第15話
夜は過ぎ、太陽が徐々に昇り始める。
エレナが眠る寝室にもゆっくりと太陽の光が差し込み、それに気が付いたエレナは目を覚ました。
――朝……
ぼやけた視界を拭う様に彼女は目を擦りながら起き上がり、小さな欠伸を手で押さえて広間へと向う。ドアを開けて広間に向かうといつも通り誰も居ない。
それを確認したエレナはいつもの様に食品の仕舞ってある棚へと向かった。そして棚を開け、袋から小魚の燻製を取り出して食べ始める。
小魚の燻製を食べながらエレナは視線を近くに在る壊れた扉へと向ける。
――今日中に修理を頼まなきゃ……あの男が起きたらどうせ街に行くだろうし、修理を何処かに頼んでくるように言えばいいわね
そんな事を思いながら、質素な朝食を済ませたエレナはいつもの様にソファーへ座って本を読み始めるのだった。そして本を半分まで読み終えた所で彼女は気が付いた。とっくに朝は過ぎ、昼になっているというのにシンジが起きてこない事に。
――あの男……いつまで寝ているのかしら……
そう気になったエレナはチラリとシンジが使う寝室の方を見た。
――起こした方がいいのかしら?
エレナは読みかけの本に紐を挟んでから近くのテーブルに置き、シンジが使う寝室のドアの前へと向かった。ドアをノックをしてみるが返事は無かったので、黙ってドアを開けて中を確認するとそこには誰も居なかった。
――私より早く起きたのかしら……なら、雷斧亭ね。
そう自己解決してエレナはいつもの様にソファーで本を読み始める。
エレナがソファーで本を読み続けているといつの間にか日が暮れていた。
本を読む為の明かりを確保する為、暖炉に火を灯し、近くのテーブルに在るランプに火を灯す。そして彼女はいつもの様に黙々と本を読み続けるのだった。その途中途中で彼女は外へと続く扉に視線を向け、シンジの帰りを気にしていた。
――あの男……いつになったら帰って来るのかしら
そんな事を思いながらエレナは本に視線を戻す。
次第に時は流れ、いつの間にか彼女はソファーで眠るのだった。
そして本が床に落ちる音と共に彼女は目を覚ます。
いつの間にか外は明るい日差しが差し込み朝になっていた。
――私としたことが……ソファーで寝てしまったのね。
彼女は何をやっているのだろうと思いながら溜息を吐き、床に落ちた本を拾ってから辺りを見回した。いつもと変わらない部屋。エレナはシンジが部屋に戻っているかを確認する為にシンジの寝室へ向かった。ノックをせずに中へ入ると、昨日と同じで誰も居ない。
――もしかしたら……これからは雷斧亭の宿で寝泊りするのかしら?
エレナは以前シンジにこう言った事が在る「雷斧亭の二階に宿が在るから、そこを使わせてもらう様にしなさい」と。その事を思い出しながら彼女は広間へと戻った。
――向こうで寝泊りするなら一言在っても……。
そう考えた所でエレナは気が付いた。いつもは一人でどんな事も解決しようとしていた。なのに今はシンジという存在を認め、シンジの行動を気にかけている自分が居る事に。そこで彼女は溜息を吐きながら思う。
――私は何であんな男を頼ろうとしているのかしら……必要な事が在るなら一人でやって、一人で解決してきた。ドアの修理だって、わざわざあの男に頼まなくても自分で頼みに行けば済む事なのに……。
エレナは食料が仕舞ってある棚へと向かい、そこの奥に隠した小さな袋を取り出す。
取り出した小さな袋には袋一杯に詰め込まれた金貨が入っており、エレナは一枚取り出して袋を元の場所に戻した。そして手に持った金貨を小さな袋に入れてから外へと出ていく。するとドアを開けてすぐ、聞きなれた男の声が聞こえてくるのだった。
「珍しいな、出掛けるのか?」
エレナは声を掛けてきた男に視線を向ける。短い黒髪でエレナより背の少し高い男。この前まであの寝室に寝泊りしていた男だ。エレナは何故だか知らないが、のんきな顔をして自分の前に出て来た男に不満げな気持ちを胸に秘めながら返答した。
「アナタは今まで何処で何をしていたのかしら?」
「いや……色々大変な目に遭ってな……」
「大変な目? まあそんな事より、壊れたドアを修理してくれる人を街で探して来て……」
「ああ、それならもう見つけて来たよ。ほら、あそこの爺さんがそうだ」
そう言って男は後ろを指さし、かなり遠くの方から縦長の木材を脇に抱える様に持つ老人がこちらへと向かって来るのが見えた。エレナは男に少し感心した様な口調で言った。
「アナタ……意外と気が利くのね……」
「まあな」
そう言って男は近づいてきた老人と話、家の中の壊れたドアへと案内する。そして老人と何かを話してからエレナの方へと戻って来るのだった。
「修理に一日掛かるそうだ。それで何処に行くんだ?」
「そうね……」
エレナの目的はもう達成された。だから何処へ行くかと聞かれても、すぐには答えられなかった。
エレナは家の中に戻っていつも通り本を読もうかと思うが、大工の老人が金槌をリズム良く叩く音が鳴り響くのが聞こえてくるので、戻っても集中して本は読めないと思う。だから他に何処か静かな場所は無いか……そんな考えを巡らせていると彼女は一つ心当たりを思い出すのだった。
エレナは枯れ木の森を南へと向かって進んでいた。そしてその横には五冊程の本を両手で持つシンジが歩いている。
「おい、何処まで行くんだよ」
「たぶん、もうすぐよ」
「たぶんって……」
そう言いながら進んで行くと枯れ木の森を抜けて、高い崖へと着いた。
そこで目にしたのは光景にシンジは驚きながらこう呟いた。
「こんな近くに海が在ったとはな……」
「アレは湖よ」
「湖にしてはデカ過ぎだな……」
二人の視界には緑色に広がる森、海の様に広大な湖、そして快晴の青い空が広がっている。景色の良いその場所は静かで心地良い風が吹いていた。
エレナは近くの木に背を預けて座り、シンジに向けて手の平を向ける。
「なんだよ?」
「本」
「ああ……」
シンジはそう言うと本を上から一冊手渡してから、エレナと少し離れた場所に座った。するとエレナがこう言った。
「私の手が届く所に居てくれないかしら?」
「えっ……いきなり何を言ってるんだ?」
「何って、本の事に決まっているでしょ?」
「ああ、本か……本ね……」
そう呟いてシンジはエレナの近くへ近寄る。
「なあ、これって本を近くに置けばいいだけじゃないか?」
「そんなことしたら、目の前の崖に身投げさせるわよ……」
「なんでだよ……」
「本が汚れるでしょ?」
「ああ、成程」
そんな会話の後、エレナは黙り込んで本を読むのに熱中していた。シンジは特にやる事も無く、彼女との会話も特に思いつかず何も喋らなかった。だが、しばらくしてからエレナが口を開く。
「ねえ……」
「ん?」
「その……ありがとう」
「ああ、感謝しろよ。あのドアを直す為、文字通り俺は命を賭けて頑張ったからな……」
「その事じゃないのだけど……まあいいわ……」
そう言いながらエレナはあの夜の出来事を思い出す。自分が人を殺して眠れなかった夜の事。自分が自暴自棄になり全てがどうでも良くなったあの時に、正気に戻してくれたのが彼女の隣に座る男だった。
あの時の男の馬鹿みたいな言葉を彼女は今も覚えている。そしてそれを思い出して笑うのだ。その姿を隣で見るシンジはこう言った。
「そんなに面白い本なのか?」
「ええ、とても面白い本よ」
そう言って彼女は優しい微笑みを浮かべながらいつも様に本を読むのだった。
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