第45話 禁猟区の掟

 野球選手、杉井 おかきは、魔術学園の戦いを辛くも脱した。

 そして一緒に脱した人々と、このワイドリィ・ホテルにチェックインした。

 冒険者の資本によって運営されるホテルで、そこではむやみな戦力の行使は許されない。

 いわば禁猟区だ。


 入る時、珍しい物を見た。

 大きな金貨、大判と小判の束。

 地球では魔術学園周辺や、冒険者の間でしか使われない金貨だ。

 日本の円とは違うため、冒険者資本の企業でないと使えない。

 そして、大量にあつかえるという事は、持ち主は大物であることを示しているのかもしれない。

 

「ねえ見て! フォルチューンヌの新作よ! 」

 大人びた少女がクルリと回るたびに、金色の長い髪と、肩を大きく出したロングドレスが軽やかに舞う。

 光沢をだすブルーに、同じ色のスパンコールがさらに輝くラインを描いた。

「こっちはキャッキィエローネです! 」

 眼鏡の男の子は、バイオリンを手に、白かった頬を赤くしている。

「こんなブランド物が電話1本で! 」

 落ち着いたオレンジの明かりの下、芸能界の華やかさを、はじけるまで圧縮したような10数人の声がこだまする。


 柔らかな風を思わせる独特のラインが刻まれた木目調の壁。

 フローリングの床と、200席はあるテーブルとイス。

 中心には丸く四方に向いたキッチンカウンターがあり、ビュッフェ方式で皿にぎっしりとのった料理が並んでいる。

 皿の間で、誇らしげに銀色の光沢を放っているのは、旅客機の模型だ。

 そして壁の一方はすべてガラス張り。

 景色は、強力なライトに照らされる滑走路と、夜の闇に上る、ジェットエンジンの輝きだった。


 おかきは、フォルチューンヌがドレスの、キャッキィエローネが楽器の異世界も含めた世界的ブランドであるとは分からなかった。

 だが窓の外を見たとき、その黒い姿にアシカを思わせた爆撃機は思いだせた。

 B-1Bランサー。

 うろ覚えではあるが、超音速で飛び、腹に爆弾を詰める、アメリカ製である。

 正確には、最高速度はマッハ1.25。

 爆弾は最大34.019トンを3つのウエポンベイに収める。

 製造はボーイング社。

 その垂直尾翼に、白い丸のエンブレムがある。


(日の丸? まさか、そんなはずはない)

 我が目を疑った。

 ランサーは、自衛隊に配備されていない。

(……ならば、答えは一つか)

 ここは東京に最寄で、国内外の路線がいりこむ、日本有数の国際空港。

 決して、自衛隊や米軍との共用ではなかったはずだ。

(だとすれば、冒険者しかいないか)


 自分のテーブルに目を戻した。

 彼の前には、ケーキの盛り合わせとアップルジュース。

 だがそれを欲しいという気持ちは起こらない。

 ただ、うなだれているだけだ。


 このホテルは空港ビル内から直通できる。

 今彼らのいる二階のダイニングバーは、どこまでも気配りが行き届いていた。


 おかきたち、恵まれない子供に希望を見せるボランティア組織、トップ・オン・ザ・ワールド。そして真脇 達美の友人のアイドルたち、魔術学園生徒会をチェ連や学園まで迎えに行った来賓たちは、戦闘が始まった時点で、この空港まで送られた。

 そして、足止めされた。

 

 今、空港へ向かう道路は何キロにもわたってトラックや乗用車が押し寄せている。

 全て、魔術学園へ向かおうという冒険者や、向こうで使う武器、弾薬といった消耗品だ。

 そして、それを護衛する冒険者も。

 空港内も、銃を持った人が集まっている。

 飛び立つのも、ランサーのような個人所有の爆撃機、戦闘機もある。

 人員や物資を運ぶのは、冒険者資本の旅行会社。いや、ふだんの旅客機や貨物機の殻を脱ぎ捨てた輸送機だ。

 そういった輸送機には、さすがに自動小銃は無理だが、ナイフやピストル程度なら手荷物扱いで持ち込める。

 普段は身の丈以上に巨大な剣を振るう異世界の剣士も、ほか、槍でも魔法の杖を使う者でも、今やその携帯性の良さからピストルを持つ。

 つまり、乗客の武器携行率は100%なのだ。

 もちろん、離着陸のショックで飛び散る様な携行は、ご法度だが。

 昨日まで空港の主役だった安全快適な旅客機は、他の空港へ逃げるか、端で肩身が狭そうに集まっていた。


 おかきは、空港からの輸送がスムーズに行われていることを認めないわけにはいかなかった。

 このダイニングバーに、冒険者は来ていない。

 移動中に食事を済ませ、足止めも喰わずに飛んでいった証拠だ。

 いまこの空港で開店しているのは、このホテルとドーナッツ屋が1件だけだ。

 他の店はすべて危険を感じ、閉店している。

 絶滅した宇宙からやってきた、そして地球で進化した、謎の生命体に。

 だがそれは、冒険者にとってはのどから手が出るほど欲しい“素材”だ。

 

 “素材”。

 おかきは、スイッチアのある宇宙の生物も、それぞれの意思を持っていることを知っている。

 それを工業的な意味でしかとらえないなら、冒険者は嫌悪の対象になる。

 嫌悪を覚えるのは、祖国爆縮作戦実行委員会も同じだ。

 彼らが降参しない限り……。


 そんな疑念を、同じトップ・オン・ザ・ワールドとしてやってきた五浦 和夫は、知っているのだろうか。

 いま、おかきの前には、一応乗せたケーキの盛り合わせとアップルジュース。

 だが、それを欲しいという気持ちは起こらない。

 うなだれているだけだ。

 一方、このポニーテールのサッカー選手は、熱心に料理をほおばっている。

「よく食事なんかできるな」

 思わず悪態がでた。

 だが和夫は、気にもせず言い返す。

「だって、それしかできないじゃないか。それに……」

 一度言葉を切ると、声を潜めて話しだした。

「外は欲の張った冒険者がうようよしてる。

 それなら、こっち側に視線を集める方が、心の平安のために、いいんじゃないのか? 」

 その答えは、おかきには予想外だった。

 衝撃を受けたおかきを残し、和夫は次の料理を取りに立った。

「このカルボナーラ、絶品だ~! 」


 そういえばと、おかきは自分の名前の由来を思いだした。

 かきは花気。香り立つ花の香りの事だ。

 そして、お。感動詞のお、で「おー! 」とびっくりする人。

 つまり、人を驚かす花の香りのように、人を喜ばすようになってほしいという、両親の願いが込められていた。


(この場を明るくできれば、それは父さんと母さんの願いにかなう! )

 勢い勇んで、ケーキを食べてみた。

 だが、緊張のあまり味を楽しむどころではない。

 味のない、皿洗い用のスポンジでも食べているようだった。


 すっきりとした白いミニワンピースを着た3人の美少女アイドルがいる。

 彼女らが頼んだのは、本来ここにはなかったカラオケボックスだ。

 ディナーは、さらに賑わいを増す。

(いや、本当ににぎやか、華やかなのか? )

 おかきは気付いてしまった。

 皆、その手が震えていること。

 声もそうだ。

 そして全身から、汗が噴き出していることを。

 それは、和夫も同じだった。

 必死に、自分をごまかしている。


「杉井さん、でしたね? 楽しんでるぅ? 」

 甘ったるい声で話しかけられた。

「と言っても、無理でしょうねぇ」

 ワイングラスをもって現れたのは、グラマーな女性だった。

 全身から、出せる色香の上限に挑戦しているような豊満な体のライン。

 メガネに隠れたまつ毛の長い目と、黒く真っ直ぐな髪。

 異能力を持つアイドルグループのマネージャーだと記憶していた。


 彼らは知る由もなかったが、その美貌はボルケーナ人間態そのものだった。

 ボルケーナが、まねしたのだ。


 不思議なことが起こった。

 それまで騒いでいたアイドルたちが、自分と女性の間からどいた。

 それどころか体を張って、動かなかった人たちを押しだしている。

 たちまち、2人の間から人がいなくなった。

 それを当然のように、女性はおかきに近づいてくる。

(そうか。異能力者や冒険者の間では、単純な力の差がそのまま扱いの差になるんだな)

 あのユルキャラにしか見えないボルケーナが、異星人には散々恐れられたことからもよく分かる。

 女性は酒のせいか、頬が紅に染まっていた。

 血色の良いなまめかしさに、おかきの心臓が高鳴る。

 だが、すぐに静寂が訪れた。

(かなり酔ってるな。この事態を恐れてる気配がない。

 どういう考えかはしらないが、俺とは違う人間なんだろう)


「ええと……」

 彼女の顔に見覚えはあったが、名前が出てこない。

 確か、自分と同じ20代中盤の元アイドルのはずだと、見当をつけた。

 元、をつけると、「失礼ね! 私はまだ現役よ! 」と言われるかもしれないと思いながら。

 そして、このホテルへ真っ先に入り、大判小判をだして、全員のチェックインを済ませた人でもある。

 そのことが、彼女に得体のしれない過去のように感じさせて、おかきには苦手だった。

「瀬名 花蓮と申しまぁす」

 やはりそうかと、おかきは覚えがあった。

 小学生時代から芸能活動をしていたはずだ。

「あの子たちのマネージャーであって、冒険者とかではないので、ご安心ください」

 そう言って、名刺をだした。

 色気も何もない、必要最低限の事しかない名刺だった。

「それとも、不安に思いましたか? 」

 自分の顔や容姿の使い方を、スポーツ選手にとっての身体並みに知っているはずの花蓮。

 おかきはその顔に、どうやっても隠し切れない不安の影を見た。

「ちょっと、静かな所に行きませんかぁ? 」

 ダイニングバーは、定員の1割も埋まっていない。

 花蓮に誘われ窓辺へ移れば、とたんに騒がしさは遠のいた。


 滑走路では、主翼の下にターボファンエンジンを2機備えた、全長43.9メートルの輸送機が、次々に上っていく。

 C-2シロナガスクジラの編隊だ。

 日本の航空自衛隊も保有する、川崎重工業製の国産機。

 シロナガスクジラと言う通称は、航空自衛隊が保有するものが白っぽい灰色だからそう見えることから名づけられた。

 だが、目の前のC-2は明るいきつね色だった。

 そしてその胴体と垂直尾翼には、B-1Bと同じ白くて丸いエンブレムが。

「あのC-2、ドーナツのエンブレムが入ってた……」


 ドーナツ!

 おかきは思いだした。

 デセール・デザストル。

 航空戦を得意とする、業界2位の冒険者企業!

 そのエンブレムはドーナツを表す二重丸で、外側の丸の上部から、波模様がチョコレートを意味して下がっている。

 普段は旅客機として使われるC-2も、こんがり焼けたドーナツをイメージしている。

 ドーナッツを中心とした喫茶店も経営していることでも有名だ。


「宇乃ちゃん、旦那さんと、うまくやってるといいけど……」

 花蓮が口にしたのは、冒険者の知り合いの名らしい、と見当がついた。

「もしかして、以前は冒険者だったんですか? 」

「魔術学園のね。でも逃げだしたぁ。

 ボルケーナが入学したときぃ。あまりの強さに、それだけに恐れおののいて……」

 おかきにとってボルケーナは、今でもでっかいおっとりしたユルキャラでしかない。

「あの、ユルふわワニと自称してたやつですか?」

 そんなに恐れる者とは思えなかった。

 だが花蓮は違った。

「ノーマルが見ても、何も感じないでしょうね。

 でも……。

 異能力者の力の源が、時の流れナノはご存知ですよね?

 その流れを、私は見ることができます。

 当然、ボルケーナの命の流れ、すべての力が見える。

 星を砕く質量、時を超える熱量、それは宇宙をつかむ力……」

 そう言って外を向いたまま、手のひらを自分の顔の前に上げた。

「死へのアレルギー症状。あの娘の病気のことも知ってる。

 それで今、苦しんでることも」

 手の平から、赤い光る玉が生まれた。

(炎?! いや、完全な球体だ。ボール? 玉か! )

 玉から生まれた熱は、一瞬だがおかきの肌を焼く様に、刺さる様に襲いかかった!

「それでもボルケーナは、スイッチアから達美ちゃんと彼氏を、戦える仲間を送り込めた」

 強力な能力だ。

 おかき以外には見えないように発生させたのだが、アイドルの中の異能力者は気付いた。

 花蓮に目を剥いているのが、おかきにもわかった。

 だが使い主の声は、がちがち音を立てて震えていた。

「私には、その一点だけでも怖い! 」

 そう言って、玉を消した。

「それでも、ボルケーナは私を、今でも友達だと思っていたみたい。

 ここに来る前に大判小判を託してくれた」


 また、戦闘機が飛んでいく。

 今度は知らない機体の混成部隊だ。

 地球外からの機械生命体だからだ。


 おかきには、花蓮の玉の方が恐ろしかった。

 だが、考えてみれば、大人の女性がちょっと気弱になり、腕を振り回した様なものと、思えた。

「異能力を怖がるなんて、俺たちの世代なら、だれでも感じる事じゃないですか?

 小学校に入るか入らないかの時にバーストが起こって、いろんなことが次から次に変わって」

 そう、20年前。

 宇宙から、異世界から、そして人間自身の中から様々な異能が現れた現象。それがバースト。

 その日から人々が何を見て、何を感じたかを書けば、それぞれの壮大な物語ができあがる。

「でも俺は、混乱に満ちあふれた世界でも、感動を共有できることを知った。

 相手を完全に理解することができなくても、相手を完全に愛することはできる。

 どこかの映画の名セリフだったかな。

 だから、ここに来た」

 もし、花蓮も同じ気持ちなら……。


「バースト以降、世界は散々ひどい目にあってきたなぁ」

 彼女の声は、最初の甘ったるい物に戻っていた。

 あの、自分を完全にコントロールした物に。

「世界が、バーストによって手に入れた物で豊かになっても、決して悪いとは思わないけどねぇ」

 再び、おかきの心臓が高鳴った。

 だが今度のそれは、不安感から生まれ、すぐには収まらない。

「豊かさを分け合う、じゃないのか。

 異能力者だから、豊かさを生みださなきゃいけないのか?

 そんな事が許されるのか? 」

 思わず怒りが口を突いた。

「それは、イヤなことぉ? 」

 そう言う彼女の表情に、迷いや後悔の影を探した。

 有った。

 そのことに安堵はした。

 その表情も、自分をコントロールしたからかもしれないと思いながらも。

 だが、おかきは分からなかった。

「異能力者は異能を世界に与える。

 だが無能力者が与える物は、異能力者でもできることだ。

 公平とは言えないな」

 今のおかきには、花蓮ができるという、豊かさを生みだす行為さえ、何と言えばいいかわからない。

 自然の法則? エネルギー保存の法則?

「俺は、どうすれば良い……? 俺は……」

 おかきは、分かっていた。

 分け合いたくても、そのための物が無いこともあると。

 それでも花蓮が、とてつもない間違を犯している気がして、仕方がなかった。

「イヤなことを紛らわすなら、お酒が必要だねぇ」

 花蓮が無邪気なしぐさで、おかきの手を取る。

 おかきは、その手にしたがった。

 和夫の言うとうり、腹ごしらえをするため。

 それしかできない自分を情けなく思いながら。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


『現在、高度400キロメートル。

 未だ日本上空ですので、安全な地球周回軌道に乗ります。

 加速中は衝撃がありますので、カプセルからでないでください』


 ルルディ騎士が、あせりながらも、ゆっくりと船内放送してくれる。

 シエロ・エピコスは、その放送を人一人がやっとはいるコンテナの中で聴いた。

 コンテナは、金属製シールドと言ってもいい。

 顔の前には分厚い防弾ガラスの窓がある。

 壁際には非常食とサバイバルセットの入ったロッカー。

 酸素マスクとVRゴーグルを身につけ、戦闘機の操縦席のような椅子に、全身にベルトを締めて座っている。

 

 豪華客船ルルディックが、激しく加速した!

 衝撃でシートに押し付けられると、頭も動く!

 それに耐えて、VR内の視線を保つ。


 映し出されたのは、ルルディックの船体全体に配置されたカメラからの映像を、組み合わせた物だ。

 そのカメラもいくつか破壊され、とぎれとぎれではあるが、ルルディックを中心に全方位の外の映像を見ることができる。

 見えたのは、宇宙から見た夜景だった。

 光に縁取られたのは海岸線。どこからどこまでが日本なのか、シエロは知らない。

 本州や四国、九州に照らされた雲や海が、さらに光を生み出す。

 北海道は雲に隠れていたが、暗闇の中で大陸まで黄金の輝きが続いている。

 眼下の地球に、あの赤い光景、魔術学園の戦場を探した。

(真脇は、魔術学園があるのは、のどかな田舎町だと言っていた。暗いところを探せば……)

 だが、シエロは魔術学園がある半島も、それが日本海に突き出していることも見分けられなかった。

 地球はあまりにも明るく、マグマの光などあっさり混ぜ込んでいた。

 このような夜景は、現在の故郷では絶対見えない光景だ。

 シエロの目を一時、釘付けにした。

 だが、それは美しさに見とれたわけでは無い。

 輝きが地球とスイッチアの命の量の差に見えた。

 悔しくなった。


(そうだ、見なければいい)

 自分の担当領域にしたがうのだ。

 船の後、来た方向を見た。

 もっともカメラが破壊された方向だったが、その隙間から巨大な虹色の輪があった。

 白いドラゴン、レイドリフト2号が生みだしたポルタだ。

 そこから出てくる仲間は、いなかった。

 ポルタも、消えていく。

 シエロには、目を見開くことしかできない。

『ポルタ、消失しました』

 そんなことは分かっている。

「くそっ! 」


『軌道に乗りました。作業を円滑にするため、人工重力を発生させます。

 ……カプセルの解放を許可します』

 言われてすぐ、ゴーグルとマスクを外し、ふたを押し開けた。


 アンティークの木材特有のアメ色の床に、黄色と黒のふちどりがされた白いカプセルがずらりと並んでいる。

 それが次々と開き、中からVIPやシエロの仲間たちが這い出してくる。

 カプセルは明るいデザインのはずだが、まるで棺桶から死者が蘇っているように見えた。

 付かぬ事になるが、スイッチアにはゾンビと言うモンスターは伝わっていない。

 そう言えば、とシエロは思った。

 ルルディ騎士団は死と呪いを司る者と聞く。

 もしかすると、不気味に見えるのも狙ったデザインかも知れない、と。

 だが、この場を元気にとり仕切るのは間違いなく生者だ。

「ゲガ人はいないの? 」

「カプセルが開かない奴はいないか?! 」

 調度品も窓もない大部屋。

 ここがルルディックで一番装甲が厚い区画であり、乗客を守るセーフティ・ゾーン。

 魔術学園生徒会の帰還パーティーが催された場所の下にある。

 壁一面に、液晶ディスプレーが並び、空中の立体映像と共に地上の様子が映し出されていく。

 ディスプレーの間から見える壁と天井は、温かみのある木材で構成されている。

 木製の大部屋と、居並ぶ機械の差が異質だった。

 それらの機械はPP社からの輸入品だからだ。

「地球の様子は分かるか? 」

「こちらで確認しています! 中継はできています! 」

 声をあげたり、タブレットをかざしたりして、再び人々が動きだす。


「マルマロス・イストリア書記長はここだ! 」

 太く、黒い手が上がった。

「ぜ、前藤 真志内閣総理大臣はここです! 」

 あわてて真似をした。

 たちまち二つの集団が集まっていく。

 シエロもそれに続く。

「そこ、床が破れてるよ! 」

 ルルディイ騎士もやってくる。

 黒い魔法火で固めた鎧ではなく、黒は共通だが全身をすっぽり覆うローブを着た集団だ。

 彼らは音もなく、浮かびながら近づく。

 その様は、不気味な黒煙を思わせた。

 スイッチアには、幽霊と言う呼び名もなかった。


 いくつかのディスプレーは割れて映らなかった。

 生き残ったディスプレーに黒ローブが付きく。

 何か魔法がなければ使えない物かと思ったが、ただのタッチパネルだった。

 シエロ達はそのディスプレーを巡りながら、まさに蜂の巣を突いた様な大騒ぎだった。

 皆、カプセルの中で情報集めはしていた。

 膨大な情報を全員で共有しなければいけなくなった。

 ルルディックから地球を映した映像もあった。

 だが、日本を中心にした夜景は、すでに去っていた。

 朝焼けか夕日の赤を境に、青く輝く昼が来た。

「東京から、ハンター企業のデセール・デザストルの航空機が急行中!

 他の冒険者たちも、輸送中です! 」

「日本海の国連艦隊に、50メートル級怪獣が襲い掛かっています! 」

「ですが、後続部隊が合流。戦線は維持しているとのことです! 」

「避難民の輸送を終えた艦隊も、順次戦線に復帰しているとのことです! 」

「地上では、爆縮委員の怪獣30体ほどが120キロまで南下! 」

「これは脱走兵の様ですね」

「避難民に襲い掛かり、地上部隊と交戦中! 」


「……魔術学園付近はどうなりましたか? 」

 シエロが、たまらくなって聞いた。

「新たな怪獣が現れたはずですが」

 地球を様々な角度で映しだすディスプレーにも、見覚えのある赤く燃え上がった戦場はない。

 黒服の騎士が答えた。

「地上部隊や偵察機、艦船や衛星からの情報では、これで精一杯です」

「そうだ。成層圏から学園艦隊が見張っていたのではないですか? 」

 前藤総理が聴いた。

「それが、精密な射撃誘導が必要なため、それ以外の仕事はできない、と」

 騎士からの答えに、周囲がざわついた。

 ダンッ! と何も映っていないディスプレーが殴られた。

「なんだと。またあの二人か! 」

 顔をゆがめた、井田 英雄、外務大臣だ。

 彼が何に対して怒っているのかわからないシエロ達は、困惑してしまった。

「いや、待て! 」

 あわてて前藤総理が声をあげた。

「コントロールする方法はあります!」

 懐から出したのは、プラスチックの板だ。

 それをパキッと音を立てておると、中から小さなメモ用紙を取りだした。

「総理大臣の、申し送り事項です。

 ただし、使えるのは一人につき1度だけ。2度目はない」

 そう言って、ひときわ大きなディスプレーに向かった。

 その隣のスキャナーに、メモを見せる。

 井田大臣は、フンと鼻を鳴らした。

「ヴェノム砲の、味を占めさせないため、ですか」

 誰も、その声には答えなかった。

 前藤総理も。

 だが地球人達の沈黙は、井田外務大臣を否定するものには思えなかった。

 確かに、彼らと冒険者の間には断絶が、不信感がある。

 普段は見えないが、こういう危機に現れる、どうやっても埋められない差が。


 前藤総理が呼びだした映像は、真っ黒だった。

 黒の中に、ポツポツと白い点が灯っている。

 地図が重ねられないと、半島の形がわかない。

 シエロは、本当に過疎地なんだと思い知った。

 さらに戦闘状況も数々のアイコンで示される。

 時々、光る線が映る。

「この光線は、爆縮委員会が合体した巨大怪獣の物ですね」

 騎士が言った。

 地球にいた時は視界全てを覆ったマグマも、大分冷えたのだろうか。

 成層圏から見ると、赤熱も闇夜にのまれそうだ。

 井田外務大臣が気付いた。

「なんだ。地上部隊は撤退したのに、冒険者は撤退していないではないか! 」

 堺 洋子防衛大臣も困惑していた。

「自衛隊が撤退した分、冒険者も撤退するよう命令したはずですが……」

 閣僚たちに戸惑いが広がる。

 だが、井田外務大臣は悟った顔だった。

 そのことが、チェ連の面々をさらに困惑させる。


 ディスプレーの中、冒険者だけの戦線から、なにかが移動している。

 いや、移動していると表示されているだけで、全く動きが見えない。

 井田外務大臣がそれに気づいた。

「フルトン回収と言う物を、ご存知ですか? 」

 ディスプレーにかけより、タッチすると、一気に拡大した。

「まず、人や物をつないだワイヤーを、風船使い空高く上げます。

 航空機が飛んできたら、空に挙げたワイヤーをつかんでもらい、人や物を引き上げてもらいます。

 最後に機内に収容し、離脱します」

 拡大されたのは、避難した生徒会が、追って来た爆縮委員を迎え撃った街だった。

 ライブ映像では相変わらず、長い海岸線をまっすぐ砂浜がつつんでいる。

 そこから発進しているのは、巨大なバルーン。

 下にフライングボディの、楕円形でそのものが浮力を発生させるコンテナを下げている。

「あのコンテナを、空中で改修するんですか? 」

 空軍の候補生であるサフラ・ジャマルが聴くと、井田外務大臣は「そうです」と言った。

 すでに浮かんだコンテナには、デセール・デザストルのC-2貨物機が向かっていた。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 画面の街は、戦火が消火されないままだった。

 ずっとゴー、と低い音が流れている。ジェットエンジンだろうか。

 生徒会は、未だに戦っていた。

 崩れかけた塀の影に隠れ、石元 巌の念力でバリアを張っている。

 やはり一番巨大なフーリヤの黒翼とタコのような足。ユニバース・ニューマンの超振動が目立つ。

 超振動や繰り出される技を避けるのは、先ほどは倒れていた馬巨人だった。

 両手両足まで蹄に変えられた姿で大地を駆けまわり、足元の住宅地を瓦礫に変える。

 まき散らす瓦礫は広範囲に飛び散る脅威だ。


 生徒会も馬巨人にも、加勢があった。

 馬巨人に追いすがる、二つの影。

 馬巨人に負けない大きさ。

 ペースト星人と、肉食恐竜型の機械生命体の冒険者コンビだった。

 本物の肉食恐竜よりはるかに巨大で硬い鉄の咢から、プラズマ砲が放たれた

 その砲弾は、馬巨人の毛皮に阻まれ飛び散った。

 だが、無力ではない。足がもつれた。

『でやあぁ! 』

 シエロ達から見ても、ペースト星人の声は高く、そのボディラインから見て女性なのは明らかだった。

 その手にある武器は、見覚えがある。

 銃剣をつけた、火を吹く巨大な自動小銃。

 その銃撃は効果がないようだ。

 この上は銃剣を突き立てようと、全力で銃を突きだしつつ駆ける!


 その切っ先が、とどくことはなかった。

 ゴーッ、と唸るようなジェット音が、いきなり跳ね上がった。

 機械獣とペースト星人の後から、瓦礫が巻き上がった。

 その現象は猛スピードで2人と馬巨人の間に割り込むと、猛烈な空気のハンマーで敵味方を押しのけた!

 超音速で飛ぶ物体だけが生みだす、衝撃波だ。

 この先端には赤い炎、それよりさらに先は銀色で、光を放っていた。


 生徒会の攻撃が、ひときわ多く立ち上がる。

 電撃はアラン・オーキッドの。

 コンクリートの破片を投げた身長3メートルの白い巨人はティモテオス・J・ビーチャム。

 電撃とコンクリートに阻まれ、衝撃波を生んだ銀色で光を放つ者は、軌道を大きく曲げられた。

 大地に叩きつけられ、さらに瓦礫を弾き上げる。

 真っ赤な炎が勢いよく上がった。

 制動がかかった。

 現れたのは、銀色の翼と水晶を背負った飛竜。

 地中竜に地中樹の結晶を合体させた爆縮委員、竜樹人だった。

 その顔は人間だった。

 まるで鉄から荒々しく削りだしたように、とがっている。

『ウオオオ! 』

 堅苦しそうな見た目に反し、その声は滑らかだ。

 再び翼にジェットの火をともし、水晶からレーザーを放ちながら飛び立つ!

 向かうのは、立ち直りかけた馬巨人だ。

『逃げろ! 逃げるんだ! 』

 あたり一面にレーザーをうねらせながら、馬巨人を促す。

 2人は敵に背を向け、山に向かう。


『山に逃げられると、もう追えないぞ! 』

 巌の声だ。

 フーリヤが猛スピードで追い、レーザー機関銃を撃つ。

 だが、それでは止まらなかった。

『ユニ! 』

 巌が聴くと。

『山ごと吹き飛ばせっていうの!? 』

 馬巨人と竜樹人の背中が、素早き山陰に消えていく。

 その時、冒険者コンビは迷うことなくある行動をした。

 ペースト星人は巨獣の背に飛び乗ると、そこを蹴ってさらにジャンプをした。

 そして手をのばし、フーリヤを捕まえて地面に引きずり下ろした!

 機械獣はペースト星人を送り出すと、地響きを上げて生徒会に駆け寄る。

 そして、生徒会の手前で体を伏せた!

 フーリヤを抱えたペースト星人が、生徒会を機械獣と挟むように着地した。

 そしてしたことは、生徒会をかばうように胸の下に覆うことだった!

 機械獣の顔は、馬巨人を追っていた。

 ペースト星人も、身を伏せたまま巨人サイズのスマホを構え、カメラで撮影する。

 二人の視線は馬巨人と竜樹人の距離を正確に測り、ヤラへ送られた。

 異変は、馬巨人と竜樹人が山に消えた時に起こった。


 山の向こうで、巨大な光が落ちた。

 それに続く、山を越え、KK粒子のない星空に上る、巨大なキノコ雲!

 その衝撃波は、二つの巨体に守られた生徒会にも容赦なく襲い掛かった。

 一度破壊された街を、さらに突き転がす!

 機械獣の装甲に瓦礫が当たる。

 ペースト星人も機械獣の影に完全に伏せ、生徒会をかばって四つん這いの姿のまま身を硬くした!

 金属の当たる甲高い音や木々の砕ける音。高熱の風が吹き抜け、背後の海にまで襲う!

 爆炎が収まると、2人の冒険者が立ち上がる。

 そして文字道理、根こそぎなくなった荒野を、馬巨人のいた方へ向かう。

『ま、待ってよ! 』

 ユニが、おびえた声で話しかけた。

『今のは、高山先生の砲撃か!? 』

 戦場であっても冷静だったスバル・サンクチュアリさえ、困惑を隠せない。

 ペースト星人からの答えは。

『う、うるさい! 』

 そんなペースト星人を呼びとめるため、ユニが超振動を放つ。

 破壊の意図はない、ほんの小さな揺らぎだ。

 それは相手にもわかっていたらしく、平然と振り向いた。

 機械獣だけが、山に向かう。

『離してよ。もとはと言えばあんたたちの――』

 ペースト星人が何か言おうとした。

 だがそれは、突然呼び出したスマホによって断ち切られた。

『ヤラ先生……』

 しばらく電話を聞いていた彼女。

 だが、突如止めると、あえて天を向き、大声で叫びだした。

『ここの様子は総理大臣たちも見て聴いているから、うかつな発言は自分たちの不利になる! だって!

 ちょうど良い!! 聴いてもらおうじゃないの!

 あたしたちには、学園艦隊の定額支援サービスが命綱なんだー!! 』

 叫び終えると、生徒会に向き直った。

『アンタたちが召喚されてから、学園の予算がどうなったと思う?

 奨学金は一気に減らされて、すべて防衛費に回された!

 今年だけだそうだけどね』

 ペースト星人は膝をついて顔を寄せながら続けた。

『私たち異星人が地球で生きるのに、どれだけの特殊な栄養素が必要か、知ってる?

 義体に入っていても、消費した分は補わなくちゃいけない。

 その値段は、宇宙船の運搬が少ない地球では、とんでもなく値上がりするんだよ』

 巨体が震える。欠乏による辛さは、ペースト星人にとって大変なもののようだ。

『奴らの体からそれが取れて、降伏する気もないのなら、喜んで使わせてもらうわ。

 ユニ、貧乏の辛さは、あんたもわかるでしょ? 』

 地球でバイトすれば故郷に仕送りができるユニと、命を懸けても自分の身を守れるかも怪しいペースト星人たちでは状況が違うかもしれない。

 それでも否定の言葉は上がらない。

 皆、共感しているようだ。

 

 山の向こうでは、定額支援サービスの爆炎が未だに上がる。

 そこから、巨獣がもどってきた。

 その巨大な口に、馬巨人の肩をくわえ、丸められた長い尾に、竜樹人をつかまえて。

 馬巨人も竜樹人も、表皮が真っ黒に燃え落ち、傷だらけだった。

 手足や翼が繋がっているのが不思議なくらい。

 銜えられた馬巨人が、最後の力を振り絞るように殴りつけた。

 すかさず巨大な頭が上下し、地面に叩きつけた!

 

 立ち上がったペースト星人が、ウエストポーチから、彼女らにとっての手のひらサイズの箱をだした。

 箱は、先ほど海上を飛んでいたコンテナだった。

 両手にのったコンテナが開き、光があふれた。

 シエロ達は、その光を見たことがあった。

 何十メートルもある巨体の生徒会が、人間サイズの義体に入る時、巨体を圧縮空間へ導く光だ。

 馬巨人が口から離された。

 肩口に傷はない。

 巨獣は牙を引っ込めてから捕まえていた。

 馬巨人は悔しそうに顔をゆがめながら、コンテナ吸い込まれる。

 竜輝人は、もう気絶しているようだ。

 すかさず閉まったコンテナの上から、バルーンが膨らんでいく。

 バルーンは、ゆっくり飛んで行った。

 プロペラでもついているのだろう。

 捕虜がいるはずのコンテナは、ピクリとも動かなかった。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


「ふん。特殊栄養素を買える奨学金は払っている。

 学生は生活レベルを見直して、苦労すればいいんだ」

 井田外務大臣のそういう気持ちは、シエロにはわかった。

 シエロは、今の砲撃をした学園艦隊の情報がないか、ディスプレーを探した。

 あった。総理がコントロールを得たことで、表示が始まっていた。

 CGの2隻がクルクルと回り、持ち主2人の顔写真が示される。

 顔写真に映るのは、いかにもスーツのしっくりくる、男女の教師だった。

 ルビー・アガスティアの高山 恵二。地理教師、生徒会顧問。

 ヤラの六 富美。体育教師、同じく生徒会顧問。

 目に鋭いところはあるが、太り過ぎでも、やせ過ぎでもない。

 富美、女の方はメガネをかけているが、化粧っ気もない。

 シエロの印象では、東洋人の人だかりにいれば、あっという間に埋もれてしまいそう。だ。

 もしかすると、わざと印象をうすくしているかもしれない。と思えた。


 だが、2人の艦は異形だった。

 シエロが見始めた映像は、動作解析。

 艦にどんなダメージが加わっているか、確かめるためAIがつくり出した映像だった。

 ヤラは、異世界も含めた偵察のための艦。

 色は、ない。

 ゆらゆら揺れる透明な液体の中に、黒い点が見える。

 一見すると顕微鏡で見た、バイ菌、単細胞生物を思わせる。

 だが、ヤラの直径は300メートルある。

 多次元管制モードと、表示されていた。

 CGの視界が、球の内部に飛び込んだ。

 その中にあるのは、一言で言えば巨大なカメラ。

 光を表す線が外から飛び込む。

 透明な表面が歪み、レンズの役割を果たす。

 すると、カメラは動くことなく光を受け入れる。

 この方がカメラそのものを動かすより、動く目標を素早く捕捉できるのだ。

 カメラの後ろに、十字に伸びた大きな4つの突起がある。

 突起は一つづつ表面から外へ飛びだすと、本艦を離れていく。

 それが多次元レーダー。

 本艦を離れ、広範囲に対して操作を行う。

 自立して飛ぶレーダーは、一本が40メートルはある。


 地上戦モードに表示が代わり、CGのヤラが変形を開始した。

 変形戦艦だったのだ。

 多次元レーダーが2本一組で縦に合体し、その上にカメラのついた本体が乗る。

 液体の形は大きく変わり、全体を包んだままカメラの左右から大きく伸びた。

 まるで腕。

 身長120メートルの人型だった。


 自分では思いもつかなかった艦影と機能。

 自分のまわりにいる仲間たちに質問したい衝動に駆られる。

 だが、何をどう質問したらいいのかわからない。

 余りにも人の意思を超えた造形?

 それほどではないかもしれないが、その異形に、脳の理解が追い付かない。

 そんなことを実感した。


「俺が何に絶望したか、教えましょう」

 井田外務大臣が話しかけてきた。

 そして指差したのは、あちこちで行われている冒険者の戦い。

 きっと今のような、地球とは異なる世界で生きる者の、それぞれの戦いが行われているのだろう。


「冒険者が我々の法を順守するとは限りません」

 井田外務大臣が言った。

「彼らが地球に来た理由は、利益です。

 地球ではありえない超技術。それがあれば、ライバルの少ない地球でなら利益を独占できるのです」

 その声は、怒りとも、あきらめともつかない声だった。

 

 シエロは、説明を聞いてもわけが分からなかった。

「どういう事です?! 」

 怒鳴り返したのは、ワシリー・ウラジミール。シエロの陸軍仲間の一人だ。

「冒険者やヒーローがいなければ、戦線はさらに広がっていた。

 なのに、そんな言い方って!

 あなた方が管理しているのではないのですか?! 」

 前藤総理は、本当に絞り出すように、本当に彼らにとっての恥部を話しだした。

「……国連軍や政府の人間ならね。

 しかし、それに当てはまらない人たちは……特に異世界や宇宙、地球とは異なる進化を続け、より優れた技術を持つ人たちは……」

「はっきり仰ったらどうです!? 」

 たまらなくなって、井田外務大臣は叫んだ。

「それとも、俺が言いましょうか!?

 その優れた技術を持つ人たちから見て、地球人はまだまだ未熟!

 優れた技術を使う資格なんかない!

 ひるがえって、自分たちを規制する資格もないというわけだ!! 」

 そう言って、もう一つのディスプレーを、ルビー・アガスティアのダメージ予測映像を指さした。

「ごらんなさい!!!

 これが、最も世界に出血を強いた艦です! 」


 ルビー・アガスティアは灰色の全長230メートル。

 惑星制圧モードと、表示されている。

 船体下部から、下を狙う多数の砲塔を隙間なく並べている。

 反対に上部は、のっぺりとして何もない。

 そのさまは、巨大なダンゴムシのように見えた。


 宇宙巡洋モードに表示が代わる。

 下に並んでいた一部の砲塔は、いったん艦内に引き込まれると、シリンダー状の弾倉に導かれ、上部に現れた。

 先端にあった、ひときわ大きな砲口が、前方を向く。

 それがヴェノム砲。

 物質の原子間結合に干渉し、指定した目標だけを破壊する。

 シエロが、その能力は生徒会の竜崎 舞と同じだと気付いた。

 だが、砲の大きさを考えると、彼女より大規模に思えた。


「おおぞら遊園地大量誘拐事件。

 俺の息子は、10年前の10歳の時、魔術学園の異能力者だった中光 義康に誘拐された3人の子供の一人です。

 中光の要求は、自分の能力を研究する大人がウザい。止めさせろ。と言うものでした。

 巨力な異能力者でした」


 ルビー・アガスティアの最後のモードは、地上戦モードだった。

 上部の砲塔が再び下部に戻る。

 そして操縦席とヴェノム砲のある前方のぞき、艦体全体が回転し、上下が入れ替わった。

 無数の砲が、それぞれ四方八方に向く。それは、異形の花のようにも見えた。

 一方、のっぺりとした下部は、芋虫かヘビのように、地上を滑り始めた。


「そう、これだ!

 あの時の形態は」

 井田外務大臣が、ディスプレーを指さして言った。

「あの時、息子たちを撃ったのは、この姿だった!

 中光は、警察の説得に耳を貸しませんでした。

 そもそも大人のいう事を信じなかったそうです。

 そこで呼ばれたのが、当時18歳だった高山と六でした。

 新進気鋭のヒーローとして。

 そんな彼らの声も、中光には届かなかったのでしょう。

 相手の能力は戦略兵器並み。

 高山と六は、中光が立てこもっていた高級ホテルと、周辺の観光都市ごと、ヴェノム砲で撃ちました。

 彼らにとっては、4回目の砲撃です」

 井田外務大臣の叫びは、息が切れてようやく止まった。

 しかしすぐ、止められぬ怒りのまま、言葉をだした。

「息子と、一緒にさらわれた子供たちは、両足を切り落とされていた。

 出血多量で死にかけていた」


 シエロの、全身が泡立った。

「そんな! じゃあ息子さん達は!? 」

 言葉が出たのが自分でも不思議なほど、体がこわばった。

「……警察の救助は成功しました。

 だが、逃げる途中で砲撃が始まった。

 あと10分遅かったら、爆発に巻き込まれていた、と聞いています……」

 一気に語り終え、少しだけ、落ち着いたらしい。

 だが、その表情に平穏はない。

 異能力者も通常人も皆平等だという政府見解とは、異なる言動を取ってしまった。

 そのことへの後悔かもしれない。

 シエロがそう思っていると、予想もしなかったことが起こった。

 この時最も激しく怒ると思っていた前藤総理が、肩をやさしくたたき、声をかけてきた。

「落ち着いたか。井田」

 外務大臣はうなづいたが、視線は合わせることはできない。

「井田さん、今一番むかつく奴は誰です? 」

 そう話しかけてきたのは、正院 恵官房副長官だった。

 一緒にチェ連へ行った仲間だ。

「チェ連の人たち? 彼らは和平を結ぶ意思があります。

 冒険者やヒーロー? 彼らが居なければ、戦線はもっと拡大していました」

 普段の穏やかそうな彼女の雰囲気ではなく、その声には鋭さがあった。

「私は、降伏もせず、読解力もなく、無謀な戦いを押し付ける祖国爆縮委員会が許せない!

 中光と同じような奴が、徒党を組んでるんですよ!

 このことは、宇宙中に知らせるべき脅威だと思うんです」

 堺防衛大臣も続く。

「そうですよ!

 たとえ私たち全員で騒いで、明日の宇宙の新聞に1行のるだけだとしても、それが正しい情報なんですから。

 それを拾わない治安機関が悪いんです!

 悪い奴らを、二度と道を歩けなくしてやりましょう! 」

「泣かないなら、これはいらないな」

 賛同の輪はハンカチをしまう副総理にも、魔術学園で合流した閣僚や官僚達にも広がった。

 

 周りのチェ連人は、まるで電撃に撃たれた驚きと痛みの表情のまま、何か特殊な力で石になってしまったように見えた。

 シエロは不思議な時間が過ぎる中で、ひきつる顔の感覚から、自分も同じような表情になっていることに気付いた。

(二度と悪い奴らに道を歩かせないため、宇宙のほかの星に働きかける? )

 その考えは、最初の接触以来、宇宙戦争に巻き込まれ続けてきたチェ連にとって、ついに縁のなかった政治的概念だった。


 地球人達を、愚かと断じる。

 それは、ほんの少し前のシエロには簡単な事だった。

 それが、今はできない。

(これが政治? これを、感動と言うのか? )

 だがもう一方の考えが、困惑させていく。

(敵を倒せるなら、それで良いのではないのか!? )

 今の日本の政治家を見習うなら、耐えねばならないことがある。

 未知の答えを探すという、孤独。

 どこから現れるか分からない失敗への、恐怖。

 正しいからこその恐ろしい方法。その自己矛盾が苦しい。

(あの特殊栄養素で苦しむペースト星人の事も、今は後回しにしているじゃないか)


 日本の閣僚たちが、イストリア書記長や父のヴラフォス・エピコス中将を呼んでいる。

 緊迫を、鋼の意思で跳ねのけたであろう大人のチェ連人が、呼ばれた方へ駆けていく。

 シエロ達も後に続いた。


 呼ばれたのは、ヤラからの映像を映しだす特大ディスプレー。

 そこに映しだされていたのは、まさに魔術学園の周辺。

 真脇 達美=レイドリフト・ドラゴンメイドのいる戦場だった。

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