第17話

いつもの様に日が昇って一日が始まった。眠そうな目を擦りながら俺はベッドから起き上がり広間へと向かう。そこにはいつもの様に朝早くからソファーで本を読む黒髪で黒ドレスの女が居た。その女と俺は簡単な挨拶を済ませて、「じゃ、行って来る」などと言って外へ続くドアへと向かい、ドアに手を掛ける。

その時、不意に後ろから「いってらっしゃい」などと小さな声が聞こえて来たので振り向いたが、後ろの女は本をじっと見つめているだけでその言葉を彼女が口にしたかは定かでは無かった。

勘違いだろうと気を取り直して外へと出ると、ドアの出入り口の横に昨日の夕方にエレナが追い出したメイドがこちらに気が付いて視線を向けて来るのだった。


「えっと……おはよう」


メイドと視線が合った時に真っ先に出て来た言葉が挨拶だった。うん、挨拶って大事だよね。


「おはようございます」


そう言ってメイドも俺に挨拶を返してくるのだった。


「なあ、もしかして……昨日の夕方からずっとそこに居たのか?」


昨日の夕方ここに訪れたメイドはエレナに「出て行け」と命令されて出て行った。その後、メイドは何処か適当な場所へと行くだろうと俺とエレナは思っていた。だが、違ったらしい。


「はい、エレナ様のメイドとして出来る限りお傍に居なくてはなりませんので」


だが、目の前のメイドはずっと家の前で立ち尽くしていたらしい。

俺は困った様に頭を掻いてからこう言った。


「とりあえず……中に入ったらどうだ?」


「エレナ様が入室を許可されたのでしょうか?」


「いや……してないけど」


「では、エレナ様がお呼びになるまでここで待たせて頂きます」


そう言うとメイドは何処か遠くの方に視線を向けて立ち尽くすのだった。

俺は一つ溜息を吐いてから広間のドアを開け、エレナにこう言った。


「エレナ……メイドが家の前で突っ立ってるぞ?」


「そう……だからどうしたの?」


「だからどうしたのって……このままでいいのか?」


「私とアナタに迷惑が掛かってないのだから別にいいんじゃないかしら?」


「随分と冷たいな……」


「そうね……北風が部屋に入って来るからそのドアを閉めてくれるかしら?」


そう彼女は冗談交じりで俺に言う。その言動は何故かメイドの事を拒絶している様に感じ取れた。だから俺は彼女に聞く。


「もしかして……嫌いなのか?」


「別に嫌いという訳では無いわ……ただ必要じゃないだけよ」


そう呟いてから彼女はこう続ける。


「アナタは何でそんな事を言うのかしら?」


「そうだな……このままじゃそこのメイドが困るからだ」


俺が考えて捻り出した言葉はそれだった。


「そこのメイドに随分ご執心の様ね」


「そんなんじゃねえよ……」


――そう、そんなんじゃない。


「もし目の前に崖から落ちそうな人が居たらお前はどうする?」


「助ける……とでも言うと思うのかしら? 助けるも見捨てるも、落ちて行く人次第だし私のその時の気分次第よ」


「俺は助けるよ……目の前で人が死んだりするのは見たくないからな」


「だから、そこのメイドが困っているなら助けてあげようと思っているのかしら?」


「まあな……」


俺がそう言うとエレナは「わかったわ」と一言言ってドアの横に立つメイドに向かって声を掛けた。


「確か……メアリーだったわね。こっちに来なさい……」


エレナの命令を聞きつけ、メイドはエレナの前へと移動する。そして目の前に来たメイドにエレナはこう確認するのだった。


「アナタ……私の命令はどんな事でも聞くのよね?」


「はい、勿論でございます。エレナ様」


「じゃあ……」


そう言ってメイドの言葉を確認したエレナはこう命令する。


「今からそこの男に仕えなさい。そしてそこの男がアナタに何かおかしな行動をしたら即座に殺して構わないわ」


「お仕えする事と殺す事に関しては了承できますが……おかしな行動というモノについて具体的にお教え頂けませんでしょうか?」


「そうね……不必要に身体を触ってきたり、アナタの嫌がる事を無理矢理強要してきたときかしら」


「かしこまりました」


そう言ってメイドは俺の方を振り向き、スカートの裾を摘んでこう言うのだった。


「これからはアナタ様のメイドとしてお仕えする事になりました。メイドのメアリーでございます。よろしくお願いいたします、ご主人様」


俺は目の前で礼儀正しく挨拶するメイドとその横で知らんフリを決め込む黒ドレスの女の行動に、俺は手で顔を覆った。どうしたらこうなるのか……本当に意味がわからなかった。


「待て待て……どうしてこうなった」


俺がそう呟くとエレナはこう切り返す。


「これがアナタの望んだ結果よ。私はメイドを雇い、メイドは主の命令に従い、アナタはメイドを救ってあげた。良かったじゃない?」


「俺が間違って変な行動を起こしたら死ぬんですけど……それは……」


「おかしな行動を起こさなければいいんじゃないかしら? それ以外はそこのメイドは無害よ」


「無害っていうのそれ!? 明らかに有害だよね!?」


「なら、今から追い出す? 出来ないわよね? アナタは崖で落ちそうになってる人を無償で助ける、心優しくて、勇敢で、御人好しの偽善者なのだから」


「うぐっ……」


「別に私はどちらでも構わないけど……どうするのかしら?」


まあ、不用意にメイドに近づかなきゃ死ぬことは無いだろうし、命令なんてする事も無いだろうから別に構わないか……。そう思いながら俺は外へと出て行った。そして最近の出来事を思い起こす様に、メイドは俺の後をついてくるのだった。

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