前には選択肢が二つある。我が息子の玩具より劣る事を認めてここで死ぬか、ヘイオスのメイドとして名誉を挽回するか……その二択だ」


「名誉の挽回とは……何をすればよろしいのでしょうか?」


「なに、簡単だ。我が息子の作った玩具より優秀という事を示す……ただそれだけだ」


老人がそう言うと控えていたアリシアが腰の鉈を抜き、メアリーの目の前に抜いた鉈を置く。そして老人はこう付け加える。


「我が息子の作ったメイド達を殺せ。それが今お前にできる唯一の事だ」


メアリーはテーブルに置かれた鉈を掴み即座にこう返答する。


「かしこまりました。ヘイオス様」


そう言ってメアリーはその部屋から出て行った。その後ろ姿を見送った老人は軽く笑いながらこう呟く。


「さて、偽りの愛を抱く玩具と感情を捨てた我が人形。どちらが上か見比べようではないか……」






廊下で一人のメイドが鼻歌を歌いながら軽快なリズムに合わせて掃除を行っていた。

その時、彼女は遠くの方からやって来る見慣れないメイドに気が付き視線を動かした。そのメイドは彼女達の様に露出の高いメイド服では無く、肌を極力見せない様に作られたロングスカートのメイド服、白髪の長い髪を後ろで結び、手には草木を伐採する鉈を持っているのだった。


「そこのアナタ、何処のメイドかしら?」


だが白髪のメイドはその言葉を無視して彼女の方へと進み続ける。


「と、止まりなさい!! アナタ、何者!?」


無表情で鉈を持ち、何も言わずにこちらへと向かって来る白髪のメイドに恐怖した彼女は慌てた様子でそう言うのだった。だが、それでも白髪のメイドは止まらない。


「いいわ……無視するなら痛い目に……」


彼女がその言葉を言い切る前に彼女の首と胴体が切り離されていた。白髪のメイドはその後ろを平然と通り過ぎて行く。白髪のメイド……メアリーはヘイオスの屋敷を歩き回り、メイドという獲物を殺す殺戮兵器となっていた。


「まずは一人……」


そう呟きながらメアリーは耳を澄ませて辺りの音を探知する。廊下の突き当りを曲がった所に二人の女性が世間話をしている声が聞こえて来る。獲物の位置を特定したメアリーは歩く速度を変えず、声のする方へと向かう。そして廊下の角を曲がり、会話をする二人のメイドが彼女の視野に入った。

一人はメアリーに背を向ける様に立ち、もう一人は曲がって来たメアリーの方を向いていた。

片方のメイドが血塗れの鉈を振り上げるメアリーの姿に戦慄しながらも、咄嗟の判断で背を向けていたメイドの髪を思いっきり引っ張って後ろへ無理矢理投げ飛ばした。

メアリーの鉈は空を切り、狙いを外した事を認識すると踏み込んでもう一人のメイドの首を取りに行くのだった。


「おい!! 敵だ!! ヘイオス様に報告しろ!!」


そう叫ぶメイドはメアリーと素手で交戦を開始するのだった。吹き飛ばされたメイドは辺りを見回し、何が起こったのか理解してその場から即座に立ち去る。残されたメイドはメアリーが振るう鉈を避けては隙を見て拳を放つ。そんな攻防が数秒続いた。だがメアリーはそれを良しとはしなかった。ここで手間取っている場合ではない、そう思い彼女は数秒だけ全力の強化魔力を解放した。

その刹那、距離は一瞬にして詰められ、メアリーの鉈が素手で戦うメイドの首を完璧に捕えた。だが素手で戦うメイドは、回避不可能のメイドの攻撃を自分の片腕を犠牲にしてそれを無理矢理防ぐのだった。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」


そんな鈍い悲鳴が屋敷中に広がった。素手で戦っていたメイドの右腕が飛ばされ、そこからは大量の血が溢れ出していた。命だけはなんとか助かったモノのこれではまともに戦えない。そう思いながらも彼女は強がりにしか見えない笑みを浮かべながらメアリーにこう叫び声を上げる。


「こっから先は……死んでも通さない!!」


彼女は血塗れの身体になりながらも、全力を持ってメアリーを倒しに掛かった。それがどれだけ無謀で勝算の無い戦いであろうとも、彼女は戦う事しか出来なかった。ヘイオスという主に抱いた偽りの愛の為に。そして怒声を上げながら殴りかかったメイドは、メアリーの圧倒的な力の前に殺された。


「……」


メアリーは彼女の姿を一瞥し、先へと進む。

メアリーが耳を澄ませ周囲の獲物を探しながら廊下を歩いていると、沢山の足音がメアリーの方へと足早に近づいて来ている音が聞こえてくる。そして、メアリーを敵だと認識したメイド達が次々と襲い掛かって来る。それをメアリーは次々に殺していくのだった。一人、また一人、彼女の手にする鉈と服は大量の返り血を浴び、その勢いは止まることを知らなかった。

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