第57話 半径16億キロメートルの結婚式
目覚めを促されている。
「おい、起きろ。起きろ」
震えた声に肩を揺すられる。
おびえた、つらい境遇を伝える声だ。
でも、従いたくない。
嫌なんだ。
あいつが、襲ってくるんだ!
そう考えると、いきなり頭がい骨を貫ぬくような衝撃が走った。
痛みとともに、首も大きくねじ曲がる!
「うわー!! あいつだ!! 」
とっさに腕で防ごうとする。
でも、それはできなかった。
なぜなら殴りつけてくるのは、自分の腕だからだ。
見える!
絶え間ないパンチのわずかな隙間が、黄金色に輝くのが!
今の自分の体の色が、目にしみる。
合体黄金怪獣。
だがこれは、地球人が勝手に付けた名前だ。
本当は名前さえ付けられなかった。
人間と様々な動植物を合体させたモンスターは、幾多の意思が合体前のまま体の各部に存在するため、こうやって自分で自分に攻撃する!
「やめろ!やめてくれ!」
自分の拳から逃れようと、転げまわる。
それでも腕は殴る。
「わかった!僕が悪かった!」
ついには、首に両手を押し付ける。
首を絞めるつもりだ。
殺すつもりだ。仲間なのに!
そのことを察した時、何を言えばいいか、思いついた。
「起きます! 立ちます! 」
手が止まった。
「敵を倒すまで、もう休みません! 」
手が離れていく。
生きのびた。
その喜びに胸が熱くなる。
さっき思いつき、口にした言葉は、まさに天啓のように思えた。
だが、その熱さもすぐに冷める。
また、苦しむ時間が延びただけだ。
この合体黄金怪獣の中枢精神は、まさに気が狂わんばかりだった。
自分たちはすでに、降参したはずなのに。
宇宙帝国も見捨てることはなく、迎えの宇宙船を送ってくれたはずなのに。
それを壊したのは誰だ。
あいつらだ。今も戦い続けたがる奴らだ。
それは自分の腕。
それが怖い。憎い。
この戦いで見たどんな高性能の兵器よりも、目の前にある二本の腕が、憎い。
すぐに自分の命を奪える存在が、一番強い!
あきらめて立ちがろうと、足に力を入れる。
腕も、立ち上がるためなら従うはずだ。
そのはずなのに、体が動かなかった。
それどころか、腕が何かに押さえつけられているのに、やっと気づいた。
「おい、気がついたか? 」
困惑しながらも目を開けると、両腕はさらに巨大な金色に抑え込まれていた。
土や燃え炭にまみれて汚れた金色に。
「気が付いたんだな」
口がツンと前に突きだし、三角形の2つの耳をつき上げた頭。
その声は、さっきから起こそうと話しかける声と同じだ。
キツネのような顔をした巨人が、左腕を抱え込んでいた。
右腕とは牛の頭を持つ巨人が抑えこむ。
2人とも、笑ってはいた。
疲労と恐怖をにじませながら。
「え、はい……」
なんとか答えられた。
腕の動きが止まった。
抑え込む力の強さに、暴れてもムダだと思い知ったのだ。
「一体、何がどうなったんだ?」
僕の質問にキツネの方が答える。
腕は2人に抑えられたままだ。
「俺たちは、彼らに生かされたんだ。
合体はできなくなっているのは、どうやったかわからんがな」
今いる場所は、山の谷間だった。
酸性雨にやられて灰色になった、ボロボロの木々。
谷の向こうに、海に面した都市が見える。
フセン市だ。
間違い無く、スイッチアの景色だ。
おかしい。日本にいたはずなのに。
だが思いだした。
突然現れたくさび帷子の女に、空中に現れたブラックホールに吸い込まれたんだ。
そして連れてこられたのが、ここか。
谷の朽ちた木々の間に押し込むように、巨人や巨獣が力なく佇んでいる。
皆、自分と同じ金色の巨体。
無敵のはずの姿が、微動だにせず並んでいる。
強い疑問が浮かぶ光景だった。
空には地球人の宇宙戦艦が目と鼻の先に飛んでいるのに。
全体に砲身を突きだした黒い戦艦がある。
学園艦隊の旗艦、ルビー・アガスティア。
その出で立ちは空気抵抗など一切考慮していない。
あきれるほどの重武装とは、この事だと思わせる。
もう1つは欠けた月を思わせる、滑らかで鋭い白い船だ。
これは地球の物ではなく、友好的な異世界ルルディからやって来た。
豪華客船ルルディック。
地球人と同盟を結んだ、スイッチアの首脳も乗っている。
青い半透明でドロドロの粘液に包まれた、巨大なカメラがそれに続く。
丸いレンズを機械が支える、あのカメラが。
学園艦隊の多次元管制艦、ヤラ。
粘液の中で、カメラの後ろから4本の棒状のパーツが下りてきた。
多次元レーダーだが、合体黄金怪獣はそれを知らない。
多次元レーダーたちは2本で1組に、縦長につながった。
そして粘液を引き連れながら、地面へ下りていく。
足となるために。
粘液は左右にも細長く伸びていく。
それは腕だ。
ズズゥンと地響きを上げて、立ち上がる。
足元の巨人を踏みにじるようなことは、しなかった。
不思議だ。
どれも200メートルを超える巨大さ。
飛び交う高度もわずかだ。
なのに、誰も見ようとしない。
ある者は虚空をにらみ、ある者は谷底の小川におののいている。
まるで、そういう金属像のように……。
それが何か、意思を奪われ、体を動かす能力も奪われた者は何かを考えた。
「……ムクロ……」
そうだ。骸。死体。死骸。屍体。遺体。亡骸。
腹に、巨大な氷を飲み込んだような不快感が広がる。
ふたたび腕が暴れだす。
冷たい恐怖は全身を駆け巡り、戦いたがる意思をふたたび揺り起こした。
「ああっ! 」
キツネ顔が声をあげる。
左腕がいましめを振りほどき、拳に雷をまとって天を衝いた!
その先にいたのは、人影だった。
本当に人影。人間サイズの影だった。
人影は青白い光を反射し、まばゆく輝いた。
その背後で、ひらめくのは赤いマント。
一瞬で、轟音とともに空気が焼けた!
怪人の影も空気と同じ運命をたどった、そう思っても不思議はなかった。
だが。
【凝固剤、使う? 】
電撃が消えた後には、あの銀色の怪人が浮かんでいた。
銀色なのは、全身の鎧のためだ。
隙間なくおおう防御力と、中の人間の動きを妨げない繊細さをあわせ持つ。
だが合体黄金怪獣には、美しさを感じる繊細さの方が勝って見えた。
それに、困惑はまだ消えない。
【私の名はクク。ボルケーナのお母さんです】
またテレパシー。
背後にひるがえる赤いマントは、分厚く毛が立っている。
立った毛は輝いて、風にのって波となる。
そして鎧にもマントにも、灰1つ付いていない。
【凝固剤、使う?】
また、たずねられた。
テレパシーだ。
甘さをたたえた女の声が耳を通らず、脳の中に直接語りかける。
「ぎょうこざいって……? 」
「アー!! 」「ワー!!! 」
質問と、腕からの絶叫が赤いマントに飛ぶのは、同時だった。
両腕はともに拘束者をはじき飛ばしていた。
地面に叩きつけられた、激しい音と振動。
そしてククに電撃を放つ!
本来電気を通さない空気を無理やり切り裂くエネルギー。
鋭くしなるムチのように暴れる。
にもかかわらず、赤いマントのすぐ手前で、虚しく宙を切っている。
ふと、このククという女神ーー地球側の最強戦力、ボルケーナの親だというなら、確かだーーは途方もなく巨大で、はるか彼方にいるため、電撃がとどかない。という想像が浮かんだ。
いや、それはあり得ない。
ククの後ろには、確かにヤラが立っている。
自分との距離は10メートルあるか無いかだ。
電撃は、矢継ぎ早に飛んでいる。
にもかかわらず、わずかな距離しか飛ばずに、弱まっている!
知る限り、そんなことをする物理法則は、ないはずだ。
【凝固剤の出どころ、気になる?】
テレパシーの主は、何も気にしていないように感じられた。
自分に迫る殺意も力も。
【元はボルケーナのための物なの。
あの子は何にでも化けることができるけど、体のボルケーニウムは液体だから。
長い間人間に化けると、腰のあたりで折れるの。
それを防ぐのが凝固剤。
ただし、どこに注入するか決めないと、全身が固まってしまうの】
それが、地球側の快進撃の秘密か。
本来なら天上人は金色の霧状だから物理攻撃が効かない。
しかも電撃などの高エネルギー攻撃ができる。
その強大さは粘液状に圧縮され、合体してからも同じ、はずだったのに。
【ボルケーナ自身は、もう「自分の個性を受け入れよう」って言って使わなくなったけど、まさか天上人に効くとはね】
個性!? と、信じられない気持ちで想いをはせた。
ボルケーナの、赤い毛むくじゃらのワニが二本足で立ち上がったような姿を思い浮かべた。
身長は1メートルほどだが、尾と白い鳥のような羽根がかさばり、前後に人間3人分は占める。
彼女は宇宙怪獣だ。
それを個性ですませるとは。
「うわー!」
両腕は再び拘束しようとする巨人にも目がけ、炎を吹きかける。
【ボルケーナも自分の個性に苦しんだことがあるんだよ】
ククの語りは相変わらず。
しかし、時間としてはわずかだ。
【私たちにも帰るべき世界があってね。
そこで宇宙の時間を管理して、大規模災害が起こらないように働くのが私たち神族の仕事。
その神族になる修行の締めくくりに、別の世界へ自力で旅してくる、ってのがあるの。
でも、あの子はあの通り、司るのは熱と質量でしょ。
どこへ行っても変な隕石が兵器だと思われて、攻撃されて泣いて帰ってくる。その繰り返しだった。
地球に行けたのは、宇宙飛行士だったミカエルちゃんや信吾くん達が交渉してくれたから。
本当、感謝しても仕切れないよ! 】
テレパシーなら、一瞬で伝えたいことが伝わる。
【でも、あの子はもともとミッションスクールに通いたかったんだよね】
「ミッションスクール、って?」
【キリスト教という宗教の教会や信者が、その信仰に基づいて教育する学校のことよ。
でも、宇宙怪獣に対する教育は行っていないということで、魔術学園に入れられた。
だけどね、そこ人間達にも怖がられた。
新しい学校を作ると、そっちに逃げだした。
おかげであの子に同級生はいない。1人だけの入学式なんだよね】
その声は本当に寂しそうで。切なそうで。
【それでも、残った人に可愛がってくれたから、あの子は健やかに育ってくれたわけだけど。
それが、あの子たち】
そう言って後ろを指差した。
そこにはルビー・アガスティアとヤラがあった。
「ぎゃー!!」
両腕の、あきらめず攻撃を続ける叫び。
負けないように、懇願した。
「凝固剤を、使います! 」
ククは、それを聞き届けた。
すばやく両手を向ける。
その手の前で現れたのは、持ちぬし自身より太そうな、透明な円柱だった。
円柱の先には、鋭い針が付いている。
巨大な注射器だ。
この注射器も電撃の影響は受けていない。
針が、2つに増えた。
「このヤロー!!」
左右から一斉に殴られた。
体全体が痛みと共に引きずられるほどの激しいパンチだ。
「邪魔すんな! 裏切り者ー!! 」
にもかかわらず、注射器の針は正確に突き刺さった。
きらきら輝く針だけが伸びてきたのだ。
見ればクク自身は全く動いていない。
それで腕は止まり、だらりとぶら下がる。
針の刺さる音さえかき消したさけび声は、もう聞こえない。
心底ホッとした。
これでやっと、自分の選択ができる。
自分の……アレ?
「私(僕、俺、あたし、ワイ、おいら)の名前って、なんだっけ?」
それは、合体黄金怪獣になったことにより感じる副作用だ。
ひとつの体の中での意識、脳の奪い合い。
両腕のように独立しようと、今の自分のように結果として融合しようと、異なる意思との衝突は避けられない。
新たな恐怖に襲われる。
ククも、この望まれない変化を見ていたはずなのに。
【まともに受け答えできるなら、良いんじゃない? 】
それは、にべもなく応じた。
【それより、仕事を頼みたいんだけど。いいかな? 】
そう言って後ろを向く。
注射器は、いつの間にか消えていた。
【まずあれを見て、感想を聞かせて欲しいの】
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