第8話 地獄の門「いらっしゃいませ」

 ボルケーナが掘り進んだ先は、長いトンネル。

 オレンジ色の光で照らすのは、天井の裸電球。

 幅は10メートル近く、真ん中に車線表示の白いラインがある。

 高さは5メートルほど。

 戦車並みの車幅に対応した道だ。


 そしてトンネルの真ん中には、戦車が防壁代わりに置かれていた。

 それは整備不良で、もう動かない。

 魔術学園生徒会がここを占領した時も、そこにあった。

 その大砲が火を噴くことはないが、併設された同軸機関銃や砲塔上の重機関銃は口径も大きく、脅威だ。


 トンネルから飛び出した短いコンクリートは、人が隠れるための防壁。

 それらに隠れた兵士たちが放つ、フルオートの銃声が重なり、壁や床、天井まで弾痕がびっしりと埋めていく。

 その銃撃がいきなり止まった。

「バカ!! ちゃんと順番に撃て! 」

 兵士のリーダーをつとめる、男の声。

 リーダーが持つライフルだけが、ダダダっダダダっと3発づつ放たれる。

 その間に部下たちがガチャガチャと弾倉を変えている。

 くそっ!

 どうしてこうなった!?

 リーダーは、そう嘆きたかった。

 ここは、基地の最深部。

 最も安全な場所だ。

 彼らは志願したとはいえ、ほぼすべてが少年兵。

 リーダーでさえ、先日応援で呼ばれた士官学校の学生。実戦経験のない青年なのだ。

 しかも、ありていに言えば余った人間を集めただけで、正規の部隊でさえなかった。

 だから、最も危険のないところが割り当てられたのに。

 困難の中、それでもリーダーは、何とか部下たちをまとめようとしていた。

「成功した暁には! 転属でも昇進の推薦状でもなんでも書いてやるぞ! 」

 

 ドラゴンメイドは、その最前線にいた。

 時々聞こえるくぐもった爆音は、山肌をやく爆撃。

 今はトンネルの敵に向かって左側にある防壁に隠れている。

 その向こうの防壁から、リーダーが部下を励ましながら撃ってくる。

「銀の歯車勲章ももらえるぞ! 最後の当たり年ワインも飲み放題だ! 」

 最後の当たり年とは、異星人の化学兵器によって、土壌が汚染される前。

 12年前のことだ。


 戦車の上の重機関銃がドラゴンメイドに向いた。

 それを見た瞬間、ジェットエンジンを放つ。

 そして、トンネルの右側の壁へ飛んだ。

 次の瞬間、大きく重い銃弾が、防弾壁を貫いた。

 ドラゴンメイドが足をつけたのは天井。

 足をつくたびにコンクリートを砕き、リーダーがいる防弾壁の前に降り立った。

 リーダーの目はドラゴンメイドに追いつけず、虚空をさまよっている。

 青年と言っていい、若い男だ。

 ドラゴンメイドはゴーグルとマスクに隠された顔から、笑い声も怒りの舌打ちもしない。

 ドラゴンメイドは飛び回っている間に、その手刀をボルケーニウムで覆っていた。

 擬態していた皮膚や、爪が一度赤い液体となり、手刀を赤いナイフとする。

 落下の速度をそのまま、うち下すナイフに込めた。

 ただし、刃ではなく、横の掌に当たる部分に。

 銃は持ち主もろとも、床に叩きつけられた。

 ドラゴンメイドは、リーダーの襟首をつかんですばやく、強引に立たせる。

 銃は床に落ちたまま。

 その時、ようやくリーダーは自分の身に何が起こったのか知った。

「うわあ! 攻撃しろぉ! 」

 無駄なのにドラゴンメイドの腕を叩きながら、口から泡を飛ばし、叫んだ。


 ドラゴンメイドは、リーダーの左手をつかむ。

 彼女の腕に追加されたパワーアシスト機構が、腕に沿ったフレームをのばし、リーダーの腕を覆いった。

 そして180キロの自重と強化されていない腕の力だけで、彼を後ろへ放り投げた。

 伸びたパワーアシスト機構は、遠心力の衝撃からリーダーの腕を守った。

「撃ちまくれぇ! うちまくれぇ!! 」

 その間もリーダーは狂ったように叫び続けた。

 それに応えて、銃声がとどろく。

 だが、飛ばされながらもリーダーは見ていた。

 虹色に輝く円形の物が。柄のない傘のようなものが弾幕を跳ね返している。


 放り投げられたリーダーは、やわらかくて暖かい物に受け止められた。

 赤いエナジーフィールドで作られた触手。

 宙に浮く、赤く輝く巨大な岩のかたまり、ボルケーナ分身体が伸ばしたものだ。

 リーダーは、これまでに侵略者が使う様々なエナジーフィールドを見てきた。

 色の違う物。高熱の物。硬い壁となる物。次元さえ曲げ、攻撃をあさっての方向へ飛ばす物。

 だが、この赤い岩塊から放つ物は、最も優しい意図で作られたものだ。

 だが、その触手によってぐるぐる回されるリーダーが、それに思い至ることはない。

 ボルケーナは、けががないか確認しているのに。


「おっ! おのれ! 」

 リーダーは、残された拳銃を抜き取ろうとした。

 だがボルケーナ分身体は、腰ホルスターから先に抜き取り、握りつぶした。

 弾丸が衝撃で火を放ったが、触手の中では関係ない。

「手榴弾を使え! 俺にかまうな! 」

 リーダーは、それが自分の最後の言葉になるだろうと覚悟した。

 そして、自分のベストに入った写真に写る、両親と弟を思った。

 かれは、せめて最後の瞬間までは、家族との思い出に浸ろうと願った。

 大切なものは、すべて自分の頭の中にあると信じて。

 だが、事態は思いもよらない方向へ進んだ。

 いつまでたっても、手榴弾も弾幕も来ない。


 ドラゴンメイドの隣に、2号が駆けこんだ。

 手には円形の切っ先を持ち、虹色に輝く魔槍インウィクトゥス。

「インウー」

 つぶやく様に放たれた2号の呪文が、魔槍の下、石突の部分を無数の魔方陣に分離させた。

 魔法陣はドローンのように変幻自在の軌道を描き、戦車へ向かう。

 たちまち兵士たちに魔法陣が当った。

 魔法陣は球形の魔力の牢獄に変わり、彼らを拘束する。

 その中で、別の魔方陣が武器を包み込んだ。

 銃も手榴弾も、戦車さえ、ねじ一本まで分解していく。


「なんだ! これは! 」

 驚愕する兵士たち。

 幼さの残る顔もある。

「助けて! 」

 女性、と言うより女の子と言ってよい部下もいる。

 

 それでもチェ連の兵士なら、チェ連の人類を脅かす敵と戦うため、侵略者を駆逐する戦いにすべてをささげると誓ったはずだ。

 だから、彼らが予想外の行動を示した時、リーダーの目は驚愕に見開かれた。

 部下たちは狭い牢獄の中でしゃがみこみ、両手を精一杯高く上げた。

「……何をやってるんだ? 」 

 リーダーが質問した。

 それは、チェ連軍の教本にはないしぐさだからだ。

「地球での、降伏のジェスチャーです。真脇に……そこの赤い髪の女に教わりました」

 部下の一人が答えた。

「わたしたちはフセン市の出身で、マジュツガクエンセイトカイとは頻繁に会っていたんです」

 降伏!

 リーダーは、これまでそんな物が通用する敵と、あったことがなかった。

 未知の物への恐怖。何をされるのか分からない恐怖が、リーダーを襲った。

 それを感じたのか、2号はにっこり笑って説明した。

「安心してください。私たちは無慈悲じゃない」


 触手と牢獄は、兵士たちをボルケーナ分身体の後ろへゆっくり下した。

 リーダーは呆然として、その場にへたり込んだ。

 一方、他の兵士たちはそれほどショックを受けていないようだ。

 足元には、バラバラになった装備品。

 さらに後ろの天井には巨大な穴と、そこからドロッと流れ落ちる、真っ赤に溶けたコンクリートと岩盤。


 分身体は岩塊の体を、戦車の上に下した。

 重機関銃を折り曲げ、そこから先には進めないことを一目でわからせた。

 

 ドラゴンメイドと2号は戦車の向こうへ急いだ。

 そこには人の手では絶対に開けられない、分厚い鉄の扉がある。

「! 左のドア! 敵の増援が来る! 」

 2号が予知した。

 左の壁にはめ込まれた、手で開けられる鉄製のドア。

 2号は短くなったインウィクトゥスを、野球のバットのように構える。

 目標は、戦車だ。

 槍は、ロケット砲よりも早く戦車を叩いた。

 戦車は勢いよく滑り、新たな敵が現れるはずだったドアに、轟音を上げてめり込んだ。

 ドアが不自然にガチャガチャ動き、向こうから悲鳴が上がったが、ドラゴンメイドも2号も気にすることはなかった。


「ボルケーナ! ドアの鍵! 」

 ドラゴンメイドが手を向けた。

「鍵って、これ? 」

 そこには、カギ穴に差し込んでから中で変形する、鍵のバラバラになった部品があった。

「二号~」

 ドラゴンメイドのゴーグルの向こうからでも、鋭い視線が突き刺さるのがわかった。

「済まなかった」

 

「まあいいや。私が開ける! 」

 ボルケーナ分身体が言い、二人は道を開けた。

「ブラックホールビーム」

 触手の先から光が出た。

 光はドアに当たると、燃やしも砕きもせず、ただ黒い面となってドアをえぐり、進んでゆく。

「高エネルギーの粒子よ。当たった物と砕け散る瞬間、超重力を生み出すの。

 この星の成層圏エーロゾルをそうじしたのと同じ技術よ」

「「へ~」」

 二人のレイドリフトの反応はそれだけだった。


 10秒ほどゆっくり時間をかけて、1メートルの鉄板に円形の穴をあけた。

 そこを覗き込んだドラゴンメイドは、マスクとゴーグル、腕のパワーアシストとジェットエンジンを解いた。

 そして武産とボルケーナを向き、完璧なメイド風笑顔と、お辞儀を見せた。

「いらっしゃいませ」

 魔術学園生徒会が占領した領域は、明日の終戦調印式にスイッチアへ返還されるはずだった。

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