第42話 我にも彼にも焦燥


「レーザー・ジャマーによる誘導、色々試していますが、効きません」

 オウルロードが、瑞風に搭載された地球製兵器について言った。

 エアクラウンを操る天上人は、マイクロサイズの細胞が電磁気力によりまとまり合い、空気や水を泳ぐようにして形を保つ。

 視線は、いくつもの細胞が協力し合い、低出力レーザーを放つことでその反射を見ている。

 レーザー・ジャマーとは、本来ミサイルの誘導装置や暗視装置などのセンサーに強力な光を当て、使えなくする物。

 天上人用に調整されたそれは、人間にあてた時と同じ周波数のレーザーを、好きなところに充てることができる。

 それで誘導できるのは、スイッチアのフセン市で証明済みだった。

 その誘導ができない。

「エアクラウンのセンサーが、彼らの新たな目として十分機能しているようです」


 そんな不利な状況でも、ドラゴンメイドのテンションは変わらない。

「どりゃ―! 」

 銀色のチタンフレームが剥き出しの、骸骨のような姿になっても。

 だがその笑顔には険があった。

 叫びと共に瑞風が、エアクラウンの拳、それを操る改造天上人の雷撃を押しのける。

 涼風との重ね掛けしたバリアのおかげでもある。

 そのバリアで敵の腕や頭を包み、そこに体重をかけてへし折り、叩き折る瑞風。

 そして、敵陣によじ登り始めた。

「ドラゴンメイド! 何をするつもり!? 」

 ワイバーンが聴いた。

「四天王の様子を確かめないと! 」


 戦いと放送が混ざり合う。

 それだけで、音の暴力となる。

『我々は、祖国爆縮作戦実行委員会! 

 気高き独立を天地の民に望まれながら、卑劣なる亀裂主義者によって滅ぼされた、宇宙帝国の臣民である!

 目的は、祖国爆縮作戦の完遂!

 祖国のある宇宙域を完全に独立させ、富と生命そして権利を爆縮するのだ!

 我らは、宇宙域に亀裂をもたらしたスイッチアのような無駄惑星や、卑劣な物量戦で持って組み敷く銀河列強を許さない!

 たとえ謎であろうと、あらゆる悲劇を許さない!

 地球には、我々の戦力が宇宙域の外でも通用することを、示すために来た!

 女神ボルケーナには、宇宙の禅譲を迫る!

 いかなる人も、神も悪魔も、我らの世界に来ることは許さない!

 我らは、調和された宇宙域を作るのだ!

 たとえその中で死のうとも、虐げられる人々の勇気となって甦るのだ!

 この言葉を、一字一句間違えることは許さない! 』


 瑞風がたどり着いたのは、フーリヤが神輿の様だと評したエリアだ。

 その中心には星空のバリアに包まれた、3隻の艦影。

 レイドリフト四天王の駆る2隻と地球とスイッチアの重要人物達を乗せたルルディック。

 完全に閉じ込められていた。

 その時、瑞風の足元からエアクラウンが不意に左右にどいた。

 瑞風は、頭から地面に落下する。

 天上人の金色の粘液が、周りから迫り来る。

 その様は、蜘蛛の巣のようだ。

 瑞風は手を地面に叩きつけて、逆立ちになって機体を支えた。

「ミスった! ごめん! 」

 ドラゴンメイドはそう言うと、空に付きあげた両足を次々に前後左右に繰りだした。

 エアクラウンの群れは、敵を閉じ込めたはずが次々にけり倒されていく。

 だが、敵はそれで終わるはずが無かった。

 傷口から飛び出した改造天上人は電撃を放ち、あるいは繋がりあって包囲を狭める。

「地上を見て! 改造人間もいるよ! 」

 ワイバーンが見つけたのは、人型で真っ赤な姿。

 毛皮が血に濡れてベッタリとへばりついていた。

 フォルテスたちと戦っていた、ゴリラ巨人3だ。

 周りには何体もモンスターがいる。

 それぞれけがをしていながら、それを治療する様子はない。

 人型の者はふらつきながら立ち、自分の頭に巨大なリボルバー拳銃の銃口を突きつけている。

 神獣ボルケーナの死を遠ざける力を、死の可能性で抑え込むためのロシアンルーレット。

 そのことは、ドラゴメイド達も報告を受けていた。

 ゴリラ巨人3は、辛い様子のまま、周囲の天上人に視線を向け、何事か叫んでいる。

 指先は、瑞風ではないどこかを指していた。

「ううっ!! 」

 続く天上人の行動に、ドラゴメイド達は驚愕した。

 みれば、ゴリラ巨人3号を含むモンスター達は、天上人に捉えられていた。

 金色の、天上人の体でできたドーム型に固まった網で。

 天上人は、ドームの中に電撃を満たした。

 だが不思議なことに、ゴリラ巨人3だけが打たれた。

 ゴリラ巨人3は「ギャ! 」と叫ぶ形に口を開けたまま、地面に倒れてしまった。

「誰が打たれるかわからない電撃」

 ワイバーンが気づいた。

「ロシアンルーレットと同じ効果だ」

「なにそれ! 」

 思わずドラゴメイドが叫んだ。

「ゴリラの巨人は支援を頼んでだよね!? それより天上人は味方を打つ方が大事なの?!」

 オウルロードは予測する。

「恐らく、天上人は自身が死ぬということが、信じられないのでしょう。

 ですから死の概念は、他の種族から奉られる物。そういう認識だと思われます」

 ワイバーンは、瑞風の反重力エンジンを稼働させる。

「飛ぶよ! いったん外に出よう! 」

「あいつら助けられないの?! たった1キロの距離だよ! 」

 ドラゴメイドが訴えた。

 もうモンスター達は、瑞風を覆う天上人の攻撃で見えない。

「だからこそ。ですね」

 オウルロードが口を挟む。

「もうすぐ作戦の開始時刻です! 行って戦闘して戻る時間はありません」

 そう言われて、ドラゴメイドはこれから投入される戦力を考えてみた。

(巻き添えを食らったら、もう逃げられない)

「わかった。救助は中止」

 そして、もう一つのことを考えた。

 オウルロードはワイバーンの代わりに、憎まれ役を引き受けたのではないかと。

 その時、短いピープ音がひびいた。

「ユニバース生徒会長からのメールです」

 オウルロードが読み上げる。

「今、山側から砲撃できるのは自分達だけ。

 瑞風が地上から逃れると同時に、精密超振動波でエアクラウンの足を撃つ。

 それを持って作戦開始とする。とのことです! 」

 ユニバースからのメールは、量子暗号化されたわけでも、次元を超えるなどして特別な回線を通したわけでもない。

 ただの携帯電話からの、ただのメール。

 ドラゴンメイドは、こういうやりとりこそが、自分達らしいという気がした。

 どんな敵が傍受したとしても、対処する時間なんて与えない。

 それだけの力を素早く行使できる。

 それが上位異能力者。

 あわてて叫ぶ。

「いよいよだね! 早く逃げて! 」

 瑞風は周りの敵を押しのけながら、空に逃げる。


 次の瞬間、金色の格子のさらに下。地面ギリギリの所を、格子や電撃より更に明るい線が薙いだ。

 光線が触れた一瞬で、宇宙製の巨大な足が断ち切られ、粉塵となって、なぎ倒された。

 敵陣その物が、10メートルほど沈んだ。

 落ちた分は再び光線になで切られ、再びバラバラになって飛び散った。

 ゴリラ巨人3号達の姿は、もう見えない。


 精密超振動砲は、召喚された生徒会の切り札だ。

 ユニバース・ニューマンが両手を突きだし、超振動能力を放つ。

 その手を前に膝をついた石元 巌が手ではさみ、サイコキネシスで振動波を調節する。

 照準する透視能力のスバル・サンクチュアリ。

 強力な影響を事前に調べる予知能力の黒木 一麿。

 皆の思考を連結するテレパシーの城戸 智慧。

 おかげで障害となる祖国爆縮委員会は、軒並み落下していく。

 それが済むと、広大な金色の雲海と化した谷の向こうから、フーリヤが飛び去った。


 再びピープ音。

 オウルロードが叫んだ。

「レイドリフト1号からです」

 こちらは暗号化も施された、安全な回線。

「艦隊に合流し、警戒態勢をとれ。その後、メタトロンのバリアで守らせる。一緒に逃げよう。との事です! 」

 瑞風が、邪魔者がいなくなった大地に立つ。そして走りだす。

 霧になるまで打ち砕かれた天上人は、黒く変色していく。

 元はガス状生命体だったのに、改造されたら元の姿にもどれず、ダメージを受けたのだ。

 ところが、その向こうから電撃が襲ってきた。

「あいつら、まだ撃ってくる! 」

 ドラゴンメイドが立ち向かおうとするが。

「ほっておけ! 艦隊に向かうんだ! 」

 ワイバーンに言われたので、それに従う。

 電撃が降り注ぐ中、艦隊にたどり着いた。

 バリアの向こうは、レイドリフト・マイスターが駆る宇宙空母インテグレート・ウインドウ。

 それを背に、瑞風は構えた。

 約束どうり、星空のバリアが泡のように広がり、大きく穴を開けて包んでくれる。

「学園艦隊突入まで、あと1分! 」

 オウルロードが言った。

 電撃は、もう来ない。

 ドラゴンメイドは背後の映像を呼びだす。

 インテグレート・ウインドウの甲板に、あの地下要塞から運びだした黒いビルはあった。

 一時は壁から様々な種族の手足、目や耳、翼や触手を割れ目から生やしていた。

 今はそれらもだいぶ減ったが、最初に現れた大きな目が見える。

 大勢の異能力者を壁の中にはめ込んだというビル。

 その周りは、慌ただしく走り回る人々で一杯だった。

 ビルの割れ目から、青い鳥のような羽根が消えた。

 数秒後、防護服をきた消防隊員が押す車輪付きベッドに、その羽根を持った異星人が載せられていた。

 そして艦内に運ばれる。

 救出は、それで終わりだった。

 中から残りの消防隊員が駈け出すと、ビル全体に黒くて長い物が巻き付いた。

 黒い魔法火を固めた鎧のルルディ騎士。

 サッカー部部長、出獲 蠍緒が操るポイズン・チェーンは、ビルを次次に覆い、巨大なクモの巣のように甲板に繋ぎ止める。

 甲板には赤い大きな車両が居並ぶ。

 日本各地から集められた特殊災害対策車。

 放射能や病原菌、有害な科学物質を分析する物。それらを除染する物などが並んでいる。

 白い物は特殊救急車。内部の気圧を上げることで、汚染物質の進入を防ぐ。

 周り立つテントも、同じ機能を使っている。

 慌ただしく消防隊員が機材を詰め込み、ドアを閉めると艦内へ逃げていく。

 後を引き継いだのは、黒い飛竜にまたがるルルディ騎士達だ。

 彼らの鎧から燃え広がる魔法火が、車両やテントを燃やすこと無く包み込む。

 そして、甲板に固定した。

 接着剤のように。

 本当なら、高速で着艦する航空機にはささいな段差でも脱輪する危険がある。

 ねじや小さなかけらさえ、エンジンに吸い込まれれば故障、火災の原因となる。

 空母で甲板を傷つけるなど言語道断なのだが、今は車両もテントの数も艦内の積載量を超えていた。

 甲板の一番後ろで警戒に立つのは、レイドリフト・ディスパインが駆る人型ロボ。

 灰色のディスパイズロボ。

 身長80メートルのロボも、300メートルの瑞風に比べると小さく見えた。


「学園艦隊の突撃、5秒前! 」

 オウルロードが言った。

「3・2・1。来ます!」

 

 まず、山が消えた。

 そうとしか言えない。

 まるで巨大なカーテンであったかのように、左から右へ消えた。

 マーングター。

 自身を含め、あらゆる物を異次元へ飛ばしてしまう、時空潜航艦。

 異星スイッチアと地球に、次元をまたいで存在するボルケーナのKK粒子。

 それにより大幅に制限されたとはいえ、進入口を作って見せた。

 消えた山の向こうから、眩しい赤い光が現れた。

 何らかの攻撃かと誰もが思った。

 だが直ぐに気づく。

 それは、はるかな西の海にしずむ夕陽だった。

 その見事な赤い光景は、すぐさま4つの影で押しつぶされた。


 1つはマーングター。

 潜水艦から梶を取り払ったような、ちょうど黒いラグビーボールのような艦影。

 そこからビームが飛んでくる。

 4つのうち、最も近づく巨大な影がある。

 イライラ・ベイ

 元は巨大なコンテナを無限につなげていける宇宙タンカー。

 全長は1キロにも達する。

 その正面には、輸送船には絶対必要ない単粒子シールドおよびバリア、あらゆるレベルで隙間のない盾がある。

 もっとも突出したことでもっとも集中する攻撃を受け止める。

 同時にコンテナから無限とも思える火力で敵を押しまくる。

 新たな敵が出現したが、命知らずなモンスター達はくりだす。

 しぶとく生き延びていた大群には、大群が襲いかかる。

 スキーズブラズニル。

 パッチワークのように様々な色の装甲を持つ、左右非対称な艦影。

 その影が蜂の群れに似た音と姿に一斉に分かれた。

 その正体は、機械生命の集合体。

 視線に重ね書きされるウインドウには、無数の名前が表示される。

 読む時間はないが、いずれも魔術学園のOB、OG。在校生や入学予定者たち。

 最も左右非対称な特徴だった後ろのエンジン部分も、パワフルなロボット集団に分裂した。

 その中の1人、そしてリーダーはオルバイファスだ。

 彼らの前には、天上人がいる。

 しかし、その粘液の進撃はたちどころに止まり、電撃は自分の仲間を打つ。

 エアクラウンが軒並み破壊され、新たな視界が使えなくなったのだ。

 さらにスキーズブラズニル達の砲撃には天上人を動けなくする力がある。

 ブロックアウトボム。

 電動率の高い炭素繊維のかたまりが電気製品に入り込み、ショートさせる兵器。

 それを天上人の体内に撒くと、体内の電気エネルギーの流れを乱され、身動きできなくなる。


「ワイバーン! 包囲はまだ解けないの!? 」

 息をのむ音がした。

「まだだ! 生き残ったモンスターが集まってくる! 」

 どうやっても、地球とチェ連のVIPは逃がさないつもりのようだ。

 だが、突破口を切り開く者がやってきた。

 雷切。

 対地攻撃力が充実した急襲揚陸艦。

 大気圏内で音速以下の飛行をする際、効果的に浮力を生む、左右にまっすぐ伸びた長いつばさ。

 その翼に吊り下げられたミサイルや爆弾や、艦首に備えたレーザーバルカン砲が、火を吹いた。

 この砲撃でも道を開けなかった敵もいた。

 そこには、3機の艦載ロボットを降下させる。

 これらの名前紹介は、読みやすかった。

 雷切の右舷から降下したのは、足が逆間接になった2機の人型ロボットだ。

 赤と青に分けて色をぬられている。

 赤い方はバーニング・エクスプローラー1号機。

 ブロッサム・ニンジャ。

 集まり、死にもの狂いの突撃を仕掛けるモンスターたちとサイズはあまり変わらない。

 だが繰り出される鉄拳は、数の差を覆して突き進む。

 青い機体は同2号機。

 砲撃タイプのウイークエンダー・ラビット。

 金色の小山程に維持された天上人を、再び霧に変える。

 雷切の左舷からは、2機を合わせたほどの大きさの4本足のロボットが下りてきた。

 ディメイション・フルムーン。

 白と黄色で彩られた重装甲ロボ。

 足には無限軌道が付いており、それでも走ることができる。

 だが今回は、前足と胴体を起こし、2本足モードに変形した。

 動きは鈍いが、パワーと装甲を生かしたその手足は、それだけで必殺の武器になる。

 だが、死人は未だにでていない。

 まだ、ボルケーナの力が残っているからだ。


 でもそれは、悲劇は起こっていない。という事を意味しない。

 山、と言っても、漠然と山だけがあるわけではない。

 家があり、道路がある。

 田んぼに畑。風力発電所もある。

 隠れ家的、というより、目立たない場所に立つ空家を改造した隠れ家その物の、おいしいイタリアンレストランもある。

 神社、寺、それに先祖代々のお墓。

「今です! 」

 オウルロードの合図で、艦隊と足並みをそろえて動きだす瑞風。

 周りでは他の学園艦隊からの射撃も合わさり、爆炎が夕日を隠す。

 その爆発は、マーングターが消した山の跡。

 明るい黄色い土の広大な空き地で起こった。

 空地は、あっという間に掘り返され、巨大なクレーターで埋め尽くされる。

 山を戻してももう、地盤沈下は避けられない。

 元に戻らないことは明らかだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る