第16話悪夢の1日~由香里の証言~

早苗達6人が奇跡的に意識を取り戻してから、更に3日が過ぎた。

早苗達は、意識を取り戻した当日からしばらくは、顔の傷の痛みの残りもあって、筆談にしか応じられなかったが、この頃には、少しずつではあるが、会話にも応じられる様にもなった。

奇跡的に一命をとりとめた早苗達であったが、彼女達の心の中には、あれだけ顔に深い傷を負わされたら、正直、死んでしまった方が良かったのではという思いも、感じる事があった。

しかし、早苗達の両親達は、これから辛い思いはするかも知れないけど、懸命に生き続けて欲しいと思っていた。

早苗達にも、両親達の思いは伝わっていて、死にたいと言う思いは、心の中にずっとしまい続けていた。


更に3日たった頃には、長い会話にも応じられる様になった事もあり、早苗達にとって、1つの試練が待ち受けていた。

それは、早苗達が襲撃された当日の、警察からの事情聴取だった。

前日に、この事を聞かされた時には、正直、早苗達は、この時を悪夢を蒸し返したくないという思いが強く、応じたくはなかった。

しかし、フェスキラーこと水島英二は、既に死亡しているものの、今回の襲撃事件の全容解明の為に、早苗達の証言が必要不可欠なので、両親達の強い説得もあり、応じる事にしたのだった。


事情聴取は、早苗達を救出した田中警部はじめ6人の刑事達により、病室のベッドで、カーテンを閉めた状態で、個別に行われる事となった。

そのうち、最初に襲撃された由香里の事情聴取は、田中が担当する事になった。

まず、由香里は、田中に、自分達を救出してくれたお礼を改めて言った後、事の経緯を話し始めた。指名手配犯、水島英一を発見し、犯人逮捕に協力したお礼として、今回の襲撃現場となった温泉地への招待状が送られて来た事、あまりの嬉しさに、本物かどうか確認せず、当日、法事で行けなくなった早苗を残し、旅行に出掛けてしまった事、そして、襲撃された経緯については、次の様に語った。


「私達が川遊びを止め…旅館に帰ろうとした時…黒っぽい服装をした男がいました…私達が…「誰?」と…尋ねたら…男は…「私達を葬る為にここに呼び寄せたフェイスキラーだ…」と…答えました…訳が分からなくて…どういう事なのか問いただすと…男は…「私達にパクられた水島英一の弟…水島英二だ…」と…答えました…そして…「兄…英一の仇をとらせて貰う…」と…言い放ったんです…仇をとると言われても…どう考えても…悪いのは相手の方です…そうこっちが言い放つと…男は…「男1人に…早苗を含めた私達6人で…一斉に襲い掛かったのが…頭に来るんだ…」と…言って来たんです…こうしたやり取りが続いた後…私達に恐怖が襲って来ました…男が…「私達をこの写真の様にしてやる…」と言って…1枚の紙切れを…私達に投げて寄越したのですが…その紙切れを見て…思わず…「キャッ…」と…悲鳴を上げてしまいました…その紙切れは…私達が犯人逮捕に協力した時の…新聞記事に載っていた写真で…私達の顔の部分が…刃物でズタズタに切り裂かれていたんです…写真だからまだしも…もし…私達が実際に…この写真の様にされたら…と思うと…想像を絶する恐怖を感じました…こんな私達を尻目に…男が…黒っぽい細長いバッグを開けると…中から…小振りの斧が現れました…この斧で襲われたら…正直…私達5人で束になっても…勝てる自身がありませんでした…私達は…「逃げよう…」と言って…思いっきり男を押し倒して…その場から逃げ出しました…しかし…男は…すぐ起き上がると…私達を追って来たんです…男が気になって…みんなの後ろで振り向きながら逃げていた私は…不意に石につまずいて…転んでしまいました…そこからが…本当の悪夢の始まりでした…私は…男に捕まってしまい…必死に逃れようとしましたが…男に顔をまず平手打ちされてしまいました…そして…私が踞っている隙に…男が今度は手提げかばんを開けると…そこから手錠が現れ…両手首を…頭上で固定されてしまいました…更には…男の手には…今度は斧が握られていて…とうとう私は…この斧で顔をズタズタにされると覚悟しました…しかし…実際には…これだけでは済まされませんでした…男に…顔をズタズタにされる前に…髪を思いっきり引っ張られ…まず斧で髪をバッサリ切られてしまったんです…写真では…顔がズタズタにされていただけだったんで…それを思うと…更なる恐怖を感じました…男に押し倒されると…ついに私の顔に…斧が迫って来ました…私は必死に…「お願い…止めて…」と訴えましたが…訴えも虚しく…とうとう私の顔に…斧が降り下ろされてしまいました…2度…3度と降り下ろされる度…激しい痛みが襲い…更には…溢れ出た血が目に入ってしまい…目が見えなくなってしまいました…ようやく男の手が止まったのを見計らって…香織達が居る方向に顔を向けると…案の定…香織達の悲鳴がこだましました…一方の私は…激しい痛みに加え…溢れ出る血が口の中にまで入り込んでしまって…まさしく地獄を感じました…喉に血が入り込みそうになる度に…何度も咳き込みながら…こんな目に遭うのは…私だけでいいと思い…香織達に向かって…苦しみながら…声を絞り出しました…「逃げて…私に構わず逃げて…」と…そんな私に待ち構えていたのは…更なる地獄でした…男の口から…「まさかお前ら…この小娘の言う通り…この場から…逃げ出すんじゃねーだろーな…この小娘が…こんな事されたら…さすがに逃げる気…なくなるだろ…」と…声が響き渡った直後…私の両頬に…鈍い音と共に…何かに叩かれた痛みが走りました…」

この由香里の証言を聞いて、田中は、英二の右の掌が、血で赤く染まっていたのを思い出した。由香里の苦しんでいる血で染まった顔を、容赦なく平手打ちしたのかと思うと、改めて英二に、怒りを感じた。

そんな中、由香里の驚愕的な証言は続いた。

「その直後…真由美の声で…「止めて…」と…叫び声が聞こえました…真由美が…男に…立ち向かって行ったのではと思い…心の中で…「真由美…駄目…」と…呟きました…案の定…男の罵声が立て続けに聞こえたと思うと…真由美の悲鳴が聞こえて来て…ああ…真由美も私と同じ目に…と感じて…悲しくなりました…その後…香織…杏理…そして恵梨香までも…私と同じ目に遭わされてしまったと感じ…私の脳裏をよぎったのは、まさしく絶望でした…そして…絶望を感じながら…そろそろ楽にさせて欲しいと願いました…しかし…男は私達を…楽にさせてくれませんでした…ただでさえ…激しい痛みと出血で…意識が薄れて行くのを感じている時、再び男が近付いて来た気配を…感じたと思うと…兄を…集団で警察に…突き出さなければ…こんな目に遭わないで…済んだものを…」と…言った声が…聞こえた直後…再び…両頬に…何かに叩かれた痛みが走りました…真由美達も…同じ目に遭わされてると思いながら…いい加減…放っておいて欲しいと…願いました…しかし…男は…一向に放っておいて…くれませんでした…三度…男が近付いて来た気配を感じ…頭を起こされた感じがしたと思えば…今度は顔面に…特に鼻の辺りに…「ゴキッ」という音と共に、激しい痛みが襲いました…あまりの激しい痛みに…声にならない悲鳴を上げ…失神寸前に…なってしまいました…」

この由香里の驚愕的な証言を聞いて、田中は、英二の右膝の辺りも、血で汚れていたのを思い出した。同時に、早苗や由香里達が、鼻骨骨折をしていたのも、瀕死の状態の顔に、思いっきり膝蹴りされた為だと思い知らされたのである。改めて、英二に対して、激しい怒りを感じた。

由香里の驚愕的な証言は続いた。

「顔の切傷の痛みに…鼻を折られた様な痛みが加わり…正直…生きる気力は失くなりつつありました…でも…出来るなら生きたい…生きたとしても…顔に傷が残ったら…複雑な思いが交差し…血で覆われた目から…涙が溢れるのを感じました…男が由香里達にも…危害を加えたと察した時…「そろそろ楽にしてやろう…」と…声が聞こえ…やっと楽にしてもらえる…と…思いが込み上げました…同時に…父や母…そして…早苗の顔が…頭に浮かぶと…心の中で…「早苗…」と…呟きました…男が近付いて来て…「くたばれ…」と…叫び声が響き…止めを刺される…思ったその時…女の声で…「止めて…」と…叫び声が響き渡りました…早苗の声でした…ただ…時間的に…早苗が来たのが…信じられなくて…男がひとまず…手を止めた気配を…感じ取った後…咳き込みながら…声を絞り出しました…「早苗…その声は早苗なの…」と…すると…間違いなく…早苗の声で…「その声は由香里…」と…返事が返って来たので…改めて…「早苗…来てくれたのね…会いたかった…」と…必死に…返事を返しました…早苗が…真由美達にも…話し掛けてる中…何で早苗が…こんなに早く来たのか…ふと…疑問に思いました…そして…ある事を思い出した…実は…あの小川に出掛ける前…旅館に置いてきてしまった携帯に…早苗からの…着信があったのに気付いたんです…その時は…まさかこんなに事になるとは…思わなかったので…後で掛け直せばいいと思い…出掛けてしまったのですが…もしかすると…その着信が…早苗が…何らかの理由で…私達のピンチを知った…警告だったのかも知れません…それを確かめたくて…早苗にもう一度…話し掛けたのですが…その後の事は…覚えてません…気が付いたら…病院のベッドに…寝かされていました…」

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