壊人-コワシビト-
砂糖 カルメ
壊人-コワシビト-
人類は二種類存在する。一つはナチュラル、生まれたときから何の変哲もない 一般人。そしてもう一つは――――――。
「おなか減った…。」
さきほどまで一人の少年が周りの人に食べ物をねだっていたが、ついにあきらめたのかか、木にもたれかかる。
ぼろ切れのようなマント、動きやすそうなズボン、明るいベージュ色の腰の巾着。
いかにも旅人然としていながら旅人と言うにはあまりに若い少年を太陽は真上から照りつける。
ここはのどかな村、レーヴェルン。あまり人口は多くなく、なかなか標高の高い山々に囲まれた中にある村。
旅路によく通られるわけでもないので、穏やかなところで、言ってはなんだが少しさびれたところだ。まあ、隠居するにはちょうどいいところで住人もだいたいが老人だったりする。
よって、こんな少年がいきなり現れて食べ物をねだっても、気味悪がられて、食べ物など誰も分け与えてはくれないのである。
穏やかな暮らしを求めてわざわざ来た方からすればいい迷惑なのだ。
「ひ、ひもじいぃ…。」
もはや動く気力すらなくしてしまった少年に、世間は救いの手をさしのべることはない、
「おなか減ってるの?はい、これ。」
わけでもなかった。
気づかぬうちに少女が目の前にいたのだが、それに驚く前に目の前に差し出されたパンに目を奪われた少年は、それをひったくるようにして取り、数瞬のうちにたいらげてしまった。
「旅人さんかな?それにしてはずいぶん若いけど。」
と、珍しいものでも見るように目を輝かせて少女は言う。
「まあね。ちょっとした事情で…。」
たはは、と笑いながら少年が言う。
「まだパンいる?」
「喜んでいただきます!」
はい、とパンをもう一つ渡す少女。
それに飛びつくように食べる少年。
「わかってるとは思うけど、パンは逃げないわよ?」
少女は笑いながら少年に言う。
「おなかすいちゃってて…。君の名前は?」
「ヨモギよ。よろしくね。あなたは?」
「僕の名前……。あれ?確かにあったはずなんだけど、思い出せないや。
とりあえず、そうだね。ケヤキってよんでよ。」
「わかったケヤキ。うちに来ない。もう少しマシなものを食べさせてあげられると思うのだけど。」
「マシなものなんて、とんでもない。十分おいしかったよ。まあ、でもお礼はしたいし、お邪魔させてもらおうかな。」
すっかりおなかが満たされたケヤキは途中ヨモギとしゃべりながら、小高い丘の上にあるヨモギの家に向かった。
「結構遠いんだね、あの村から。しかも丘だし…。」
「そんなことはないわ、せいぜい3kmだし、斜面が急なだけよ。」
3km離れてても村に入ってることになるんだ、などとどうでもいいことを考えていると、
「お父さんが入っていいって。気むずかしい人だけど優しい人だから、あんまり萎縮しないでね。」
「お邪魔します。」
といって、古いがしっかりとした木製の扉を開ける。チリン、とドアに取り付けられた鐘が鳴る。
「君が腹を空かせて倒れてた旅人か。ずいぶんとみすぼらしい格好だな。まあ、それもそうか。」
といって、ヨモギの父親が後ろのタンスをごそごそとやって、そして服を投げてよこした。
「あいにく風呂はないんでな。川で水浴びでもして、それに着替えろ。
ヨモギ。おまえはあいつの服を洗ってやれ。」
思わぬ歓迎(?)に感謝しながら、彼に言うことに従うことにした。
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「…っていうことはおまえさんは旅をしてたがそれ以前の記憶ないのか?」
ヨモギの父が用意してくれた質素ながらもおいしい食事を囲みながら会話をする。
「まあ、そういったところですね。せいぜい覚えてるのは自分が何者かということくらいですかね。」
「ほう?じゃあ、何者か訪ねても?」
「そこは答えたいのは山々なんですが、少し事情がありまして…。」
「まあ言いたくないのなら仕方ねえや。聞かないでおくよ。」
この数分間でケヤキはヨモギとヨモギの父、それぞれの人柄をだいたい把握していた。
ヨモギの父は無骨ながらも節操があり、そんな親に育てられたからか、ヨモギも聞かれたくないことには踏み込まないでくれた。
それからしばらく道中での話やヨモギの思い出話などで会話を弾ませていた。
不意にヨモギの父が
「村から火のにおい、悲鳴が聞こえる…。」
その言葉にはじかれたようにヨモギが外に出るとレーヴェルンはすでに火に包まれていた。
「なんで…?なんでこんなになっているの・・・?」
驚愕にヨモギが身を震わせる。
ヨモギがかけだしその後に続くようにケヤキ、ヨモギの父も急な坂道を駆け下りた。
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渦巻く炎、響き渡る叫び声、親を捜す子供の泣き声…。そしてのどかな日常を破壊した者の歓喜の雄叫び…。
混沌と化した村に着いたとき、だいたいの事情は把握できた。山賊だ。
このあたりに山賊は珍しくないが、ここまで派手にやるとなるとなかなかない。 山賊同士での奪い合いが起きているところを見ると、ちがうグループが運悪く鉢合わせしたのだろう。
怒号と悲鳴、その二つが混じり合い恐怖の空間を生み出していた。
「嘘…でしょ?あんなにのどかだった村が……。」
ヨモギは思わず座り込んだ。
当然の反応だろう。まともな神経をしている者は、直視できなくなるような惨状だ。しかし今の状況でこれはまずかった。
「こんなところにまだこんな女がいたのか。」
座り込んだヨモギに山賊の男が近づく。
と、その瞬間にヨモギは立ち上がり、その勢いとともに男の腹を思いっきり殴りつけた。男が苦痛の悲鳴を上げる。だが、少女のか弱い細腕では、行動不能まで追い込めるはずもなく、
「畜生…、このアマァァ!!なめた真似しやがって!切り刻んでやる!!」
気分のよかったところに抵抗を受けた男は逆上して、小刀というにはすこし大きい刃物を取り出し、ヨモギに襲いかかる。
(まずいっ!)
そうケヤキは思うが早いか山賊に全力でタックルを仕掛けた。思った以上に男は重く、あまり吹っ飛ばせていない。急いで立ち上がると次の攻撃に備える。
「糞ガキィィ!テメエもすぐにバラ肉にしてやるよ!!」
もはや怒りで目の前が真っ赤な男が怒号を上げながら突っ込んでくる。
男を殴りつけたヨモギは自分のしたことに驚き、その結果恐怖に呑まれていた。
(後には引けない……ね。)
覚悟を決め、ケヤキは男の真正面に構えた。男がナイフを突き出すと同時に体をややひねりナイフを躱す、と同時に、男の顔を正確に掴み怒りを、憎しみを、あらゆる負の感情をその手のひらに力として込める。
「あ?、がっっ…、ぐぅぅがはっ!」
その刹那、男が苦しみ、その顔に幾十にも亀裂が入り鮮血が噴き出す。
その血がケヤキの服に飛び散る。やがて鮮血にまみれながら男の体が崩壊した。なおも男の体は壊れ続け最期には血のみしか無くなった。
「ケヤキ……?嘘でしょ?あなたは‘‘コワシビト”…なの?」
ヨモギが泣きそうな顔で信じられないものを見てしまったかに言う。遅れてきたも無事ヨモギを保護したヨモギの父も唖然としている。
「………そう…だよ。これが僕の話したくない素性。言うと…みんないなくなっちゃうから…言いたくなかったんだ…。」
どこからわき出てきたのかわからない山賊たちを同じ方法で“壊す”。そのたびに血を浴び、ついにケヤキは鮮血で真っ赤に染まる。
「本当の名前はケヤキ…じゃないんだ。カエデ…真っ赤に葉を染めるカエデなんだ。さながら今の僕と言ったところか。もう少しここには居たかったし君とはもう少しいい別れ方をしたかったんだけど…。お別れだ。さよなら。」
カエデは渦巻く炎の中に消えていった。
「ごめん…ヨモギ…。」
カエデは炎のなかでそうつぶやいた。
コワシビトは人間のようでいて、人間とは決して違うもう一つの人種。腹は減るし見た目も人間と同様。しかし寿命だけは決まっていない。何かを壊すことによって生きる力を得る。そのため人間とは相容れることはなく、さらにその大半がシリアルキラーと言って過言ではないのである。しかしほんの一握りはまともに物を考え、コワシビトのあり方に疑問を感じる。カエデもその一人だった。だがコワシビトの間ではそれが異端であり、カエデは村を追われた。そして旅をしていたのだ。
しばらくすると、また山賊が現れる。略奪者は狩る側だと思ってほいほい寄ってくる。だから報復の対象を探す手間が減って楽なのだが、今回は違うようだった。
数人まとまっている。警戒もしているところを見ると、さきほど偵察に行ったはずの同胞が帰ってこないため、警戒して見に来たのだろう。
だが目は略奪者の目だ。せいぜい何か様子が少しおかしいからちょっとは警戒しておくか、ぐらいなのだろう。
そう思い、カエデは物陰から飛び出す。
山賊たちは突然現れた血まみれのカエデの姿を見て、ぎょっとしたのだろうか。情けないものだが、一人か二人かが悲鳴を上げた。いや、あげようとした。
だがそのときにはもうカエデが男の顔を鷲掴みにしていた。男の顔に本当にわずかな切れるが入るのを確認して、そして流れるようにほかの山賊に手応えを感じるように、しかし遅滞はないように素肌を狙って次々と触れていく。
驚きはしたが、山賊たちは結果何も起こらなく見えたことに、油断し、バカにしながら襲いかかろうとする、が、最初の男が急に血飛沫を上げ始めたのを見て、嘲笑が消え、その表情が恐怖に引きつった。
「ヒッ!!?コワシビト…、コワシビトだーーーーー!!!」
残った山賊が恐怖の声を上げる、と同時に壊れ始める。ほかの男も同様だ。それぞれが恐怖と苦悶の表情を浮かべながら、塵となった。
だがその結末を見る前に、カエデは山賊が来た方向へ走り出す。存在がばれてしまった可能性がある以上、逃げられるわけにはいかない。
報復がすんでいないからだ。そしてここで根絶やしにしなければ、またいつか村を襲うだろうから。
レーヴェルンを壊した奴らは許さない。ヨモギを悲しませた罪をかならず償わせてやると思いながら。
思ったより警戒態勢は手薄だった。先ほどの叫びを聞いたからだろう。途中であったやつは、武器ごと壊した。
そもそもコワシビトは身体能力がたかく、身体的耐久力もあるので、そのまま通過も可能だったが、カエデの怒りがそれを選ばなかった。
助けてくれた恩人を泣かせ、のどかだった村を壊し、恩人の命を奪おうともする。
これだけを理由とするなら、ここまでの怒りを感じることはなかった。しかしカエデはコワシビトの外れものであり、その理由こそが怒りを感じさせる原因といえるだろう。
コワシビトは一般的にすべてを壊し、恐怖、悲しみ、嘆き、苦しみ…。一切の負の感情を呼び起こす者である。
カエデは普通のコワシビトが嫌いだ。ただの獣のようだから。人々の営みを壊しても何も考えず、何も感じないから。
それ故にカエデは人々の生活を壊し、それによって利益を得る者を心から憎んでいる。
よって山賊たちは殲滅対象に選ばれたのだった。
また三人の山賊が現れる。今度はそれぞれ長剣、弓、棍棒を持ち、かなり場慣れた感じのする男たちであった。
どうも彼らの頭は近いらしい。
山賊がカエデに矢を放つ。それにワンテンポ遅れて棍棒と長剣が向かってくる。矢は右にも左にもよけれたが、あえて男たちの上空を飛び、意表をつかれた棍棒の頭に蹴りを落とす。
「ぐぉ!?」
メキィッとでも音がしそうなほど強烈に当たった蹴りで、男がよろめく。だが残った二人は気にせず追撃を仕掛ける。
再度矢が放たれ、それを体をひねって躱す。
「うらぁ!」
そこを狙ってきた長剣の袈裟斬りを転がって躱し、長剣の足をすくう。
思ってもみなかった奇襲に、長剣は体のバランスを崩し無様に倒れ込む。
そこにまた矢が放たれる。
カエデはそれを掴み取り、長剣の足に突き刺す。
「うぐァ!」
長剣が痛みに苦悶の声を上げる。
やっと蹴りによるめまいが治った棍棒が立ち上がり、襲ってくる。
カエデは痛みにうめく山賊から長剣を奪い、弓に投げつける。円を描いて飛んだ剣が数秒、弓の射撃を止める。
棍棒が振り下ろされ、カエデはそれを余裕で躱す、が、流れるような追撃が仕掛けられ、それをすんでの所でかわす。自らの攻撃がかすり、それだけで勝利を確信した棍棒は気色の悪い笑みを浮かべる。
が、カエデは間隔を開けずに全力で棍棒にダッシュし、その勢いのまま掌底突きを放ち、吹っ飛ばす。棍棒は家の壁を突き破り、土煙に埋もれた。
残った弓は焦りを浮かべながら矢をつがえたが、その矢が放たれることはなかった。
村の外れ、森にさしかかろうかというところに山賊の頭は居た。
彼のそばには護衛が5人。先ほどの弓たちよりも腕が立ちそうだ。
一応は木陰から様子をうかがっているのだが、いっこうに動く気配はない。
コワシビトがいることは聞き及んでいるはずだが、それでも逃げないこの山賊の頭はずいぶん豪胆なのか、馬鹿なのか。
カエデがそう思っていると、山賊が頭に何かしらを伝えに来た。そして頭が笛を吹くと、辺りの草むらから7人の盗賊が出てきた。
こちらは下っ端のようで略奪でもしてきたのだろう。
「帰るぞ!!」
はっきりと言った。
「今日、山にいたときは56人の同胞がいた。だが今は俺を入れて14人だ。恐らく、奴はまた襲ってくる。見つけ次第、消せ。同胞の仇だ。いいか!!」
『おう!!』
山賊らしく返事をする子分を引き連れて、頭は山へ登り始めた。
いかに警戒されているとはいえ、そのままカエデが山賊を帰すわけもなく、持ってきた長剣で、隊列の後ろから切り崩す。
「敵襲!!!」
あまりにも早い敵襲に山賊全体には動揺と緊張が走る。
「向かい討てぇぇぇーーー!!」
頭の叫びに子分が呼応する。
棍棒だのナイフだのを持った子分が襲いかかってくるのをカエデは長剣で一蹴しなぎ倒していく。
側近以外は口ほどにもない雑魚故に残るは頭とその側近たち。側近はカエデに一斉に襲いかかり、早急に片をつけようとした。
それをみて、そろそろかとカエデはつぶやき、
「お前らは許さない!」
空気が震え大地がうなり木々が枯れ始める。
その圧倒的な力による風圧で側近が吹き飛ぶ。
カエデがすっと手を前に構える。
余力を残していた力が解放される。
「自らの罪を思い出し、嘆き、懺悔しろ。」
静かにそう告げる。
「た、たすけ…」
「終わりだ。」
ゴオォォッ――!!!
すべてを飲み込む破壊の波動がすべての物質を蹂躙する。何もかもがそのものとしての形を失い、活動を止め、崩壊する。
世界の終末かのような暗さの中に魅了するかのような妖しげな光をわずかに残し、波動が消滅する。
山賊たちは消滅し、山肌は枯れ、空気は澄み渡った。
「やりすぎた・・・。」
******************************
数日たち、レーヴェルンではだいぶ落ち着きを取り戻していた。かなりの被害だったはずにもかかわらず、死体は山賊の数人、村人数人を合わせただけで30にも満たなかった。それに盗まれた物はなくそのあたりに転がり落ちていたか、壊れていただけだった。山賊たちは山へ戻ったと思われていたが、その中で真実を知るものは二人。ヨモギとその父の二人であった。
「なんでいなくなっちゃうのよぉ…。誰もあなたの前からいなくなったりしないのにぃ…。」
泣きじゃくるヨモギの肩を父がそっとたたいた。
「何よ。」
「ちょっと来てみろ。」
そう父に言われヨモギは泣きじゃくりながらついて行く。
連れて行かれたのは、カエデが最後に山賊と戦い、破壊の波動がすべてを蹂躙したかの山のふもと。
そこには一枚の手紙が残されていた。
有り余った余白の中心に、ありがとうとの一言だけが書かれていた。
「次近い場所は…デリオネイロ…ね。都会か~。苦手なんだよな。おなか減ったし…。パンでも貰っとくんだった。」
カエデの旅は続く。彼の同胞を止めるために。世界に平和をもたらすために。
壊人-コワシビト- 砂糖 カルメ @richmatcha
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