第16話

太陽が沈みかけオレンジ色の夕日が窓から差し込む夕暮れ時。

俺はつい最近の出来事を思い出しながらエレナにこう言った。


「そう言えば……エルヴィンの屋敷に居たメイドがお前の事を探していたぞ?」


「メイドが私を? 何故かしら?」


「なんでも、お前に仕えたいとかなんとか……」


昨日の昼前、俺はエルヴィンの屋敷で雇われているメイドと雷斧亭で出会った。それは偶然な出会いではなく、メイドがエレナの居場所を探す為、俺を探しに来たのだ。メイドは俺にエレナの居場所を教えて欲しいと言うが俺は勿論それを断った。何故なら、エレナが殺してしまったエルヴィンという男に仕えていたメイドなのだ。そんな奴がエレナに会いたいなど、ましてや仕えたいなどという言葉は怪しすぎる。だから俺は上手い具合に彼女の追跡を逃れ、そのことをエレナに話すのだった。

エレナは俺の話を聞いて少し考えてから彼女は口を開く。


「それはおかしな話ね……仕事が欲しいなら私以外に雇ってくれそうな人は沢山居ると思うのに……」


「雇うとか雇わないとかの問題なのかよ……亡き主の仇みたいな感じで復讐する為とは思わないのか?」


「金で雇われていたタダのメイドが復讐なんてお金にならない事をすると思う?」


「じゃあメイドの目的は何なんだよ?」


「そんな事、私が知る訳ないでしょ?」


「……そりゃそうだ」


俺とエレナはあのメイドが何の目的でエレナに近づこうとしているのか考えていると、外へ続くドアが二回ノックされる。俺とエレナはドアの叩かれる音に反応して視線を一度ドアに動かしてから顔を見合わせた。


「俺以外にこんな場所に来る奴が居るんだな……」


「本当ね……」


そして俺はドアに視線を向けていると、エレナが不満そうな声でこう言うのだった。


「アナタは一体何をしているのかしら?」


「何って……今はドアを見てるぞ?」


俺がありのままの自分の状況を話すとエレナは溜息を一つ吐いてからこう命令する。


「アナタが、誰が来たのか確認してくるのよ。行ってきなさい」


「俺が?」


「当たり前でしょ?」


何が当たり前なのかは知らないが、とりあえずエレナの言う事を聞いてドアへ向かった。ゆっくりとドアを開けると、そこには見覚えの在るメイドの姿がそこには在った。白髪の長いポニーテール、白黒の清楚なロングスカートのメイド服、腰には黒い刀身の鉈を差した女の姿がそこに在る。


「こちらはエレナ様のご自宅でよろしいでしょうか?」


そんな事を言う彼女の姿を数回瞬きして確認してから俺はゆっくりとドアを閉めた。そしてエレナの方へ振り返って言う。


「えっと……。今、話してたメイドが向こう側に居るんだけど……どうする?」


「そうね、ここにはアナタの探しているエレナという女性は居ないと言ってあげなさい」


それを聞いた俺は再度ドアを開け、ドアの前に立つメイドにこう言った。


「ここにエレナは居ないぞ……」


「そうですか……では奥のお嬢様にお話がありますので中に入れて頂けませんか?」


そう言ってメイドは俺の後ろの方へと視線を向けていた。俺はその視線を辿って後ろを振り向くと、エレナがソファーに座って堂々と本を読んでいる姿が見て取れる。


「おい……せめて隠れたりしたらどうだ?」


「私が隠れるのではなく、アナタが隠せば済む事じゃない?」


――なんて暴論だ……。


とにかく目の前のメイドに見つかったのだから、これ以上の言い逃れはできない。


「で、どうするんだ? 追い返すのか? 中に入れるのか?」


「追い返しなさい」


まあ、わかっていた答えだった。


「そう言う訳だ……」


そう言って俺はメイドに視線を移すとメイドはこんな返答をする。


「では多少ですが強引に中に入らさせて頂きますが……よろしいでしょうか?」


そう言いながらメイドは鉈に手を掛け、このままだと力尽くで彼女は攻め入るらしい。さて……このメイドに強行突破なんてされたら俺の身も持たないし、この家だってタダでは済まないだろう。だから俺は黙ってメイドを中へ通すのだった。

その光景を見ていたエレナは俺を睨み付けながらこう言うのだ。


「私は追い返せと言ったのよ?」


「仕方がないだろ……ドアが壊されたり、俺が痛い目に遭ったりするよりマシだ」


それにこのメイドがエレナや俺を殺す気ならば居場所がバレた時点で終わっている。わざわざご丁寧にドアをノックして入って来る必要性が無いのだ。危害を加えて来ることは無いだろう。

メイドはソファーに座るエレナの前に立ち、指先でスカートの裾を摘んでから軽く膝を曲げてお辞儀をする。


「お久しぶりでございますエレナ様、わたくしメアリーと申します。これからはエレナ様のメイドとして身の回りのお世話などをさせて頂きます故、どうかお見知りおきを……」


そう言うとエレナは値踏みするように爪先から頭の天辺まで見てから返答する。


「残念ながら使用人なら間に合っているわ……帰って頂戴」


「メイドが帰る場所はあるじのお傍。つまりエレナ様のお傍以外に帰る場所などありません」


「なら出て行きなさい」


「メイドは常にエレナ様の傍にお仕えする者。エレナ様から無用で離れる事はメイドとして許されないことでございます」


「なら、私が許すから出て行って頂戴」


「では、わたくしをエレナ様のメイドとして認めて頂けるという事でよろしいのでしょうか?」


「そうしたら出て行ってくれるのかしら?」


「それがエレナ様のご命令ならば……」


「なら、アナタは私のメイドでも何でもいいからさっさと出て行ってくれるかしら?」


「かしこまりました。エレナ様」


そんなやり取りをした後、メアリーはスカートの裾を指先で摘んでから軽くお辞儀をした後、外へと出て行くのだった。

そんなメイドの姿を俺は横目で見送り、元居たソファーに腰かけてエレナに聞いた。


「いいのか?」


「いいのよ」


「いや、晴れてあのメイドはお前のメイドになったぞ?」


「……」


俺がそう言うとエレナは何も言わずに視線を本へと落とすのだった。

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