第7話 星を超えた守り
三種族に吹き付けられたのは、全長6メートル、重量6トンの車両を時速500キロでホバー走行させる暴風と熱。
ジェットの騒音と、いくつもの悲鳴が重なった。
三種族は壁際に設置されたステージ、さらにその後ろにある、大きな液晶画面やスピーカーまで叩き飛ばされた。
やわらかい絨毯に倒れた者もいたが、それを幸運と思う者はいなかった。
地中竜にとっては、普段なら無視していい衝撃。
元の肉体なら全高10メートル以上、体重は50トンにも達する。
しかもその体はタンパク質だけではなく、地中の金属を含み、その表皮は鋼に守られていた。
他の種族も同じだ。
海中樹は地中竜以上の大きさを持ち、さらに植物のしなやかさで衝撃を受け流す。
天上人は体がガスであるため、そもそも衝撃を受けない。
それがなぜ、人間に近い姿に変えられ、その脆さに危険を感じなければいけないのか?
飛ばされた後、天井を見た者もいた。
太い金の枠で分けられた格天井。
その中心に飾られるのは、赤い爪を持ち、面頬をつけた狼が後ろ足で立ち上がる、狛菱 武産の紋章。
武産の紋章を囲むのは、この会場をこれまで利用してきた、王侯貴族の豪華な紋章や国旗の浮き彫り。
三種族が倒れ込んだ真上は、天井の端にあたり、空いている枠がある。
その直前にあるのは、かみ合う2つの歯車と、その前に交差するハンマーと自動小銃のチェ連国旗。
それを囲むように、暫定的に作られた三種族を示す紋章がある。
2.5等身にディフォルメされた美少女として描かれた三種族の人間体が、それぞれエメラルドに輝く海、青空、深い森林をバックに微笑んでいる。
描いたのは、藤家・H・富士子という漫画家。
おばけアドベンチャーという、日本一売れている児童向け漫画の作者であり、選んだのは、やはりクミ・ニューマンだ。
おばけアドベンチャーは、ゲーム、コミックやアニメなどによる多角メディア展開されている、クロスメディアプロジェクト作品である。
日本の子供たちにとっては、誰もが羨む素晴らしい絵。
だが、描かれた者達にとっては、全くなじみの無い不自然な絵にしか感じられなかった。
ある地中竜の男は、鉄で組まれたステージの端に叩きつけられそうになった。
それでも、鋼鉄の羽は何とか受け身を取らせてくれた。
本来の姿は、全高12メートル、体重52トン。
一族の中でも、たくましい体は男の誇りだった。
地底竜の世界では、その言葉は叫びだけではなく口から出る炎でも話される。
そのため人間そっくりの新しい体では、自分たちの名前をいう事さえできなかった。
男の名前の意味は、姓に当たるのが「春の風」。名が「優しい」となる。
そこでボルケーナが適当につけたのが、「春風 優太郎」という名だ。
だが、彼本人は新しい体と名前のことなど意識になかった。
三種族を吹き飛ばした装甲車には、側面にPP社のマークが描かれている。
マークスレイと呼ばれるこの車両は、獣のような4本足を持ち、その先に一つづつタイヤがある。
ジェットは四本足に持ち上げられた車体下部から吹きだしていた。
車体上部に空気の取り入れ口があり、それからジェット燃料を燃やす空気を取り入れている。
それが今、引っ込んだ。
入れ替わるように、空気取り入れ口の後ろから、小さなドームがせり出してくる。
そこから短い筒のような物が飛び出した。
「大砲だ! 」
三種族側から誰かが、とっさに叫んだ。
優太郎は、あおむけに倒れた体を戻そうとする。
だが、とがった翼が床に引っかかる。
他の種族もそうだった。
なれない体にさせられ、体勢を立て直せない。
マークスレイについた砲は、25×40mm低速グレネードランチャー。
それが三種族を向き、火を連続して噴いた。
向けられた者達は、殺されることを確信した。
だが、着弾した弾から放たれたのは、すべてを切り裂く鉄のかたまりでも、焼き尽くす火の海でもなかった。
跳びかかったものは、粘ついた透明な液体。
それにかかった途端、手や膝をついた床が、抵抗を失った。
濡れた氷よりも、すべってしまうため、腹這いになるか、あおむけになるかしかできない。
マークスレイが撃った弾は、機動阻止システムと呼ばれるものだ。
水と陰イオン界面活性剤およびポリアクリルアミドを混合したもので、本来自動車などを行動不能にするために使われる。
「く、くそ! 」
優太郎は、それでも抵抗をあきらめず、腹這いのまま、その羽をふるった。
羽の隙間から体内で生成された、爆発性の高い液体が噴き出され、大爆発となって地球人に襲いかかる。
体はそのまま後ずさり、舞台に叩きつけられた。
だが、向こうはそれ以上の大打撃だろうと優太郎は思った。
マークスレイは、炎を食らう直前に、素早く三種族へ近づいた。
こうすることで相手の視界が狭まり、攻撃がマ-クスレイのみにむく。
狙い道理、優太郎の炎が襲う。しかし、攻撃した側は信じられないものを見た。
立ちはだかるマークスレイのすぐ前で、突如もう一つの炎が生まれ、優太郎の炎を打ち消したのだ。
砲塔の上には、四方に向いて四角い窓のようなものがついている。
これはレーザーの発射口。
そして砲塔の上部全体が、強力なマイクロ波を放つ。
この二つを組み合わせた物が、衝撃波減衰システム。
レーザーとマイクロ波でプラズマシールドを作り、その衝撃で砲弾や爆発を破壊する。
「おまえら! 静かにしろ! 」
人間の男が叫んでいる。
「テーブルの下に人がいるんだ! 声が聞こえないじゃないか! 」
サッカー選手、和夫が三種族やマークスレイに呼びかけていた。
「……! おい! どこに行く!? 」
和夫の横を小さなクミがトコトコと駆けてゆく。
行先は三種族だ。
あわてて和夫とSPたちが止めにいった。
「やだあ! あいつ等やっつけるんだぁ! 」
この三歳児は、母親と同じことができると思っていた。
SPの盾に隠され、和夫に引きずられていった。
その後ろには、先ほど優太郎が吹き飛ばしたテーブルが瓦礫となって積み上がっている。
おかきも、真志も、SPもユニも、打ち捨てられたテーブルに掴み掛っている。
和夫も三種族に苦々しげな一瞥をくれると、それに加わった。
「あっ! 」
ユニが思わず手を引っ込めた。
その手から血が滴っている。
「気を付けて! 割れたガラス瓶や食器もまざってます! 」
そう言って、再び瓦礫をつかむ。
その時、テーブルの向こうで非常ドアが、その構造を無視して向こう側に吹き飛んだ。
「会長! 」
いかつい顔を出したのは、副会長の石元 巌だ。
「あんた達! 何で来たの!? 」
ユニに言われて巌は、「一磨の予知を聴いてきたんだ! 」と答えた。
その後ろには、他の生徒会員もいる。
「今、テーブルをどかす! 」
巌はそう言って、手をテーブルにかざした。
分厚いドアさえ吹き飛ばした、サイコキネシスを使おうとしたのだ。
だが、ユニに止められた。
「ダメよ! テーブルの下に人がいるの! 下手に動かすと絡まって、どうなるか分からない! 」
「何!? 」
その時、巌の横から顔を出した少女が、瓦礫の一点を指さして叫んだ。
「大丈夫! あのあたりにいるから、その手前までよければいいんです! 」
長めの黒髪を毛先に段差をつけたマッシュレイヤー。切れ目で大人びた顔立ち。
透視能力者のスバル・サンクチュアリだ。
ユニの万物振動と、巌のサイコキネシスが、勢いよく瓦礫を吹き飛ばした。
残った瓦礫に多くの人が張り付き、撤去を続ける。
皆、手に傷をつけながらも、ようやく埋まっていた人を見つけた。
「いたぞ! 」
力なく横たわるのは、ユニを撮影していたカメラマンだった。
「埋まっていたのは、この人だけです! 」
スバルが叫んだ。
「担架持って来い! 」
折りたたみ担架を組み立てていたSPの一人が、総理にそう言われて運んで行った。
それを見た優太郎はあきれてしまった。
「異能力者と言えども、肉体は普通の人間と変わらぬ、という事か。お前たちは、安全な場所に隠れて、超能力を集中させ、我々を謀って来たのだな!? 卑怯な! 軟弱な! 」
滑る床に這いつくばりながらも、声の限り叫んだ。
だが、それに応える人間はいなかった。
無視された優太郎は怒りに震える。
それをきっかけに、体が内側から膨らんでいく。
全身に人間には実現できない力が満ちていくからだ。
元の姿に戻ろうとしている。
マークスレイはそれに反応し、地球人を守るため、最も厚い正面装甲を三種族に向けた。
四本足の先についたタイヤには、電動モーターが内蔵されている。
それぞれがバラバラに動くため、その場で車体を回転させる。
側面装甲が野太いモーター音と共に外れた。
外れた装甲は、車体とほぼ同じ長さの二本の機械腕となった。
車体前部が肩になる。
それでも優太郎に恐れはなかった。
「この星の支配者がチェ連を作った人間であることも! 星の名がスイッチアであるとも! 認めておらぬ! あー! 何をする! 」
マークスレイの左腕についた二本指が、優太郎の胴体をつかんだ。
息苦しいほど腹を押さえこまれ、持ち上げられる。
機械の右腕が、隣にいた海中樹の男を捕まえた。
『このまま変身を続ければ、この腕の中で巨大化した体が逃げることもできず、ちぎれることになりますよ! 』
スピーカー越しに聞こえる、若い女の声。
二本の機械腕は、捕まえた二人を抱きしめるように車体に近づける。
捕まった者達は、それを巨大化する自分達を逃がさないためにすることだと悟った。
海中樹の男は、それに観念したのか抵抗を止めた。
だが、優太郎は諦めなかった。
「何様のつもりだぁ! 」
その叫んだ顔は、もう人間の物ではなかった。
ワニのような、肉食恐竜のような、前に突き出した口に鋭い牙が並ぶ。
変化が進むたびに、着ていたスーツが破れてゆく。
翼がさらに巨大化する。
人間らしい両腕は翼と一体化して、関節を太くする。
すべすべした人間らしい皮膚が波打ち、赤い液体となって滴り落ちた。
ボルケーナが駆けた魔法、ボルケーニウムによる偽装が解けたのだ。
その下から現れたのは、金属同士がこすれる音を立てる銀色の鱗。
長いトカゲのような尾が生える。
十分に巨大化した体は、気合と共にマークスレイの機械腕を弾き飛ばした。
隣で捕まった海中樹の男は、軟弱者とみなして巻き添えにした。
床に降りて足を滑らせるわけにはいかない。
翼を羽ばたかせ、体を浮かせると、今度は全体重を鋭く太いカギヅメを備えた右足にかける。
優太郎が狙うのは、マークスレイの運手席を覆う防弾ガラス。
五二トンの体が加速をかけた爪がせまる。
それに反応してマークスレイは、両腕を運転席の上で交差させる。
防弾ガラスの上には、分厚い防弾シャッターが滑り込んだ。
先ほどの炎を打ち消した衝撃波減衰システムによるバリアが、両腕の上に現れる。
「無駄だ! 」
プラズマの衝撃も、一塊の鉄の足を止めることはできなかった。
カギヅメは上にあった右腕の装甲に突き刺ささり、砲塔まで押しつぶした。
その衝撃は四本足まで伝わり、金属のねじれる嫌な音を上げる。
優太郎は勝利を確信し、再び体を持ち上げた。
もう一度蹴りを放ち、同時に止めの炎を放とうと口に力を込めた。
飛竜の顎に、マークスレイの無事だった左腕が突き出された。
竜は、その装甲の奥から、一本のパイプが突き出されているのを見た。
その奥から、凄まじい圧力で噴出されたのは液体だった。
その圧力だけで竜の炎を消せるほどに。
そして、その効果は、臭くて目に染みる。
優太郎の羽はバランスを失い、顎をマークスレイの腕にぶつけた。
そのまま床に倒れ込み、もだえ苦しんだ。
必死に口の中の物を吐き出しながらも、その本能的な不快感からは逃れられなかった。
スカンク。
暴徒鎮圧用に開発された、イスラエル製の悪臭を放つ兵器だ。
マークスレイの防弾シャッターが開き、その奥の防弾ガラスが鳥の羽のように開く。
ガルウイングドアだ。
その中から出てきたのは、人ではなかった。
左右のドアから一つづつ、大きな猫耳が飛び出してブルブルと震えていた。
その内側から洩れている赤い光。
それを見た時、優太郎の怒りに、張り裂けんばかりだった鼓動が、鷲づかみにされたように縮みあがった。
「ボルケーナ……様……」
三種族の中から、怯える声が漏れ聞こえた。
マークスレイを操縦していたのは、赤い金属のかたまりからビームの触手を伸ばした、ボルケーナ分身体だった。
今は金属のかたまりから大きな猫耳を伸ばしている。
「ぎゃああああ!!! 」
突然、悲鳴をあげて、ひれ伏す海中樹の女。
表情を失ったかと思うと、直立不動の姿勢のまま倒れる天上人の男。
我先に外へ逃げ出そうとする者達もいた。
倒れたり、ひれ伏す者を踏み越えてまで。
擬態を解いて戦おうとする者もいた。
スーツが破れる音に続いて、めりめりと木の裂けるような音。
海中樹が擬態を解いた音だ。
ドン! とガス爆発のような音と共に人間の姿を捨てたのは天上人。
いくつもの金色の雲が生まれ、天井付近で一塊になった。
巨大なエネルギー体となった雲からは、稲妻が跳ぶ。
やがて形が変わり始めた。
巨大な獅子が牙をむく姿になり、地球人に向かっていく!
その動きがピタリと止まった。
その後に、電撃や炎、見えない衝撃が三種族に襲いかかる。
魔術学園生徒会が戦闘を開始したのだ。
「やめろ! 」
意外にも、それを止めたのはボルケーナだった。
マークスレイの操縦席から新たな触手が跳び、まっすぐに双方の攻撃を迎撃した。
「子供の前で、親や友達が戦うところを見せるんじゃない! 」
女神はそう一喝したが。
「そんな! 天上人は切っても焼いても死なない気体ですよ!? 」
抗議の声を上げたのは、テレパシストの城戸 智慧だった。
天上人が動きを止めたのは、彼女が操ったからだ。
いまは足を分厚い石膏でできたギブスで固められている。
その車椅子をスバルが押していた。
三種族には、これにも驚愕した。
自分たちにとっては大変な脅威である女神が、人間たちには怪我人がかばってもおかしくない存在なのか?!
ボルケーナは声で答える代わり、触手で砲塔のあった辺りをまさぐった。
その中から、いくつか砲弾を見つけ出し、それをつかんだまま天上人に叩きつけた。
雲の中で爆発が起こり、破片が動かない雲に降り注ぐ。
次の瞬間、天上人の雲は形を失い、雲が雨になる様に地に落ちた。
ブロックアウトボム。
電動率の高い炭素繊維、カーボンナノチューブを、まき散らし電気製品をショートさせる。
今は繊維を天上人の体内に、まいた。
体内のエネルギーの流れを乱された天上人は、これで行動の自由はかなり奪われた。
「船を切り離すよ! その前に、あのステージ裏にメイトライ5達の装備を回収して! あんた達には、この船の護衛を命じます! 」
次の瞬間、扇状に広がったボルケーナの触手が横なぎにふるわれた。
人間サイズの者も、巨大化した者も等しく、触手に捕らえられた。
三種族はまとめて外へ叩き出され、坂道に叩きつけられた。
つい先ほど、大勢の儀仗に見送られて通ったレッドカーペット。
そこに今は三種族しかいない。
マークスレイが外に出ると、その後ろで巨大な隔壁が降りて中と外を隔てた。
外の様子は、すっかり様変わりしていた。
飛行場には重い戦車のキャタピラが削った跡が長々と残り、大砲の音が引っ切り無しに聞こえる。
目標である山脈には、隠されていた要塞が次々に燃え上がり、醜い黒煙を上げていた。
彼らの頭上を、細長い機体の戦闘ヘリコプターの編隊がやってきて、機関砲やミサイルを放つ。
そして、その隣にいるのは……。
その時、砲撃が優太郎の背中にも始まった。
彼だけではない、巨大化した種族たちは次々に爆炎によってカーペットに押し倒された。
視界の隅で、並んだ10式戦車が砲撃するのが見えた。
巨大な種族が軒並み倒されると、ようやく砲撃は終わった。
液体化された天上人は衝撃で散り散りになったが、彼らは元々そういう種族だ。
空から風を大きく孕む音ともに何かが降りてきた。
その何かが、優太郎の羽にのしかかり、がっちりとつかんだ。
それは、優太郎と同じ太い3本指と、かかとから短い1本の指が伸びた、竜の足だった。
ルルディ騎士団の、揺らめく黒い炎の鎧をまとった飛竜隊が、三種族の拘束に当たっていた。
「お前達! やめろ! 同じ竜ではないか!? 」
優太郎はそう訴えたが、やって来た竜から放たれるのは獣じみた鳴き声だけだ。
「彼らに、話をする能力はありませんよ」
そう侮蔑を込めて答えたのは、飛竜の上で手綱を握った竜騎士だ。
優太郎の羽には一騎づつ、抑え込んでいる。
騎士たちの鎧に変化が生じた。
一度、天に大きく燃え上がったかと思うと、次は雨のように、引力に惹かれて落ちてきた。
黒い粘液となった炎はしかし、三種族に張り付いたまま動かない。
これまで、かろうじて立っていた者たちにもまとわりつき、生き物のように引き倒していく!
『無駄な抵抗は止めろ! 我々は不定形な天上人にも対応している! 』
スピーカーの声とともに、自衛隊も近づいてくる。
機動戦闘車を盾に、自動小銃の89式小銃を構えて近づいてくる。
背中に、小さなガソリンエンジン音を響かせる機械を背負っている隊員もいた。
動力散布機という、本来は粒状の肥料や薬剤を畑に撒くための機械だ。
自衛隊では疫病などを防ぐため、消毒薬をまくために使っている。
今回入っているのは、液体化させた天上人にとどめを刺すための物だ。
三種族には、そんな細かい事情は分からなかった。
だが、自分たちに脅威が迫っているは分かった。
しかも、それは長い年月をかけて隙もなく、鍛えられた物。
それを悟ったところで、挽回できるチャンスなどすでになかった。
これまで強大だと、この星にふさわしいと誇ってきた力が、何の価値もなくなる。
頭が真っ白になる。
隔壁のとじたパーティー会場に変化が生じた。
それは幅200メートル、高さ60メートル、幅30メートルはある赤い長方体。
それがゴムのように揺れ動いたかと思うと、会場に向かって左方向、100メートルほど向こうから白いとがったものが飛び出した。
とがったものは、さらに大きな流線型の物の先端だった。
上半分が平らになっていて、人が歩き回れるようになっている。
太い部分にはたくさんの窓がついており、大砲など武装の類は見えない。
全長200メートルにわたる、その後部が見えてきた。
先端部のようにとがり、その上半分が平らになっている。
異世界ルルディの豪華客船ルルディック。
それは翼も、音もなく空中にふわりと浮かぶと、へさきが空気を切り裂いた風だけを残して、空の彼方へ飛んで行った。
『あなた達は、福岡という地名を知っていますか? 』
PP社のパワードスーツ部隊も、銃を構えて包囲に加わった。
その内の一体がスピーカーで話しかけている。
社長、真脇 応隆の機体だ。
『日本にある都市の名前です。今から2年ほど前、その都市はスイッチアからの侵略を受けました』
「いったい何を言っている? 」
優太郎たち三種族は、この星の自然環境に隠れながら、人類の様子を監視していた。
だが、応隆が言うような様子はなかったはずだ。
『ご存じなくても無理はありません。福岡にやって来たのは、今より未来のスイッチアから来たことがわかっています』
その時、一人の叫び声が応隆の声を引き裂いた。
「弟が! 福岡にいたんだ! 」
包囲網の奥から、一人の自衛官が叫んだのだ。
儀仗の一人だった。
今は制服も埃と煤で汚れ、手にした銃も89式に変わっている。
「うわああああ!!! 」
獣その物の叫びを上げて駆け寄るが、たちまち周囲の隊員に阻まれた。
「はなせ! はなせ! 」
「馬鹿野郎! そんな銃で勝てるか!? 」
そんな騒ぎもその場に置いて、応隆の話は続く。
『福岡にやって来たのは、高度に進化した人工知能に操られた、ロボットです。
その頃のスイッチアは、環境が破壊つくされた、死の世界でした。
ロボットの目的は、当初からなされていたプログラムに従い、人類の生存権を確保すること。
そのために必要な、ある超常物質を求めて福岡へやって来たのです。
その頃のスイッチアには、人間はいなくなっていました。それにもかかわらず、です」
応隆が言葉を切った。
その間にも、話声はあった。
「すべて出鱈目だ! 」「これは夢だ! 早く覚めろ! 」
恐怖で状況が受け入れられなくなった三種族の声が。
その点、優太郎は応隆の言葉を覚えておけるほどの冷静さはあった。
『なぜ、気づかなかったのですか。 このまま戦乱の時代が続けば、お互いに力を失うだけ。
宇宙帝国にしろ、歴戦の疲れで、もはや難民と化している。
星の政治に参加し、宇宙帝国の難民も仲間に入れれば、やがて異星人とも国交が開けたかもしれない。
この星の周辺勢力は、すべて疲弊していましたから。
少なくとも、こんな事には、ならなかった! 』
「うわあ! たすけてくれぇ! 」
今や、優太郎の体は黒い雨が布団のように覆っている。
「いやだ! これはなんなんだ!? なんなんだぁ!? 」
毒でも含まれているのか、体がしびれてきた。
全く体が動けないまま、脳までしびれ、怒りも悔しさも置き去りにしたまま、彼の意識は黒く溶けた。
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