第6話 主人公はいつもクミ

 雪をかぶった山頂から、白糸のように流れる川が、やがて合わさって青い大きな流れになる。

 その川が長い年月をかけて山を削り、ベルム山脈の中腹に小さいながら平地を作り出した。

 周りの山肌は、やわらかい土を削り取られたぶん、天然杉の間に硬い地層が崖として切り立っている。

 その川に並行するように作られた空港は、川がわける平地の半分と、山の一部を削って造られた。

 今はビーッビーッという警告音を鳴らす空港には、一機の飛行機もなかった。

 代わりに駐車していた、全長2キロある巨大な真っ赤なスポーツカー。

 未来に生まれる惑星の守護神、ボルケーナの仮の姿だ。

 その車体が突如、いくつものゴツゴツした岩石に分かれたかと思うと、巨大な三角錐に変わった。

 その頂点から天に放たれたのは、真っ赤な、地球上の、どこの実験施設でも再現できない真っ赤な高出力ビーム。

 ビームは空中に浮かんだ無数の岩石、赤いボルケーニウムのかたまりが受け止めた。

 受け止められたビームは方向を変える。Uターンする物まである。

 光の軌道は、巨大な人型を生み出した。

 熱さは不思議と感じない。

 熱エネルギーさえ、往復するビームの中に閉じ込めているためだ。

 顔にはボルケーニウムが集まり、猫のような耳を持つ真脇 達美の姿をまねている。

 その耳がピクピク震えている。

 これは機嫌の悪い時の達美の癖だ。


 それを見た魔術学園生徒会のメンバーは、そういえば……と思いだした。

 本物の真脇 達美が言っていたことだ。

「つねづねボルケーナは言っていました。予言をつぶすには、自分が一番派手に暴れればいいって」

 魔界貴族、狛菱 武産や生徒会の予知能力者、黒木 一磨の予言には、あんな巨人はいなかった。

 女神は自分の発言を実行して見せたわけだ。


 女神の右拳が、光のパンチとしか表現しかできない巨大なビームを要塞に突きたてた。

 その直前、ビームの中に小さな影が飲み込まれた。

 それは肉眼で見てもわからないほど小さな影だ。


 魔術学園高等部生徒会長、ユニバース・ニューマンは、ボルケーナに続く広い赤絨毯をひいたランプウェイの真ん中で立ち止まり、その様子を見ていた。

 おそらく、二つあった影のうち、一つは達美だと確信している。

 狛菱 武産の予言を見た後、達美が来た道を戻っていくのを見た。

 もう一つの影は、武産に違いない。

 致傷から飛び立つ一瞬、白い長い髪が、日の光を反射して波打つのが見えた。


 ユニは、武産を見ていると辛くなる。

 私は、あの娘くらいの歳には流行病で生死の境をさまよった。

 同じ病で死んだ妹が生きていればあのくらい。

 そんな事ばかり考えてしまう。

 ユニの世界では、異能力を持つ者は奴隷だった。

 だが武産のいる世界ルルディでは貴族として取り立てられる。

 原因は、いろいろ考えられる。

 まず、異能力者と無能力者の割合が違う。

 ティモテオス・J・ビーチャムの世界に至っては、もともと60億人もいたのに能力を発揮したのはティモシーたった一人だ。


 ユニの世界では、異能力者が圧倒的に少数だった。

 他にも、無能力者でとつかえる科学技術が進歩していた。

 これによって、無能力者がやったことは、異能力者の弾圧だった。

 今でも耳にこびりついているプロパガンダ。

「その能力の意味を問え! 」「その能力は人を堕落させる! 」「だからこそ、厳しい規制が必要となるのだ! 」

 その頃、狛菱家は日本に異能力者のノウハウを教えるための人員を集めていた。

 あのプロパガンダを言っていた奴らは、狛菱家が用意した金塊を見ると、あっさりとユニたちを売り払った。


 カシャッカヤッと、根性のあるカメラマンが彼女の写真を撮っている。

 ユニの他にも、立ち止まる生徒会員はいた。

 チェ連との戦闘は、未だに予断を許さない。

 他のチェ連軍基地からの応援があるからだ。

 立ち止まる者達の目は、自分が行けば、もっとうまくいくんじゃないか? と思う目だ。

 彼らの周りで、儀仗をしていた自衛官たちが避難するよう必死で呼びかけている。

 だがユニは動けない。あることが気にかかっていた。

 空港の管制ビル。

 聴こえる銃声は、警備のチェ連兵と自衛官によるものだ。

 あの1階には大きなシャッターがある。

 それは地下要塞から戦車や歩兵、戦闘機などを空港へ直接上げるための物。

 塞がなくてはならない。

 でも、どうやって?

 爆薬を仕掛けて、トンネルを爆破する。

 これは時間がかかりすぎる。

 戦車などを突っ込ませ、そのまま防壁とする。

 時間はかからないが、貴重な戦力を失うことになる。


 ユニは、あらゆるものを振動させ、破壊することもできる異能力者だ。

 直径900キロの宇宙船を叩き割ったこともある。

 結局、ユニ自身が潰すのが最も合理的なような気がした。

 行かねばならない。それが、みんなの安全のためだから。


 その時、頭上で赤い大きな布のようなものがひらめいた。

 ボルケーナのスカートが広がったのだ。

 ビームの右足とその終点となる靴、太いヒールでかかとを上げる真っ赤なパンプスが持ち上がっている。

 左足はパーティー会場を収めたボルケーニウムの建造物の上に立った。

 パンプスはボルケーニウムのかたまりだ。

 それが分裂すると、ビームを触手のようにたなびかせる赤いクラゲのようなものが生まれた。

 無数のクラゲが宙を舞い、管制ビルに壁や窓を破って突入した。

 やがて、複数のボルケーニウムに支えられたチェ連兵が空を飛ばされて連れ出される。

 行先はビルを包囲していた完全武装の自衛隊だ。

「あんたたち。パンツのタダ見が許されると思ってるのかい? 」

 まさに天の声。対象を絞らない途轍もなく大きな怒り声が響いた。

 次の瞬間、彼女の足が管制ビルを踏みつぶした。

 ビームででき足にコンクリートや鉄塔が倒れてぶつかると、真っ赤に溶解して滴った。


 ユニは、その様子を呆然と見ていた。

 彼女が我に返った時、このシャッターチャンスなのにカメラマンのシャッター音が止まっていることに気付いた。

 その時、彼女の腰に何かやわらかい物がぶつかった。

 やわらかい物が腰にしがみ付き、押し倒した。

 目の前には、四角い灰色の枠を持つ、ゲートが開く!


 ユニはゲートを踏み越えた先で、つんのめりながらも立ち止った。

「ママ―!! 」

「ぐふっ! 」

 次は、腹に硬い物が突っ込んできた。

 その勢いに負け、崩れ落ちる。

「うわ~ん! え~ん! 」

 ユニの腹にしがみついたのは、息子のクミだった。

 痛みに耐えながら、涙目になりながらも、ユニは息子を抱きしめた。

「クミ! クミ! 」

 それに対し、周囲の声は。

「一番強い異能力者を倒した! 」

「すげえ! 」

 ユニは自分を突飛ばしたもの見るため、後ろを見てみた。

 キャロライン・レゴレッタの黒い肌の小さな影が見えた。

 膝に手を当て、激しく息をしている。

 さっきのテレポートは、キャロの力だったのだ。

「キャロ―!」

 心配したユニが話しかけようとしたが、キャロは手でそれを制した。

 そして一度大きく息を吸うと、その姿が揺らぎ、やがて消えていった。

 また、誰かを連れに行ったのだ。


 そこは、ボルケーナ内部のパーティー会場だった。

 天井からは、太陽光を光ファイバーで引きこんだ巨大なシャンデリアが、こうこうと輝いている。

 壁は外からも見えた、白地に金の錦織。

 運転席側の壁には、壁一面を覆う巨大な液晶ディスプレーと、巨大なスピーカー。

 その前には広い舞台があった。

 ふかふかの絨毯はペルシャ製のそれを思わせるもので、赤い地の中に様々な自然物が幾何学的に織り込まれている。

 だが、素晴らしい光景だった面影はそこまでだ。

 並んでいたテーブルはいつの間にか端により集められていた。

 あわてて寄せたためか、テーブルクロスには皿からこぼれたソースなどが飛び散っている。

 空いたスペースには逃げてきた大勢の人たち。

 外からは閃光、爆発音。

 そのたびに、おびえる人々とシャンデリアが揺れる。

 そして、ボルケーナに人の姿を与えられた3種族が、呆然と外を眺めていた。


「ユニバースさん! クミちゃんと一緒にいてあげてください! 」

 立ち上がるユニに突然、知らない男が声をかけた。

 だが、ユニはその男をどこかで見たような気がした。

 ゴリラのようにがっちりした体躯は、スポーツ選手を思わせた。

 そして、逆立つ短い黒髪……。

「あなたは、米入ティターンズの杉井 おかき選手?! 」

 クミが好きな野球選手だ。おかきは、うなずいた。

「クミちゃんは、あなたを迎えるために、一層懸命に頑張ってここに踏みとどまったんです! 」

 もう一人。こちらも体格がいいが、おかきよりはほっそりした男性。

 長い髪を輪ゴムでポニーテールにしていた。

「あなたは? 」

 ユニの質問にクミが、うれしそうに答えた。

「サッカー選手の、五浦 和夫さんだよ! ママ!!」

 クミにとっては、夢のような光景だ。

 3人とも、そろいの黒い革製ジャケットを着ている。

 襟に白いふわふわした毛のついた暖かい物だ。

 その左胸と背中には、白く勢いのある毛筆体で、TOP・ON・THE・WORLDと書かれていた。


「いやはや、勇ましいお坊ちゃんですな」

 再び、声をかけられた。

 相手は、黒い高級そうなスーツを着た、中年男性だ。

 気付けばユニ達の周りには、サブマシンガンや分厚い防弾盾を構えた黒服の男女が取り囲んでいる。護衛警察官、セキュリティ・ポリス、通称SP。

 話しかけた男は内閣総理大臣、前藤 真志だ。

 彼の声は怒る感じはしないながらも、その顔には、無数のひっかき傷があった。

 おかきと和夫の革ジャケットから出た手もそうだ。

 爪のひっかき傷と共に、咬み跡が残っている。

 ユニはクミとの親子喧嘩のたびに散々見た物だ。

 ユニはクミに頭を下げさせ、自分も平謝りした。


「そんな事より、早く我々を非難させてください! 」

 おかきが指差す先は、会場の奥。

 そこには、人一人入れる大きさの、分厚いドアが並び、次々に人が入っていった。

 表面は壁と違和感がないような豪華な装飾が施されている。

 だが裏は、平面でクリーム色に塗られていた。

 ユニには、荒波にも耐える漁船のドアを思い出させた。

 クミの首根っこをつかんだまま、そこへ向かう。


 会場に再びキャロが現れた。

 今度は一磨を連れていた。

「もうだめ。もう限界」

 汗だくになり、倒れ込んだキャロに、一磨が肩をかした。 


 身長5メートルほどの巨人が外からやって来た。

 白い肌と赤い髭。魔術学園の制服が、破れることなく角ばった筋肉に張り付いている。

 巨人体となったティモシーが、コンクリートブロックのようになった顎を動かすと、とてつもなく低い声が響く。

「近くにいた父兄は、これで全部だ」

 ティモシーが胸に抱いていた、スバル・サンクチュアリ似の夫と、おなかの大きな妻の夫婦を床に下した。

 ティモシーの体が縮む。すると伸縮自在の制服も縮み、見慣れたいつもの姿になった。

 そして、ドアをくぐった。


「あなた達も来なさい! 死にたいのか!? 」

 真志総理が未だに呆然とする3種族に叫んだ。

 もう会場には、3種族と総理、SP、和夫とおかき、ユニとクミ親子だけになった。

 だが呼びかけられた彼らは、顔を引きつらせ、そして。

 グシャグシャっと音を立て、凄まじい圧力に負けたテーブルが、ドアへの道をふさいだ。

 熱い炎が、地球人達に襲いかかる。

「何しやがる! 」

 和夫が叫んだ相手は、鉄の羽を持つ地中竜だ。

 彼らはその羽の筋力と内側から出るジェットの火で、テーブルをまとめて薙ぎ払ったのだ。


「し、信用できぬ……」

 地中竜は、絞り出すようにして答えた。

「そうだ。お前達も人間だ。チェ連人も人間だ。戦いあう人間をどう信じられる? 」

 背中に結晶体を背負う海中樹も、おびえきっている。

 天上人達も、同じ顔で恐れおののいていた。

 それに対して、総理の答えは。

「それもそうか。自衛隊の最高指揮官は私だからな。

 では私ではなく、彼らを信じるのはどうだろう? 」

 そして、おかきと和夫たちを指さした。

「彼らは自衛官でも魔術学園でもない。トップ・オン・ザ・ワールドというNGO……利益を求めない慈善事業団体だ。

 目的は、命にかかわるような病気やけがを抱えた子供たちの夢を、世界一流の技術を持って実現する。

 そうすることで、生きる願いを奮い立たせることを願っている」

 おかきが、説明を引き継いだ。

「今回は、先天性四肢欠損症、生まれつき手足のない女の子からの要望です。

 クミ君をお母さんの迎えに送ってあげて欲しい。

 一緒に行ってほしい人がいるなら、その選定は彼に任せる。

 そして、その目で人を召喚する異世界というものを見てきてほしい。

 そういう内容です」

 和夫が、ユニに振り向いて言った。

「そのクライアント、どうやらあなたのファンらしいですよ。

 会ってもらえないでしょうか?

 トップ・オン・ザ・ワールドは一回しか利用できないから、個人的にということになりますが」

 ユニは、「ええ。帰ったら、ぜひそうさせてもらうわ」と答えた。


「な、何を言っているのか、さっぱりわからん。

 スパイに来たという解釈でいいのだな!? 」

 そう言って、足を踏み鳴らし近づいてくるのは、天上人だ。

「な、なんでそうなるの!? 」

 自分たちの意思を踏みにじる厳しい解釈に、ユニは怒りに震えた。

 その振動が、床をびりびりと揺らす。


 地球人達には、まだ言いたいことがあった。

 所が、ブッブーと車のクラクションが聞こえた。

 地球人達は、車が通ると思い、後ろに下がってスペースを開ける。

「臆したか! 」

 だが3種族は、さらに地球人に近づいてくる。

 その怒る目には、地球人しか映っていなかった。


 ギギギ! ズザザザザー!

 坂のレッドカーペットが凄まじい爆音とともにむしれる音がした時、初めて黒い大きな車が駆けあがってくるのに気が付いた。

 黒い車は一目で装甲車とわかる、角ばった形をしていた。

 正面からの銃撃をそらすため、金属の板を溶接した形だ。

 だが、その姿はチェ連にも地球にもなかった姿だ。

 車の後ろからは、ジェットエンジンの赤く凄まじい排気が見える。

 とっさの事で動けない3種族の目の前を、その装甲車がかすめ、弱まったとはいえジェットの排気と、破れ、めくれた絨毯を叩きつけて止まった。

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