第55話 それでも、セカイは痛くてつらい

無理やり切り裂かれた空気が、悲鳴のような風切り音を上げる。

対して自分には、パラシュートなどのスピードを落とす装置はない。

だが、恐れはない。

「ウオォォ! 神獣ボルケーナの戒めを、乗り越えた!! 」

合体黄金怪獣は全身に喜びを満ち溢れさせ、震えた。

「もう、神の手など恐れることはない!!

完璧な進化がーー」

全宇宙に向けた勝利の宣言がしたいから。

「手に入ったのだ!! 」と続くはずだった。

誰にも聴こえなかった宣言は、風切り音より大きな音と衝撃で断ち切られた。

闇夜から山林に、凄まじく激突した。

土砂は巨大な岩さえ、空高く舞い上がる。

まもなく、あたり一面に降り注ぐだろう。

「ハハハ……アレ? 」

目の前にあるのは、木々が並ぶ林。

自分はその山肌を転げ落ちている。

木々にぶつかり、藪を突き抜ける。

一瞬後、山を打ち砕いたのにふさわしい爆音が、辺りを叩いた。

「ガッ! ゲェッ!! 」

落下が、ようやく止まった。

手足は……折れていない。

痛みはするが、さすがだと思った。

彼らを改造した科学者たちへのほめ言葉ではない。

自分への言葉だ。

土が目に入って痛い。

伸ばした手足が、平らな地面をなぞった。

アスファルトで覆われた平地だった。

やがて視界が少しづつもどってきた。

まず見たのは、自分の後ろだった。

だが、その視界に映ったのは、信じられないものだった。

「どこも、砕けていない? 」

山は、朝の薄明かりのオレンジ色に照らされ、はっきり見える。

「ふざけるな!! ふざけるな!! ふざけるな!!

山を砕いた、我が確信はなんだ!? 」

と同時に、周りとの遠近感に、今までとは違うものを感じた。

人間サイズだ。視界が、人間サイズにまで縮んでいた。

辺りを見回す。

すると右側の山から、太く高く立ち昇る土煙が見えた。

山の右側は急斜面で、市街地に降りてゆく。

間違いなく、自分たちが落下した山だ。だが。

思ったほどの破壊ではない。

「力は、どこへ行った!? 」

煙の下に、金色に輝く人形が見える。

だが、動きはない。

立ってすらいない。

山に覆いかぶさっているだけだ。

その上空で、白い光が渦巻いていた。

合体黄金怪獣を捉えていた、ボルケーナの白い羽だ。

意味があるのかないのか、左右に向きを変えながら舞っている。

まるで、困惑しているようだ。

一方、学園艦隊は、それぞれ別の方向へ向かっていく。

今も戦っている爆縮委員に対処しているのだ。

その光景は、地球の本物の力関係を表していた。

オロオロする神獣と、整然と戦う艦隊。

そして悟った。

「……私は、合体から排除されたのか?

地球側からの攻撃はないと判断したことが、罪なのか? 」

合体黄金怪獣の残滓は、もはや人間だった頃の名前も人生にも興味がない。

炭と金の交ざり者となった。

怒りが、そして悔しさがみなぎってきた。

「あの推理は間違いだったのだ!

なんとか償わねば! 」

だが、全身が痛くて立ち上がれない。

それでも、再び巨人と合体することにした。

自分の強い使命感、明確な敵意こそが事態を好転させると信じて。

まず、周りを見回す。

自動車をそのまま入れられそうな、鉄製の大きな箱が並んでいる。

コンテナだ。

それに窓やドアをつけたコンテナハウス。

それらが整然と並んだ街だった。

鉄柱で積み重ね、二階建て以上にしている物もある。

木箱を積み上げて作られた小屋もある。

元は砲弾などをおさめた木箱だ。

並ぶ車は、どれも大きく頑丈そうな四輪駆動車。

さらに大きなバスもある。

改造して装甲を取り付けた物もある。

そこは、近所からは空き箱タウンと呼ばれている街だ。

この街で冒険者を始める者たちで、低所得者向けに作られた。

元は、作る者のいない田畑だった。

そんな事は知らず、見入ってしまう。

「ここは、ス、スイッチアか? 」

声が消え入りそうなほど、小さくなってしまう。

幼い頃から刻み込まれた、恐怖がよみがえる。

自分たちの故郷に、そっくりだったからだ。

50年間の宇宙戦争が敗北である証。

何も有効な手立てを打ち出せず、死んでいくしかできない場所。

自分たちを閉じ込めた、檻!

「地球にも、こんな場所があるのか? 」

そう思えたから、すんなり受け入れられた。

共感が芽生えたことに、おかしささえ感じてしまう。

だが、目の前のコンテナハウスも車も、真新しいペンキで修理されていた。

真新しいペンキなど、スイッチアには無い。

共感が、新たな不快感に塗りつぶされる。

それは嫉妬と妬みだ。

その時、複数の車が近づいてきた。

たちまち、ライトの光で照らされる。

直視できないほどのまばゆさだが、目を細くして何とか見る。

車は5人乗りのキャビンにむき出しの荷台をつなぎ、大柄なタイヤに乗せていた。

ピックアップトラックのトヨタ・ハイラックスだ。

「オーイ! 誰かいるのか? 」

ドアが開いて、男が声をかけてきた。

ヘルメットや防弾ベストなどのミリタリーギアで身を固め、自動小銃を手にしている。

ピックアップトラックは全部で3台。

ドアが開くと銃を持つ人が次々に降りてくる。

弾丸などの消耗品を取りにきた、冒険者だ。

荷台からは、人間にしては大きな影が飛び降りた。

肩や腕から過剰な、しかし自然な流れを持って、突起が広がっている。

(ハンターキラー。だと? )

異世界人の文明は知っていた。

特殊な物理法則をつかさどる大型生物、モンスター。

その中でも強力な捕食者、支配者と言っていい個体をハンターという。

そのハンターを狩る者たちを、ハンターキラーという。

身にまとう鎧はモンスターの体組織を加工したもの。

キャビンに入れないから、荷台にいたのだ。

「ねえ。あいつ、さっきの金色の怪獣から落ちてきたんじゃーー」

緑の鎧を着て、槍を構えたハンターキラーの女が、そう言った。

敵がきたと、確信した!

「ウオォォ!! 」

雄叫びと共に痛みを捨て、駆けだした。

だが次の瞬間、転んだ。枝の折れる音とともに。

怨めしさを込めて振り向くと。

「こ……れは? 」

左足が、折れていた。

それも、枯れ枝のように細い。

組織は金色ではなく、燃えカスのような黒や灰。

「ウオオオオ! ウオオオオ!! 」

残った右足、両手に力を入れる。

左足の再生も試みた。

だが、ろくに動くこともなく、ポキリと折れた。

「いったい何が起こった!? 」

自分を取り囲む一団も騒ぎだした。

「あの体は、合体黄金怪獣の体が、ダメージを蓄積させた色です! 」

合体黄金怪獣。

それが、自分たちが合体していた存在をさす言葉だと気づくのに、少しかかった。

それが、無敵ではない。

そんな事は認めたくなかった。

だが何をすればいいか、わからない。

呆然としてしまう。

「こちらビビッド・コープス。確認中です。こちらビビッド・コープス。確認中です」

ビビッド・コープスと言う、一団の名が聞こえた。

車のうしろで無線機を使っている者がいる。

「オイ。お前、こんなところで死にたくはないだろ」

銃口の包囲が、話しかけてきた。

「そうだ。体全体がモロくなってる。ジタバタすると命取りだぞ」

岩石じみた黄色い鎧の男が。

巨漢と言っていいたくましさ。

その戦鎚は胴体より巨大だ。

ビビッド・コープスは、優しくするつもりのようだ。

そんな相手に歯噛みする。

屈辱しか感じない。

敗者に最大の予算をかける勝者は、いるわけがないと考えたからだ。

結果また、あの檻に押し込められるだけ。

その確信を後押しするように、熱と痛みが体を突き抜けた。

(撃たれた! 右前のビルから! )

狙撃されたと、確信した。

腹が、膨らませた風船に針を刺すように弾けとび、体が真っ二つになるさまを確信した。

(まて、ここにそのようなビルはない)

炭の色の腹は、脆いながらも繋がっている。

(すると先ほどの確信は、これまで捨ててきた合体していた者たちの経験なのだ! )

地球の戦車が再び動きだしたのが見える。

アメリカのM1エイブラムスが。ドイツのレオパルド2が。ロシアのT-14アルマータが。韓国のK2が。

疲労のためか、その動きは鈍って見えた。

それでも黄金怪獣のかけらと言えど、人間サイズなら、全身を打ち砕く攻撃力がある。

天上人由来の一心同体化技術によって、痛みが流れ込む。

それは今や、苦痛の元にしかなっていない。

「ウオオオオ!! 」

悲鳴が聞こえる。

自分のものか、誰かのものかも分からない。

とにかく事態を変えたくて攻撃に、地中竜の炎と天上人の電撃に精神を集中する。

自分は持っていないが、どこかの誰かが持っている海中樹の結晶光線にも。

街中で、やけくそでなけなしの瞬きが、続いて爆音が鳴り響いた。

空き箱タウンでは、電撃がほとばしる。

その先に、青い鎧が飛びだした。

長さ1メートルほどの片手剣を右手に。

左手にバクラーと呼ばれる、直径30センチほどの円形の盾を持つ。

とっさに突きだされた盾から、突然水が噴きだした。

水は壁のように立ち上がり、渦を巻いて、電撃を飲み込んだ。

「ジェニファー! 」

うねりを呼んだことをとがめる声。

ジェニファーと呼ばれた、青い鎧の女が気づいた。

「ああっ! 感電!!

でも、ピリッと来ただけですけど」

「何? 」

水の盾の後ろでは、誰も傷付いていない。

放てる力は、それほど減っていた。

「嘘だ。嘘だ! ウソダァ!! 」

合体黄金怪獣の残滓は、頭を振って嫌がった。

だが見えてしまった。

目の前のビビッド・コープスが呆れている。

あきらめとも取れる空気が広がっている。

その時、彼方から巨大な光が立ち昇った。

合体黄金怪獣の本体が、山にこびり付いたまま放っていた。

その光は天をつき、青みがかった空を横切る大きな光にぶつかった。

大きな光は撤退の信号弾を従えていた。

ズゥン

「爆縮委員会の宇宙船が、撃墜されました! 」

無線係が叫んだ。

「いったい、どこのバカが!? 」

リーダーらしき赤い鎧を着た女が叫んだ。

「……そ、それが、撃墜したのは爆縮委員その者だそうです! 」

動揺が広がっていく。

宇宙船は5つほどに寸断され、それまでの動きのまま空を行く。

(これでいい、のか? )

合体黄金怪獣の残滓は、見上げていた。

寸断された船体は火花を散らして落ちていく。

脱出装置らしき物が船から離れる様子は、見えなかった。

帰れない絶望、悲しい想いはする。

だが一方、退路を断たれたことで委員会に起こる効果も楽しみだった。

「そうだ! それで良い! 」

嘆いていた怪人が、もう笑った。

「戦わなければ生き残れない!! わははははははー!!!

グフッ」

港のそばで、鉄さえ切る炎の剣に、袈裟斬りされる感覚があった。

悔しさに身をよじる。

一戸建ての並ぶ住宅地で、自分たちに大砲が火を吹くのが見えた。

驚きすぎて心がどうかしたのか、現実感がわかない。

送りつけられる感覚と感情が、繋がる全ての意思から、冷静さと集中を奪い合う。

ここにはいない敵を避けようと、背中をのけぞらせ、手足を振るう。

「おい! そんなに動くな」

ビビッド・コープスから声がする。

「それ以上動くとーー」

突然、言葉が耳に入らなくなった。

脆い耳がボロボロと崩れ落ちたからだ。

「それ以上動くとーー」の男も、この事を言おうとしていたのか?

そう考えていると、首と背骨も、完全に折れて別れた。

息ができない。

それでも死なない。

苦痛が、終わらない。

遠くでまだ動ける個体が戦っている。

まだ合体していない爆縮委員を、無理やり黄金にひきこんだ。

だが、一心同体化技術を流れるのは、痛みがすべてだ。

冷静に集中する意思は、仲間のせいで失われる。

その虚しさに、自信さえ消えていく。

そこで思いつく事は、魔術学園を見ること。

生徒会の動きを見れば、何かわかるかもしれない。

一心化した意志に流れる根拠は2つ。

1つは最も長く戦った相手への、一種の信頼だ。

そこが地球の縮図のようにおもえたから。

もう1つは、自分たちが知る地球の施設が、そこしかなかった。

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