第11話
いつもより目が早く覚めた俺は、ベッドを出て広間へと向かった。
広間に向かうとそこには珍しくエレナの姿は無かった。まだ部屋で寝ているのだろう。そんなことを思いながら真ん中の部屋の扉を見た後に、視線をその隣へと移す。
そこには木片が飛び散りながら無残に壊された扉の残骸が在った。この前の一件で壊れてからそのままだ。
――修理しなきゃな……
そんな事を思いながら俺は外へと出て行った。
家を出て、道なりに左へ進み、兵士達が見張りをする跳ね橋を渡り、しばらく右へ進んだ所に俺が今働いている雷斧亭という酒場が在る。看板には斧と大剣が交差するように掲げられ、一見武器屋に見えてしまうがここは酒場だ。俺が扉を開けて中に入るといつもの様に短い金髪のローラさんが笑顔で声を掛けて来てくれる。
「おはようございます、シンジさん! 今日は早いですね」
「ええ、おはようございます。なんだか今日は早く目が覚めて……」
「そうなんですか。早起きすると良い事が在るって言いますし、今日は何か良い事が起こるかもしれませんね」
そう言いながら彼女は俺に対してにこやかな笑みを浮かべるのだった。
朝からなんて癒されるのだろう。これは早起きして良かったな。まあ、早起きしなくてもここに来ればローラさんの笑顔は見れるけど。そう思った後、俺はローラさんに一つ尋ねるのだった。
「あの、一ついいですか?」
「なんですか?」
「ウチのドアが壊れたんですけど、直すのに幾らくらい掛かるんですかね?」
「ドアが壊れたって……何があったんですか?」
「まあ、色々と……」
俺は苦笑いを彼女に向けながら言葉を濁した。
ローラさんは触れない方が良い事なのだろうと思ったのか、気にせずに話を先へ進める。
「ん~と……扉の立てつけが悪くなった時に何度か修理を頼んだ事が在りますけど、その時は銀貨一枚位だった様な気がします」
「じゃあ、新しいドアを作って貰うならもっとお金が掛かりそうですね……」
「ドアを一から作り直すなら……たぶんそうでしょうね。私は大工さんじゃないので相場は判りませんが、銀貨一枚以上は掛かると思いますよ」
俺の一日の給料が銅貨二十枚、これは銀貨一枚と同等の価値だ。そして現状の俺の全財産は約銀貨三枚分。
これで何とかドアを修理できないか交渉してみる価値は在るだろう。もしも足りなければエレナと相談して負担して貰う事にしよう。
「えっと……大工さんって何処に行けばいますかね?」
「街の西側にウタさんって言うお爺さんの大工さんが居ますよ。この店のドアの修理とかはその人に頼んでますね」
「そうですか……まだ昼まで時間が在るから少し行ってきてもいいですかね?」
「ええ、構いませんよ。あと、マスターの紹介って言えば安くしてくれるかもしれませんよ」
「ありがとうございます。じゃ、行ってきますね」
そう言って俺は雷斧亭を出て街の西側へと向かうのだった。
街の西へ向かいウタという大工の事を聞いて周った結果。辿り着いたのは一軒の建物だった。
正面の壁やドアを無くした開放的なお店の様な作りで、縦長の木材を収納できるように建物も縦長に作られている。木材の他にも釘や金具など、大工道具に必要な物が沢山目に付いた。大工道具の右奥にはドアが在り、あそこから中に入るのだろうと俺はドアに近づいて行った。
俺がドアを叩くと少ししてからドアが開き、その隙間から顔を出したのは小さな少女だった。そして少女は怯えた様に小さな声でこう聞いてくる。
「あの……お仕事ですか?」
まさか、この子が大工……いや、ローラさんはお爺さんと言ってたから孫か何かだろう。そう思い、俺は女の子に対してこう答える。
「えっと、ドアの修理を頼みに来たんだけど……」
そう言うと女の子は困った顔をしていた。
よくわからないが今はまずい状況なのかもしれない。そう思った俺はまた出直す事にした。
「えっと……後で来た方がいいかな? それなら昼過ぎにでも……」
「あの……どうぞ……」
そう言って女の子は俺を家の中へと招き入れる。
招かれるままにドアの先に入ると、そこには生活感溢れる小奇麗な広間が在った。
そして女の子は更に奥の部屋へと向かう、その後を俺は黙ってついていく。そして……。
「お爺ちゃん。お客さんだよ……」
「おお……すまないな……」
部屋の中に入るとそこにはベッドに横たわる弱々しい老人の姿がそこには在った。
「すまないな……お客人。仕事の話はこのままでいいかな? 最近、腰を痛めてしまってね。無理に動かすと一生治らん可能性が在るんじゃ……」
――あれ……? 何処ここ? 病院? なんで死にかけの爺さんの家に来てるの俺?
「それで……今日は何の用件だい? 家具の制作かい? 修理かい? それとも家でも建てるのかい?」
――いやいや、修理とかの以前に腰を修理……てか治療した方がいいよね絶対?
「お客人、聞いてるのかね?」
「ああ、すまない……。えっと……ドアが壊れて一から作り直して貰おうと思ったんだけど……無理そうなら他の大工を探しに……」
「ドア作り、それなら儂の得意分野じゃ。銀貨五枚でその仕事を請け負おう」
「いやそれ以前に、請け負ってもその身体じゃ無理だよね? 絶対、腰、グキッて逝っちゃうよね?」
「安心せい……銀貨五枚もらえれば明日には完治するわい」
――えっ……銀貨って治癒効果とかあるの?
まあ、その前に銀貨五枚という提示された金額を持ってない訳だ。なら他の大工の見積もりを聞いてからでも遅くないだろうと思いながら言った。
「一応、他の大工にも聞いてみることにしますよ。こっちの手持ちの金が少なくて……」
そう言うと大工の爺さんはこう返答する。
「ふっ……他の大工に聞いたら銀貨三枚位が相場じゃろうな……だが、ウチは銀貨五枚じゃぞ」
「……」
一瞬、あれ? こっちの方がちょっとお高くて良い商品なのかな? って勘違いする様な物言いだったが、ただのぼったくりだった。俺は冷静に考えてからこう返答する。
「そうですか……じゃ、他の大工に頼みますね」
俺はそう言って他の大工を探しに外へ出ようとしたが、爺さんは俺を呼び止める。
「待て待てお客人! 銀貨五枚は他の大工より値段は張るかもしれん。だがそれ以上の仕事をしてみせるぞ!」
「いやいや、こっちは安くドアを作ってくれるだけでいいんだけど……」
「よし、わかった! 儂がドアに素晴らしい装飾を付け加える事にしよう! もちろん、銀貨六枚で!」
「なに、さらっと値上げしてんだよこの爺さん……」
話にならないと俺はその場を去ろうとした。すると大工の爺さんは俺を呼び止める。
「待て、お客人! ぐぁぁぁぁぁ!!」
「お爺ちゃぁぁぁぁん!!」
俺がその叫び声に振り向くと爺さんがベッドの上で腰を抑えて悶え苦しみ、孫が今にも泣きそうな顔をして腰を抑える爺さんの心配をしていた。あれ、なに、何処ここ?
このまま部屋を出て行って良いのかわからない雰囲気に飲み込まれ、俺は動けずに居た。そして、爺さんは痛みを耐えながら俺にこういうのだった。
「わ、儂には薬草が必要なのじゃ……ただの薬草では無く、清浄花と呼ばれる薬草が……それを使った湿布を腰に貼れば一晩で治ると言われておる……その清浄花の値段が銀貨五枚なんじゃ……」
「お爺ちゃん……」
「……」
俺は今日珍しく早起きした。何か良い事が起こると思ったが、なんとも不幸な出来事に巻き込まれた感じだ。結局、清浄花を用意するからその代わりにドアを修理してもらう形で落ち着いてしまった。そして俺は溜息交じりに雷斧亭へと戻るのだった。
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