第49話 Regret, stay ahead

「インテグレート・ウインドウへの攻撃が、さらに増えました」

 擱座した味方の宇宙戦艦の報告をしながら。

「付近の敵はすべて。

 また、一度逃げた敵ももどってきています」

 シエロは、時間の感覚がなくなっていることに気付いた。

 魔術学園からルルディックに乗り込み、宇宙に逃げて、まだそれほども経っていないはずなだが。

 もう何年も見続けたような気がする。

 最前席から見る特大の立体映像には、魔術学園から半径10キロ程と共に、様々なテキスト。

 艦隊の情報ネットワークの、あらゆるやり取りが公開されている。

 日本の総理大臣に、一代に一度だけ許される目と耳。

 艦隊の長である、二人いる魔術学園高等部生徒会の顧問教師、高山 恵二と六 富美は、約束を守っていた。


 マップの中は、どこも戦場。その中でも特に激しいのは、2か所。

 その1つは、海辺に擱座した宇宙空母のそばだ。

 後部を破壊された空母のCGのそばに、それに乗るレイドリフト・マイスターの名が書いてある。

 それと、修理状況がタスクバーと55%と示される。

 修理方法は前に見た。

 開けられた大穴をカサブタのようなナノマシンで包み、艦内の多次元プリンターをフル稼働させ、新たなエンジンをつくる。

 エンジンができたら、無人ロボットがあるべき場所に運び、固定する。

 そこに爆縮委員は、天を覆い地を埋める勢いで迫ってくる。

 ここの爆縮委員会は、黄金怪獣とは違う選択をしていた。

 怪獣と言うより、怪人だ。人間の姿に多種多様な動植物の能力を上乗せしている。

 人間サイズの姿で、数を頼みに襲い掛かる!

 インテグレート・ウインドウの上空で、微動さえしない宇宙戦艦フェッルム・レックス。

 操るレイドリフト・バイトは、無数の弾幕で迎え撃つ。

 弾幕を示す矢印の向こうで、黄金怪人のアイコンが次々に地に落ちる。

 地上を走る敵には、まずレイドリフト・ディスパインとレイドリフト・メタトロンが襲い掛かった。

 ディスパインのかる体高80メートルの人型ロボット、ディスパイズロボ。

 それが手にした長い、あまりにも長い槍。

{メタトロンの変異した槍}

 そう表示された槍は青白いエネルギー状で、2から3キロメートルに伸びちじみする。

 2人がかりの一撃で、敵のアイコンは巻き上げられていく。

 同時に、住宅地と書かれた、マップの入り組んだ道路が書かれた部分が、えぐり飛ばされた。

 それでも潜り抜けた黄金怪人が、艦に迫る。

 メイトライ5の4人とレイドリフト1号による機甲戦が迎え撃つ。

 メイトライ5が乗るのは、人型に変形できるオーバオックス、それから変形機構を省いたキッスフレッシュ。共に10トン以上。

 1号の乗る、機動力に優れたマークスレイは6トン。

 マークスレイは、下にジェットを噴射するホバークラフトの機能がある。

 その凄まじいスピードは、怪人たちを跳ね飛ばしていると予想できた。

 これらの最新鋭の装甲車にまじり、学園艦隊を避けてきた冒険者やヒーロー。

 そして、山側を戦車部隊がやってきた。

 これまで、爆縮委員会に引きずられるようにバラバラにされた部隊たち。

 多数の応援、デセール・デザストルのような冒険者企業などが駆けつけたおかげで、ようやく再編が叶った。

 自衛隊だけではない。

 他国の戦車もやってくる。

 堂々たる多国籍部隊が。


 シエロの報告。

「機甲部隊、側面より攻撃を開始! 」

 画面に新たなテキストが並ぶ。

{祖国爆縮作戦実行委員会の諸君}

 自衛隊から、黄金怪人への訴えだ。

 話すのは中倉 和彦一等陸尉。

 東部方面隊、第1師団第1戦車大隊A中隊隊長。

 言葉が、瞬時にテキスト化されていく。

{今君たちが襲っている艦には、たしかに君たちと同じ星から来た子供たちが眠っている。

 君たちは、一度彼らを殺しかけている}

 シエロは文字だけでは、ただ画面に並んでいるようにしか見えない。

 中倉隊長の意思を感じることはできなかった。

 叫んでいるのか、あざけっているのか。

{眠っているのは、それぞれの母星から提供された睡眠薬があるからだ。

 我々が投与した}

 ちなみに敵のアイコンはへらず、変化もしていない。

 ボルケーナの力は、まだ続いている。

{我々はスイッチアにおもむく前に、君たちの母星に薬品を送ってほしいと頼んだ。

 だが最初に送られたのは毒薬だった。

 罪人を引き受けるくらいなら、殺してしまえ。

 そう思わせたのは、君たちだ

 こんな事を続けてはいけない}

 中倉隊長の訴えは続く。

{チェルピェーニェ共和国連邦と我々とも、和平が成立した。

 降伏しろ。

 そうすれば母星の考えをくつがえせる。

 君たちが優れた人間だということを、しめすんだ}


 対する返事は、テキスト化されなかった。

 返事と言えるのは、押し寄せる黄金怪人。

 爆縮委員会の考えは、彼ら自身がさんざん言っていたからわかる。

 シエロは怒りに燃えた。

 つい一昨日まで、敵と思っていた地球人のために。

(爆縮委員会の怒りは、自分の子供たちさえ巻き込む。

 それこそが自分にはふさわしい。

 そういう事か! )


 もう一つの激戦地は、あの黄金怪獣との戦いの地だ。

 ここのマップでも、たくさんのアイコンとテキストがうごめいている。

 シエロはたまらなくなって、ライブ映像に切り替えた。

「おい! 無駄なウインドウを増やすな! 」

 地球人の誰かに怒鳴られた。

 井田 英雄外務大臣だ。

(かまうものか)

 スイッチアでは、コンピュータが地球ほど普及していない。

 シエロはアイコンとテキストが機械的に動き回るマップでは、ただそう書いてあるような気がして、どうしても現実感がわかないのだ。

 それ以上の追求はなかった。

 井田外務大臣の肩に手をあてて、前藤 真志総理が止めたからだ。

 シエロは、それに気づかない。


 ライブ映像の中では、戦火が野山や街をなめ尽くし、夜空を照らす。

 その火、一つひとつが、地球で生まれるはずのないとされた現象。それを兵器として使った物だ。

『……戦え……たた……』

 シエロは、このライブ映像に感心した。

 引っ切り無しの爆音の中でも、声が拾えている。

 力の入っていない、かすれた声を。

 それが力強い宣言に塗り替えられる。

『地球は人食い人種の星だぁ!! 』

 声の主、黄金怪獣は次元ごとボール状に捻じ曲げられ、黄色と黒に縁取られた4本の巨大な金属製のアームに抑え込まれている。

 アームの主は、高さ300メートルにわたる灰色の城壁で、焼けただれた平野を塞いでいる。

 そう思わせる、全長1キロメートルに及ぶ巨艦。イライラ・ベイ。

『うぇえん! ぶっ殺すぞ!! 』

 黄金怪獣の言葉は、弱々しい泣き声と絶叫が混在する。

 大勢の記憶が交じり合い、それぞれが混乱しているからだ。

 それでも、降伏する者はいない。

 ボールの表面が、不意に輝いた。

『クェーサー砲だ! 』

 イライラ・ベイの誰かが叫んだ。

 表示によると、副長兼技術長ミカ・ンコナ。

『結晶を隠し持ってやがる! 気をつけろ! 』

 それでも、クェーサー砲は曲げられた次元を超えられない。

 次元を曲げられたため、ボールの内側から出られず、グルグル回るだけだ。

 そうシエロは思った。

 油断だった。

 いきなり、かぎ爪の生えた手足と長い尾が飛びだした!

 アームをゴゴゴっと軋ませ、押しのける。

 さらに、飛びでた部分から電撃を放つ。

 焼けただれた地面と、それに触れて沸騰を続ける海を、さらに焼く。

 イライラ・ベイは、艦内に閉じ込めようとするが、もう無理だ。

『こいつ! まだ動ける! 』

 戦術長ガネ・マメコ。

 アームが悲鳴のような音をさらに強くする。 

『予備のアームもすべてだせ! 次元歪曲も密に! 』

 艦長の桂 練。

 その指示とともに、イライラ・ベイが新たなアームを伸ばす。

 先端には巨大な刃物や、鋭く尖らせた鉄パイプが輝く。

 パイプの後ろにはホースが付いていて、船体まで続いている。

 巨大な注射針で、黄金怪獣の体液を吸い取るアームだ。

 新たな次元湾曲が、飛びでた黄金の手足や尾を改めて折りたたみ始めた。

『採集開始! 』

 怪獣捕獲長ハグサ・レアオ。

 イライラ・ベイのアームが次元歪曲の奥へ向かおうとする。

『採取より攻撃だ! 』

 オートクレール。 

 刃渡り100メートルの大剣を思わせる、流線型のミサイル艇から。

『みんな、イライラ・ベイを殺す気か!? 』

 唯一の乗組員、艦長ド・クガのイライラ・ベイを思いやる訴え。

 でありながらシエロは、嬉々とした響きを感じた。

『ダイニチ! 大ボスにとどめだ! 援護してくれ! 』

『ええ! いいですよ! 』

 ダイニチを一人で動かす艦長、パスタグ・アブラ。

(女の声だ)

 シエロは一度、そう思った。

 だが、異星人なら聞こえるだけかも知れない。と思い直した。

 ダイニチはオートクレールを追い抜き、まず砲撃を歪曲空間にうちこむ。

 続いて艦首ドリルを猛回転させ、竜巻の音を響かせた。

『乙女の怨みを思い知れ!

 新開発の歪曲空間航行装置を見せてやる! 』

 ドリルが当たる前に、黄金怪獣の戒めが球状に広がった。

 その中でダイニチは、歪曲されないまま割り込む!

 先を越されたオートクレールの姿が、続いて数十メートルの玉の中に消える。

 入り終わると、円形の穴も閉じた。

 たちまち玉の表面が盛り上がり、それが沸騰するように続く!

 攻撃が始まった。

 やがて盛り上がりを押しのけ、巨大な塊が突きだした。

 人の顔の形で、金色。

 黄金怪獣の頭が、急いだ様子で見回している。

 顔が、鬼のような憤怒から、痩せこけ、疲れ果てた泣き顔に変わる。

 また、主体となる意識が変わったのだ。

『た、助けて……』

 顔の表面が、金色の粘液となって、だらりと落ちる。

 ディミーチたちの攻撃がまだ効いていて、形が保てないのか。

 だがシエロには、失禁であるほうが正しい気がした。

 黄金の顔が激しく震える。

 中の攻撃が命中している証拠だ。

 しかも、反撃しても歪曲されてしまう、一方的な攻撃。

『助けてぇぇ!!! 』

 叫ぶ頭が、後頭部への一撃で叩き落とされた。

 現れたのは、ダイニチの黒いドリルだ。


 一方、黄金怪獣からそう離れていないはずの瑞風の拘束地点では、だれも黄金怪獣の事はかまっていない。

『おい。私はいつから手のひらを噛んでいた? 』

 瑞風の新たな変化に気づいたのは、その腕に噛み付いていた灰色のサメ型戦艦。水泳部部長ノーチアサンだった。

 その牙は瑞風を貫き、漏れだした電流とオイルを、稲光と黒煙にして撒き散らす。

 稲光と黒煙は変わらない。

 ただ、かむ場所が腕から手に変わった。

『こっちもだ! 』

 左腕を噛んでいたノーチアサンの同型艦、ホラディラもそうだった。

 ずれたとか、そういうものではない。

 噛んだ場所。その結果そのものが変わっていた。

『タイムパラドックスだ! 』

 髪を金に染め、顔じゅうにピアスした科学者、2年B組学級委員長。

 ノーチアサンの中にいたユウ・メイメイが見抜いた。

『過去が書き換えられたから、現在が変わったんだ! 』


 瑞風の背中でしゃがむ、体高50メートルの人型ロボット。

 ライブ映像の中では後ろ姿しか映らない、ウイークエンダー・ラビットからだ。

 その体高は瑞風の6分の1。

 それでも拳と仲間たちが、瑞風の装甲を水晶の粒として砕き散らせる。

 メイメイの説明に、すかさず少女の声が聴く。

 艦隊の情報ネットワークに直接アクセスできる声が。

パイロット、佐竹 うさぎ。

『時間は、未来から過去へ流れるんじゃないの? 』

 そう。

 未来において日本語が広く使われる宇宙があれば、異能力者は今現在に日本語を使う自分、という概念を持ってくることができる。

 彼らのコミュニケーション。そして異能力を支える理論。

『概念宇宙論なら。

 なんで過去からの影響が現れるの!? 』

 メイメイが答える。

『無知なパイロットだな。

 小規模な変化なら無理だ。

 だが瑞風のほどの変化になると、時空の書き換えが時をさかのぼる!

 川に爆弾を落とし、あたり一面水浸しにするようなものだ! 』

 うさぎとメイメイの問答は続く。

『なんで私たちの記憶は書き換えられないの? 』

『地球が異能力のある世界だからだ!

 少しでも異能力を使える可能性があるなら、意思がある生命体なら、記憶は書き換えに逆らうことができる!

 あんた、異能力は!? 』

 ウイークエンダー・ラビットからの声が、キレ気味になる。

『ないよ! 一般中学2年! 無能力者だよ! 』

 シエロは疑問に思った。

(魔術学園は異能力者の学園。

 それに属する学園艦隊に、なぜ無能力者が!? )

 だか、その疑問は今は意味がない、と追いやった。

(真脇の友達。今はそれで十分だ)

 他にも起こっているタイムパラドックスをさがす。

『おい!

 瑞風が浮き上がり始めたぞ! 』

 オルバイファスが叫んだ。

 時空潜航艦マーングターによる強力な重力波で抑え込まれていたはずなのに。

 シエロ達は、映像の中に他にも気づくことがあった。

 先ほどまでにつけた瑞風の足跡が、徐々に巨大になっていく。


 今見る映像は、周囲を警戒していたアスカロンから撮影された物だ。

 地球の戦闘機にいちばん近い姿をした学園艦隊。そして一人乗り。

 その背には、いつの間にかカーマとテレジ・イワノフを乗せていた。

 テレジは変わらず、チェ連製無線機で瑞風内部への通信を試みている。

「よし。次の周波数を試してみよう」

 チェ連側からのサポートが一人付いた。

 エカテリーナ・エピコス。

 シエロの母である。

 夫のヴラフォスとは、お互い極限地師団の通信兵だった頃に知り合った。

 今では自宅での通信手として、時として臨時基地ともなる自宅を守る。

『了解です。……キタキタ。微ですが、言葉が聴こえます! 』

 テレジが、ついに捉えた。

『あれ? これは瑞風のものではありません』

 そのとき、アスカロンが叫んだ。

『第2救助目標、接近! 』

 これも一人乗り。艦長はドウダン・ブルス。

 だが、ドウダンの言う第2目標が何なのか、シエロにはわからなかった。

 戸惑いながら、書き換えられた過去を思いだすしかない。

 そんな事は気にせずアスカロンは、ミサイルの群れを放った。

 ミサイルの向こうで、また異なる光の群れが突進してくる。

 両者は空中で激突。

 巨大な火のカーテンが生まれた。

 その爆炎が照らしたのは、煌めく人型だった。


「……イテカゼ、コントロール不能! 」

 そう、凍風。

 ようやく思いだしたシエロは、慌てて報告した。

 PP社が回収し、改造した瑞風の同型艦。

 どこで手に入れたかと言うと、2年前の福岡で。

 人類はおろか、すべての生物が滅んだという、シエロ達の知らないスイッチア。

 そこから地球侵略のために送り込まれた宇宙戦艦、エアクラウンの一隻。

『通信、つなぎます! 』

 テレジが言った。

『こちら、凍風。

 魔術学園高等部生徒会です。

 私は生徒会長のユニバース・ニューマン』

 思いもしない相手に、周りがどよめいた。

『どうして?! 逃げたんじゃないの!? 』

 困惑するテレジの呼びかけに、ユニも絶望した様子で吐きだす。

『達美さんのお兄さんに、空も陸も混雑してるから、ここで籠城しなさいって言われて。

 クミたち家族も一緒です。

 ただし、あたり一面に爆弾が仕掛けてある。

 異能力による脱出はできません。

 それより、凍風の手を見て! 』

 凍風の全身は、瑞風と同じ海中樹の結晶で覆われていた。

 手も変わりない。

 ただし、右拳だけが前に突き出されている。

 拳から何かが飛びでて、動いている。

 見た目は親指のようだ。

 ただし、黒い。

『フーリヤなんだよ……』

 ユニが、黒い怪鳥の姿の機械生命体、文芸部部長の名を告げた。

 一同の動きが固まった。

 まるで全身の血液を氷に置き換えたように。

 皆、そんな身も凍るような恐怖を味わっていた。

 凍風が、悠然と歩を進める。 


{レイドリフト・ドラゴンメイド、救出}

{レイドリフト・ワイバーン、救出}

{レイドリフト・オウルロード、救出}

 マップに、3つの新たなテキストが書かれた。

 まとめて読み上げる。

 だがシエロには、やはり現実感のない短文としか思えない。

「ルルディック、ウイークエンダー・ラビットの撮影した映像を見せて」

 たちまちルルディックのシステムがシエロの声を読み取り、実行する。

 ウイークエンダー・ラビットは、瑞風の背中にしゃがむ。

 映像は高さ20~30メートルから撮影した、丘のような水晶と、それが砕かれ、あらわになったスクラップ。

 スクラップの中心に、動く影を見つけた。

 救出された3人だ。

 すっかり煤けていた。

 ワイバーンは表面の微小機械、ナノマシンをはぎ取られ、ドラゴンメイドと変わらないガイコツじみた姿になっていた。

 ドラゴンメイドとの区別は、猫耳のフレームの有無しかない。

 それでもオウルロードの体である、猫の形をした携帯電話、ランナフォンを抱きとめている。

 彼らの周りのスクラップが、不自然に蠢いた。

『エアバグだ! 』

 うさぎが、エアクラウンが運ぶ10センチ大の怪力ロボットを探知した。

 タイムパラドックスによって現われ、コントロールを奪った元凶!

 スクラップを押しのけ、群れとなって3人に飛びかかる!

 瞬時にウイークエンダー・ラビットの背中から、アームに支えられたコンテナが持ち上がった。

 コンテナから飛びだしたのは、レーザー。

 迫るエアバグの群れを、赤く焼き切る。

 切り口はスクラップも滑らかにすべり、3人の周りを何度も回ってエアバグを寄せ付けない!

 ドラゴンメイドがウイークエンダー・ラビットを見上げた。

 その表情ならシエロはわかる。

 学園で励ましてくれたときの顔。笑顔だ。

 きっと助かる。

 友達が助かる。

 シエロはそう確信し、ホッとした。

 達美の笑顔が、無傷の結晶装甲で阻まれた。

『キャァ!先輩!? 』

 うさぎの叫びだ。

 突然、映像が目まぐるしく回りだした。

 時々見える光は、姿勢制御のバーニア。

 数秒遅れて、衝突音が響いた。

 届けたのはアスカロンからの映像。

 見たことのない化け物が立っていた。

 表面は、戦火を通して赤くきらめく、透明な装甲。

 人型だが、手足が太い。

 背中の装甲は、以前より膨らんでいる。

 それが瑞風。

 タイムパラドックスを経て、未来からの進化を現した姿。

 周りに飛び散っているのは、今まで押さえ込んでいた者たち。

 そして、瑞風の前を遠ざかる赤い、ひしゃげた塊。

「ウイークエンダー・ラビットが! 」

 いちおうバーニアは噴射しているが。

 その時、白と黄色の巨大な装甲が、4本足特有の絶え間ない足音を上げてやってきた。

 ウイークエンダー・ラビットの僚機、ディメンション・フルムーンだ。

 うさぎは下へかけこんだ分厚い装甲の上に、スムーズに着地させる。

 だが、それから立ち上がらない。

『ウイークエンダー・ラビット、回復できません』

 映像はもどった。

 ディメンション・フルムーンに乗ったまま、後退する。

 撤退しながらも、ずれない目の前に、歩きだす瑞風。

 続く、フーリヤを手に捉えた凍風。

 だか、2機は同時に立ち止まり、頭部カメラが上を向いた。

「黄金怪獣の頭を見ています」

「ああっ! 」

 すぐそばで、絶望的な声。

 シエロの母だ。

「瑞風、凍風ともに通信が途切れました! 」


 歪曲空間の淵では、いまだに巨大な頭をドリルが、ガリガリと削り続ける!

『ヒィッ! 』

 だが黄金の目は、未だ意思をたたえていた。

 瑞風と凍風で見開かれる。

 2機はゆっくりと両腕を左右に広げた。

 水晶の装甲が次々逆立つ。

 逆立だった装甲はミサイルとなり、黄金怪獣の頭をねらう!

『はっ? ギャァ!! 』

 黄金怪獣の恐ろしい叫びを置き去りにして、ダイニチが素早く後退する。

 その戒めがなくなった時、水晶のミサイルが殺到した。

 バン! バン! と粘土を叩きつける音とともに突き刺さったミサイルが、体内のエネルギーを電気に変え、稲妻として撒き散らす。

 夜空に、目に焼きつくような光。

 予想どうりの爆音が響きわたった。

『……がんばれ。

 みんな、がんばれ! 』

 安定した様子の、途切れない雷の音。

 それを縫って、励ましの声が聞こえた。

『頑張れぇ! 』

 黄金の口からでていた。

 と同時に、歪曲空間のあちこちから、黄金怪獣の手足、尾、翼が這いだした。

『今、一度! チャンスをください! 』

 体と歪曲空間の淵から、金色の炎が吹きだした。

 ロケットの炎だ。

 歪曲空間から逃れた部分が、根本から千切れて宙を横切った!

「ヒィッ! 」

 身を引き裂く痛み、おぞましい死を思わせる光景に、あちこちで悲鳴が上がる。

 それが、スタートの合図となった。

 黄金怪獣に反応し、瑞風と凍風は反重力を発生させて低空に浮かんだ。

 つま先立ちのような格好で、滑るように駆ける。


「黄金怪獣と瑞風、凍風。ともにインテグレート・ウインドウへ向かっています! 」

 シエロが報告したと同時に、黄金怪獣の切れ端が地面に落ちた。

(インテグレート・ウインドウまで届かなかったのか? )

 そう思ったのは間違いだった。

 落下したのは黄金怪人の陣地のど真ん中。

 土煙の向こうで、金色の光が集まっている。

 黄金怪人が集まっているのだ。

 全部で8箇所。

 遅れて、瑞風と凍風が滑りこむ。

 大地を削る足の下には、まだ多数の黄金怪人がいる。

 巻き上がるのは、瓦礫だけでなく電流も。

 黄金怪人をすりつぶし、そのエネルギーを電気として奪っているからだ。

 立ち止まると、足を中心に青白い光が円を描いた。

 プロパンガスでもあったのか、黄色い炎が一気に広がる。

 周りでは逃げる影がいくつもある。

 2機の巨大ロボットは、何も気にしない様子で結晶ミサイルを雨あられと撃つ。

 この弾幕は、弾切れしない。

(歪曲空間の倉庫でもあるのか? )

 ミサイルの効果どおり、視界すべてで電流が舞う。

 だが金色の何かは、エネルギーが奪われるのも気にしない様子で、駆け抜けた。

 瑞風にしがみついたのは、黄金怪獣の右腕。

 ただし、手のひらを顔の位置に、さらに手足を生やした者だ。

 瑞風が引き剥がそうとする。

 掴んだ手からも、電流が。

 左腕も同じ進化をして、凍風を襲う。

 凍風は殴る蹴る。

 繰り返して近づけさせない。

 その背後から、重い蹴りが入った。

 黄金怪獣の両足は、新たな足の付け根でつながり、そこに地中竜型の頭を作っていた。

 頭と尾は繋がって新たな胴体を作り、2枚の翼で支えていた。

 空から瑞風に襲い掛かる!

 どれも瑞風ほどの大きさはない。

 それでも、爆縮委員会の偽りなき想いの結晶だ。

 瑞風と凍風は、相手を電流に変える格闘で立ち向かう。

 達美が操っていたころのキレの良さ。バランス感覚に基づいたスピードはない。

 それでも、一撃は衝撃波をまとい、大地を揺さぶってさらに瓦礫を巻き上げる。

 

『タイムパラドックスが起こっても、捕獲作戦は計画されているな? 』

 落ち着いた。と言うより、感情を感じさせない男の声が響いた。

 艦隊司令、高山 恵二。

『ええ。モチのロン』

 オートクレールのド・クガは、喜々として答えた。

 明らかに自分達の力を示す、絶好のチャンスと捉えている。

(不謹慎な奴だ。

 でも、今はその言葉が心地いいな)

『攻撃開始! 』

 無数の砲撃が、意思ある者、人が起こしたとは思えない光景をつくりだす。

 地震と嵐が一度に起こったようだ。

その衝撃で、合体していない黄金怪人が巻き上がる!

『うわー! 待った! まった! 』

 しっかりテレジを抱きとめたカーマ。

 2人を背に乗せたアスカロンが、逃げていった。


 ディスパイズロボに支えられ、レイドリフト・メタトロンが、その姿を槍からドーム状の盾に変える。

 自衛隊もヒーロー、冒険者も庇う、巨大な盾だ。

 星空の波が、怪人の波を根こそぎ山の方へ押し流していく。

 だが、この星空の波さえ貫通できるのは、爆縮委員会が証明済み。

『こちらレイドリフト1号! 』

 艦隊を含む、すべてのネットワークに伝わる声。

『これより、緊急モードでスーパーディスパイズへの合体を行います!

 未だに多くの人が乗るインテグレート・ウインドウを動かすには、もうそれしかありません!

 合体時の衝撃、破片などに気をつけてください! 』

 擱座したままのインテグレート・ウインドウ。

 その頭上に陣取っていたフェッルム・レックスが、左右に開いた。

 スーパーディスパイズの両腕だ。

 その腕で、インテグレート・ウインドウを抱え上げる。

 吊り上げられた状態で、インテグレート・ウインドウはゆっくり、ぎこちないほどの動きで両足に変形する。

 その時、メタトロンのバリアが貫通し始めた。

『ぜったい退くな! 』

 1号が吠えた。そして、そこにいない2号を想う。

『武産なら絶対に退かない! 』


ビー ビー


 けたたましいサイレン。

(響いているのは、ルルディックの中か? )

『多次元管制艦ヤラからの警告です』

 続く艦内放送。

『本艦直近にて、ポルタを探知。

 発生源は、現在のスイッチアです! 』

 緊迫した声。

「外の様子は分かるの!? 」

 また、緊迫した声。

「こちらで確認しています! 」

 遠くのオペレーターの声に、大勢が集まる音がする。

 あたりの騒がしさは、さらに激しくなっていく。

「あれがスイッチア?! 」

 怯えた声。

 視線を向ける。

 巨大なモニターに、宇宙の闇。

 そこを虹色の曲線が縦横に踊っている。

 ルルディックを包み、守るレイドリフト2号の魔方陣だ。

 その向こうの闇は、青白い円で断ち切られていた。

 円の中で、黒くて丸いものが浮かび上がる。

 浮かび上がって見えるのは、横から光を受けた球形独特の影ができていたから。

「そう言えば、光に当たった部分に見えるかたち。

 あれは、ヤン・フス大陸の東海岸にそっくりだ! 」

「本当に、スイッチアなの? 」

 次に言ったのは、間違いなくシエロの母。

「じゃあ、あの部分が海!? 」

 醜い、黒い廃水まみれの惑星だ。

 西海岸、夜の部分には町あかりらしき光が見える。

 雲によって途切れ途切れだが、その光をつなぐと、間違いなく西海岸だ。

 その西海岸に、緑色の光が生まれた。

『新な警告です。

 あの緑の光は照準の為のもの。

 すぐそばで、地熱を利用した惑星間レーザー兵器を探知!

 その威力は、……地球の地表を500メートルまでえぐるとのことです! 』

 緑の下に、赤い光が生まれた。

 その光は緑の物よりも、大きい。

「あれが惑星間レーザー兵器!? 」

 そんな言葉がいくつも重なる中、船内放送が。

『狛菱 武産様の予言です。

 レーザー兵器が狙っているのは本船です。

 コンテナへ避難してください! 』

 避難時のマニュアルには、まず時間のかかる資料を扱う者から逃げる。

 それは日本もチェ連も変わらなかった。

 背後に並んだコンテナが次々と開く。

 地上から逃げる時に入っていた物だ。

 あわて者がコンテナのふたに乗っていた書類やタブレット。ノートパソコンなどを落としそうになる。

 焦って取る。

「本当に、預言と言うのは当てになるの!? 」

 不信の叫びを上げたのは、防衛大臣の堺 洋子だ。

「生徒会の黒木 一磨君は、これだけの被害が出ても、未来では魔術学園は経営を続けたと言っていたわ! 」

「あんた、根本的な誤解をしているようだな」

 井田外務大臣。

 異能力者に大いに不信感を持つ男が、眼前にたった。

「彼らが見るのは、目や耳で感じる事じゃない。

 概念だけだ。

 極端な話、書類上だけの存在になっても魔術学園が存在する。と言う予言は成り立つ」

「そうだったの……」


(そうだったのか……)

 納得した。

 コンテナに逃げ込む人の流れは速い。

 となりの友人たちも、次々に腰を上げた。

 それでもシエロは、立ち上がる気すら起こらなかった。

 じっと地上を見る。

兵士としての使命感は、意外と少ない。

 逃げても無駄だ。などという虚無的な気持ちでもない。

 ずっと、自分たちは助かる、という確信めいた気持ちがあった。

 ただし、それには見落としている何かがあるような気もする。

 だから口に出しはしない。

 でも、その事を言えばすべての人に「そうか! それなら安心だな!」と言われる自信がある。

 突然、肩を掴まれた。

「おい。余裕がでてきたぞ。

 早くにげろ! 」

 井田に急かされ、シエロが振り返る

 すると、思わぬ物を見た。

 井田の、あっけに取られた顔だ。

「君、なんでそんなに嬉しそうなんだ? 」

 その驚き顔は、周囲に感染するように広がっていく。

(父さんと母さんも)

 自分の頬に集中してみた。

(盛り上がっている……)

 口に触れてみる。

 Vの形に開いていた。

「さっきの、ドラゴメイド君の報告のことか?

 君と、カーリタース君が、現在のスイッチア兵器の生みの親だと」

 井田の顔が、じょじょに険しくなっていく。

 シエロは頬をつねり、叩いてみた。

 何も変わらない。

 外務大臣の激しい声が、爆発音のように全身を叩く。

「それが嬉しいのか?

 友達を閉じ込めてまで!」

 怒りの鼓動が、全身の血をたぎらせ、顔を真っ赤に染める。

 そんな怒りを前にしても、シエロの心は落ちついていた。

 むしろ。なぜ、そんなに怒るのか分からなかった。

「待ってください! 」

 ヴラフォス・エピコス。父の声だ。

「シエロとカーリタースくんが作った兵器なら、かえって安全なのではないですか? 」

 そう、シエロもそう思っていた。

「それに、ボルケーナさんの力で人は死なないのでは――」

 ヴラフォスに言われても、井田は怒りをたたえたままだ。

 ふと、手にしていた一枚のプリントに気付いき、見せてきた。

「これは、スーパーカミオカンデと言うもので調べた、ボルケーナさんの力の発生状況です」

 右下がりの折れ線グラフが描かれている。

「2時間前までの物です。

 爆縮委員会が地球に来た頃から、力は加速度的に減っている! 」


 地上からの映像では、瑞風が右手怪獣を剥ぎ取り、山に投げつけた。

 たちまち山肌全体が粒粒になって巻き上がり、土砂崩れとなって広がる。


「……それでも」

 シエロは口を開いた。

「勝てるなら、それで良いのでは……」


 山には誰がいたのか。

 勢いよく炎が吹き上がった。


「シエロ君! それは違う! 」

 割って入ったのは、前藤総理だった。

 その時、地球人とチェ連人の、にらみ合いが始まった。

 と同時に、前藤とシエロを人々が垣根の様に囲む。

「君たちが作った兵器が、ここを狙っているんだぞ!! 」

 指さしたのは、現在のスイッチア。

 続いてシエロが見ていた、地上を観測するモニターも指さす。

 夜の闇と粉じんの中でも、瑞風と凍風特有の水晶の輝きが鋭く光る。

「凍風と瑞風の戦い方を見なさい!

 誰でも構わず襲いかかっている!

 あれが君たちの作りだした物だとしても、それは完璧な形で行われたわけでは、ないんじゃないか? 」

 その言葉が、どんな状況を表すのかわからなかった。

 自分が未来に行うはずの偉業。

 それは希望的観測。すなわち単なる妄想だとでもいうのか?

 困惑する少年に、前藤は語り続ける。

「これは僕の推論だがね。

 何時になるかはわからないが、君たちはスイッチアに帰るだろう。

 そして爆縮委員や、その背後にいる宇宙帝国の生き残りに、勝利をつかむだろう。

 それが終わったら、残された宇宙帝国の兵器を、自分たちの兵器に改造することになる。

 だが、それが君たちの最後の歴史になってしまうんだ。

 宇宙帝国の反撃にあったのか?

 それとも、君たち自身が続けられなくなったのか?

 それは分からない。

 とにかく、君たちの残した兵器は、君たちと共にはない! 」

 チェ連人達は、前藤に圧倒されたように遠ざかり、一か所に固まった。

「君たちの復讐心が強まるほど兵器は強くなる。

 そういうタイムパラドックスなんだよ!! 」


 シエロは逃げるように、地上からのライブ映像を見た。

 爆炎を突き破って、スーパーディスパイズの全高1200メートルの巨体が現れる。

 あそこには、カーリタースが乗っているはず。

 ドーム状に成形された宇宙を、盾として両腕で支えている。

 だが、その歩みに力強さはなない。

 盾は数発に1発は貫通し、灰色の装甲に火花を散らす。

 修理途中で無理やりつないだ足による、不安定な後退だった。


『シエロ。シエロ、聞こえる? 』

 突然、無線が繋がった。

 送り主は、カーリタース・ペンフレット。

『僕は、今しめされたのとは違う未来を選びたい。

 あの兵器を失っても、爆縮委員会に行ってしまった人と話し合いたいと思う』

 スーパーディスパイズの足に、攻撃が集中しはじめた。

 カーリタースがいるあたりに。

 衝撃のたびに、彼の息が詰まる。

 それでも、追い詰められた焦りや、諦めは感じられなかった。

『もし今の機会を失ったら、もう彼らと話し合うチャンスはないと思うんだ』

 聴いた人々の目は、次はシエロに向けられた。

 彼らの目は輝いている。

 カーリタースの勇気ある言葉に希望を感じ、次にシエロに期待しているからだ。

 そして、言葉は放たれた。


 地上の2機に、たちまち変化が起こった。

 背中の装甲が膨れ上がる。

 瑞風の背中からガラスの砕ける音と共に、巨大な結晶が飛びだした。

 そこから放たれた一撃が、スーパーディスパイズのバリアを弾き、えぐる。

 巨大なクエーサー砲だった。

 スーパーディスパイズは、一瞬で両足をもぎ取られた。

 破片が、周囲をくまなく傷つける。

 撃たれた機体も、両腕に変形したフェッルム・レックスのエンジンでかろうじて立っているだけ。

 凍風が生やしたのは、3本のカギヅメを持つ腕だった。

 しがみ付く左手怪獣を余裕ではぎ取る。

 そのまま、空中の人面の翼あるヘビに投げつける。

 両者はもみ合うように、地に落ちた。

 落ちた先で再び火の手が上がった。


「シエロ、あんた何を言ったの? 」

 再びあっけにとられたのはサフラ・ジャマル。

 シエロは、あわててあたりを見回した。

 どこからも褒める視線はない。

 怒り、呆れ、おびえが覆い尽くしていた。

 皆、凍りついたように動かない。


「……シエロ・エピコス。君を拘束する」

 チェ連の書記長、マルマロス・イストリアだった。

 たちまちサフラが、ワシリー・ウラジミールが、ウルジン・パンダエヴァが、後ろと左右から押さえかかった。

 完璧に関節を押さえられて、痛みを与えるとともに動けない。

 教本通りの動き。

 技をかける3人は、皆一様に緊張していた。

 怒っているわけでも、泣いているわけでもない。

 とにかく、がちがちに固まっているだけだ。

 シエロは、そのことを呆然と眺めていた。

(真脇たちなら、一人くらい「待ってください! 」などと言っては拘束に反対するのではないか? )

 そう考えると、少しさみしかった。

 今のシエロは、痛みに耐えている訳ではない。

 ただ、晒されているだけだ。


「前藤総理。たいへん恥ずかしいお願いなのですが」

 書記長が話しだす。

「彼を地球で拘束し続けていただきたいのです。

 もう二度と、スイッチアに帰さないことも考慮に入れて――」


「いやぁああ!!! 」

 阿鼻叫喚地獄。

 そこにふさわしいような悲鳴。

 これに使われた体力だけで死に至るような、ハラワタが千切れてしまうような。

 叫んだのは母。エカテリーナだった。

「こんな得体のしれない世界で、息子を置き去りにしないで! 」

 ここまで取り乱す姿を、シエロは見たことがなかった。

 どの様な報告でも、非現実的な敗北。無慈悲な悲劇でさえ、その責任領域を全うしてきた通信兵の鑑が。

 倒れそうになる母を父が支える。

 シエロは父の目にも、母と同じ絶望を見た。

 その絶望ならよく知っている。

 真脇たちから、散々感じた物だ。


『スイッチアの惑星間レーザー砲の、エネルギーが跳ね上がり――キャァ! 』

 船内放送が、突然断ち切られた。

 場にいた全員が倒れ込むほどの衝撃。

 船の悲鳴のような、金属のねじれる音!

 灯りがとぎれとぎれになる。

 船内放送はすぐ再開した。

 惑星間レーザーが直撃したこと、威力はレイドリフト2号が大分防いだものの、火災が発生したことを告げた。

『ルビー・アガスティア、交戦を開始します! 』

(また、得体のしれない物が一気に増えるな)

 4人とも転んだものの、シエロへの拘束はまだとかれていない。

 だが、手が緩んだため、まるで腕を組んでいるようだ。

 3人の鼓動を感じる。

 力強い。

 あたりでは、怪我人を知らせたり、灯りや手当を求める声で溢れている。

 外を映すモニターが点いているのは、たぶん奇跡だろうと思った。

『スイッチアから、瑞風、凍風の同型機が、多数飛来! 』

 ポルタから、小さな光の点が上下左右に展開するのが見えた。

 手前から、何か、白くて巨大な物が横切った。

(でも、関係ないか。

 そうだ。

 得体のしれないという点なら、私たちも大して違いはない! )

「父さん! 父さん! 」

 背中のウルジンがどいてくれないので、息がくるしい。

 それでも叫ぶ。

「教えて!

 フセン市役所の地下の事だ。

 どうして、三種族をかばったの!? 」

 返事は、すぐ帰った。

「甘い物を食べている顔が、母さんに似ていたんだ……」

 2人は、しっかりとつながっていた。


 とたんに、周囲が明るくなった。

 周りで、たくさんの白い物が舞っている。

 それは、鳥の羽によく似ていた。

 それがルビー・アガスティアの攻撃なのか、レイドリフト2号によるものなのか。

 はたまた他の誰かのモノなのか。

 壁も、宇宙の真空も関係なく舞い散る。

 その光の中で、シエロは三種族もチェ連を裏切った者達も、宇宙帝国に希望を見出す者達も、すべてを許した。

 歴史が変わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る