第19話

雷斧亭での昼の仕事がようやく落ち着きを見せ始めて居た。

昼食を食べた客は会計を済ませて足早に外へ出て行くか、仲間内で丸テーブルを囲みながら何かを話している様子が見て取れる。そんな中、客が立ち去ったテーブルの後片付けをするのが俺の仕事だった。

とりあえす今日一日はいつも通り働くことにしようと思いながらテーブルを拭いていると、お昼時はもう過ぎるというのに客が一人やって来た。しかも珍しい事に明るい茶髪の少女だった。


――客……だよな?


少女の客というだけでも珍しいのにも関わらず、彼女の格好も普通とは違っていた。

明るい茶色の短髪に緑色の瞳、厚く丈夫そうな一枚布で作られた地味なスカートの服を着て、革の手袋と大きな革のポーチを肩に掛けていた。

たまに雷斧亭に来る途中や、帰り道で知らない女性を見かけるのだが、彼女達の格好はローラさんの様に薄い布地で作られた動きやすいスカートの服装を着ていることがほとんどだ。だから目の前に居る彼女の動きにくそうで、暑苦しそうな格好をしている女の子を見た事が無かった。格好からして普通の人ではないのだろうと感じつつも俺は客人の方へと近づいて行った。


「いらっしゃいませ、空いてる席をご自由に」


そう言って俺は片手を軽く宙に浮かせながら少女にそう言った。


「食事に来たんじゃないの……ちょっとゴードンさんに会いにね」


「ああ……マスターならあそこにいますよ?」


「ええ、見ればわかるわ」


そう言って茶髪の少女は俺の横を通り抜けて、一直線にマスターの居るカウンターへと向かうのだった。

まあ、なんというか。この世界に来てまともな女性はローラさん以外に会った事が無い。あの少女も、とても癖の強そうな感じがする。ああいう人間に近寄るから面倒事に巻き込まれるんだ。何処かの黒ドレスしかり、メイドしかり……うん。もうこれ以上、面倒な事態は避けなくてはならなかった。

そう決意しながら片付けの仕事へ戻るとマスターと少女の会話が耳に入って来るのだった。


「おはようございます! ゴードンさん!」


「ん? ああ、たしか……ランデルセンさん所の娘さんだったか? 何の用だい?」


「北へ荷物を運ぶのに護衛を探しているんですが? 腕の立つ方に心当たりはありませんか?」


――ん? これは護衛の仕事か?


俺はその言葉を聞き、思わず手を止めて二人の話に聞き入ってしまった。


「腕の立つって……その前に、ランデルセンさんの所なら護衛に十分な人手は足りてるんじゃ? なんで今更……」


「父ではなく。私、個人で冒険者を雇いたいんですよ。一人前の商人として、いつまでも父を頼っている訳にも行きませんし」


「ふむ……」


――ふむ……。


さて、どうしたものか。ここで俺が彼女の前に名乗りを上げて立候補しても良いが、それは明らかに面倒事に自ら首を突っ込む自殺行為。以前、腰を痛めた大工の爺さんの為に清浄花を取りに行った時も、タダの草むしり感覚で行ったら危うく死にかけた。つまりここで「その護衛!! 俺に任せろ!!」なんて言ったら完全に死亡フラグが立ちそうな予感しかしなかった。一日銀貨五枚の護衛仕事。それを十二日間何も起きずに行けばいいのだが、流石にそれは無理な話だろう。


――まあ仕方がない諦めるとするか。


俺は一つ溜息を吐いて他の方法を探すことにした。

だが、聞く気が無くても昼過ぎの店内は静かで二人の会話が嫌でも聞こえてくる。


「報酬は一日、金貨一枚で腕利きの冒険者を三人程護衛に付けたいのですが?」


――い、一日、金貨一枚だと……。


自分の事を商人だと名乗る少女のその言葉に、俺は目を見開いて再度二人の会話に聞き入る。


「それは随分と気前の良い話じゃないか? 普通の相場じゃ護衛仕事は銀貨五枚だぜ?」


「ええ、勿論。それは知っていますよ。でも北の王都周辺はここと違って物騒じゃないですか? 王都に流れる商品を狙ったりする輩も少なくは無いでしょうし、最近でも被害が在ったと聞きます。後は、ちょっとした投資ですよ。私が気前の良い商人だと知って貰う為のね」


「そんな話をするって事は、目的地は王都かい?」


「ええ、父に頼まれた食料品の卸しと、取引先に私という商人を知って貰う為に」


「行きに一日、帰りに一日。二日で金貨二枚とは何もなければボロい仕事だな」


「ええ、ですから雇う人は慎重に選びたいんですよ。そこでゴードンさんなら、腕の立つ冒険者の三人くらい紹介して頂けるという事を聞いたのでお話を伺いに尋ねてみたんですよ」


「腕の立つ冒険者ねぇ……」


あの女の子は腕利きの冒険者を探している。たったの二日で金貨二枚が手に入る大仕事。これはもう行くしかない。これは運命だ。そう思って俺はテーブルに布を置き、商人の後ろへと立った。

それに気が付くマスターと商人の少女は俺に視線を向ける。


「ふっ……」


俺は不敵な笑みを浮かべてこう言った。


「その仕事……そこのメイドが引き受けたぁぁぁ!!」


俺はそう大声を上げながらカウンター席に座るメイドを指さすのだった。

マスターは呆れ、女の子の商人も何言ってんだコイツ状態だった。まあ、仕方がない。地獄の労働六十日から解放されると思うと気分が高まって仕方が無かったのだ。

俺の大声は雷斧亭に響いた後、しばらくの静寂が続く。それを破るかの様に商人の少女はマスターの方へ振り向いて何事も無かったように話を続け始めるのだった。


「それで誰か居ませんか? 腕の立つ冒険者は?」


「待て待て……無視か!? 無視なのか!?」


俺がそんな声を上げると少女は呆れ顔を向けてこう返答してきた。


「あの……うるさいから給仕係は引っ込んでてくれる?」


「おいおい、そんな事を言うんじゃない。腕の立つ護衛を探しているんだろ? それならそこのメイドが絶対に役に立つぞ」


「護衛にメイドを雇う馬鹿がこの世界の何処に居るのよ……私は冒険者を探しているの。おわかり?」


「いや、そこらの冒険者より強いんだってそこのメイド」


俺がそう言うと少女は困った顔をしながらメイドに視線を向けた後、視線をマスターの方へ移した。


「まあ、確かに……そこのメイドはここらの冒険者が束になっても勝てない位には強いな……」


「そうなんですか……」


少女はマスターの言葉を渋々信用する事にして、カウンター席に座るメイドにこう言った。


「ねえ、そこのメイドさん。私の護衛として仕事を受けてみる気はないかしら?」


そう聞かれたメイドはチマチマ食べるサンドイッチを皿に置き、こう答える。


「申し訳ありませんが、興味は無いですね」


「おい、そこは引き受けろよ! 一日、金貨一枚。二日で金貨二枚の仕事だぞ!!」


「それはご命令ですか?」


「そうだ、命令だ! そもそもお前が壊した修理代をなんで俺が返済しなきゃいけないんだよ!!」


「……かしこまりました」


そう言ってメイドは席から立ち上がり、商人に向かってスカートの裾を摘みながらこう言うのだ。


「メイドのメアリーと申します。我が主である、シンジ様のご命令によりアナタ様の依頼を受けたまりました」


「主……」


そう言って商人は不思議そうな顔で俺の方を見るのだった。


「ねえ、アナタ達ってどういう関係? メイドを雇うほど裕福な様には見えないし……」


「まあこっちにも色々在るんだよ、気にするな」


「そうなの、まあどうでもいいわね。それじゃ他に腕の立つ冒険者を知らないかしら? ゴードンさん」


そう言って商人は再度マスターに話し掛け、マスターは腕の立つ冒険者について心当たりを思い出そうと考え込むのだった。そんな時、何処かで聞いたことの在る男の声が聞こえてきた。


「なあ、お嬢ちゃん。護衛を探しているんだって? 良かったら俺を雇ってみないかい?」


視線を声のする方へ向けるとそこに立っていたのは灰色の薄汚れたフードを纏う男だった。


「いやね……最近俺を雇ってくれていた主人が死んじゃってさ。別の稼ぎ口を丁度探していた所なんだよね」


背は高く、全身を灰色の布で覆い、フードで顔を隠した冒険者。俺はコイツを知っている。いつの日か俺がエレナの代わりに女装して囮になった時に追いかけて来たのがこの男だ。コイツは追い詰めた俺の事を見逃し、何処かへと去って行った。二度と会う事が無いだろうと思っていたが、まさかこんな形で出会う事になるとは思いもよらなかった。


「そうね……見た感じも強そうだし、場慣れしてそうな雰囲気ね。良いわ、雇ってあげる」


「おい、いいのかよ……そいつは……」


「そいつは?」


そう言いながら少女は俺の方を見るのだった。俺はこの男の事を口にしようとしたがその前に、男が自分の事を喋り始めた。


「ああ、そこの少年とは少し揉めた事が在ってね。まあ、アレは仕事だったんだからお互いに忘れる事にしようじゃないか。誰が何をしてどうなったかとか……ねえ?」


「……」


俺はそれ以上口を開こうとは思わなかった。もしも色々と俺が喋れば、相手も色々と喋るに違いない。そうすればエレナのしでかした事が公になる可能性を危惧したからだ。そして少女は困った表情を少し浮かべてから話を元に戻す。


「これで護衛は二人。あと一人……誰か心当たりは在るかしら? ゴードンさん」


「ん~ここら辺の冒険者の強さは横並びだからな……腕の立つ奴は北の王都や他の国に行くし、有名な商会や商人に囲われている奴も居る。だからカイスみたいに平和な場所だと際立って腕の立つ奴はそう居ないのさ。正直な話、護衛ならそこのメイド一人で事足りるだろうよ。それでも雇いたいなら適当に声を掛けて見るんだな」


「そうですか」


ここで俺は気になったことが在ったので商人に一つ聞くことにした。


「なあ、さっきから俺が頭数に数えられてないんだけど? おかしくね?」


「じゃあ聞くけど、アナタ強いの? 少なくとも私にはそうは見えないわね」


「いや、まあ……弱いよ。そこらの冒険者より弱い。でもな、そこのメイドが言う事を聞くのは俺だけなんだ。つまりそこのメイドを雇うという事は自動的に俺も雇う形になるという訳になるんだよ」


「私としては足手まといが増えるのは勘弁して欲しいのだけれど?」


「安心しろ、自分の身は自分で守る」


「アナタ……護衛対象を差し置いて逃げる気じゃないでしょうね?」


「そう言うのは、そこのメイドに任せておけば大丈夫だ」


「まあ、いいわ。雇ってあげるけど一日銀貨五枚よ。しかも雑用として働かせるわ」


「ああ、それで構わない」


一日、銀貨五枚。二日で銀貨十枚か。雷斧亭での仕事より実入りが良い話だ。断る理由が無いし金額を上げろとも言わない。それに、メイドが金貨二枚稼いで、俺が銀貨十枚を稼ぐ。残りの銀貨十枚位なら俺の今までの稼ぎで十分に補える。つまりこの二日間を無事に乗り切るだけで店の修理代が丸々稼げるという夢の様な話だった。話がまとまった様なので俺はマスターに向かってこう言った。


「そういう訳なんでマスター。俺は出稼ぎに行ってきますね」


「まあ、返済の宛てが出来たのだから何も言う事はないが……気を付けろよ」


その後、少女は雇った護衛達に集合場所を伝える。


「じゃあ、明日。護衛二人は日が昇る頃に北門に集合よ。雑用係は日が昇る前に西のランデルセン食料品店に来なさい。赤い屋根で名前入りの看板も掲げているし、その頃には荷馬車も止まっているからすぐわかるはずよ。じゃ、そういうことでまた明日会いましょう!!」

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