第40話 マシーンの視界
日本の本州に古くから残る、ブナが生繁る自然林。
秋には紅葉が、春は点在する山桜が美しい。
それを眺めるのにピッタリの、山並みを縫うようにはしる道。
そこが今、広範囲で巻き上がる火災の煙に覆われている。
避難民の車は、その中で足止めを食うしかない。
大型バスが橋の上で横転したのだ。
しかも標高は約300メートル。
上は異界から漏れだす、ボルケーナのKK粒子と山のぶつかる地点。
カラスの体にタコの足を生やし、翼長40メートルに達する機械生命体フーリヤ。
彼は、山にこんなことが起こるのは、ふさわしくないと思った。
『我々は、祖国爆縮作戦実行委員会!
気高き独立を天地の民に望まれながら、卑劣なる亀裂主義者によって滅ぼされた、宇宙帝国の臣民である!
目的は、祖国爆縮作戦の完遂!
祖国のある宇宙域を完全に独立させ、富と生命そして権利を爆縮ーー』
先の戦場から約10キロ離れた山の中。
あの放送は、至近距離で続けられていた。
それが、耳をつんざく爆音と、足を取られそうになる振動と引き替えに少しだけ音量がそがれる。
(耳が悪くならなければいいけど)
瑞風と名付けられた白いエアクラウン。
ドラゴンメイドとワイバーン、オウルロードが乗る、日本で鹵獲され改造された、全高300メートルの人型ロボット。
それが、宇宙から送り込まれたばかりのエアクラウンの、灰色の巨体を投げ飛ばす。
返す拳が、3体の敵をふっ飛ばす。
4機は、金色の体液をほとばしらせながら倒れ込む。
だが、エアクラウンの数は一向に減らない。
(なんだよあれ。まるでお神輿だ)
祖国爆縮作戦実行委員会が、もとは田んぼと道路だった谷間をびっしりと埋めている。
その中心に居るのは、日本とスイッチアのVIPを守る艦隊だ。
中心に居るのは、白亜の豪華客船ルルディック。
それを全長600メートル規模の宇宙戦艦フェッルム・レックスと空母インテグレート・ウインドウが挟み込む。
インテグレート・ウインドウの甲板にいるのが、体高80メートルの巨大ロボット、レジェンド・オブ・ディスパイズ。
さらに周りを、メタトロンの星々が取り囲んで守る。
それを無数の人影が取り囲む様子は、正に祭りの神輿だった。
エアクラウンの灰色のボディが、金色の塗装の様な物でぎらつく。
液体の、エアクラウンの動力源になった天上人が、自分の機体を失ってなお、他の仲間の機体に取り付いて守っているのだ。
それが、煌めく電撃を刺繍にした金色の法被に見える。
でも、それを着て神輿を担ぐわけではない。
山の影、エアクラウンの足元から無数の爆音が聞こえる。
(今のはオルバイファスの砲撃音)
周りに冒険者やヒーローと、チェ連人、地中竜、海中樹が変身した魑魅魍魎が暴れまわっている。
地上ぎりぎりの空中戦を行うのは、飛行能力を持つ者や、私物のメカだ。
(サイガの雷の音も聞こえる。
次の切断音、それに咀嚼音は……フォルテス・プルースかな? )
当然レイドリフト四天王が、分厚い弾幕を四方八方に張る。
その一発一発が、エアクラウンなど簡単に破壊できる。
まさに霧散。跡形もなく。
その流れ弾は、周囲の森を吹き飛ばし、クレーターだらけの月かどこかの惑星のように変えていく。
そんな宇宙で最もまばゆい護衛艦隊を、灰色の巨人たちは自らの犠牲を気にせず、こんな山奥まで追い込んだのだ。
(まったく、なんて奴らだ。
しかも、自殺を繰り返して、ボルケーナの力で死なないことを防いでる! )
フーリヤは、見境のなくなった敵に恐怖しながらも、目的地に向かう。
今、自分が向かうべき橋では、バスがガードレールを突き破り、前車輪を空中に投げ出して道をさえぎっている。
バスは曲がり角でKK粒子に気付くのが遅れ、ハンドルを切り損ねた。
さきほどフーリヤがサイガ、ノーチアサンと共に飛び込んだ谷の近くだ。
幸いにも、道路にはKK粒子はない。
ボルケーナは大地の女神。木々に自らの神力を与え、急成長させた。
成長した木の幹は数十メートルを超え、種類を超えて絡まり合った。
電柱などは飲み込み、道路をトンネル状に覆う。
そのおかげでバスより上にいた人々は無事に走り去った。
さらにKK粒子自体も温度を下げている。
結果、KK粒子による火災は治まった。
ネットで調べたから、KK粒子が神経さえ走っていない、炭状なのは知っていた。
今の状況になるには、ボルケーナの細胞一つ一つが自律して思考し、実行するしかない。
ボルケーナは地球を守ろうとしている。
尊敬すべきことだと思う。
それでも、もしも……と想像はわき上がる。
(本来のボルケーナならば、山に染み込んで改変して、辺り一面砲台だらけにできるんじゃないか? )
そんな心を何とか押さえつけ、大ガラスのような体を支えるタコのような足で、バスを持ち上げる。
『事故車を路肩によけます! 下がってください!』
幸いにも、道路と山の間には狭いながらも空き地がある。
もとは谷だったのを埋めたものだ。
フーリヤの8本足のうち7本は、車を避けてにゅるにゅると路面やガードレールを這い、体を移動させる。
彼にのっていた生徒会は、フーリヤにあった竹ぼうきで路面を掃いていた。
父兄もいっしょだ。
まき散らされたガラスなどの破片を片付けないと、車を通せない。
「まだよ! 乗り捨てられた車はたくさんある! 」
サラミ・マフマルバフによばれた。
ブルカの彼女が怪力で軽自動車をバスの横に置いていく。
そして、また道に向かう。
『どうして、そんなに乗り捨てられてるのさ? 』
「山を突っ切って降りる人が、たくさんいるのよ! 」
苛立ったサラミの声に、フーリヤは納得した。
と同時に、恐ろしい思い出にたどり着く。
以前、この山で山菜取りに入った人が、行方不明になった。
年齢は60歳くらいの、活発な男性が。
その人の探索にフーリヤは参加した。
弾や木に遮られて、人一人等完全に隠されることを実感した。
自分のほかにも、飛行能力を持つ者、県の防災ヘリ。
地上では消防、警察、ボランティアで300人体制。
地中レーダーもあるにはあったが、山の向こうの個人を特定することはできない。
その日のうちに行方不明者は見つかったものの、フーリヤは谷間一つひとつに頭を突っ込み、しらみつぶしに捜すしかなかった。
(そういえば……)
今、山の下で暴れている爆縮委員会。
あの谷間に、逃げた人びとがいるのではないか。
山を歩くには体力の落ちた老人もいるし、そもそも慣れていない人、赤ん坊だっているだろう。
歩く体力を節約するため、谷の道路を使うのは、十分あり得そうな気がした。
(まずい! 今は、設備が壊されたのか防災無線すらない! )
山に飛んで、人々を探したい衝動に駆られた。
だが、山影から飛び出した、太いミサイルが横切った。
アメリカの巡航ミサイル、トマホークが。
それが、フーリヤの判断を鈍らせる。
彼は、「機械は迷わない。すばやく正確に行動する」なんて、とんでもない偏見だと思っている。
高速で飛んでいたから、種類がわかったのは確かにセンサーのおかげだ。
だが、あれが危険なものだということは子供でもわかる。
たとえオルバイファスのような戦闘に特化したロボットでも、「こんな狭い谷もカバーするとは、なかなかやるではないか」くらいしか思わないだろう。
結局、環境なんか探知できないところからの一撃でいくらでも変わる。
それに、ここは見晴らしがよすぎる。
それでも何とか、車がスムーズに流れだした。
その時。
「味方が来る! 」
竹ぼうきを持つ黒木 一磨が予知したことを叫んだ。
ただし、その声に喜びの響きはない。
「ただし、付近を巻き込む大規模な攻勢です! あちらの方向です! 」
そこには、戦火が止まらない谷があった。
「谷の向こう! 向かいの山です! 」
真っ先に駆け付ける、テレパシストの城戸 智慧。
「あと何分!? 」
「5~6分というところでしょう! 」
テレパシーで危険の情報が伝わった。
人々があわただしく逃げはじめた。
その顔は、恐怖で引きつっている。
だが、テレパシーを見ることができないフーリヤたち機械生命体には、何を恐れているのかわからない。
生徒会長のユニバース・ニューマンが、竹ぼうきを一麿に渡して、周囲の生徒会員に指示をだす。
「あんな作戦を許すのか?! 」
副会長の石元 巌が叫んだ。
隣に木の翼と顔を持つレミュール・ソルヴィムが不安そうに聴いている。
それに対するユニの答えは。
「もう作戦が中止することはありえない。
今ここにいる人たちだけでも助けるの!」
そういって駆けだした。
巌とレミも、一麿や智慧に竹ぼうきを渡して走りだす。
フーリヤは向の山を見た。
そこに、戦車や何かが走っている様子はない。
その時、視界にメール着信が映しだされた。
そこに書かれたのは、残りの学園艦隊による、作戦概要だった。
目の前で路と谷を隔てる、虹色のオーロラの様な壁が立ち上がる。
ユニの高振動波の壁だ。
それから数十メートル離れて、空間が歪んで見える。
これは巌の念動力の壁。
その向こうにはクリスタルの様な壁が。
これはレミ。
彼らも嫌々かも知れないが納得しているのは分かった。
連絡の遅れを謝る一文から始まる級友からのメール。
それが最後の手段なのもわかる。
「ねえ、なにが起こるの? 」
体内の客室から、幼い声で話しかけられた。
ユニの息子のクミだ。
『もうすぐ、帰れるんだよ』
フーリヤは、自分でも驚くほど優しい声がだせた。
だが本当は、ほんの一瞬、メールを見た瞬間だけだが、この作戦が不吉な悪魔の作品であるかのような気がした。
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