第52話 再び亡びへ
合体黄金怪獣は、自分の顔が美しいと思っている。
鏡などを見たわけではない。
できるような鏡張りのビルなどないし、水鏡をしようにも川も海も荒々しい。
合体しに来た爆縮委員たちが、見ていたからだ。
彼ら、彼女らの記憶は統一され、大きな意思の一部となる。
そうして生まれた者こそ、宇宙からの脅威に見せつけるのに、ふさわしい力。
成功者の証。
当初の予定さえ超えた、無敵の存在。
その証拠に、神獣ボルケーナの舞い散る羽も、レイドリフト四天王も、激戦の末に。
(追い払うことができた……それほどの力だ。
そのはずなのに! )
いま、体は長い首と頭、それにミイラ化しかけた胴体。
倒れたまま動かない頭に、口と目はない。
コボッ
文字通り、あぶくとなって消えていく。
目だった部分から、水音が上がる。
「ハアハア」
中から現れたのは、合体していたはずの爆縮委員たち。
それも、最初の頃の、能力の元となった生物由来の色ではない。
合体黄金怪獣から奪われたことが分かる、金色だ。
合体黄金怪獣の首が、分厚い筋線維をこする音と共に持ち上がる。
持ち上がった首は100メートルにおよび、それは走り去る爆縮委員の身長の2倍に迫る。
その顔は、ほぼ同じ。
振り上げた顔面を、唸りと共に地面に叩きつける!
「ご、グフッ! ごめんなさい! 」
叩きつられる直前に、イノシシの顔をした巨人が跳んだ。
着地のショックで泥が飛び散る。
真っ黒なすすで覆われ分からなかったが、そこは大きな田んぼだった。
「ごめんなさぁい!! ごめんなさい!! 」
イノシシ巨人は、そのままへたり込み、あやまりつづける。
「ち! 違う!! 逃げてなどいない! 」
あやまる声に、別の声が被せられた。
「わ、私たちが合体したら、体の自由が利かなくなるんだろ!? 」
合体黄金怪獣から逃げだした爆縮委員たちだ。
「そうだ! だから、は、離れようと……」
委員たちが次々に、かばい合うようにして訴えてくる。
「この体が、なんで金色になったかは、わかりません! 事場泥棒ではありません! 」
なぜ怒られているのかは、一つの意思だったからわかる。
泣きながらの訴えだが、合体黄金怪獣は許すつもりはない。
えぐれた顔の奥に、ひしゃげた5つの穴が見える。
上に並ぶ、青い輝きを持つのが目。
下に逆3角形に並ぶのは、仮設の口と鼻。
その表情には殺意が宿る。
口から炎が湧きだす。
周囲は悲鳴に包まれる。
だが炎は、黒い何かに飛び込まれてとめられた。
衝撃で鎌首が仰け反る。
続いて衝撃波が全身を撃つ。
(オルバイファス/黒い変形機械生命体! 超音速で突っ込んできたのか!? )
ありえない。というありきたりの考えは無駄だ。
魔術学園生徒会相手には、そう結論づけるしかない。
そう悟る間にも、傷口はミキサーの様にかき回されている。
(戦闘機から人型に変形している! )
とっさに手で掴みだそうとした。
だが、未だに手はない。
なす術もなく目をえぐられ、ジェットの火で焼かれ、逃がした。
「ひ、ヒィィィ! 」
委員たちの悲鳴がこだました。
そんな悲鳴を次々に爆音が打ち消していく。
こんな隙を見逃す戦車乗りはいなかった。
地球製の砲撃が突き刺さる。
へたり込んでいたイノシシ巨人は、的として小さい。
わずかに当たりにくかったのだ。
「一つ、聴いてもいいですか? 」
そのまま、話しだす。
彼は結局、立ち上がることはできなかった。
長距離から放たれた巨大なロケット弾の一撃が、一際巨大な爆発を生みだした。
黄金の鎌首を覆いつくし、イノシシ巨人の質問を打ち消した。
炎が通り過ぎる。
あたりは焼け焦げた、滑らかなくぼ地になっていた。
酸素もほとんどない。
それでも、合体黄金怪獣は宇宙でも活動できる。
短時間なら酸素を必要としない。
ようやく再生した目を遠くへ向ける。
夜闇にきらめく火が見えた。
自衛隊の10式戦車の隊列だ。
十分距離をとり、林の陰から撃ちながら、逃げている。
だが、合体黄金怪獣の心に有ったのは、不意をついた自衛隊への恨みでも、逃げたのか吹き飛んだのかもわからない部下のことでもなかった。
ましてや、聴くことのなかった部下の質問でも。
(無敵だと信じていなかった! ともに合体していた味方が! )
思いだすのは、爆縮された祖国の風景だった。
汚れた、昼でも暗い空の下、巨大なコンクリート製の城壁が立っている。
今の合体黄金怪獣なら上からのぞけるだろうが、戦車砲程度なら耐え抜く。
横は、端が見えない。
途中に山があればそれを利用し、コンクリートで覆い、鉄筋を打ち込んで作られた。
この城壁が、大きく開いていたことがある。
城門には、何車線もの道路と鉄道が引きこまれていた。
この都市に住む人々を運んでくるものだ。
運び終えれば、ほとんどふさがれる。
出入り口そのものは残るが、それは周辺の工場や農場なりにでるための、最低限の物だ。
(すべては、文明の安らかな発展のため)
合体黄金怪獣に残った者達は、そう信じた。
(だが聞こえてくるのは、ため息ばかりじゃないか! )
それは、彼らが多くのことを諦めたからだ。
自分たちの歴史、思い出を失った喪失感。
同じ景色しかない、変化のない環境へ送られた閉塞感。
閉塞環境ゆえ、誰も個性を発揮できない。
人はいるのに、たのしくもうれしくもない、孤独感。
それらに心をとらわれ、それに向き合うこともできず肉体までとらわれた人々の苦しみ。
それを合体黄金怪獣は考慮しない。
(あんな世界がうらやましいのか?
過去の栄光など、歴史など無意味だ!
それを受け入れない怠け者の世界が、うらやましいか!? )
未だに言葉を発せない口の奥で、怒りの思考だけが渦を巻く。
城壁の中の巨大都市こそ、彼らの希望だ。
(コンクリートと金属、窓には高い放射線特性を持つポリマーが使われた、救命カプセルの集合体!
この都市なら、化学兵器や核兵器などで攻撃されても安心なのだ!
汚染された部分は、すぐさま遮断できるからだ!
所々突きだした塔は、砲塔だ!
(空でも陸でも、迫りくる敵を撃ち落としてくれる! )
これこそ祖国爆縮作戦実行委員会に参加するという事。
すべての人民を、このような要塞都市に住まわせること。
(弱き者は、宇宙の悪意から永遠に隠す! 安定した世界で生きる!
そこで我々、宇宙をかける者を下支えする!
それのどこが悪いのだ!? )
動かない口に替わり炎と首のよじりで悔しさを示す。
徐々に、体をくねらせての移動にも慣れてきた。
その視線の先には、魔術学園があった。
砕けぬ赤い宝石が、輝きの波となって荒れ狂っている。
その中から聞こえるのは、いくつもの爆縮委員の叫び声!
『フ、フォォォ! 』
いまの合体黄金怪獣の叫びは、暴風の音だ。
覚えたての全身のうねりで、赤い波に飛び込む!
『フォォォ! フォォォ!! 』
波に中は、全てが燃え上がる熱と、宝玉同士がこすれる甲高く清んだ音で満ちていた。
辺りは水蒸気で包まれていた。
川に落とされた宝玉のせいだ。
それでも、えぐれた喉の奥から、炎を巻きちらしながら進む。
その進撃は、意外な形でとん挫した。
炎の中に浮かんだ宝玉に乗り上げ、滑って転んだ。
「瀬名さん、喧嘩慣れしてますね」
「主にボルケーナ相手にねぇ。全部あめ玉みたいに食べられたけど」
(これは、魔術学園からの声か? )
耳を構成していた委員はもういない。
学園の声は全身が感じている。
(天上人の進化系のためか)
天上人は、ものを見る時は低出力レーザーを放ち、その反射を観測する。
だが、音でも大まかな観測をする。
音なら向こうからやって来るため、エネルギーを使わない。
『フォオオ! グォオオ! 』
あの、うざい声の能力者を撃て! と言ったつもりだった。
身をよじりながら、その顔が変わっている。
暴風の様だった叫びが、獣じみた物に。
えぐれた目が前に押しだされる。
口はさらに前に突きだした。生えたのは地中竜の顔だった。
その牙を宙にふるう。
あの宝玉が次々と砕けた。
地に落ち、光を失って動かなくなった。
『グルル。あの、うざい声の能力者を撃て! 』
口がもどった。
と思ったら、下アゴが急激にねじられた。
痛みが走る。
「これは生まれつきなのよぉ〜! 」
怒り声を、宝玉と共にぶつけられたのだ。
首に何か、ブラブラしたものが当たる。
一瞬で砕かれた下あごだった。
(何たるスピードと熱量! が、いいニュースもある! )
胴体が徐々に整っていく。アゴも同じだ。
手足が、大地をとらえた。
「走れる! 者共、続け! 」
その喜びに震えていると、何者かに全身が地面に押し付けられた。
巨大な鎖だ。それ自体が大蛇の様に絡みついてくる。
さらに側面から無数のカミソリのような歯が飛びだし、食らいついてくる。
『おのれ! スーパーディスパイズか! 』
だが振り向いたとき、そこにいたのは見たことのない影……。
(違う! 落ち着け! )
そこにいたのは、やはりスーパーディスパイズ。
今は宇宙空母である両足から、生成された鎖を綱引きのように引いている 。
その更に後ろから、ワイヤー、アーム、重力子ビームをはなつ、複数の影。
学園艦隊が引っ張っているのだ! 巨人の冒険者達も一緒だ。
引きずりに、全身を踏ん張らせて抵抗する。
だが田んぼの泥がめくれるだけで止まれない。
泥の発酵した匂いが、臭さくてたまらない。
その先には、レイドリフト・メタトロン/地上に降りた星空!
クソッ! と言いそうになる口を閉じ。
(落ち着け! 今は焦りを悟らせてはダメだ! )
膨大なエンジン音が学園から合体黄金怪獣を引き離す。
続いて捕獲対象をぐるりと囲む配置に変わる。
その中に静かに、だが猛然と流れ込む星空。
獲物を捕らえに来る猛獣のごとき動き。
『バ! カ! めぇ!! 』
合体黄金怪獣は、今まで使ったことのない遺伝子を使うことにした。
しかも、メタトロンの時間操作よりも、早く!
それで感じた恐怖を吹き飛ばしたかった。
「ウソッ! 」
たちまち、空間に驚きの声と金の輝きが満ちた。
「爆発した!? 」
拡張した身体が空気を押しやる音にまぎれて、そんな声が聞こえた。
(そうだろう。そう思うしかないだろう。だがその爆発は……あれ? )
爆発物は黄金の体。
それは細く長く伸び、途中で何度も別れ、様々な方向へ曲がる。
それは木の枝の形。海中樹の形だ。
合体黄金怪獣は自分への包囲網を、艦隊と四天王のいないわずかな空間を、黄金の枝によって覆い尽くすつもりだった。
だが実際には、一番近い装甲に当たっただけだ。
(しまった! いや、まだまだ! ここからが反撃だ)
枝は手の役割もする。
前に落とした海中樹の結晶。それはメタトロンの力でも劣化していなかった。
太陽のように輝くそれを、握り込む。
遠い宇宙からの力が流れ込む。
だが、あらゆるエネルギーを吸収するはずの体が、弾けるように溶けだした。
『ウワッ! これは一体!? 』
痛みに、枝を引っ込める。
神秘の結晶は以前とは比べ物にならない熱と光を放っている。
その光の中に、動く影を見つけた。
動くのは、遠い宇宙の光景だ。
(地球に味方する異星人か。ボルケーナの仲間の神か!? )
合体黄金怪獣は覚った。宇宙の仲間が襲われたのを。
そして、エネルギーを送ってくる結晶を破壊されるくらいなら、と星に向かって投げたことを。
『それが、この高出力。ありがとう。我々は1人じゃない!! 』
結晶は、その熱量で地面を赤く溶かしながら沈んでいく。
もしかしたら、悟った内容は間違いで、味方はいないのでは。
一瞬浮かんだそんな考えを、無理やり消して。
もっと太い枝で燃え盛る穴に突っ込んだ。
「往生際が悪いんだよ! 」
狭まる包囲からの怒鳴り声。
そして、最も屈辱的な呼び名で罵られる。
「絶滅動物のくせに! 」
それは、生徒会が初めてスイッチアに現れた時から言われた呼び名。
地球は数年前に、ロボットのみが支配するスイッチアから侵略を受けた。
それが根拠だと言っていた。
スイッチアは人間も動植物もおらず、惑星全てが真っ黒に汚染されていた。
真脇 達美/レイドリフト・ドラゴンメイドが。
『あの猫と同じ事を! 貴様らも言うか!
絶滅の歴史など間違っている! 』
そんな言葉を投げつけても、包囲は迫る。
広がった枝など、気にする様子もなく押しつぶしながら。
合体黄金怪獣の闘志か揺らぐ。それでも。
『お前たちを倒し、間違いを正してくれよう! 』
溶けながら受け取った宇宙の炎を、枝から果実、いや爆弾として放つ。
ただひたすらに、これまでで最大の爆発となるよう、祈る。
『我々が宇宙を! 整えるのだぁ! 」
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