第15話奇跡の生還

衝撃的な一夜が明けた。

早苗達6人は、ひとまず山を越えたが、相変わらず予断を赦さない状況が続いていた。

早苗達の両親は、一睡もせず、ICUで眠り続けている、早苗達を見守っていた。

早苗達の両親の願いは、皆、同じだった。

恐らく、早苗達が奇跡的に助かったとしても、グルグル巻きの包帯が取れたとしても、生々しい傷痕が残ってしまうだろう。心の中にも、かなり深い傷を負ってしまうかも知れない。

しかし、それでも両親達は、皆、助かって欲しいと思った。大事な娘なのだから、できる限り、生きる力を与えてあげたいと思った。


早苗達が襲撃されて3日目に、奇跡が起こった。

朝、S総合病院医療センターに搬送されていた、3人のうちの1人が、奇跡的に意識を取り戻したのだ。

相変わらず、顔を包帯でグルグル巻きにされている為、誰が意識を取り戻したのか分からないが、香織達の両親は皆、喜びの涙を流した。

昼頃には、更にもう1人、意識を取り戻し、夕方近くになると、残る1人も、奇跡的に意識を取り戻したのだ。

彼女達の顔の損傷が激しい為か、声を発する事も出来ないでいたが、それでも奇跡的に3人全員、意識を取り戻した事で、両親達は、喜びの涙を流し続けた。

3人は、翌朝、容態はひとまず安定して、ICUから、一般病棟に移された。


一方、S総合病院本院でも、3日目以降、奇跡が起こっていた。

その日の夕方、本院でも、奇跡的に、1人、意識を取り戻したのだ。

夜になると、更に1人、意識を取り戻し、翌朝、最後の1人も意識を取り戻したのだ。

あれだけ傷を負わされ、大量出血してしまっていたので、正直、命を落としてもおかしくない状況だったので、まさに奇跡だった。

本院でも、3人全員、意識を取り戻した事で、早苗達の両親も、喜びの涙を流し続けていた。

昼頃には、彼女達の容態もひとまず安定して、ICUから一般病棟に移された。


彼女達が奇跡的に意識を取り戻し、一般病棟に移されたのを受け、会話はまだままならないものの、筆談には応じられるというので、その日の夕方、S医療センターでは、医師や警察官立ち会いのもと、面談が行われた。

まずは、最初に意識を取り戻した女の子から、面談を行った。

医師が、「あなたのお名前は?」と問い掛け、筆談ボードを差し出すと、女の子は、ゆっくりした動作で、ボードに、『えりかです』と、記した。

医師に促されて、恵梨香の両親は、「恵梨香!」と、泣き叫びながら、恵梨香の側に寄り添った。

包帯でグルグル巻きの恵梨香の顔も、目から涙が滲み出て、包帯を濡らし始めた。

そして、ボードを手に取ると、『おかあさん、おとうさん、ごめんなさい』と記した。

変わり果てた恵梨香の姿を見て、顔に次いで虚しく思ったのは、やはり、恵梨香の髪だった。

出掛ける当日の恵梨香は、長い髪を2つに三つ編みにして、楽しそうにはしゃぎながら家を出て行った。

その三つ編みにしていた筈の髪までも、無惨にバッサリ切られてしまっていて、余計、恵梨香本人だと分からなくなるされてしまっている事に、一層、悲しく覚えた。

ふと、恵梨香は、ボードを手に取ると、『さなえは、さなえはどうしたの』と記した。

一瞬、言葉を詰まらせた両親だったが、「早苗ちゃんも顔をメチャメチャにされてて、別の病院にいるの。」と、正直に伝えた。

恵梨香は、『そうなの』とボードに記しただけで、それ以上は手を動かす事はしなかった。


恵梨香に寄り添い続けている両親を残し、医師と警察官は、次に意識を取り戻した取り戻した女の子の元へ向かった。

女の子は、医師から差し出されたボードを手に取ると、『わたしはあんりです』と記した。

恵梨香の両親達と同様、「杏理!」と泣き叫びながら、杏理の側に寄り添う両親…そして、杏理もまた、目に涙を浮かべながら、ボードに謝罪の言葉を記した。

杏理もまた、顔だけでなく、セミロングだった髪までもバッサリ切られ、余計、杏理本人だと分からなくされてしまった事に、悲しさを感じた。

杏理もまた、早苗の安否を気にかけていて、ボードにその旨を記すと、杏理の両親もまた、一瞬、迷いの表情を浮かべたが、早苗も襲撃され、別の病院に入院している事を、正直に伝えた。

杏理もまた、ボードに、『さなえ』と記した後、それ以降、手を動かそうとはしなかった。


3人目の元へは、医師と警察官と共に、香織の両親も向かった。

先の2人が、恵梨香と杏理だと判明済みなので、残るは香織だと分かってはいたが、念の為に、医師が、「香織さんですね。」と問い掛けると、香織は、ボードを手に取ると、『はい、かおりです。』と記した。

香織達も、他の家族と同様、涙の再会を果たした訳だが、香織が、恵梨香と杏理と違った態度をとったのが、早苗の安否だった。

実は、恵梨香と杏理は、早苗が凶悪犯、英二と格闘していた時、まだ微かに意識があった。その後、早苗が一瞬の隙を見せてしまい、英二に襲撃された後、2人共、意識を失ってしまったのである。

しかし、香織は、英二と格闘している気配を感じている最中、激しい痛みと出血で、意識を失ってしまったのである。なので、早苗も襲撃されてしまった事を、知らなかったのである。

その事を両親から聞かされた香織は、目に涙を浮かべながら、『さなえだけはたすかってほしかった。わたしたちにかまわず、そのばからにげてほしかった。』と書き綴ったのであった。


香織の様に取り乱した態度を取ったのは、本院でも同じだった。

本院でも、容態が安定したのを受け、筆談で面談を行ったのだが、先に筆談に応じた真由美も、早苗も安否を知ると、香織と同様、取り戻した態度を取った。

真由美もまた、早苗が英二と格闘している最中、意識を失ってしまっていたのである。

そして、早苗が同じ病院に入院しているのを知ると、「さなえにあいたい。どんなかおをしてても、さなえのかおをみたい。」と書き綴ったのである。


次に筆談に応じた由香里は、真由美以上に、早苗に会いたいと感じていた。

実は由香里は、早苗が自分達の窮地を知って、この場に駆け付けてくれたのではと思い、早苗に確認しようとしていた。しかし、その最中、激しい痛みと出血で、意識を失ってしまったのである。なので、改めて、早苗に会って、その事を聞いてみたいと思った。

その一方で、香織や真由美以上に、取り乱した態度を取った由香里の姿もあった。由香里は、早苗が駆け付けて程なくして、意識を失ってしまっていた為、早苗が英二と格闘していた事さえも知らなかったのである。早苗が英二と格闘した挙げ句、一瞬の隙を見せてしまった事で、同じ様な境遇に曝された事で、激しく取り乱した態度を取った後、『さなえだけは、わたしたちにかまわず、このばからたちさってぐれればよかったのに』と、書き綴ったのだった。


最後に意識を取り戻し、筆談に応じたのは、いうまでもなく早苗だった。早苗もまた、両親に謝罪の言葉を記した後、続けて、『わたし、どうしてもゆかりたちをみすてたくなかった。ゆかりたちをほうっておけなかった。』と、その時の心境を綴った。

更に、由香里達が、早苗だけは助かって欲しかったと筆談していたのを告げると、早苗は、由香里達の思いとは裏腹に、こう綴ったのであった。『わたし、おかあさんやおとうさんがおこるかもしれないけど、しょうじきいって、ゆかりたちとおなじめにあってよかったとおもう。

だって、ゆかりたちが、あんなにかおをきずつけられてくるしんでいて、もしかしたらしんじゃうかもしれないのに、わたしだけむきずなのは、かえってもうしわけないきがするから。』と。

ボードを読んだ両親は、怒るどころか、早苗が強い友達思いでいるのを、改めて感じたのであった。

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