第53話 グロカワアイドル、決起する

  闇夜でも目立つ、装甲車らしからぬレモン色の車体。

  その後部ドアが勢いよく開き。

 ドン

 派手な音をあげた。

 人には絶対無理な力で自らの装甲に、ぶ厚い鉄板にぶつかった音だ。

「直ったよ! 」

 真脇 達美は焦っていた。

 サイボーグ戦士としてのレイドリフト・ドラゴンメイド、その最強形態であるクレイジータイムのダメージは、融解した両腕だけでなく、全身に及んでいた。

 相手の雷をそのまま砲弾に変え、しかも連射するという事は。

 それでも、レモン色のキッスフレッシュ、彼女専用装甲車で修理したことで焦りはわずかながら拭われた。

 後部ドアから飛びだし、さて。

 苦しい状況にどう対処しようかと顔をしかめていくと。


うおおおお!!

キャ〜!!


 たちまち、割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。

 足がキキキッと急ブレーキをかける。

「姫さまの! ご帰還だ! 」

(ナニ? この人だかり。

見慣れたPP社の社員、お金大好き軍団だよね)

 修理には時間がかかる。

 そのために彼女は、敵の死角になる山影を隠れ場所に選んだ。

(それにしたって、ビームを30秒防げるかどうかだけど)

 そのことは、皆わかっているはず。

 あたりには合体黄金怪獣の悲鳴……ドラゴンメイドは悲鳴と感じたが、本当にそうなのか悩んだ。

『ギャァ! 近寄るな! 邪魔するな! 』

合体黄金怪獣の悲鳴が、いまだに轟いている。

間違いない。

 突然、夜の山肌を真っ白に輝かせる光!

同時に、轟音が辺り一面をぶっ叩く!

合体黄金怪獣の雷撃だ。

だか、肝心の雷撃の軌道は、地面から何も無い空へ駆け上る。

うごめく光るもの。地上に降りた星空が、山の上までのぞいていた。

レイドリフト・メタトロン。

今の雷撃から、かばってくれたのだ。

続く砲撃音は、ディスパイン、バイト、マイスターをふくめたレイドリフト四天王のもの。

衝撃は止まることなく、ビリビリ叩く。

山の向こうの光も消えない。

(せめて後輩たちは下げるよう言ってみた。

それが実行されたのはわかるけど)

そうだ。四天王は全員中学生。

それを戦わせ続けるのは忍びない。と思っていたが。

(これじゃ、最前線とかわらないじゃない! )

 にもかかわらず、PP社員は気にしない。

むしろドラゴンメイドを見る目はキラキラ輝いている。

(間違いないよね。見慣れたPP社員。よね)

見た目はさまざまの 、武装した集団。

 異能の遺伝子の副作用で肌が青い者。

 紫の甲殻の異星人もいる。

 だが催涙ガスを使うつもりなのか、ガスマスクは皆持っていた。

 押し寄せる社員の先頭にいたのは、四角いブロックを積み上げた人型ロボット。

ブロックの角は丸まっていて、柔らかな印象に見える。

『お嬢さま。早速ですが、我々は学園からの避難作戦に参加するよう命じられています』

 PP社の誇る多次元航行可能なドック型急襲揚陸艦ファイドリティ・ペネトレーター。

通称ペネト。

 そして真脇家の執事とも言える、その行動端末。

 その頭部は、つぶらな瞳に見えるカメラを持つ流線型。

ペネトの舳先そのままだ。

『それと、貴女自身の気持ちを確認させて下さい。

 祖国爆縮作戦実行委員会に対し、予定以外の決起をいたしますか? 』

「え? ケッキ? 」

 見慣れた相手からの聞き慣れぬ言葉に、思わず変な声が漏れる。

 内部メモリーの国語辞典で確認。

(決起、思い切って行動を起こすこと。決然と立ち上がること。だよね?

 用法としては、決起集会……)

 すると、背の高い男が進みでた。

「お嬢さま! 貴女あってこその、我が社であります」

クワッ! と開かれた、鋭い青い金色の目。

肩までかかったストレートの銀髪との組み合わせは、魔法のある異世界ルルディの人。

狩趯弥 昴(かるてきや すばる)

PP社副社長。

黒い魔法の火がかたまった、鋭くうねる鎧。

腰に両刃の直剣。

その意味するところは、死と破壊を司るルルディ騎士の証。

交換留学生としてやって来て、そこで同級生だった応隆と出会いった、ポルタ・プロークルサートル社の立ち上げメンバー。

(お兄ちゃんの親友の、熱血イケメン)

「私たちの心の支えです!

それをまんまと異世界に拐われたのなら、襟を正すべき大問題! 」

昴に続き、怒りに震える女性の訴え。

「居残り部隊だけですが、奴らに一矢報いることはできますよ! 」

山影のほとんどを占める、黒いはしご付き消防車が、その声を上げた。

それがアルテミス。機械生命。

ダークネイビーの強化装甲にレモンとシルバーの反射材を入れた車体。

フロントには、2つのPをたて棒でV型に合わせたPP社のエンブレム。

PP社が持つ自衛消防隊の隊長だ。

自衛消防隊は、工場の延べ面積が5万平方メートル以上ある会社は、必ず置がなくてはならない。

統括管理者を置き、初期消火、通報連絡、避難誘導、応急救護を行う。

PP社では燃料や危険物、さらに怪獣関連の未知の物質も扱う。

高さ38メートルまで届くはしご付き消防自動車、大型や小型科学車、屈折放水車、泡原液運搬車などを揃え、隊員は31人。

ドラゴンメイドを姫、お嬢さまと呼ぶ仲間はまだまだいる。

紫の甲殻に毒のトゲを腕にもつ財務部長。

ザモナリ・ビジガン。

手には宇宙の女海賊として共にあったレーザー小銃。

周りにゴテゴテと付けられた機械は、それぞれが異なる攻撃を放つ銃だ。

フルフェイスヘルメット。不自由な足のため、車椅子代わりの1人用バギーに乗る人事部長。

凛理南 きらら(りりな きらら)。

武器は50AEという巨力な弾丸を放つピストル、デザートイーグル。

背中に担いだ刃渡り70センチのナタの仲間、マチェット。

両足は膝にドリル、変形してバギーカーとなり不整地を走り抜ける、サイボーグ。

ザモナリときららは自社制作のパワードスーツのドラゴンマニキュア、Dマニキュアを着込んでいる。

財務部長の腕アーマーには、トゲを守るカバーが追加されている。

ルルディとは違った魔法を込めた、白銀のきらびやかなアーマー。副社長に負けない直剣を担ぐ広報部長。

モードレッド・オーウェン。

「ペネトのように、迷っている者もおりますが。

貴女が異世界召喚に怒っているというなら皆、当然だと思っています」

深緑色のボロ衣にしか見えない、体の輪郭を隠すスカウトスーツを着た男が言いつのる。「これは、魔術学園だけの問題ではありません。

我々の知る、世界全体に及ぶ大問題です」

全身に隠したナイフとクロスボウだけを武器に選ぶ、総務部長。

足立 幸雄。

たしかに続く者の中には、及び腰のように見えるのもいる。

人型では無い者、例えば戦車のような機械生命体でも、挙動でわかる。

必要もないのにパーツを動かしてチェックするなどだ。

一番奥に漆黒の飛竜、昴副社長の愛竜がグルルルとのどを鳴らす。

その目には甘えるような、すがるような光があった。

ここに居るのは、社長/真脇 応隆が部長を兼業し、戦い、研究開発、ペネトの運用もする営業部とは違う。

いわゆる事務方だ。

だからと言って、誰も武器を手放さない。

逃げださない。

『どうか、遠慮なくおっしゃってください』

ペネトは穏やかに言った。

ドラゴンメイドには経営権もない。

それでも自分を慕う彼らがいる。

同時にいま、これ以上ない局面で試されているとも思った。


(私の萌え要素は、グロカワ)

まずグロテスク。

死にかけた、というより死んだネコの脳を切り裂き、薬物で固めて量子コンピューターに繋いだ。

ゾンビ。魂がないのに死体だけ動いてる。

そんな事は飽きるほど言われた。

もともと兵器として作られたから、罵られるのは当然だ。

そして、かわいい。

アイドルとして実力でのし上がってるから、それも当然だと思っている。

(グロテスクと、かわいいのギャップ萌え。

私のファンたちは、常に孤独を感じてきた人たちだ。

原因は過去、主義主張 、人種、異星人、異世界人、異能力者。

他にもさまざま)

その孤独の原因は、これまでもあったし、多分これからもあるだろう。

同じ境遇の人はどこかにいる。

言わば自然だ。不快ではあるが。

対して自分は不自然。

孤独な者たちが、自分なんかまだマシだと思う者。

(それが私だ。

孤独で、恐怖の対象)

だが、ここに居る人たちには、そんなことは通用しない。

良くも悪くも。

「いま現在の状況。我が社と周辺住民の苦境は把握しています」

校舎から、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

「あなたたちは、なぜ地球に残されたと思いますか? 」

ドラゴンメイドは聴いた。

落ち着いて話したつもりが、思った以上に偉そうになった。

「それは、我が社の主戦力がスイッチアに行ったからです」

「違う! 」

モードレッド広報部長の言葉に、覆い被せるように叫ぶ。

「今の状況に、最も適しているからです! 」

「だったら、これが役立つと思います」

ザナモリ財務部長が、スマホを差しだした。

「私の傭兵としてのアドレスに送られてきました。

読み上げますよ」

{神を信じる獣ボルケーナ様。

その令神官の方々。

此方は祖国爆縮作戦実行委員会司令部であります。

我々は銀河列強からの影響を取り除く為の武装戦略を呪い、吐き捨て、ここに降伏する事を謹んでお伝えいたします。

これは、我々の指揮する全部隊の即時停戦と撤退をお約束するものであります。

また、我々の勢力から今後いかなる攻撃、経済妨害などの敵対行為を行わないと確約するものであります。

本日、日本時間午前3時16分。

いかなる攻撃も認めない即時撤退を命ずる、信号弾を打ち上げます。

色の変化パターンは赤、青、黄。

信号弾の停止した地点から、兵士を引き上げます。

我々の状況判断能力、未来予測能力、礼節を重んじる能力の無さに、深く深く恥じ入るばかりであります。

子々孫々の為、今後の事を話し合いたいと思いましても、そんな価値のない自分の醜さを思い知るばかり。

一切の痕跡を残さず、歴史を清算すべく消えてしまいたいーー}

「もういいかい。

この後も反省の言葉は続き、無作法を謝る言葉で終わってます」

打ち切られた読み上げ。

ドラゴンメイドは、何だか事態が飲み込めなかった。

「祖国爆縮作戦実行委員会に、コネがあったんですか? 」

「そんなわけないでしょ。

たまたま顔を覚えていた人がいたんでしょう」

周りには小さなざわめきが小々波のように広がった。

「降伏する相手は、ボルケーナと礼神官……礼神官て、私たちのこと? 」

自分を指差す、きらら人事部長。

その納得いかない態度が、この場を代表していた。

どこかで誰かが、「この世界には総理大臣にさえ人権がないのか」と言った。

もし祖国爆縮作戦実行委員会。そしてその背後にいる宇宙帝国の残党が正しいとすると。

「確かに一番強いのはボルケーナ奥様だけど、それで地球の意思決定を行えると思っているのか? 」

「それが宇宙の有り様なら、僕たちは日本に義理立てしなくていいの? 」

「だったら爆縮作戦の連中を狩ってたほうが利口だったかな」

ドラゴンメイドは言ってみて、それが最も恐れる流れだと気がついた。

PP社は、別にヒーローの集まりではない。

学園艦隊もそうだが、単純に金儲けのため、武器を扱うのが上手いために集まった者が多い。

ザナモリなど、惑星間戦争に協力したため裁判沙汰となった。

たが、ほかにも似たような人が多くいたため全て死刑にするわけにもいかず、かろうじて命が繋がった。

故郷に帰れば悪女のそしりは免れない。

残った家族に、そのそしりが向かうこともある。

家族を守るために、大金を稼いで役に立つことを示し続けなければならない。

「……狩りますか? 」

ザナモリがきいてくる。

他の社員も一斉に視線を向けてきた。

だから叫ぶ。

「よしましょう。

命令も出てるし。

それにすごく適切な物です。

この状況で最も適しているのは私たちです! 」

地球でコントロール不能な戦力を置いておくわけにはいかない。

彼らを人の目に脅威として映さないために。

「財務部長。

そのメールは貴女だけに届いたんですか? 」

「いいえ。宇宙で傭兵をやっていた者には、だいぶきたようです」

「そうですか。

では、そのメールは可能な限り死守して。

そして、間違いなく祖国爆縮作戦実行委員会から来たものだと証明できるよう、取り計らってください」

「イエス。マム。と言いたいところですが、今の戦闘状況でそれは無理です。

このメールも、かなり無茶な出力で送ってきたようですし。

で、最終的に何をするつもりです? 」

「決まってます! 」

ドラゴンメイドは胸を張って答えた。

「もしこの降伏がウソだったら、オドしでもタカリでもして、お金をふんだくるんです。

そして死んだ人がいたら、わたしも含めて、小さな墓でも作ってください」

そこからは、怒涛の突貫会議だった。

大勢の命を担う決断を、ネコと機械の交ざり物が下した。

偉そうな物言いも、やっているうちに気に入ってきた。

「御意! 」

広報部長も大げさに返す。

「ギョイギョイ」

ドラゴンメイドの持つどの辞典にも、人事部長の言う「ギョイギョイ」なる返事の言葉はなかったが、気にしないで。

「副社長と自衛消防隊は、私を一緒に連れて行ってください」

「はい」

「了解! で、何をなさるおつもりです? 」

「捕虜にした黄金怪人が、陸に上げられたクラゲみたいにペッチャンコになってたでしょ。

 あれは体が、ネバネバの液体です。

 だったら主成分は水です。

 放水車を使って水を与えてください」

 しかも怪人の身長は50メートルに及ぶのだ。

「それと、体がペッチャンコということは、内臓にも全く余裕がないということです。

 ならば、食べさせるには黄金の体そのものの性質。つまり熱などのエネルギーを直接取り込むことに期待するしかありません」

 その時思い出していたのは、ボルケーナが瀬名の宝玉を飴玉のように舐める光景だった。

全てを焼き払うがごとき高熱が、ボルケーナの好物だ。

 口がにした時はワニ状の顔を、バスケットボール大の真ん丸に変えていた。

「宝玉を出せる瀬名さんを呼ばないと。携帯が通じるわけないか」

この声を聞き、ドラゴンメイドの左太ももが機械式に開いた。

「では、私が呼んできます」

久 編美/オウルロードが飛びだした。

独自の通信ネットワークで結ばれた小型ロボット群、ランナフォンに生きるAI。

その親友は、ドラゴンメイドの太ももに一つづつ宿る。

「お願いね」

そして、それぞれの場所に送りだす。

グラウンド、捕虜となった怪人のいるところから、巨大な駆動音がする。

ウイークエンダー・ラビット、ブロッサム・ニンジャ、ディメンション・フルムーンの3機の巨大ロボットだ。

ウイークエンダーのパイロットは中学生の佐竹 うさぎ。

残り2機を動かす弟と妹は、まだ小学生。

(まだ、安心なんかできない。

3時16分まであと10分。

捕虜はどうしよう。

避難民より先に放すか? 後にするか?

放すとしても、見張りは必要か? 勝手に逃げさせるか? )

考えることは、まだまだあった。


ドラゴンメイドと仲間たちは、その意思を確実にこなしていった。

今や意思も、力も弱まり、魔術学園のグランドに捕らえられた巨大な怪人達。

重力にも逆らえず、ドロドロした金色となって地にへばりつく。

そんな彼らのつぶれた口に、赤く輝く玉が押し込まれた。

10個はドラゴンメイドの手で押し込まれたそれから、熱がともる。

アルテミス自衛消防隊長を含めた、消防ポンプ越しの混じりっけの無い水も与えられる。

黄金怪人たちの平たく凝り固まった体が、形をとりもどした。

そして、3時16分。

空に火球が赤、青、黄、赤、青、黄と色を変えながら横切った。

絶え間ない砲火の中で、それは目立つ明るさではない。

だが、PP社員たちが指差す先に、それはあった。

「さっさと行っちまえ! 」

叫ぶドラゴンメイドがぶっ放すプラズマレールガン。

雷その物の砲音で、怪人たちはたたき出される。

飛び上がり、そのまま山を駆け下りて行った。

足音は連続爆発のようにあたりを揺るがす。

その手には、人間サイズの怪人を乗せた者もいる。

慄きながら走っていた。

しかし走るうちに、心に変化が起こっていく。

恐怖が消えていく。

代わりに活力が生まれた。

それは、生きられると確信したからだ。

それは願ってもいない喜び。

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