第46話 進化が欲しい


 日本とチェ連の要人を乗せ、宇宙に避難した豪華客船ルルディック。

 シエロは、そのセーフティーゾーンの壁モニターで戦場全域を見る。

 衛星が戦場全域を映した映像は、暗い。

 街灯りを最大限に増幅しても、小さな点がぽつぽつ見えるだけだ。

 この光しか生みださない戦いなど、大した事はないのではないか?

 そんな期待は、愚かな願望として、あっさり裏切られる。


 魔術学園の跡地である、マグマ化した大地からの中継。

 スイッチアでは、この様な中継は荒い白黒映像が技術レベル。

 地球のカラー映像は、とてもリアルに見えた。

 木や金属、肉が生きたまま燃える嫌な臭いさえ、流れてくるような気がする。

『ギャ―ハハハ!! 』

 そこで最も大きく聞こえるのは、笑い声だった。

『ワーッはっは!

 楽しいぞぉ!

 これが無敵だぁ!! 』

 その声を上げるのは、スイッチアのある宇宙から来た、命の集合体。

 名乗りも上げない、全長1キロにわたる巨体の敵。

 黄金怪獣の200メートルにわたる巨大な首にのった人の顔は、まさに笑い狂わんばかりだった。

 金色の巨体は、今まで絶え間ない戦いにさらされたはずだった。

 丸々と太った胴体には、地球人ではありえない大きさの刀剣が何本も刺さっている。

 だが、それは内側から押しだされて抜けた。

 押しだしたのは、黄金怪獣の内側から湧きでる黄金の体組織だった。

 天上人の不定形の体は、気体から液体になっても、大地を揺るがし、自在に駆け抜ける。

 走る瑞風を追っていた。

 身長が自分の3分の1しかない人型ロボット。

 それでも300メートルある。が、この場合は頼りにならない。

 シエロは、そう思った。

(だが、装甲は海中樹の結晶と同じ物に変化している)

 操縦しているはずのレイドリフト、ワイバーン、ドラゴンメイド、オウルロードに聴くことはできない。

 中からの連絡が途絶えたのだ。

 連絡が途絶える直前に、操縦室内に機械の虫のような物が群れとなって襲ってきた。と聞こえた。

 また瑞風の、正確には改造する前のエアクラウンの更新履歴には、自分とカーリタースの名があったと言う。

 すると今、瑞風を動かしているのは誰か。

 それは改造されたのちに復活した、エアクラウンのAIなのだと人々は言った。

(だとすると、心配いらないかもしれない。

 その上、起死回生策と言える、新たな機能があるのでは? )

 見れば、瑞風の動きには淀みがない。

 瑞風の大きさに、人間の動きをコピーして当てはてても、意味がない。

 体が2倍になれば、体重はたて横奥行きに8倍になる。

 300メートルともなれば、空気抵抗や重力の関わり方も変わる。

 そもそも、人間と機械ではバランスも違う。

 現に瑞風は、歩幅が大きく、ゆっくり飛びながら移動している。

 長く陸軍一筋に生きていたシエロでも、それはわかる。

(俺の願いを叶えてくれる。

 未来のチェ連の技術が)

 そんな気がした。

「ああっ!! 」

 横から、怒りと驚愕の叫び。

 同じ陸軍幹部候補生のワシリー・ウラジミールだ。

 だが、シエロには耳をつんざく不快な声に聞こえた。

 それでも、ワシリーが身を乗り出して指さす瑞風の行く先を見ると、凍りついた。

「踏まれちまう! 」

 白い車の列。

 今まで気づかなかった、救急車だ。

 サイレンも流さず、逃げている。

 敵の注意を引かないためだ。

 ランプも点滅させない。

 先ほど緊急着地した、レイドリフト・マイスターの宇宙空母インテグレート・ウインドウから走りだした。

 運ばれるのは、チェ連の実験台にされるため、各地から集められた異星人の子供たち。

『うおー! 子供たちを返せ! 』

 スイッチアを捨て、宇宙側に付いた爆縮委員会にとって、何がなんでも救う気だ。

 だが、その方法は。

『彼らに映えある進化を! 』

 取り込み、自分と同じ化け物にすること。

 黄金怪獣が口から、地中竜譲りの炎を放つ!

 救急車が攻撃の余波で揺さぶられる。

 吹き飛びそうだ!


 このとき、シエロは察した。

「もし真脇たちが操っていたなら、車列を巻き込むはずが、ない!

 人工知能だ! 」

 気温は変わらないはずなのに、寒々しい感触に襲われた。

 それは、瑞風の人工知能が、ただひたすらに動く敵を追うだけの物であるという事。

 先ほどまで誇らしくさえ思えたチェ連製巨大ロボットが、絶望である証。

 だが、ふたたび彼の目は釘付けになる。


 黄金怪獣の炎は、周囲の土砂を暴力的な勢いで巻き上げる……はずだった。

 瑞風の装甲は、触れたそばから炎を消していく!

 飲み込んだのだ。

 装甲は、海中樹の結晶その物に変わっていた。

 その熱と光は、ほかの結晶に時間も空間の制約も受けずに送りだされ……。

『ギャー!! 』

 近くでたちまち、悲鳴が上がる。

 そこには、黒牛を二本足で立たせたような、身長30メートルほどの爆縮委員がいた。

 背中に海中樹の結晶を持っている。

 その爆縮委員が、いきなり炎に包まれ、のた打ち回っている!

『助けてぇ! 』

 次に燃え出したのは、サイのような爆縮委員。

 これまで幾多の攻撃に耐えた、分厚い皮膚を装甲とする巨人が。

『や、やめろぉ! 』

 何が起こったか気付いた爆縮委員たちが、黄金怪獣に攻撃中止を懇願しだした。

 対していた冒険者も、とっさのことに呆然としてしまった。

 黄金怪獣のも、苦々しげに顔を歪める。

『おのれ! 卑怯な! 』

 その時、瑞風が突如方向を変え、黄金怪獣に向かった。

 巨体が空気をかき回す、竜巻のような音。

 瑞風の、勢いを乗せた透明な拳が、黄金怪獣の胴体にめり込んだ。

 直後、飛行能力を発揮し、回り込みながら目にもとまらぬ連打!

 両者はもつれ合いながら、すでに瓦礫に覆われた地面を巻き上げる!

(それでも、ボルケーナの力は健在の様だ)

 飛び越えられた救急車の列は、一台も欠けることなく逃げていった。

(これなら、人口知能の事は問題にならないかも知れない)

 それが間違った考えなのは、分かっている。

 周囲からは、自死を続ける爆縮委員会からの、ボルケーナのダメージについて盛んに報告がされている。

 もともとデータの少ないボルケーニウムであるが、苦しんでいることは確かだ。

 今発揮されている力が、すぐ消えてしまう可能性は当然ある。

(だが……)


 シエロの目が、隣の映像に移る。

 その映像は、戦場から300キロメートルほど離れた無傷の都市だ。

 爆炎は、山の彼方。

 幾つかは、魔術学園生徒会のものかも知れない。

 今、街に避難民がなだれ込んでいる。

 車も徒歩の人も混ざりあった、道路の傍らで撮られていた。

 映像の中に、新たなエンジン音が響いた。

 しかし、何かおかしい。

(そうだ。渋滞しているのに、音が大きくなっている! )

 カメラが、上を向いた。

 そこを、炎が飛んでいた。

(いや、違う。

 炎をまとったバイクだ! )

 その上に、さらに燃える人影がみえる。

 いかなる強化がバイクに施されたのか。まっすぐ戦場に飛んでいく。

『頑張れー! 』

 聞こえてきたのは、飛んだ人影を応援する幼い声。

 頑張れ、の後は他の音にまぎれて、一度聞いただけでは覚えられない名前が呼ばれた。

(カメラがどうとか……)

 あの人影、駆けつけたヒーローに向けられた物だと見当をつけた。

 カメラは、ふたたび車列と歩く人々を写していく。

 どこかで、赤ん坊が泣いている。

『みんな! 俺の話を聞いてくれ! 』

 カメラのすぐそばで、男が1人、叫びだした。

『俺は聞いたんだ! あの宇宙からの侵略者、祖国バクチク委員会から!

 あいつらは、ここが田舎だからやって来た!

 日本が俺たちの土地を本気で守るはずがないと思って!

 バクチク委員会は、誰にも邪魔されずに、ここで暴れたかったんだよ! 』


 シエロは知らなかったが、その男はカーリタース・ペンフレッドが見ていた。

 宇宙空母ゴージャス・オーキッドの艦橋で映し出された偵察映像で。

 民家にめり込み動けない馬巨人から聞きだし、怒りにクワを見舞っていた男だ。

 男の声に、人の波が止まった。

『なんで奴らだ! 』

『許せない! やつらをぶっ殺せ! 』

 そんな声が跳ね返る。

 絶望のあまり呆然とする人も、へたり込む人もいる。

 全体の流れとして、人の波は都市へ向かう。

 それは、自分たちに脅威を排除できる力がないから。

 一歩でも脅威から逃げるしかないから。

 だが今の話で勢いづいた怒りは、どこかでぶつける時を待ち始めた。


 シエロは、男の叫びに少し痛快な思いを抱いていた。

(祖国爆縮作戦実行委員会め。あれだけ放送したのに、名前を間違えられてるじゃないか)

 そして気づいた。

(そうだ。チェ連では、人びとが敵をわざわざ定義するところなんて、見た事なかった)

 故郷では、当然の事として異星人は敵とされる。

 だから戦いが始まると、人びとは逃げだす。

 それが当然の事として。

(事実を一つ一つ確認してきめる。

 それをしていれば、達美たちと戦わなくて済んだだろうに。

 そして、自分の名も、あのヒーローの様に呼ばれたい)

 新たな野心が芽生えた。


 意外と明るい気持ちのまま、シエロの目は次の映像に向かった。

 少年とはいえ、彼もチェ連の軍人である。

 地上の状況に目を光らせ、定期的に報告する。それが任務だ。


 しかも、以前から気になっていることもある。

「ウルジン、聞きたいことがあるんだが、いいか? 」

 となりにいる海軍の士官候補生、ウルジン・パンダエヴァは耳を傾けた。

 彼が、地球の大型兵器を調べる担当だからだ。

「さっき、日本の外務大臣が話した事件があったじゃないか。

 宇宙戦艦ルビー・アガスティアが、異能力者を撃ったら大爆発が起きた、と。

 おかしいじゃないか。

 その時に使われた砲撃は、竜崎 舞の能力と同じ物だったんだろう? 」

 音楽部部長の能力なら、彼らも見ている。

 相手に触れるだけで、鉄でも、大岩でも、サラサラと灰のように変える能力。

「それと同じ物なら、爆発を起こした能力者など、爆発の前に粉砕できるんじゃないか? 」

 ウルジンの答えは。

「……その砲、ヴェノム砲と言うんだが、効果範囲は竜崎 舞ほどないらしいぞ。

 消せる物質も一度に1種類だけ」

 そこで、一息ついた。

 これから話すことを、ためらうように。

「……撃たれた異能力者は、体の中に爆発性の物質を作り出すことができた。

 爆発のタイミングは自由に変えられる。

 手をこすり合わせて、ぱっと払うだけで、人一人を丸焼きにできたらしい。

 だからルビー・アガスティアは、爆発物質を体ごとヴェノム砲で消す予定だった。

 ところが、発射の直前に、異能力者が転んだんだ。

 ヴェノム砲の範囲外まで体の一部が飛んでいった。

 異能力者は、最後の意思を使って……自爆した」


 それを聞いて、いきなり冷たい物を飲み込んだような激しい息が漏れた。

「何で……。そんなに殺した人が先生をしてるの? って顔してるね」

 サフラ・ジャマルが、シエロにささやいた。

 チェ連空軍の未来のエリート、女子幹部候補生が、震える声で。

 高山 恵二。ルビー・アガスティアを唯一操ることができる男。

 その魔術学園高等部生徒会顧問教師は、今も戦場全域に砲撃をしている。

 1発の砲撃で、何百メートルも地下まで吹き飛ばしている。

 それに日本の外務大臣も言っていた。

 ルビー・アガスティアが最も世界に出血を強いた艦だと。

「それは、ボルケーナが魔術学園に入学したからだそうよ」

 話を続ける前、サフラは周囲を見回した。

 顔を動かさず、目立たぬ様に。

「もともと魔術学園は、もっと学生が多かった。

 その頃の生徒たちは、血族や出身世界同士でまとまりあって、派閥争いが多かったそうよ」

 声がさらに密やかなものになっている。

 どこかにボルケーナのスパイがいて、彼女の意に反することを言ったら殺される!

 とでも確信しているかの様だ。

「だけど、ボルケーナは、初の異星人の入学者。

 しかもその力は、それまでの地球の戦略論に、収まりきらないほど強い。

 その力を、派閥たちは恐れ、逃げたの。

 ただひたすら、力の大きさだけを恐れたのよ」

 それは、シエロ自身が生徒会に抱いた恐怖と同じもの。

 そして、派閥が選んだ道は、さらにストレートだった。

「いくつもの学園が、逃げた先で作られた。

 先生は、元の魔術学園から選んだ。

 今、魔術学園にいるのは、その時選ばれなかった人たち。

 結局、その年の入学者は、……ボルケーナただ一人」

 サフラは、このエピソードに恐怖のみを感じたのは確かだ。


 セーフティーゾーンは、変わらず嵐のような騒がしさだ。

「学園艦隊の……高山先生からの連絡です! 」

 日本のオペレーターが叫ぶ。

 その瞬間、騒がしさが半分ほど静まった。

 恐怖から来る震えだと、シエロは感じた。

「瑞風のパイロット3人の、救出作戦を計画中とのことです! 」

 喉のなる音。それでも、前藤総理が怒鳴った。

「作戦を承認し、政府としても協力する! 」

「前藤! 何をするつもりだ!?」

 外務大臣が止めにかかる。

 もう皆、紳士淑女な印象はない。

「今の高山と六なら、大丈夫だ」

 次々に現れる脅威を、片端から切り刻む闘士だ。


 マグマの戦場からの中継は。

 瑞風は、両腕を突きだす。

 すると、腕の装甲の一部が外れ、ミサイルの群れとなって飛びだした!

 ミサイルは、黄金怪獣に次々つき刺さり、体内に見えなくなった。

 だがそれだけではだめだ。という事はシエロにはわかっていた。

 先ほど突き刺さっていた刃物はあっさり抜けた。そしてダメージはない。

 だがミサイルの傷は、それ自体からまばゆい火花を流しだした。

 ミサイルをさらに突き進ませる威力で。

 突き刺さった黄金怪獣の体は、徐々に色を失い、金箔を混ぜた水のようになって流れ落ちた。

 シエロは悟った。

「あの結晶は、黄金怪獣のエネルギーを奪っているのか!? 」

 さすがに黄金怪獣も、慌てた。

 カギヅメで腹を切り裂き、結晶をえぐり出した!

 さらに返す手で瑞風を切ろうと、振り上げる!

 その手を、砲撃が弾いた。

 宇宙戦艦ケルヌンノスが迫っていた。

 戦艦と言うより、銀色の動く隕石と言った趣の艦影が、炎の壁によっておおわれる!

 爆砕シールド。

 空気を無数のレーザーによって熱し、巨大なプラズマのかたまりとすることで、迫りくる攻撃を焼き尽くすバリアだ。

 巨大になった艦影で、背中から体当たり!

『グフッ』

 さしもの黄金怪獣も吹き飛び、そのまま運ばれる。

 巨大な質量が、高速でぶつかりあったのだ。

 空間が歪んで見えるほどの衝撃!


 同時に、瑞風の腹に、鎖のつながった巨大な銛がめり込んだ!

 空力特性に優れた、地球の戦闘機をそのまま大きくしたような戦艦に繋がっている。

 学園艦隊のアスカロンだった。

 それでも黄金怪獣は大地に踏ん張り、勢いを止めた。

「い。いい気になるな――」

 そこまで言った時、頭部で爆炎が湧き上がった。

 全長100メートル。分厚い剣のような、鋭い流線型の学園艦隊。

 ステルス性の高いミサイル高速艦、オートクレール。

 空気を切り裂く暴音を引きずり、夜空を縦横無尽に掛けつつの猛撃だ。

 さらに足もとに、鋭い氷の槍が襲い掛かる。

 水を操る青い龍神。竜崎 咢牙。

 3年B組学級委員長は、海水を操り敵の足を拘束する。

 頭は、爆炎がからみ付いて取れない。

 これで、視界と足はふさがれた。


 だが。

 黄金怪獣の巨大な翼。そこに結晶が並び、ロケットの火のような光を放つ。

 光の正体は、遠い宇宙の果てから時空を超えて箱なれる、クェーサーのジェット。

 巨大な重力を持つ天体、ブラックホールは、秒速30万キロメートルで飛ぶ光さえ抜けだせない。

 だが、弾きこまれる角度が違い、引き込まれる物体が恒星など巨大な物だったりすると、引き込まれた物同士がぶつかって、宇宙に放出されることがある。

 この放出がジェット。

 ジェットの速度は、光の速度に限りなく近い。

 それでも頭部の爆炎は途切れない。

 アスカロンの砲撃も加わった。

 だが翼のジェットを収縮させ、無数の砲撃に変えると!

『見たか! 天文学的力と向き合っているゾォ! 』

 爆炎の目かくしと、サイガの氷の足かせが吹き飛んだ。

 光線の熱で揺らめく空気の向こうで、金の体が下品に乱反射した。


 その猛攻に真正面から、学園艦隊のダイニチが砲撃しながら迫る!

 黄金怪獣やケルヌンノスに比べればはるかに小さな、三角柱の艦。

 その先端にあるドリル。

 艶のない銀に塗装されていたドリルが、今、正面から見ると黒い穴のように見えた。

 目にもとまらぬ回転をしているはずなのに。

 このドリルは時間の流れが存在しない。

 すなわち絶対に破壊できない時間軸摘出粒子だからだ。

 黒く見えるのは塗装がはがれ、光が当たっても何の反応も見せないから。

 光が反射しなければ、その物質は見えない。

 つまり、深い穴のように真っ黒に見える。

 ドリルは、無数のジェットにもかかわらず、耐えて突き進む!

『お前達と我々では、レベルが違うんだ! 』

 そう叫んだ怪獣は、手でダイニチを捕まえた。

 まるで、真剣白羽どりだ。

 すかさずオートクレールとアスカロンの砲撃が阻む!

 氷の足かせも、サイガが瞬時に再生させた。

『ははハハハ! 』

 それでも、金色の余裕の笑いは止まらない。

 ダイニチを、くびり殺すつもりだ。

 砲塔が嫌な音を立て、つぶされていく!

 長い首は狙いを定めると、艦橋にかじりつく!

『あは! ヒヒひ! 』

 かじりつくときだけ、笑い声が途切れる。

 それでもドリルは獲物の胸をえぐろうと、高速回転を続ける!

『次の敵! 早く来い!

 偉大な神様、ボルケーナの世界が、全滅するぞぉ! 』

 もはや神獣に対してさえ、敬意の仮面をかぶるのは止めていた。


 その時、背後のケルヌンノスの爆砕シールドに、小さな穴が開いた。

 小さいと言っても、そのサイズは20メートル四方ある。

 そこから青い肌の一本ヅノの鬼が飛びだした。

 その手で振り上げるのは、巨大なハンマー。

 魔術学園バスケットボール部主将、ディミーチだ。

 砲撃の余波に耐えながらの降下をする。

『今のお前は、異なる根幹を持つ生命の集合体!

 地球では手に入らない必須栄養素のかたまり!

 降伏しなければ、このまま俺たちに食われる事になるぞ! 』

 ケルヌンノスの穴からディミーチに続いて、巨人の狩人たちが下りてくる。

 皆、槍やなぎなたなど、長い柄の武器を持っている。

 1キロメートルの怪獣にとって、彼らなど手のひらサイズ。

 それでもディミーチ達が狙うのは、がら空きとなった黄金怪獣の背後全面。

 熱い暴風が吹き荒れる、首の付け根。そして翼!

 ハンマーと刃が何度もめり込んだ!

 黄金怪獣は、それでも余裕の表情で、捕まえたダイニチをいたぶり続ける。

 そのとき、囚われた艦の底で青い光が生まれた。

 青い光は、続いて現れた銀色の甲殻に支えられ、ディミーチに負けない巨体の異星人を構成する。

 光は超常物質バルケイダニウム。

 その使い手、1年A組学級委員長。ジルだった。

 ダイニチの下から上まで、張り付くように駆けあがるあしは、節足動物特有の足が4本。

 それに支えられた、人に似た上半身。

 すでに人に似た右手と、巨大なハサミのような左手に、バルケイダニウムが青い光の玉としてあつまっていた。

 セミのような顔の複眼で、敵を見据える。

『おい! 今すぐ変身を解除しなさい!

 そして降伏しなさい! 』

 だが黄金怪獣の顔は、ニヤついたまま。

 そして言い切る。

『変身だと!? これは進化だ!! 』

 さらに激しく怒りを燃やす。

『お前らは引きこもる弱虫だ!

 ここは田舎!? 無政府地帯! 無法地帯!

 どう言うのが相応しいか分からん! 』

 爆縮委員が、ここを襲っても反撃がないと考えている。

 その噂は、すでにシエロ達の耳にも届いていた。

 戦場の、戦う者同士の濃密なネットワーク。

 それは、通常より格段に速く、噂を届ける。

 それが敵の戦略の根幹にかかわることなら、なおさらだ。

『学校に通うなど、詭弁だ!

 お前達は金が欲しいだけ!

 冒険者は、それだけが目的だ! 』


 ジルは震えた!

 その目は黄金怪獣を見据えて離さない。

 明らかに、怒りからくる震えだ。

 怒りを込めた青い光の玉を、そっと投げつける。

 玉は、正確に黄金怪獣の両肩にあたった。

 そこで、ピタリとくっついた。

『ダイニチ! 逃げてください! 』

 ジルは叫ぶと後ろを向き、そのまま艦尾から飛び降りた。

 そのままバルケイダニウムの重力操作で空を飛び、猛スピードで山影へ逃げる!


 また他の山影では、砲撃を得意とするハンターたちが砲を構える。

 青い人型巨大ロボット、ブロッサム・ニンジャもそこにいた。

 タイミングを合わせて、砲撃する。

 それがめり込むと、これまでにない変化が、黄金怪獣の体に起ころうとしていた。

 ディミーチのハンマーは、あらゆるバリアを破壊できる。

 居並ぶハンターたちの武器も効果は同じだ。

 そして黄金怪獣の体は、液体化した天上人。

 本来液体だった物に形を与えるのは、彼らの得意とする電磁気力。

 その電磁気力のバリアを打ち消した。

 黄金の体が、夏場のアイスのようにドロドロと溶け始めた。

『今だ! 引き上げろ! 』

 ディミーチが呼びかけた。

 黄金怪獣を踏みつける彼らの腰には、ケルヌンノスから吊るされたクレーンが繋がれていた。

 それが高速で、3人をシールドの内側に引き上げる。


 同時に行われた2つの攻撃、ジルのボールも、同時に撃たれた砲撃も、同じ効果を発揮する。

 シールドの穴が塞がった時、黄金怪獣の翼が砕けちった。

 並ぶ結晶体は、その支えを失い、バラバラな方向へジェットを放って翼を突き破った!

 結晶同志はぶつかり合い、メチャクチャな機跡を描いて飛び去る。

 海に落ちた物は、一瞬で海水を蒸発させ、きのこ雲をつくった。

 山に落ちた物は、一度燃やされた地面を、さらに焼いていく!

 その向こうでは、ダイニチが逆噴射で逃げていく。

 自分をつかむ両腕は、溶けながら無くなったからだ。

 

『う、うわあ! 』

 たちまち、黄金怪獣の体に無数の顔が浮き上がった。

 これまで体を構成してきた爆縮委員たち。

 それぞれの顔はおびえ、悲鳴をあげていた!

『ギャああ! 』

 首も溶けて、地面に落ちようとしている!

 制御を失った体には、もう1発の弾丸を受け止める硬さも失っていた。

 次々につきささる砲弾によって、無敵を誇った体はゆっくりと崩れていく!

『助けてくれえぇ! 』


 黄金怪獣を構成した異星人と怪獣たち。

 その叫びは、光の膜によってさえぎられた。

 巨大な相手を圧縮空間へ導く光。

 ペースト星人のハンターが使った気球や、巨大な異星人を人間サイズの義体に収めるのにつかわれる光、キャプターネットだ。

 放つのは、艦体でもひときわ巨大なイライラ・ベイ!

 ロケットで誘導されたワイヤーを引き続け、また同じ効果を持つ重力子ビームを放つ!

 さしもの黄金怪獣も、獲物として引きずり込まれる!

 圧縮空間の中は、とらえた怪獣の解体場だ。

 そこから、複数のロボットアームがのびる。

 先端にあるのは、皮膚を裂き、肉をそぎ、骨を砕くためのチェーンソーやドリル、ハンマー。

 それぞれのアームは、通常空間ではとても収まりきらない、巨大な物だった。

 逆に黄金怪獣は、引きずり込まれるにつれ、折りたたまれるように小さくされていく。

 ふるう腕も、尾も、全身をどうふるおうと、無駄にまわるだけで脅威にはなりえない。

 キャプターネットは、ほとんど団子のようになった黄金怪獣の悲鳴と、凄まじい機械音をかき消す!


 一方、瑞風はいきなり衝撃を背中に喰らい、前につんのめった。

 次の瞬間、腕に左右から2隻のサメのような戦艦がかぶりつく!

 1隻は水泳部部長、ノーチアサン。

 もう1隻は同型艦のホラディラ。

 共に170メートルの船体をひねり、その牙をねじ込む!

 瑞風も2隻を振り払おうと、身をひねった。

 その3隻が、宙に浮かんだ。

 背後に、黒いラグビーボールの様な宇宙戦艦が迫っていた。

 時空潜航艦、マーングター。

 あの山々をカーテンのように時空を曲げてよけた艦。

 全身から発する指向性重力波で、瑞風を襲ったのもこれだ。

 マーングターは、無重力の球状空間で瑞風を閉じ込めた。

 瑞風の飛行能力は反重力によるものだが、それには反対方向の重力波をぶつけて打ち消した。


 最後の止めとばかりに、機械生命体が合体してなった、宇宙戦艦。

 スキーズブラズニルが、文字道理覆いかぶさった!

 機械生命体の集団による宇宙飛行形態。

 その船体が、一気に分離し、無数の冒険者に変わる!

 集団で瑞風の背中や足に殺到した。

 機械生命の中で、ひときわ大きな人型がいる。

 振り上げた両腕から、2つの機械が目もくらむ速度で回転する特有の音を響かせてる。

 右腕にドリル。左腕に回転ノコギリ。

 フォルテス・プルース。

 料理部部長のダッワーマが右半身に、美術部部長のクライスが左半身を務める巨人。

『お前には、黙秘権がある! 裁判を受ける際は、弁護人を付けることができる! 』

 その巨人が、権利を教えていると、後ろから黒い戦闘機に激突された。

『バカ者! こいつに搭載されているのは、人を惑わすだけの嘘つきコンピュータだ! 』

 テニス部部長、オルバイファスだ。

『えぇ? そうなんですか? 』

 そう答えたフォルテスは、オルバイファスに背に張り付いてもらい、ジェットで瑞風の背に運んでもらった。

 勢いが付き、瑞風を地面まで押し付けた。

 フォルテスが振り下ろした両腕は、不快な機械音とひっかく音を合わせながら、結晶体装甲を削る!

『やはり、物理攻撃は吸収できないようだな。

 かかれ! 』


『待って! 』

 若い女の子の声が呼んだ。

 赤い30メートル級ロボット。

 フォルテスの2倍は大きい人型が乗り込んで来た。

『私にも手伝わせて! 』

 ウイークエンダー・ラビットだ。

『よし! やれ! 』

 オルバイファスに許可された。

 ブースターがうなり、フォルテスの隣に取り付き、同じ場所を殴りつける!

 オルバイファスが檄を飛ばす。

『フォルテスの掘る場所に、集中する!

 そこが非常脱出装置の出口のはずだ! 』

 引き倒されたはずの瑞風が、それでも動き始めた。

 結晶の装甲が、光を放つ。 


(そうだ。宇宙から送られるブラックホールのジェット。

 爆縮委員会が使うなら、今の瑞風は、それを奪うこともできるはず! )

 シエロはそう察した!


『チャージなどさせるか! 』

 あざ笑うかのような、女の声。

 次の瞬間、瑞風に周りに無数の小さな影が重なる。

 それは、無数の動物たちだった。

 トラ、熊、鳥たち。

 カラフルな群れが、黒に変わる。

 さらに濃く、不定形のうごめきになる。

 獣たちは、黒い煙に姿を変えた。

 煙は瑞風の装甲の隙間に入り込む。

 すると輝いていた装甲が光を失い、さらに勝手にずり落ちていく!

 無数の異種族による群れが、巨大な影を捕食していく。

『やはり、生態部品を多く使った改造みたいだね』

 それを離れた位置で見ていたのは、カマキリを50メートルに拡大し、二足歩行にしたような野球部部長、カーマ。

 彼女の手は、手首から生えた大鎌での構えを見せていない。

 手のひらを上に向け。2つあわせている。


 その時、中継映像にデジタル写真が追加された。

 風になびくブロンドの髪。

『デジレ・イワノフ。格闘部部長です』

 自己紹介した、身長2メートル近い長身の彼女が、ニカッと笑ってVサインしている。

 片手は写真の下に伸びて見えない。

 スマートフォンの自撮り写真だ。

 肩の上では、小さな白いドラゴンが自慢げに羽を広げる。

 その足元は、緑色で長い溝が何本も並んでいる。

 カーマの掌だ。

 あざ笑う声の主は、そこにいた。

『さてと。装甲が破れたところで通信を試みる』

 2枚目の写真が送られてきた。

 それは、灰色のフェルトが張られたトランクケースの様だった。

 ふたは開けられており、中には機械が詰め込まれている。

 機械には、日本製ならありそうなシールの表示や、液晶モニターはない。

 チェ連製の、スーツケース型無線機だった。

『装甲を破った今なら、電波が届く。

 チェ連製通信機なら、瑞風のAIも受け入れるかもしれない! 』

 ロシアの元士官候補生は、てきぱきと機器を操作する。

『こちらテジレ・イワノフ。達美、武志君、編美。

 誰か応答しろ! 』

『カーマちゃんもいるよ』

 だが、聞こえてきたのは、稲妻のような音ばかり。


 諦めないテジレとカーマの呼びかけは続く。

 その様子を、セーフティーゾーンにいる人間は、かたずをのんで見守っている。

 心配そうな目で。

 シエロはその光景を見た時、湧き出る嫉妬心があった。 

(なぜ、自分にはそんな目で見てくれる人がいないんだろう。

 瑞風が今の姿になり、強化されたのは、僕とカーリの決定なのに)

 すぐに考え直しはした。

 瑞風の元になったエアクラウンは、日本を襲った侵略ロボット。

 最初に近い改造に自分がかかわっていたのは事実だろう。

 だとしても、その後にスイッチアの人間は全滅した。

 後に生き延びたロボットによる改造で、元とは似ても似つかないものになった。

 その結果が、2年前の九州福岡市への侵略。

 それはわかる。

 それでも、巨大で強いあのロボットの勝利が、自分の勝利になる望みを止められない。

(そうだ。私の人生は、ずっと見世物だった)

 父は、強いチェ連軍人。

 母は、その家族がどんな華やかな暮らしをできるかを。

 自分と二人の兄は、やがて父を継ぐ。

 それを国民に示すための見世物。

 劣勢の宇宙戦争の中で、政府に作られた家族。

(そうだ。決して達美達のように、自力で得た栄光じゃない)

 その強さで賞賛され、心配される達美たちがうらやましい。

 そんな気持ちが止められない。


 その時、瑞風が震えた。

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