第14話

青白く光る花々の上に俺達は立つ。唯一の出入り口には無数の蟻と一匹の巨大な蟻。

ここから脱出するにはあの巨大な蟻を倒さなければならない。

勝利への算段は整った。後は作戦通りに最後まで上手く行く事を祈りながら戦うだけだ。


「準備はいいか?」


俺は後ろで俺の背中に手の平を当てるメイドに尋ねた。


「いつでも構いません」


「よし……」


俺は彼女の返答を聞いて左手に持った松明を大量の蟻が居る目の前へと投げ捨てた。

蟻達は火を嫌う様に避け、地面に落ちた松明は燃え続け辺りを微かに照らす。

右手に持った剣を両手で構え俺は言う。


「行くぞ!!」


その掛け声と共にメイドの身体強化魔法の詠唱が始まった。


「感情を殺せ、肉体を殺せ、精神を殺せ、我が身体は無情の凶器、眼前の敵を殺……ヴァンズウィン」


そうメイドが身体強化魔法を唱えると同時に、目の前の蟻の動きが全てスローモーションの様に動き始めた。これが身体強化魔法の効力で、彼女がいつも見ている光景なのかもしれない。だがそんな事を考えている暇はない。この魔法の効力は約三十秒なのだから。

俺は力一杯地面を踏みしめた後に勢い良く前へと飛び込んだ。飛び込んだ先には大量の蟻達が俺を食い殺そうと遅い掛かって来る。だが、その速度は凄まじく遅い。

俺は大量の蟻を剣で切り刻んでいく。それは通路を防衛していたメイドの様な鮮やかな剣捌きを真似る様に、蟻の頭を綺麗にそぎ落としていく。

そして五秒ほど経った所でメイドも俺の近くへと飛び込んできた。俺はメイドの姿を視認すると、すぐさまメイドの方へ飛ぶ。メイドは片手で持った鉈で襲い掛かる蟻を殺し、もう片方の手を俺の足の下に置く、そして……。


「いきます」


「ああ」


そんな短い会話の後、俺はメイドに飛ばされて高く上へと飛び上がった。上空へ飛ぶ最中に下のメイドを見ると、メイドは三六〇度から襲い掛かる無数の蟻を鉈で切り刻む姿が目に映った。

ここまで所要時間は約十秒、メイドの魔力切れまで残り時間は二十秒。この勢いならクイーンアントの頭上まで余裕、後は的確に頭と胴体を斬り飛ばすだけだ。


――もうすぐで頭で!!


二つの大きな赤い目がこちらを睨む。俺は剣を両手で構えるが自分が飛ぶ勢いが止まらない事に気が付いた。


――あのメイド、力入れ過ぎだ!!


仕方なく俺は飛ぶ勢いを利用して、クイーンアントの首元を狙って思いっきり振りぬいた。だが、剣先がかすっただけで致命傷にはならない。


――くそっ!!


飛ぶ勢いは止まらず、その勢いは少し離れた洞窟の天井まで届く程だった。俺は天井に手を触れてクイーンアントの頭上に落下するよう、手で調整しながら落下する。


――首をぶった斬る!!


クイーンアントの頭上で落下する俺は、太いクイーンアントの首に狙いを定め怒声を上げながら剣を構える。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


俺が降りぬいた剣はクイーンアントの首を完全に捕えて、巨大な蟻の頭が宙に飛んだ。その光景を見た俺は安堵の表情を浮かべる。後はここから脱出するだけだ。そう思いながら、俺は地面へと落ちて行く。そこで俺は思った。


――あれ……これ、地面までもつのかな……強化魔法。


身体強化魔法の制限時間は三十秒。クイーンアントを倒すのに夢中で残りが何秒か判らないが時間はギリギリのはずだ。それに加えてメイドの魔力がキッチリ三十秒持つという確証も無かった。だから俺は祈る様に叫んだ。


「うわぁぁぁぁぁぁ!! 誰か助けてぇぇぇぇ!!」


その叫び声を掻き消すかのように大きな音を立てて俺は盛大に地面に着地した。


「……生きてる」


身体中に軽く痛みを感じるが、あの高さから落下してこれなら魔法の効力は続いていたのだろう。助かった、命拾いした、そう思いながら俺は辺りを見回した。

大きな蟻の頭が地面に転がり、それを見てクイーンアントが死んだ事を察した蟻達は群れをなしてその場から逃げようとしている。あのメイドが言う様に、種の存続の為に卵を守りに行ったのかもしれない。

俺は再度、安心してその場で仰向けになる。すると松明を持ったメイドがこちらへと近づいてきた。


「お見事でした」


「ああ、ありがと」


そう言って俺はメイドの方を見ると、メイドが口に清浄花を加えているのが見て取れた。


「また食べてるのか?」


「魔力切れを補う為に途中でコレを食べていなければ魔法の効力が切れていましたよ?」


「なるほどな……それで魔法の時間を延長したのか」


「はい」


そう言ってメイドは清浄花を食べてから、松明を俺に渡す。

そして松明を受け取った俺は立ち上がって外へと出る為に歩き始めた。

迷い迷った洞窟で帰り道を探索し、小一時間経った所でやっと外への出口が見えた。

久しぶりの太陽だ、そう安心した表情を浮かべながら俺は前へ進む。そしてその出入り口の陰に青白く光る一輪の花を見つけた。


「こんなところに生えてたのかよ……」


この一輪だけで俺にとっては十分な筈だったのに、今は沢山の清浄花が腰の入れ物に入っている。まあ、残った奴は全部売って臨時収入ということにしておくか。そう思いながら俺はその場を後にするのだった。




昨日は散々な目に遭った。

俺は昼時の冒険者達で賑わう雷斧亭のカウンターで昼飯を食べながら昨日の事を振り返っていた。あの後、俺は大工の爺さんの約束通り清浄花を渡し、約束通り今日中にはドアを直してくれるらしい。

その後は薬草を取り扱う商人に清浄花を売りに行った。市場相場は五枚だがその半分以下の銀貨二枚で買い叩かれた。まあ持っていても腐るだけだろうと思い、全て売り払うと少しばかり懐が豊かになった。その後は汚れた身体を綺麗にする為に公衆浴場に行ったり、雷斧亭でこき使われたり……。

ああ……散々な一日だった。俺は昨日の出来事を思い出して憂鬱になっていると、その原因の一つであるメイドが横から俺に話し掛けて来る。


「ところで……」


「なんだ?」


「いつになったらエレナ様とお会い出来るのでしょうか?」


「さあ?」


別に俺はこのメイドをエレナに会わせても良いと思っては居る。だがエレナ自身が嫌がる可能性も在るのだから、本人に確認するまで彼女をエレナに会わせる事は避けようと思っていた。まあ、メイドとの追いかけっこも今日までだ。そう思いながら俺は食事を続ける。するとマスターが訝しげな顔をして俺に話し掛けてくる。


「お前、今日休みたいって言ってたけど、本当に用事が在るのか?」


「ドアの修理をしてくれる大工の爺さんがもうすぐ来るはずなんですよ……」


すると噂をすればなんとやら、聞き覚えの在る爺さんの声が店の出入り口から聞こえて来た。


「よう、若いの! 準備できてるぞい!」


「ああ、外で待っててください……少し用事を済ませますから」


そう言って俺は急いで残りの昼飯を掻き込み、「ご馳走様」と食べ終わる。

そして隣のメイドに空の手の平を向けてこう言った。


「鉈、貸してくれないか?」


俺がそう言うとメイドは一つ首を傾げてから、俺に鉈を手渡した。


「じゃ、はいマスター。これ持っててください」


「は?」


マスターも俺が何をしたいのか判らない様子で鉈を受け取った。


「それ、しっかり持っててくださいね」


そう言いながら俺は袋に入った一枚の金貨を取り出し、席を立ち上がってこう言った。


「冒険者のみなさ~ん! 今から、ここに居るメイドを一番早く取り押さえた人に……なんとこの金貨一枚を進呈しま~す!!」


そう言うと食事中の冒険者達は立ち上がり、ゆっくりとこちらの方を見る。


「それじゃあ金貨はマスターに渡しますので、後は皆さんで頑張ってくださいね~」


そう言って俺はマスターの目の前に金貨を一枚置いた。そして……。


「それじゃ、ゲームスタート!!」


その掛け声と同時に俺は雷斧亭の外へ向かって駆け出した。その途中で後ろを見ると、数人の冒険者がメイドに飛び掛かり、我先に取り押さえようとする。だがメイドはそれを全て素手で対処していた。

凄まじい戦闘能力だが、ここの冒険者もただではやられないはずだ。あのメイドを金貨一枚で足止め出来るなら充分安いだろう。俺は苦戦するメイドを確認して外へと出て行った。


「さぁ、爺さん!! こっちだ、急げ!!」


「なんじゃ!?」


「ほら、早く早く!!」


こうして俺はメイドを上手く撒き、大工の爺さんを連れてエレナの家へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る