第41話 ニセモノを喰う者

 怪獣が勝てないから神獣。

 この世界でよく言われる言葉。


「ハアアア! 」

 その神獣であるドラゴンメイドの気合で、コクピットのレバーが、ボタンが、タッチパネルのモニターが。

 そして180キログラム以上あるサイボーグのボディーが不気味に震える。

 その気合は一瞬にして、生物の反応速度で全高300メートルの人型ロボットである瑞風を突き動かす。

 四天王とルルディックを取り囲む、瑞風と同型ロボットのエアクラウン。

 エアクラウンは、なす術もなく引きはがされ、地に落とされた。

 轟音、土煙。

 彼らが今いるのは、広いとは言え谷間だ。

 その周りでは、ほとんどをしめる田も、道路も、住宅も隈なくぶち撒けられてしまっていた。

(僕達が、やったんだ)

 ドラゴンメイドの隣にいる、ワイバーン。

 彼が、ヒーローになった事を後悔するのは、こんな時だ。

 さらに苛立たせるのは、開始時間が迫る学園艦隊の作戦。

(ボルケーナさんの神獣の力が死を遠ざけるとはいえ、それは時間を巻き戻すことではない。

 繰りだされた兵器の威力は、消えない)

「でやあぁ!! 」

 格闘を司るドラゴンメイドの声に、喜びの色はない。

 瑞風の機体が思い通りに動く。

 しかし、敵は一向に減らない。

 そして、自分と同じことで心を痛めている。

 それが辛いのだと、ワイバーンには分かっていた。

 それでも、彼女は敵を見逃さない。

 迫るエアクラウンに回し蹴りを放つ。

 繰り出された左足は、相手の右すねを砕き、膝からねじ切る。

 一方、軸になった右足の下では、衝撃を受け止めた地面が吹き飛んでいた。

 また岩や、長く日に当たらなかった黄色い土が土煙となって巻き上がる。

 フセン市と同じように、水道管が割れて水が噴きだした。

 それを物ともせず突き進むのは、小型人型ロボットである涼風の群れ。

 涼風を操るオウルロードは、実体を持たない量子プログラムである。

 そんな彼女が手に入れたのは、十分な装甲と空中機動力をもつ新たな端末だ。

 エアクラウンに直接取り付き、手で直接コードをつないで、システムにクラッキングを仕掛ける。

 機体の制御を奪ってしまえば、あとは天上人のための監獄になる。


 そんな中でワイバーンができることは、周囲の索敵だ。

 焼けた煙のにおいがする。

 ただし、目に沁みたり喉を傷める心配はない。 

 瑞風のセンサーがとらえた、「その方向から車のガソリンの燃える煙が流れてくる」ことを示している。

 目を覆いたくなる閃光が襲い掛かる。

 5体も倒されて、ようやくエアクラウンが、取り囲む艦隊からこっちへ向き直ったのだ。

 その体にへばりついた天上人の粘液が、雷を放つ。

 だが、ワイバーンは目を覆う必要は無い。

 これもセンサーから送られるデータだ。


 今いる谷間は、300メートル級のロボットが何機も倒れれば、ふさぐ事ができる。

 灰色の新しい山の向こうへ、避難民と一緒に味方を撤退させることができる。

 ホバーバイクのヒーローが、避難民に2人乗りさせて撤退している。

 4本脚を持つ多脚戦車がいる。

 足の下にタイヤがあるが、今は内蔵されたモーターの配置を変え、オムスビ型にしている。接地面を増やすためだ。

 その後ろには何本ものワイヤーが伸びている。

 それは鎖でとらわれた犬の特徴を持つ地中竜に繋がっていた。

 気を失っているのか、ピクリとも動かない。

 多脚戦車は、のろのろとした速度で谷の奥へ引きずっていく。

 欲深な冒険者だ。

 もう、どの火器も火を噴かない。もう弾切れになったと、ワイバーンの視界に表示がでている。

 そのまわりに、パワードスーツを着たヒーローや、アンドロイドの冒険者が近づいてきた。

 アンドロイドの一人が、勝手にワイヤーを切った。

 そのままパワードスーツヒーローが戦車によじ登り、中に何事か話しかけた。

 多脚戦車と即席の歩兵部隊は、先ほどより素早く谷の奥へ走っていった。


 ワイバーンは、また不安になる。

 エネルギーの残量や体調なら、データリンクでわかる。

 だか、まだ止まっている者たちは、本当に余裕があるのだろうか?

 明日思うことは「残っていればよかったんだ」なのか、「早く逃げればよかった」なのか。

 それとも、何も考えられなくなるのか。

 ワイバーンには分からないことが悔しかった。

 だが、感じたことにそのまま反応すれば、それはただの注意散漫になってしまう。

 辛いことだが、それでは生き残れないことは、これまでの痛みが教えてくれる。


(そもそも僕は、ピアニストだ)

 だからデータを管理するこの能力は、生身では見えないスポットライト越しの観客の表情を見たり、生身では聴こえないため息や心拍数を知る能力だと思っている。

 だが、それは本来戦場で使うための物だ。


 生徒会が交通事故に対処している山道が、すぐ右側にみえる。

 フォルテス・プルース、重量が165トンある機械生命体。

 身長20メートル越えの人型ロボットだ。

 怪獣たちの半分以下の身長でも、甘く見てはいけない。

 右腕のドリルと左手の回転式ノコギリは巨大で、それを支える体もたくましい。


 クライスとデミーチ、2人の部活長が合体した姿。

 そしてそのセンサーが、周囲の状況を教えてくれた。

 ヒーローとしてネットワークに登録されると、緊急時に限り観測したことをログとして共有化される。

 ワイバーンは山道の様子を、そのログを含めて、一瞬で理解した。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 避難はスムーズに行われはじめた。

 フーリヤの予想通り、山から下りた人々も多く、彼らも山に戻っていく。

 そんな人々の足取りは重い。

 それでも、敵の勢いは止まらない。

 50メートル級、背中に結晶を持った象が、突進を仕掛けてきた!

 黄色い半透明の壁が阻んだ。

 川田 明美が空気中の窒素を硬質化した壁だ。

 何度突撃を受けても、壁は耐え続けている。

 象を支援するため、地中竜の羽のある馬が蹄を叩きつけてきた。

 しかし、そのままの姿で空中に止まった。

 ペク ミンファの真空崩壊。

 エネルギーを使い、消費するというプロセスにかかるバランスを、自由に変えられる異能力。

 あの空間を通り抜けるなら、無限のエネルギーが必要になる。

 2人の少女の張る防壁の間を、車列が走る。

 その列が、不意に止まった。

『どうした!? 』

 フォルテスが、突然止まった車に話しかけた。

「パ、パンクしてしまった! ごめん! 」

 運転席から上ずった声がする。

『車をずらす! 誰か、車に空きがある者は乗せてやれ! 』

 フォルテスの声に、周りの車がドアを開けた。

 そこへ、新たな襲撃者が現れた。

 チェ連人が改造されたとわかる、棍棒を持ったゴリラの怪獣が。

 ゴリラ巨人3だ。

『やめろ! 』

 空気を切り裂く音が、がなり立つ。

 フォルテスのドリルと回転式ノコギリが、一瞬でトップスピードで回転する。

 フォルテスはゴリラ巨人3の半分の身長しかない。

 その腕は明らかに不利な体勢で棍棒をうけた。

 だがフォルテスは倒れない。

 2つの解体重機は棍棒を、火花と砂利ほどの鉄くずにかえる。

 足元には、まだ車が避難していた。

 火花も鉄くずも、弾丸のような速度で飛び散る。

 フォルテスは全身の力を使い、轟音と共に押し戻した。

『何やってるんだ? このドリルも回転ノコギリも、お前たちが教えた物だろ! 』

 フォルテス・プルースを構成するダッワーマとクライス。

 右半身とドリルのダッワーマは岩盤突破車。

 左半身の回転式ノコギリのクライスは森林突破車。

 どちらもチェ連の重機だ。

『俺たちは仲間になれるんじゃないか?! 』

 だが、その言葉に答える者は、いない。

 爆縮委員会の怪獣が集まり、突撃してきた。

 その動きは、生徒会が大挙して守る山が、地球人への勝利の鍵に見える。

 そんな事を予感させる。


 突撃の先には、あのパンクした車がある。

 まだ乗り換えが済んでいない。

 だがその突撃は、突如として止まった。

 爆縮委員会の足が凍ったように動かない。

「僕を見忘れた? 」

 能力を強化してくれる、丸い切っ先の聖剣を掲げ、ミンファが飛びだした。

 上から襲うのは、川田 明美の硬質化した窒素のハンマー。

 その後すぐ格子状に変形させ、動きを封じようとする。

『上手いぞ! そのまま抑えてくれ! 』

「え? 止めをさすの? 」

 不安そうな明美に、フォルテスは。

『いや、調べたいことがある』

 ゴリラ巨人3は、フォルテスたちの会話に、不安になったのか。

「な、舐めるなぁ!! 」

 封じられる前に、その棍棒を投げつけた。


 投げた先には、パンクした車から下りた家族連れがいる。

 赤い猫耳が見えた。

 アイドルとしての達美をモチーフにした、猫耳付きカチューシャ。

 それを付けた女の子、その両親が走っている。

 投げられた棍棒に、フォルテスは背中を向けて受け止めた。

 装甲と質量が、衝撃を凌いでいた。

 パンクした車の家族が、先で待つ車に乗り込んでいく。

 その時、カチューシャの女の子はあわてて車の屋根に頭をぶつけた。

 その時、猫耳カチューシャが落ちた。

「ああっ! 」

 ゴリラ巨人3の口から漏れたのは、そんな後悔の声だった。

 ついに全身が黄色い格子で覆われる。

 上半身と両腕を投げ出した格好で、止まった。

 しかし、その時すでに全身の力は抜けていた。

 フォルテスの右腕のドリルが、巨大な鍵が開く音と共に二つに分かれた。

 表面に生えたのが、太く回転を利用して叩き切る突起。

 中から現れたのは薄くするどい、医療用メスや注射針を思わせる精密さの無数の刃物。


 ACS。オートマチック・ケミストリー・システム。

 彼ら機械生命体が人間のような有機生命体の体調を調査するために開発した。

 ドリルの内側から現れたカッターでサンプルを取る。

 そして内部に浸透した物質の解析。遺伝子解析。

 さらには実際に作れる薬剤の製造方法まで見つけだす。

 人間サイズが相手なら、もっと小さなカッターを医者などに渡し、注射器のように使う。

 だが今の見た目は、何でも食いちぎる猛獣の口だ。


 その無数の牙が、ゴリラ巨人3に向かおうとしたが。

『おい。このバリアを動かすと君らも吹き飛ぶ。という事はないか? 』

 フォルテスは後ろの2人に問いかける。

 ミンファは。

「ある」

 明美は。

「吹き飛びます」

『そうか』

 ACSの口をさらに開け、ナイフを一面に立てた板状にする。

 フォルテスにとっても頭上の格子の、隙間にナイフの列をねじこむ。

「う、ウワァ!! 」

 ゴリラ巨人3は、悲鳴をあげるしかなかった。

 何本ものカッターは、剛毛など物ともせず切り裂き、肉まで到達した。


『……なんということだ。全身に公害物質が残っている! 』

 怒りと共に血の滴るACSを外し、元のドリルに戻す。

『自らの治療もせず、改造手術ばかりやってきたわけか! 』

 ドリルと回転式ノコギリが、唸りを上げる。

 一方、ゴリラ巨人3の様子は。

「お、オモチャなのか? 」

 道に落ちたカチューシャを見ながら意外そうに答えた。

 先ほどの叫びは、痛みよりカチューシャへの驚きによってあげられた物のようだ。

「オモチャなど、何年も子供にあげてない。すっかり忘れていた」

 弱々しいその声に、怒りを止められなくなったフォルテス。

 その答えは。

『猫耳が同じだから、ドラゴンメイドの量産型とでも思ったか?! 』


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 ここで、ログは終わっていた。

 ワイバーンにとっては、ここからがリアルタイム。

 山の中から、肉も、木も、鋼鉄も打ち据える音がする。


 その時、気が付いた。

(スイッチアも他の星も、環境破壊は同じレベルなんじゃ?

 そんな環境で改造人間になったんだ。

 改造人間を無責任なシンナー中毒者みたいにあつかうのは、違うんじゃないか? )

 3人の生徒会は、やり過ぎたのか?

 ワイバーンに、そんな気持ちがめばえた。


 駈けつけたい気持ちがある。

 だが瑞風には、目の前の敵がいる。

 その敵は、凄まじい雷撃を放っている。

「バリアで受け止められる! 」

 ワイバーンの声。

 それをドラゴンメイドは信じ、さらに加速して突き進む。

「でやぁっ! 」

 瑞風が高々と上げた足が、電撃を切り裂き、敵の上半身にめり込む。

 その衝撃を、エアクラウンは受け止められなかった。

 恐ろしい悲鳴のような圧潰音を上げ、後ろへへし折れた。

 その上半身から生まれ続ける電撃に、まわりのエアクラウンが巻き込まれる。

(そうだ。ここを離れる訳にはいかない。

 そんな事を続けたら、ただの注意力散漫だ)

 

「艦隊にいこう! 」

 ドラゴンメイドがそう言うと、白い巨体は灰色の人型の群れを四つん這いで乗り越える。

 すぐ頭上にKK粒子とのすき間がある。

 それでも、迷いなく、滑るように。

 まさに猫の動きだ。

 下にひしめくエアクラウンの動きは相変わらず鈍い。

 中の天上人とエアクラウンの体の、バランスが取れていないのだ。

 ワイバーンは、そんなものをごり押しする爆縮委員会が、間違っていると思った。


 自分たちは、まだまだ周囲から優しくされている。

 それは嬉しいことだ。

 それでも、100パーセント正しいとは思えない。

(まだ、どうすればいいかはわからないけど)

 そう想いながら、ドラゴンメイドについて行った。

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