第51話 Singularly Doubt
(どうして、こうなった? )
エアクラウン軍団と一つとなった黄金怪獣。
やはり名乗りを上げないその無数の敵意の集合体は、合体黄金怪獣とでも呼ぶしかない。
夜の闇を雷撃が白く引裂く。
途切れない地球の砲撃を、ことごとく焼き砕く。
全身に立ち並ぶ透明な結晶は、異なる宇宙のエネルギーを放つクェーサー砲。
当たれば木造家屋など燃えカスも残らず、アスファルトやコンクリートもチーズのようにとける。
直撃しなくても高温は暴風を生み、瓦礫を叩きのめし、空高く巻き上げる。
黄金の体は自分の攻撃の光を受けて、これまでにないほど輝いた。
四方1.5キロメートルに及ぶ箱型の山としか言えない。
中央から長い首が伸び、人型の顔が睨み回す。
首と顔は、黄金怪獣単体だった時にくらべ巨大化した。
合体黄金怪獣は、この戦いを100万年でも続けられる力を手に入れた。
だが、その進化した体の中で、思い至ったことは、気が狂いそうなほどの“追い詰められた”と言う確信と、“どうしてこうなった?“だけだった。
『どうして、こうなった? 』
表層にある意思が顔として現れ、作りたての口を開く。
同じように表れた別の意思の答えは。
『そんなもの、分かるか!
体だって動かないんだぞ! 』
そのことも、焦りを加速させる。
彼らは飛ぶことも、歩くこともできなくなっていた。
『何より、これまで行った大量破壊が、無くなったのだ! 』
彼らは、それがタイムパラドックスが原因だと、敵対したチェ連人/シエロ・エピコスの勇気のためだとは知らない。
まして、自分たちが許された結果だとも思えない。
『もっとだ! もっと火力を上げろ! 』
『それってどうやって?! 』
ひとつの体に、混乱する無数の意思。
それが器官となった攻撃は、敵に狙いを定めることさえできない。
一応、合体黄金怪獣を統括する立場の人間はいる。
だが、にげまどう味方にさえ気を向けられない。
全身から感じる、不快な強い痺れに遮られていたからだ。
黄金怪獣がエアクラウンの群れに倒れ込んだから、その痺れは襲ってきた。
その時、巻き込まれた爆縮委員会は思った。
「このままじゃ勝てない! 」
「だったら、一番でっかい金キラの怪獣に逃げこもう! 」
共通する天上人の体が混ざり合い、一つになった。
だが、混ざり合った者たちが皆、黄金怪獣の動かし方を熟知しているわけではない。
その統合されていない無数の意思が、中央からの意思を阻害する。
そして焦る全ての意思は、そのことに気づけない。
ユニバース・ニューマンの超振動波を食らった時は、どうにか全身を折り曲げてかばうことができた。
ユニ/最強の能力者の時は、合体黄金怪獣を構成する全員が恐怖した。
結果、一致団結した。
だから、体をたたんで当たる面を最小にして、原子レベルまで粉砕される犠牲を最小限にした。
だが、それっきりだ。
今は振動波は来ていない。
そしたら、各々の違った考えが表面化したのだ。
雷撃も、クェーサー砲も、混ざり合いが始まったところから止まっていく。
しかも攻撃は放つ端から弱められる。
周囲を舞う白い羽、ボルケーニウムのKK粒子に触れるところからだ。
無数に枝分かれさせられた末に吸収される。
一方、外からの攻撃は変化なく届く。
外からの攻撃は合体黄金怪獣に吸収されるレーザーなどのエネルギー兵器ではない。
金属の弾を高速でぶつける質量兵器だ。
もちろんこれらの攻撃に、合体黄金怪獣を倒すことはできない。
これは、いわば牽制。
もっとも巨大な火力を封じ、そこへの逃げ道をふさぐことで、小型の爆縮委員会を孤立させるのだ。
その地球の戦術は、おおむね成功していた。
『くそっ!!
何か打つ手はないのか!? 』
不自由な黄金怪獣。
ドラゴメイドに吹き飛ばされた顔は再生したが、表情に余裕などない。
金色の台地から、その長い首だけが降り回っている。
その空気をかき回す竜巻のような音が、いきなり止まった。
視線の先には、平たく低い山あった。
この辺りでは珍しくはない。
ただし、麓から頂上まで建物が数珠つなぎに並んでいる。
魔術学園だ。
そこに飛ぶ二筋のジェットの光が見えた。
2人の羽がひびかす、甲高い悲鳴のような音も聞こえた。
レイドリフト・ドラゴメイド/真脇 達美とレイドリフト・ワイバーン/鷲矢 武志が着地したのだ。
ドラゴメイドは両腕を合体させたクレイジータイムの砲身を、頭上に上げたままだ。
合体黄金怪獣の目や耳などの感覚は、人間だった頃から大幅に機能が上がっている。
顔に取り付く爆縮委員がいない限り、使えるはずだ。
戦火を頼りに、夜の木陰越しでも観える。
2人が降り立ったのは、教室の並ぶ校舎だ。
窓にはカーテンがかかっている。
そのカーテンに白く丸い光が現れた。
シャー。ガン!
カーテンが勢いよく、次に窓が開いた音だ。
中から現れたのは、蠢く長い繊維の集まり。
その色は、金!
「うわーん! 達美ぃ!! 」
窓から現れたのは、地球人の金髪だった。
その持ち主の、背の高い少女が這い出してくる。
ここで生徒会を迎えるはずだったアイドルだ。
タイムパラドックス前の時間軸では、東京近くの国際空港横にある冒険者の禁猟区、ワイドリィ・ホテルにいた。
彼女は高級ブランドであるフォルチューンヌ社製の青いドレスに喜んだ。
そうして不安を紛らわせようとしていた。
本当はそんな事、どうでもよかった。
「バカっツ! 出るな! 」
後から呼びかける声も気にせず、少女は近づく。
窓枠にたまったほこりも気にしない。
「うわっ! 近寄らないで! 熱いよ! 」
そう叫び飛び下がるドラゴメイド。
少女は涙の止まらない青い目をこすりつつ。
「ぐすっ。熱はボルケーニウムで吸収できるんじゃないの? 」
ドラゴンメイドの頭ほどもある自分の胸に、相手の顔を埋めようとする。
全身が機械としか思えない、赤い装甲を。
「金属は、ゆっくりとしか熱をつたえないの。
しかも、両腕が焼き付いて、くっ付いちゃったよ」
ドラゴメイドの声はあくまで落ち着いていた。
抱きしめる代わりに、砲身を支えるサブアームを伸ばす。
パイプを組み合わせたようなひょろ長い腕で、自分より高い頭をなでた。
「アーン。編美ぃ」
久 編美/情報生命体であるレイドリフト・オウルロードの事だ。
ドラゴメイドの太ももを撫でだした。
赤い円柱状の装甲がカシャ! と開き、小さなネコ型ランナフォンが顔をなでられた。
「そうだ。お兄さんの結婚おめでとう」
「どこまで遠くに伝わってんのよ。ありがと」
窓から人々が顔をだした。
中の教室では、机やいすを窓から離して積み上げ、人々はその中に隠れていた。
「君たちは、東京に帰ったんじゃないの?! 」
ワイバーンが驚いて聴いた。
顔を出したのは、ここで生徒会を迎えるはずだったアイドル達。
後ろからはボランティア組織トップ・オブ・ザ・ワールドの杉井 おかき/プロ野球選手と五浦 和夫/プロサッカー選手も出てきた。
「レ、れいの、タイムパラドックスだよ」
人波の中から男子アイドルが答えた。
ホテルではキャッキィエローネ社のバイオリンを手にしていた少年だ。
「空港も道路も吹き飛ばされたんだ! 」
のりだした拍子に眼鏡がずり落ちかけたが支えた。
「これは予想だけど、2年前の福岡市の侵略が無くなっただろ。
そしたらスイッチアに恨みを持つ地球人が減るだろ。
地球人はスイッチアに優しくなる。
その分だけ爆縮委員会の攻撃が激しくなったんだと思う!
敵の味方は敵ってことさ。
そ、それよりも鷲矢君! 」
彼らの行動を、合体黄金怪獣は気にしない。
知ろうともしないし、知ったとしても行動は変わらない。
『あの山を落とせ!
敵の拠点だ! 』
自分たちが散々、煮え湯を飲まされたドラゴンメイド。
その学校に仲間がいるだけで、脅威を感じる。
『すすめ! 進めぇ! 』
苛立つままに、そう檄をとばした。
突撃が始まる。
様ざまな場所、崩れた木々の陰から、商店街にもいた。
空からも陸からも、様ざまな角度から。
小さな山のわずかに目立つ場所に向かって。
その姿は、誰の目にも疲れや傷がわかる。
不安定なゾンビのような気配さえ感じさせる。
直後、合体黄金怪獣のまわりに星空が降った。
(地球人の超巨大人型ロボット!? )
音もなくやってきた。
レイドリフト・メタトロン/初島 愛のエネルギーに満ちた宇宙。
合体黄金怪獣がそう悟った時、首から上以外の全身を包まれた。
いきなり、全身から感じる痺れ、逃げ込む仲間の感触が消えた。
代わって痛みが、体内を侵攻する。
あらゆる方向から、体が順番にスライスされている様だ。
そして見た。
感覚の無くなった黄金の体は、音もなく崩れ始めた。
重力に引かれるまま。
ひび割れ、尖った塊となって、辺りに散らばっていく!
その事について深く考える間もなく、巨大な足音が響いてくる。
今や合体黄金怪獣の無事な部分は、首から上だけだ。
ただ、興奮して振り向く。
『無駄な抵抗は止めろ! 』
機械越しの声で呼びかけられた。
威厳は有るが、まだ少年のように聞こえた。
『あなた方には黙秘権がある! 』
違う少年の声で宣言された。
どうやら前の少年は筋骨隆々。
今のはただ太っているように感じた。
正解だ。
前者はレイドリフト・バイト/蓮見 百矢。
後者はレイドリフト・マイスター/伊原 正人。
レイドリフト・ディスパイン/成沢 あかねと共に、スーパーディスパイズのロボット部分を操る。
マイスターの警告は続く。
『なお、供述は、法廷であなたに不利な証拠として用いられる事がある!
あなたは弁護士の立会いを求める権利がある!
もし自分で弁護士に依頼する経済力がなければ、公選弁護人を付けてもらう権利がある。
これらは国際宇宙法に記された権利です! 』
スーパーディスパイズは、星空にスムーズに入ってくる。
合体黄金怪獣から、警告への答えは。
至近距離から放つ炎。
炎というより、自分ごと天地を焼く爆発!
だがその中でも、守護神は止まらない。
ことも無げに受けると、崩れゆく黄金の崖を蹴り飛ばした。
その足に、前の時間軸で撃ち抜かれた傷は無い。
あたり一面、星空も爆炎も超えて、炎にきらめく金色が飛び散った。
飛び散る自分の肉片から、焦げたステーキのにおいを感じた。
(! 嗅いだことがある)
においの正体は、多環芳香族炭化水素。
宇宙にさらされた宇宙服から嗅ぐことができる。
恒星の燃えるにおい。
死んだ星がまき散らしたにおいだ。
『ギヤー!! 』
同時に、その部分を構成していた爆縮委員のさけび声も。
だか、地面に衝突すると共に消えていく。
『今になって声が?! 』
中枢の意思は、星空の中から声が聞こえないことと結びつけて、察した。
『中は真空か! 』
そして気づく。
侵攻する痛みが、寒さによるものだと。
フリーズドライ。
お湯をかければすぐ食べられる、インスタント食品をつくり方。
凍結してから真空の中で、水分を一気に蒸気に変えて乾燥させる。
その方法に気づいた。
だが、それにしても変化が早い……。
『……! なんだ、あれは』
飛び散った肉片は、さらに砕けながら瓦礫の町に散らばる。
その中から、何か尖ったものが見えた。
赤く、一本の太い棒から様ざまな方向に枝分かれしている。
『まさか……』
赤い物は、血液ではないか?
そう考えると、全ての辻褄があった。
星空は、合体黄金怪獣の血液の時間を遅らせ、それ以外の部分を加速させる。
肉は乾き砕け、血は血管に入った形のまま残る……。
そう気付いた時、口から炎と悔しさの叫びが同時にでた。
一度は暗闇が戻った空気に、ふたたび火がつく。
スーパーディスパイズは、右腕を上げて防いだ。
表面でバリアが炎をはじく。
衝撃が足で地面をえぐらせ、数歩下がらせた。
それでも歩を止めない。
下がった左腕から、無数の砲火をまとったパンチを、首筋にたたき込んだ。
両者が何かするたびに、爆炎と振動が。
そして地平線の向こうからでも足をすくませる、恐ろしい音が響く。
合体黄金怪獣は首をくの字に潰され、炎は吐けなくなった。
だが耐えた。
生き残った体から、クェーサー砲をかき集める。
首を立て直すと同時に、結晶体を生やす。
首全体にすきまなく並べ、頭をスーパーディスパイズにつきだして構える。
すでにスーパーディスパイズが、先ほどのパンチにつづく、右腕のパンチを放つ。
だが合体黄金怪獣は砲撃に耐えながら、無数のクェーサー砲で空を裂いた!
スーパーディスパイズの巨体が、宙に浮いた。
星空も、光線の中心からしぶきを上げて飛び散った。
『ウオォォ! 勝ったぁ!! 』
メタトロンが灰色の巨体の下に滑り込む。
ソファーのように、クッションとなって灰色の機械しかない友達を守るのだ。
それでも、スーパーディスパイズは背中で街をこすりながら、頭から吹き飛ばされていった。
『見ろぉ! 我々の勝利だ! 』
クェーサー砲は止まらない。
上空の学園艦隊を、光の束となって撃つ。
『さっき奴らは警告した!
それはつまり、我々が強いからだ。
勝てないからこそ、媚びるしかないのだ! 』
この夜、一度奪われた勝利の喜びが、戻ってきた。
この爆音の中、自分の声が聞こえることなどないことなど。忘れさせるほどに。
そして、自分の足元。
クェーサー砲の弾幕が、いきなり上がった。
視線が後ろに流れていく。
足元を構成した爆縮委員が、首から上に押し寄せていく。
すると足元は、感想しきった、もろい山。
自然にはあるはずのない、脆弱な物が破壊される音が重なる。
首だけになった、合体黄金怪獣は倒れた。
(倒れた。倒れたんだな)
羞恥心を、かき立てられる。
(急いで立ち上がらなくては)
だが、立ち上がれない。
ようやく手足がないことを思いだした。
(そうだ。まずは形を整えなければ)
体の形が変わっていく。
しかしそれは、イメージするものとは違っていた。
ボコボコボコ
体の内側から、大小様々な球体がわきだしてくる。
沸騰する湯ように、強い振動が自由を奪う。
バチン
球体が破れた。
中から現れたのは、合体していた爆縮委員だった。
感じるのは、あの痺れ!
『くそっ! 臆病者ども! 』
ゴロンゴロン
次々に地面に倒れるのは、クェーサー砲。
一度体から離れれば、戻さない限り攻撃はできない!
噛みつくように魔術学園を見る。
まともな足があれば、一跨ぎで行ける場所。
(勇敢な者となら、痺れしか生まない者たちより、秩序だった合体ができるかもしれない)
そこには、攻め続ける爆縮委員たちの後ろ姿が並んでいる。
『勇敢な戦士たちよ、我々も混ぜろ! 』
合体黄金怪獣は、そう言ったつもりだった。
だが、口から出たのは窮屈そうな空気の抜ける音。
暴風の音になってしまう。
(口まで逃げだしたのか!)
その時、視界が真っ赤な光に包まれた。
魔術学園からだ。
赤い弾幕が上空を通っただけで山肌が、火をふく!
無数の弾はミサイルのように飛び交い、赤い壁の形になって迫る。
迫りゆく爆縮委員は、なすすべもなく炎に飲み込まれた。
輝く壁の中でミキサーのように、ゴロゴロと音を上げて撹拌されていく!
(なんだ、あれは)
誰か、炎の能力者の広範囲攻撃かと思ったが、それは違った。
高温であることは間違いない。
何か、重く、硬い物が、無数に、高速で迫ってくる。
飛んでくる弾丸を正面から見たように、押しのけられた空気が景色を歪める!
爆縮委員は、知るよしもなかった。
瀬名 花蓮/魔術学園の卒業生にして、アイドルたちのマネージャー。かつ最強と言われた、灼熱の宝玉の異能力者。
(何度見てもわからない……! )
体から不気味な物が流れだす。
それは汗なのか、逃げだす爆縮委員会なのが。
何もわからないまま、赤かった視界が黒に染まった。
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