第5話 光の行先

「撃って! 」

 達美の誘導にしたがったPP社の警備員たちが、保有する火器を一斉に放った。

 とはいっても、持つのは小さな鉄の塊を高速でぶつける、昔ながらの口径5.56ミリ自動小銃。

 パワードスーツ、ドラゴンマニキュアを着たところで、それは変わらない。

 身長4メートルあるドラゴンドレスにしても、口径が12.7ミリに大きくなるだけだ。

 そしてフルオートで発射する銃など、3秒で弾切れになる。

 今はタイミングを合わせ、弾幕を少しでも集中させなければ効果はない。


 目標は、武産や一磨が予知した5発の短距離弾道ミサイル。

 達美にも、それの爆発や黒煙が、山頂に雲と雪を冠とする、雄大なベルム山脈をぶち壊しにするのは分かっていた。

 飛び出したミサイルは全長が約6メートル。直径50センチメートルほど。

 速度はマッハ3。射程が125キロメートルある。

 弾頭は様々。あれは歩兵や軽車両を対象にする小型爆弾、または対人地雷。

 戦車などの装甲の熱い兵器を対象にする成形炸薬子弾を200発近くまき散らすタイプもある。

 一つ都合の良い点を挙げるとすれば、チェ連は核兵器を使いたがらないことだ。


 頭を出したばかりのミサイルが1つ、弾幕に捕らえられ、おさめられたサイロで爆発。

 その衝撃がほかのサイロに伝わり、ミサイルが次々に爆発する。

 かろうじて飛び出した2発目も、エンジンからの噴射が無茶苦茶な方向に吹き出し、空中でぐるぐる回転した後、山に突っ込んだ。

 

 弾幕の3秒が終わった。

 逃れたミサイルは3発。

 

 達美は頭をミサイルに向け、急降下を始めた。

 背中のジェットパックに意識を集中させる。

 ジェットエンジンの中で、空気を加熱・膨張させるのにつかわれるレーザー。

 鏡を使ってエンジン内を回転するレーザーを、鏡の角度を変えることで前方へ発射する。

 3発のミサイルは、たちまち先端の鉄板を横一文字に赤く焼切られた。

 たちまち弾頭が燃え上がり、殺傷力のある衝撃と熱、鉄片が吐き出される。


 達美は羽をたたみ、手足をちぢめて丸くなった。

 破壊の力に当たらないようにするためだ。

 衝撃に揺さぶられないため、関節の油圧システムを固定する。

 首を縮め、心臓と脳の距離を最短にする。

 轟音。爆音。

 衝撃が止んだ。

 チタン製の骨格は、それに耐えてくれた。

 翼を戻し、姿勢をなおして巡回飛行に戻る。


「ドラゴンメイド!! そこを動くな! 」

 自分のレイドリフトとしての名を呼ぶ声に気付き、達美は下を見た。

 自分を追う人間大の白と黒の影が見えた。

 武産だ。

 今はレイドリフト2号の証である1号と同じ牙を掘りこんだ黒塗りの面頬を口元に、背中から白い羽が生えている。

 黒いレザーアーマーのドレスに彩られた白い魔界文字列が、彼女の魔力で浮かび上がり、力を行使しているのだ。

 まっすぐドラゴンメイドの高度まで飛んでくると、軌道を90度曲げて横に並ぶ。

 航空機などの航空力学を無視した動きだ。

「あんたの照準! めちゃくちゃよ! 」

 レイドリフト2号が大きな双眼鏡のようなものを手にしていた。

 ターゲット・ロケータ。

 自衛隊も使う、隊員個人で使える目標補足装置。

 GPSにより現在位置を測定し、レーザー測量機で目標との距離を測る。

 ビデオカメラ、夜間でも赤外線センサで目標を捕捉し、無線で味方に観測情報を送れる。

 スイッチアにはGPS衛星がないため、地球人が仮設した携帯電話用の気球無線中継システムを使っている。

「これ使って! 」

 2号が投げてよこしたターゲット・ロケータを、ドラゴンメイドは軌道を変えてよけた。

 落下するターゲット・ロケータは、3つのリングに変わり、消えていった。

 リングにそれぞれ書かれた魔界文字は、ターゲット・ロケータの形になる。ドラゴンメイドに張り付く。重力を大きくして、地上まで落とす。

「さすがに、わかっちゃうわね」

 2号が悪びれた様子で言った。

 ドラゴンメイドの猫の脳には、こういう使い方もある。

 通常のカメラに解析システムをつけても、魔術のような通常物理では、あり得ない光景を見た場合、役に立たないことがある。

 カメラについた汚れと区別がつかないことがあるのだ。

 その点、猫にはもともと、この世のものではない者を見る力がある。

 真脇 達美が魔術学園にいるのは、その観測能力の高さ、教材としての価値があるからだ。

 決して生徒として在学しているわけではない。


 それに、2号がうそをついた理由もわかる。

「わかってるよ。私たちを確実に帰すためでしょ」

 そう、それが2号達の任務だからだ。


「おっと」

 2号が、要塞から放たれた自分たちに向かってくる対空ミサイルを見つけた。

 両手をそろえて、長い棒を握るような形にする。

 たちまち光の輪が無数に生み出され、重なり合い、棒状になる。

 その先端に、槍の切っ先として大きなリングがうまれた。

 柄は射程を延ばす。切っ先はすべてを切り裂く。この二つの概念を極限まで高めた、魔槍インウィクトゥス。

「インウー! 」

 そう言ってふるうだけで、柄は伸び、刃先は目標をとらえ、ミサイルははるか下で爆発した。

 対空砲も、鞭のように弾道を大きく揺らしながら迫る。

 二人のレイドリフトは、一人は科学で、もう一人は魔術で確認しつつ、回避し、迎撃する。


 2人のレイドリフトが時間を稼いだ分、体制を整えた自衛隊やルルディ騎士団の攻撃が始まった。

 こんな状況でも、ドラゴンメイドのセンサは周囲の情報を逃がさない。

 まず、空港へのゲートを超え、覆う土壁の外へ出てきたのはルルディ騎士団だった。

 翼の生えた黒馬にまたがった騎兵が中心だ。

 柄の長い槍や斧を持つ歩兵が空港の外で横に広がる。

 彼らの鎧は、黒い炎のようなとがった飾を天にそそり立たせていた。

 その飾りが装着者の魔力を吸い、本物の炎のように揺らめく。

 さらにその炎は高さを増し、要塞と空港の間に天まで届く黒い防壁となった。

 要塞からの攻撃が、雨あられと襲ってくる。

 しかし、そのすべてが防壁の熱で蒸発する。


 その後ろから左右に、自衛隊の10式戦車と機動戦闘車が展開し始めた。

 黒い炎の防壁は、半透明だ。

 自衛隊の車両は次々に砲塔を要塞に向けていく。

 そして防壁の影から出る時、煙幕を張った。

 この煙幕は、アルミ片も入ったレーダー電波を防ぐタイプだ。

 赤外線も防ぐから、外から中を見るのは極めて困難だ。

 当然、中からも。

 要塞からは、やたらめったに撃つしかなかった。

 反対に自衛隊の砲撃は、正確に要塞を打ち抜いていく。

 10式戦車と機動戦闘車の指揮・射撃管制装置には、走行中も主砲の照準を目標に指向し続ける自動追尾機能がある。

 

 生徒会とその迎えは、次々にボルケーナの中へ逃げ込んでいる。

 12回もこんな異世界調査をやっていれば、取材陣もなれたものだ。


 一方、エピコス師団長たちの乗る、さっきまで達美達が乗っていたコンボイは……。

「……どうしたの? 」

 コンボイを構成する装甲車は、土壁の内側、空港の敷地内にいた。

 いや、達美の兄である応隆が率いるドラゴンドレス部隊に、引きずられるようにして連れてこられたのだ。

 その途中で立ち止まっている車もあれば、アスファルトに濃く黒いタイヤ跡をきざみ、暴れている車もある。

 あたりには、エピコスワインのロゴが入った木箱が幾つも転がっていた。

 パーティ会場に運ばれるはずだった物だ。 

 止まっていた装甲車の一台の上に、ハッチが開き、兵士が上半身を出した。

 その前には、社債された重機関銃がある。

 兵士はそれを動かし、ドラゴンドレス・マーク7の一台に向けた!

 データリンクが示す。向けられたのは兄、応隆の機体。

「うそっ! 」

 ドラゴンメイドは思わずそう叫んだ。

 間違えようがない。仕掛けたのは書記長たちの乗る車だ。

 ドラゴンメイドは、兄のそばに加わりたいという衝動に駆られる。

 少なくともイストリア書記長やエピコス師団長は、国民本位の指導者だ。

 そう信じていた。

 異世界から来た魔術学園生徒会を、まっとうな人間として扱ってくれた。

 だからこそ、ここまで連れてきてくれたのではなかったか?

 それが、ボルケーナを見たくらいで、こんなに取り乱し、攻撃するようなことするか?!


 それでも、間違いなくチェ連の最高権力者は地球人に銃を向けていた。

 だがその重機関銃を、より素早い動きでドラゴンドレス・マーク7が殴り落とした。

 この一撃で、銃身は下にねじ曲がってしまった。

 兵士はあわてて車内に戻る。

 応隆は、素早く装甲車の上に駆け上がり、馬乗りになった。

 機体は車体後ろに向き、その機械うでが車体後ろをまさぐった。

 分厚いドアが、あっさり引きちぎられた。

 開けられたドアの前には、集めの装甲を誇るドラゴンマニキュア・マーク4。

 彼が、開け放たれたドアに向かい、銃を撃った。

 データリンクは、その弾丸が殺傷力のない、電撃で相手の動きを止める物だと示している。

 いわゆる、ワイヤレステーザー。

 だが、達美には割り切れない思いがあった。

 ドラゴンマニキュアを着た警備員たちが、次々に装甲車から気絶した兵士たちを引きずり出す。


 これで、終わりなのか?

 ドラゴンメイドには、そう思えなかった。

「もしかすると……」

 木々の間には、分厚い鉄筋コンクリートで大砲や対空機関砲を守った防御陣地。

 それより、なにより目立つのは、直径100メートルはある鉄筋コンクリートのドーム。

 雄大な山脈の中で灰色のカビのように見える。

 その奥がマトリックス海南エリアの方面隊司令部だ。


「わたしたち、あの要塞に侵入したことがあるの」

 ドラゴンメイドの言葉は、2号も聴いていたことだ。

「ああ、マトリックス海沿岸地域を、取りあえずの拠点にするのに、邪魔だったから」

 武産の白い顔が、さらに青ざめる。

「でも、それは征服ではあるまいか」

「その話はあと! ねえ2号。その槍で厚さ12メートルの鉄筋コンクリートって打ち抜ける? 」

 バンカーバスターで有名な、地球でこういう要塞を攻撃するのにつかわれる地中貫通爆弾は、粘土層なら30メートル。鉄筋コンクリートならロケットで加速して6.7メートルまで貫通したという。

 それは予想外の質問だったのか、2号はぎょっとして、ドラゴンメイドと直径100メートルのドームを見比べた。

 流石に目が早いと、ドラゴンメイドは思った。

「あれを打ち抜くの? 」

「そう」

「できなくはないけど、穴掘りならボルケーナの方が早いよ。きっと」

 確かに、あのドナーが鉱山の女神でもあり、どこまでも山を掘り進めることは知っている。しかし……。

「やめとこう。用があるのは基地司令部のスーパーコンピュータだから。あいつが掘るのは質量攻撃―」

 ドラゴンメイドが言いかけた時、恨めしそうな声がした。

「誰がガサツだってぇ? 」

 突然、辺りの空が赤く染まった。

 ドラゴンメイドと2号をおう、無数のミサイルと砲火。

 それをきらびやかな赤い光線が、山も溶けよとばかりに、その熱をもって薙ぎ払ったのだ。

 光線が止んだ時、周囲に奇妙な物が浮かんでいることに気が付いた。

「あ、赤いクラゲ!? 」

 それは、ボルケーナのマジックボイスに似ていた。

 赤い石が燃えるように見える概念のかたまりが、先ほどの光線と同じものを彗星の尾のように引きながら漂っている。

 ただし、その大きさと数はけた違いだ。

 石は直径2~3メートルほどの岩石だし、数は確実に3桁に迫っている。

「無断で悪いけど、達美の姿を参考にさせてもらったよ」

 いつの間にか、ボルケーナのマジックボイスが戻ってきていた。

 ドラゴンメイドと2号のすぐ下の軌道には、中央をえぐられた岩石がついてきていた。

 人2人がちょうど乗れるボートのようだ。

 レイドリフトたちは、迷わずそれに乗り込んだが、頭の中には先ほどの1号の言葉が響いていた。

(あの、ずしっ! とくるのを感じたことがありませんか? )

 あるに決まっている。

 二人を乗せたボートは、たちまち空高く浮かび上がり、雲を超えた。


 巨大なスポーツカー型宇宙船だったボルケーナの体。

 それは無数の燃える岩石、溶岩に分裂し、天高く間をあけながら浮かんでいた。

 その間を結ぶのは、あの光線だ。

 それが今、山脈をこえる8キロメートルの高さまで広がっている。

「誰がガサツだってぇ? 」

 腕を下したボルケーナの、達美そっくりの顔。

 そこだけは光線を使わず、ボルケーニウムだけで作られていた。

 その不敵な笑い、その全身は、真っ赤なレースをふんだんに使った、裾の長いドレスを着た達美そのものだった。

「ガサツとは言ってない! パワーがありすぎて困ると思っただけです!

 ところで、チェ連の人には謝ったの? 」

 ドラゴンメイドの言葉に、ボルケーナは泣きそうな顔になった。

「謝ったよ。でも、何も聞いてくれなかった。何を言っても耳に入れないみたいだった」

 この言葉に、ドラゴンメイドは確信を持った。

 自力で考える能力を持つ人間が、それを放棄する。

 そんな恥知らずな選択を人が選ぶ状況を、生徒会は見つけた。

「じゃあ、二人に手伝ってほしいんだけど、いい? 」

 ドラゴンメイドの要望に、ボルケーナがうなづいた。

「OK! 新開発の荷電粒子ビーム工法をご覧あれ! 」

 だが、2号が止めに入った。

「まって! もうすでに要塞への突入作戦は動いてるの」

 2号が、左手首の腕時計型スマホを見せた。

 映るのは2次元バーコード。

 だが、達美にはそれで十分だ。

 本来機密のはずの、作戦士官同士が見ることのできるネットワークへのパスワード。


 第1に見つけた砲台を破壊し、非戦闘員を非難させる。これは現在実行中。

 ここにいるレイドリフトは、1号、2号、ドラゴンメイド、ワイバーン、メイトライ5。

 最後の二つに、思わず達美の顔がほころぶ。

 山のふもと、フセン市でパレードの準備をしていた部隊も、展開中。

 航空機も向かっている。

 今、宇宙空間に展開している4人のレイドリフト、ディスダイン、メタトロン、バイト、マイスターが降下を始めている。

 突入は、その後だ。

 心強いが、ドラゴンメイドは首を横に振った。

「3時間もかかるじゃないの! まずは私たちが突入して、あとは他の自主性に任せるしかないみたい」

「そっか。じゃあ急ごう」

 ボルケーナがそう言うと、ゴロゴロと、雷が連続してなる音がした。

 次の瞬間、ボートにボルケーナの右拳が猛スピードで迫ってきた!

「「うわっ!! 」」

 たちまち拳の中に消えるボート。

 拳、そして腕の中は、溶岩のオーラで包まれた穴だった。

 拳は半透明で、まっすぐ二人を乗せたまま、ドームに伸びていく。

 ドームに当たった拳が、コンクリートと鉄骨を真っ赤に溶かす。

 拳全体がドリルのように回転し、溶けたドームを周囲にかき出す。

 ボルケーナにとっては、指先一つの作業。

 それは正確にドームを貫き、ドラゴンメイドと2号の前に直径2メートルほどの穴として結果を出した。

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