第9話 シエロの決意

 ドラゴンメイドとしてではない、真脇 達美のファニーフェイスが、人の心を和ませる笑顔を作る。

 そして、深々と頭を下げた。

 猫には、機嫌の悪い時のサインがある。

 耳がぺたりと平らになったり、尻尾がピクピクと震えたりするのだ。

 だが、今の達美の耳はしっかりと上がり、尻尾も動いていない。

 常日頃から、達美はアイドルの使命を「つらい時にこそ笑顔を見せる事」だと言っていた。

 それを思い出した2号=武産とボルケーナは、達美のプロ根性に心底、恐れ入った。

 そして達美は一言。

「わたしのファン達を、よろしくお願いします」

 

 達美の後にあるのは鋼鉄の扉、そこに空いた穴。

 その穴の中から、閃光と爆音が飛び出した。

 ドラゴンメイドの内部量子コンピュータとPP社のネットワークをつなぐアクセスポイントは、すでに来ていた。

 そして、そのタイミングを伝えていた。


 爆音を聞くまでもなく達美は、背中を大きくのけぞらせた。

 もう、笑っていなかった。

 そして後頭部、背中から穴に倒れ込む時、ジェットウイングを広げた。

 ドラゴンメイドに変身すると、穴の奥へ飛んでいく。


「降伏する! 我々は降伏するぞ! 」

 穴の奥から、男の叫び声。

 ドラゴンメイドが高度を2メートルに保った。

 その下を、チェ連兵の一団が駆けてきた。

 誰も武器は持っていない。

 皆、必死の形相だ。

 先頭を行く男は鉄パイプに、白い布をなびかせていた。

 降伏の白旗。これも達美たちが伝えたものだ。


 達美の願いを察して、2号がレザーアーマーの白い魔界文字に魔力を込める。

 1行1行は2センチメートルほどの太さだが、とてつもなく長い。

 複雑に絡み合い、巨大な細長い姿となってとぐろを巻き、逃げる兵士の頭上にとどまってかばった。

 頭に見える先端は、とげがついた巨大なドリル。体の中ほどに2号はとどまり、背中の白い大きな羽をさらに巨大化させた。

 頭から尾まで、20メートルはある。

 まるで龍だ。


 ドラゴンメイドの、量子コンピュータと各種センサーにサポートされ、生物学的な機能を強化された脳が、高速飛行中でも周囲を認識できる能力となる。

 自分の下に、年の若いチェ連兵が頭を抱え、うずくまっているのを見つけた。

 先ほどの爆発や目の前の龍を攻撃だと思ったのだろう。

「まっすぐ走れ! 少年! 」

 達美は、その言葉はゆっくりと叫んだ。


 レイドリフト達が飛び込んだ先は、壁も床も真っ黒にぬられた、広々としたドームの中だった。

 中心には同じように黒く塗られた3階建てほどのビル。

 チェルピェーニェ共和国連邦、マトリックス海南エリアの方面隊司令部、その中枢。

 達美はここに来るたびに、黒の持つ重厚さを安易に使うセンスに呆れてしまう。

 ビルの周りには水を貼った深い堀がある。

 非常水も兼ねている。飲料水やコンピュータの冷却に使われる。


 達美が見たことのない物もあった。

 ビルの周りには天井から床へ、はたまたビルから床へ、ランダムに鎖が張り巡らせてある。

 鎖を支えるのは、ビルの回りに同心円状に囲む、キャットウォーク。

 錆びた鉄柱に支えられた廊下は薄い鉄板。鉄パイプの手すりも所々しかない。

 ドラゴンメイドは、自分のように空を飛ぶ者への対策として、魔術学園生徒会が去ったあとに設置されたものだと思った。

 唯一、大きく間が開いているのは、扉から本部ビルへ続く道のみ。

 このルートの入り口は、脱走兵たちによって既に開いていた。

 だがビルのまわりには、機関砲塔がずらりと並んでいる。

 昔の戦艦に乗っていそうな、半円形ドームから、2つの機関砲がとびだすやつだ。

 ドラゴンメイドは、その砲塔に向かって突っ込んだ。


 ドラゴンメイドの右腕が変形する。

 手を覆うボルケーニウムが液体に変わり、チタン合金製の骨格に収納される。

 現れた銀色の指がまとまり、半球形になった。

 腕の構造が広がり、中の放電管が放つ高圧電流が空気を、荷電粒子が自由に運動する状態、高熱のプラズマに変える。

 手が変形した電磁レールは、プラズマをその場にとどめ、青白い光をさらに眩くさせていく。

 鋼鉄をも焼き切る、プラズマカッター。

  

 砲塔を回転させるモーターがあるのは、土台の後。

 そこに回り込み、撃ち抜く。

 自分とは比べ物にならない無人だけが利点の機械だ。

 砲塔前には、レンズが掌ほどもある古臭いカメラ。それにドラゴンメイドの左手がめり込んだ。

 両腕で砲塔を回し、右隣の砲塔に向ける。


『ミャウ』『ミャウ』

 その時、達美のファンが現れた玄関から、駆け寄る物が有った。

 それは、掌からはみ出すほどの大きさの、2つの猫型ロボットだった。

 それぞれ、ピンクと黄色に塗り分けられている。

「お帰り」

 ドラゴンメイドはそう言って、2つを拾い上げた。

 ロボットたちは顔を向けると、手足を甘えるようにじたばたさせた。

 ドラゴンメイドも、マスクの下ではほっとした表情で見ていた。

 ロボットの背中にはふたがあり、その下がスマートフォンの液晶画面になっていた。

 画面はロボットが腰をひねってもいいように、布のようにゆがむタイプだ。

 その画面には、『ドラゴンメイドより 突入まであと00秒。 白旗あげろ! 』と表示されている。

 00の部分はカウントダウン。

 ドラゴンメイドが蓋を閉めると、ロボットは変形して、鉛筆のような六角柱の姿になる。

 六角柱は衝撃を受け流しやすく、転がりにくい形。

 端の一方が円錐形なのも、鉛筆そっくりだ。

 六角柱はドラゴンメイドの両太ももに空いたスリットに収められ、充電に入った。

 ランナフォン。

 変身したり働くたびに携帯電話を壊してしまうというヒーローの要望を受けて開発された、逃げる機能を持った電話。


 この時になって、ようやく機関砲の砲声が聞こえた。

 だが、達美のファンがやってきたところでは、砲はぴくりとも動いていない。

 達美は、細工を施してくれた彼らに感謝した。


 ドラゴンメイドは、自分が出てきた扉がどうなっているのかを見た。

 達美のファンの姿はすでにない。通路の奥に逃げていた。

 2号の龍は開いた扉に自分の体をはめ込むようにして、守っている。

 まあ、自分で逃げてきたとはいえ、捕虜に見張りはりは必要だ。とドラゴンメイドは考えた。

「そっちは任せたよ! 」


 司令部に向かうもう一つの道、ドームに空いたもう一つの扉に視線を移した。

 扉の前にドラゴンメイドが突入の合図とした爆音と閃光の元、閃光音響手榴弾が転がっている。

 強制的な鉄の摩擦音を上げているが、開くのはまだかかりそうだ。

 この扉に砲塔の攻撃が集中している!


 ドラゴンメイドは、手近な砲塔のへ猛スピードで駆けより、先ほどと同じようにモーターを打ち抜いた。

 砲塔はまだ砲撃している。

 その砲口を、隣の砲塔へ。

 彼女の予想道理、側面装甲は正面装甲ほど厚くない。そこに穴が開き、砲撃が止まった。

 そのまま、さらに隣の砲塔を狙う。


 嫌な音を上げていた扉が、ついに開いた

 砲撃をものともせず、飛び出してきたのは、高さも幅も4メートルほど有る、明るいオレンジ色のロボットだった。

 下半身は長さが6~7メートルあり、4つのタイヤを持っている。

 その上に人間のような上半身をのせている。

 ドラゴンドレス以上の堅牢な装甲。

 その手首には、地面に接しているのと同じ分厚いタイヤが巻かれていた。

 腕の装甲には、メイトライ5とピンクのロゴで記されている。


 変形能力を持つロボット、オーバオックスだ。可変高規格双腕重機。

 乗員は一人。

 動力は異世界の技術を使ったオリハルコンバッテリーに充電される電力。

 最高出力は600万馬力。

 名前の由来はオーバジーン・オークスン。お盆に飾られる、なすびの牛である。

 今飛び込んできたのは、前輪を機械腕に変形させた4輪駆動の双腕重機モード。

 その後に、手首についたタイヤも下した6輪駆動のSUVモードの機体が続く。

 この機体は真っ赤にぬられていた。

 後から、さらに2機飛び込んできた。

 それぞれシルバーと青に輝く、後部の4輪を2本足に変形させたロボットモード。

 腕には、同じメイトライ5のロゴ。



 オレンジのオーバオックスの前の空中で、赤い霧のようなものが次々に現れた。

 それは、次々に打ち込まれる弾丸が、一瞬にして赤熱化し、霧のように消えていくのだ。

 弾丸を霧にしたのは、次々に発射されるレーザー。

 発射装置は、ピンクのロゴが書かれた、両腕の装甲の下。

 ILSS、Interfere Laser Snipe System。

 イルスと呼ばれる、干渉レーザー狙撃システム。

 連動した3つのレーザー銃口から放たれた光を、空中で衝突させる。

 そして、光の波長が強め合う領域と弱めあう領域を作る。

 この干渉と言う現象を利用して、曲線を描くレーザーを作り出しているのだ。

 オーバオックスの太い頭に仕込まれたレーダーと連動している。

 残る3機が、その横に並んだ。

 そして同じイルスで、弾幕を遮った。


 続くのは、PP社のドラゴンマニキュア部隊の黒い影だ。

 先頭は全身黒塗りで装甲化されたパワードスーツ、マーク5。

 左手に特殊鋼やアラミド系繊維を組み合わせた分厚い盾を。

 右腕に6本の銃身を持つバルカン銃、M134ミニガンをマウントして、構えている。

 弾は背中にかついだドラム缶のような弾倉から、ベルトを通じて供給されている。


 その後ろから歩兵用防弾装備をまとい、手足と背中をフレームで強化したマーク4の装着者が4人、体を密着するようにして駆け込んだ。

 マーク4が構えるのは、RG9アサルトライフル。

 アサルトライフルと言っても、長さは1メートルに対し、幅は平均的な銃の3倍はある。

 これは、個人携行が可能なレールガンを実現させるための、バッテリーが入っているからだ。

 レールガンとは、弾丸を並行する2本のレールで挟み込み、そこに電流を流すことで電磁気力で弾丸を加速する銃だ。

 電流が起こす雷のような音とともに、マッハ5と言う恐るべき速度で、貫通力の高いタングステン弾を打ち出す。

 これを強化改造したものが、メイトライ5のオーバオックスにはイルスと並んで搭載されている。

 同じ編成のドラゴンマニキュアチームが次々に飛び出し、左右に広がる。


 だが、チェ連側も黙っているわけがない。

 ビルの鉄板で覆われた窓が開く。

 そこから、キャットウォークに人があふれだし、雨あられと火薬式大口径銃の銃声が響く!

「撃ちまくれ! 撃ちまくれ! 撃ちまくれ!! 」

 地球側も打ち返した。

 ドラゴンメイドは焦った。

 早く、一つでも多くの砲塔を破壊しないと!

 自分が奪った砲塔は、すでに弾切れだ。

 だが再装てんされてはたまらない。

 砲塔の後ろにある観音開きのドアを切り開いた。

 中にはグリスにまみれたワイヤーが張り巡らされている。

 これを引きちぎれば、砲の機能は破壊される。

 その時、彼女に内蔵されたレーダーが、ワイヤーの一本の先に記憶の中の砲塔にはなかったものを見つけた。

 対戦車ロケットの砲弾だった。

 危なかった。これを引っ張っていたら、今頃爆発していたはず。

 データリンクを使い、警告メールを―。

 ドカーン! おそかった。

 ドラゴンメイドはロケット弾のトラップをよけ、砲撃を行うワイヤーだけを引きちぎった。


 その直後、砲塔の装甲が内側にひん曲がり、部品が砕け散った!

 180キロの体重も関係なかった。

 とがった破片の嵐は彼女を吹き飛ばし、ビルの壁面にへこみを付けた。

 勢いは全く弱まらず、スクラップとなった砲塔に叩きつけられて止まった。


 ドラゴンメイドは、なんとか意識は保った。

 だが、視界がひび割れている。

 ゴーグルが割れたのだ。

 引きちぎって視界を確保する。

 そして、衝撃が来た方を見ると。


 砲塔のさらに奥、ビルの玄関が開いていた。

 その前に、残った砲塔の陰に隠れてドラゴンメイドに銃を撃つ兵士たちの姿があった。

 その内の一人がもつ対戦車ロケット砲からは、ロケット雲が伸びている。

 しかしドラゴンメイドは、武器よりもそれを持つ兵士の顔に釘付けになった。

「シエロ君……」

 それは、憤怒の表情を浮かべた少年兵。

 さっきまでともに車に乗っていた、シエロ・エピコスだった。

 もう一人の兵士とともに、ロケット砲を再装填しながら、ドラゴンメイドを指さして叫んだ。

「あいつを立ち上がらせるな! 釘付けにしろ! 」

 ドラゴンメイドは何とか立ち上がろうとした。

 だが、銃撃がそれを許さない。

 体中に小さな火花と共に、へこみができる。徹甲弾だ。

 ドラゴンメイドは立ち上がるのは止めて、身を伏せた。

 そして、右手の電磁レールを丸型から、2本の平行する物に変形させる。

 腕の中のプラズマを、まっすぐ打ち出す兵器。

 プラズマレールガン。


 その時、シエロ達が再装填を終えた。

 ドラゴンメイドは体をひねり、プレズマレールガンを弾幕に向けた。

 2発目のロケット砲が発射された。

 次の瞬間、青白く輝くプラズマが空間を満たし、その熱で弾幕は蒸発した。

 だが、ロケット砲はひときわ大きな爆発となった。

 ドラゴンメイドは再び爆風に飛ばされ、瓦礫の上を転がる。

 制服は、ぼろぼろだ。


 こんな迎撃は時間稼ぎに過ぎない。

 再び腹這いになり、時間を稼ぐことにした。

「シエロ君! あなた、私のリサイタルにも来てくれたことがあったわね! あのときは、分かりあえたと思ったんだけど? 」

 なるべく余裕を見せて。だがこれは、彼女にとってアイドルの矜持のかかった質問だ。

 それに対してシエロは怒気がこもった声を叩きつけた。

「何が分かり合えた。だ! あれは、お前たちの考えを知るために行っただけだ」

 ドラゴンメイドの視界に、警告ウインドウが現れる。

 2回の衝撃で、背中のウイングとジェットエンジンが故障した。

 砲台と外を阻む、堀の幅は約5メートル。

 ジャンプして、わずかにジェットを使えば跳べる。

 跳べなければ、180キロの体重で約3メートルの水のそこだ。

 その間、プラズマ兵器は使えない。どうする?


 シエロの叫びは、自分でも制御できない怒りが嵐となったようだ。

「お前の話道理だとすれば、お前の存在は物理法則から破たんしている! すなわち世迷言だらけだ! なぜ! 猫と言う愛玩小動物が、車に轢かれたら兄と呼ぶ真脇 応隆から人の姿を与えられ、魔術学園に行けば生徒会で重要なポスト、異世界の女神ボルケーナの加護を得て、アイドルグループのメイトライ5ではセンター、正義の味方レイドリフトをやって、彼氏までいるのか!? 」

 ドラゴンメイドは、これらの質問にすべて答えることができた。

 というか、あそこで暴れている、メイトライ5の立場は!?

 彼女が答えることができたのは、一言だけだった。

「わたしも同じことで、心配してるんだよ! 」

 ロケット砲3発目が装填される。悔しくてたまらない。

「ぺチャパイ! アバズレ! ロリコンの餌食! 」

 シエロは炎のように叫び、ロケット砲を放った。

「な、何だとぉ!!! 」

 それをドラゴンメイドは撃ち落さなかった。

 プラズマガンで狙ったのは、シエロ達のすぐ横の、堀の水。

 たちまち蒸発した水が、衝撃波と熱となって巻き上がった。目くらましだ。

 両手で地面をたたき、その反動で体を立たせる。

 ロケット弾が飛んできたが、前へ進んでよけた。


 太もものスリットが開き、まだ充電途中のランナフォンを取り出す。

 ランナフォンは柱状のまま、平らな端から圧縮空気を出し、前へ突き進む。

 合成開口レーダー。

 小さなレーダーでも、そのレーダーを大きく移動させることで、大きなレーダーと同じように使う技術。

 ランナフォンには、短距離での無人偵察機としての機能もある。

 他にもビデオカメラ、赤外線センサーも使い、探すのは弾幕の行方だ。

 ランナフォンが通り過ぎるのは一瞬。

 その一瞬で十分だ。

 水蒸気爆発でずれた弾幕、再装填が必要な銃まで特定した。

 それに、勝利のカギもやって来た。


「達美ちゃん! 」

 データリンクでやり取りはしていても、視線を感じ、声をかけられる現実感にはかなわない。

 たちまち水蒸気に覆われるチェ連兵の上に、ドラゴンメイドより大きな翼が降りてきた。来てくれた。

 その翼の主の視線と声に、大きな安心を感じながら、ドラゴンメイドは銃弾の飛び交う水蒸気に駆け込んだ。

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