第37話 追撃のシンデレラ
空全体を埋め尽くしたKK粒子の爆発が、徐々にだが穏やかになっていく。
未だ消えはしないが、爆炎のように見えた物が平らに、まっすぐに。
その表面から地上に、短い棒のようなものが何本も生えていた。
チェ連を押しつぶさないための支柱だ。
そのKK粒子の向こうから、ロシア民謡{郵便トロイカがゆく}が流れてくる。
雪の白樺並木 夕日が映える 走れトロイカ ほがらかに 鈴の音高く
走れトロイカ ほがらかに 鈴の音高く
響け若人の歌 高鳴れバイヤン 走れトロイカ かろやかに 粉雪蹴って
走れトロイカ かろやかに 粉雪蹴って
黒い瞳が待つよ あの森越せば 走れトロイカ 今宵は 楽しい宴
走れトロイカ 今宵は 楽しい宴
トロイカとは、3頭の馬がひく馬車の事。
この明るい歌詞で、歓迎の意思が示せればいいと考える、サイガが冒険者の学園艦隊に与えた神罰。
だがシエロ達の耳には、様々な音と人の声で全く聞こえなかった。
そのことがもどかしく感じる。
それでも、その音楽にはなじみのあるような気がした。
歓迎されている。
そのことに彼らは安堵する。
冒険者とは。
その名のとうり、冒険することで日々の糧を得てきた者たち。
人の分け入らぬ宇宙の秘境。不意に顔をのぞかせる異世界などに踏み込み、それまで未知だった情報や資源を持ち帰る。
同じ魔術学園の生徒ではあるが、学園を守る生徒会と違い、自分たちの金のために戦う。
しかし、身勝手にやっているわけではない。
銀河社会に参加したとはいえ、日の浅い地球では、宇宙外貨や製品が手に入りにくい。
異常現象が発生してからの20年など、宇宙ではまだまだ起こったばかりなのだ。
しかし、怪獣の死骸や絶滅惑星の遺産なら、引く手あまただ。
冒険者たちはそれらと交換しながら、生活している。
そうでなくては、巨大な宇宙戦艦から小さな通信機、超光速物質タキオンを使った通信機まで、維持できない。
学園艦隊とは。
その名のとうり魔術学園の持つ宇宙戦艦隊ではある。
が、すべて学生や教師の私物で、10隻程度。
これはスイッチアをもっとも襲った頃の宇宙帝国艦隊と比べて、あまりに少ない数だ。
地球に留め置かれたのは、不測の事態に備えるため。
そしてボルケーナ自身から「自分なら手加減できる」と言われたから。
冒険者の中には不満を持つ者もいたが、与えられた任務は正しかった。
今、チェ連御重要人物たちは日本が用意した大型バスに乗りながら、そういう事を反芻していた。
避難民より先にポルタを通されたため、道行は順調だ。
そのバスの中央席では。
「前書記長、お耳を……」
一緒に乗っていた自衛官の一人が、緊張した小声で話しかけている。
「チェ連政府の臨時オフィスを用意してあります。
そこで権限を引きついでいただきます」
ここで言う権限とは、チェ連の総書記権。
「また現政権の皆様には、医務室を用意してあります。ご安心ください」
それを聞いてマルマロスは小さく目立たぬよう、うなづいた。
そして、権力を持つはずの現政権は。
「へへ、へへへ」
力無い笑いを浮かべ、うつろな瞳で、シートを倒した席についていた。
シートベルトと手錠で拘束されている。
「あの人たち、救急車で運ばれたんじゃなかったの? 」
空軍の幹部候補生である少女、サフラがシエロに聴いた。
「野戦病院に一度入れられたけど、そこから地球へ運ぼうとしたら救急車がなくなったらしい」
近くの席にはカーリタース。
今は現政権が持っていた人工魔王のマニュアルを読んでいる。
ワシリーやウルジンもいる。
彼ら士官候補生とまともに働ける科学者の小さな一団は、後ろの席にいた。
周りにはランナフォンがひしめき合っている。
ランナフォンは、自分たちが受信しうるあらゆる情報を表示している。
液晶画面や立体映像は、5人の視界を超え、あらゆる方向に広がっていた。
「カルツァ・クライン粒子、KK粒子の正体がわかりました。
ボルケーナのアレルギー、死へのアレルギーが発症したそうです……」
科学的調査の報告をするのは、シエロの同級生のワシリー。
だがその声には、困惑が隠しようがない。
そこに表示されるあらゆる情報が、チェ連が切り捨ててきた物。
戦争には関係ないとされた細かな情報だからだ。
「異星人が、フセン市に襲いかかりました。
その際の地上戦で、ボルケーナの死を押さえこむ能力を無効化する作戦をとったのです。
その方法は…ロシアンルーレット? 」
さっそくわからない単語があった。
「なんですか。これ」
その一言を聞いて、ランナフォン、オウルロードはロシアンルーレットを検索する。
銀の鎧をまとった人形サイズの立体映像が、銀の羽で飛び回る。
彼女のサポートなしでは、何もかもままならない。
「ロシアンルーレット。 リボルバー型拳銃に一発だけ弾を込め、それを数人で持ちまわりながら、自分の頭などを狙って引き金を引きます。
賭け事の一種です」
ええっ。という声が重なった。
「地球人はそんなことをするの!? 」
カーリの驚愕にも、オウルロードは冷静に答える。
「ロシアンとは、ロシア人の、という意味がありますが、詳しい起源は分かっていません。
もしかしたら、差別的表現なのかもしれません」
納得し、「ありがとう」と言って仕事に戻るワシリー。
「異星人たちは、そのロシアンルーレットとやらで、常に自らを死に近い状態に追いやっています。
そうすることで、ボルケーナの持つ幸運強化能力を飽和状態にしようとしたのです。
ところが、ボルケーナには死アレルギーがある。
生命体なら、最も恐れる物は死です。
その意志力は、異能力の世界ではとてつもない力を発揮する。
異能力を吸収するボルケーニウムは、それも吸収する」
そこで一度、説明文を読んだ。
「同じ死でも、死ぬ人に夢があったり、未来を託す人がいた場合は害がないそうです。
さまざまな力がボルケーニウムを多種多様に活性化させるから。
しかし、夢も希望もない人が死を選んだ場合、ボルケーニウムのある特定の量子反応だけが過剰に反応する。
それが死のアレルギーです。
しかも、ロシアンルーレットならボルケーナの幸運操作能力で異星人は死なずに済む。
死の意志力を無限に発生させられる! 」
ウルジンが呼ぶ。
「異星人の指令本部からの通達! 」
この海軍士官候補生が見るモニターには、スイッチの様子が映し出されている。
その中には、行きかう通信も。
「今回スイッチアに降下し、地球に攻め込んだのは、あっちの指揮を無視した反乱者だとのことです! 」
「本当かよ」
「信じられないわね」
不信感を表す声が、あちこちから聞こえた。
その時、バスのすぐ上を巨大な何かが通り過ぎ、車が揺れた。
窓から見えるのは海の方へ、KK粒子の外へ飛んでいくサイガ、ノーチアサン、フーリヤの後ろ姿だ。
サフラは、地球で起こる事態を見ていた。
フーリヤは一旦ふもとの運動場に着地した。海辺の道路沿いに飛び去った。
飛び交うモニターにコメントが書き込まれている。
「フーリアは、戦わない生徒会と家族を拾ったら、そのまま逃げます。交通事故が起こったそうなので、助けながら行きます。とのことです」
あれだけ強大な生徒会が、逃げ回る。
それがサフラ達にはどうしても違和感がある。
だが、生徒会に戦う義務はない。
そのまま逃げていいのだ。
サイガとノーチアサンはそのまま上昇。
「サイガとノーチアサンは、上空の学園艦隊と合流するそうです」
生徒会は、ほとんど逃げてしまった。
残っているのは、冒険者であるデミーチとカーマ、地球人ではテレジだけ。
画面には構築され、強化される迎撃陣形も映し出されている。
個性的、と言えば聞こえはいいが、まさに兵器と戦士の闇鍋。
不思議な高揚感を感じる。
これまでも戦場の配地表なら見てきた。
だがそれは、隠れた敵や、連絡の取れない味方の位置を予想した物で、部分的にしかわからなかった。
それが今は、戦線の構成員自身から提供されたデータですぐわかる。
KK粒子の直径が10キロメートル程度な事。
魔術学園のある半島に、海岸という海岸に揚陸艦が張り付き、戦車、砲兵、巡航ミサイルを下している。
さらに日本海には100隻近い艦隊があること。
空母が4隻。
それぞれが40機の戦闘爆撃機を積み、航空自衛隊や周辺国からの参加機を含めると、1000機の大台に乗りそうなこと。
宇宙戦艦の配置図など、初めて見た。
上は宇宙空間と大気圏の間。23000メートル。
または、予知能力者が見つけた敵の出現ポイント。
そして、遠く日本アルプスに囲まれた巨大なダム湖の上に。
しかも、画面をふれるだけで、空母上の戦闘機に爆走状況や、ダム湖の宇宙戦艦が反重力エンジンで波も立てずたたずむ様子が見えるのだ。
その抽象化された戦場に、また新たなアイコンが追加された。
難しい。だが、それに対応し、報告するのが彼女の任務だ。
「KK粒子の下に、ポルタ発生。出現するのは、レイドリフト四天王です! 」
一際大きな雷のような光。2・3秒後に響く音。
山の方から聞こえたのでそこを見る。
星空、レイドリフト・メタトロンに包まれた、2隻の灰色の宇宙船が見えた。
第2次世界大戦の大砲を並べた戦艦が、そのまま浮かんだような、レイドリフト・バイトのフェッルム・レックス。
そしてレイドリフト・マイスターの空母インテグレート・ウインドウ。
その甲板には、レイドリフト・ディスパインのディスパイズロボがいる。
四天王が静止したのは、魔術学園のすぐ上だった。
これからチェ連のVIPが向かう場所。
魔術学園小等部。
「あれ? おかしいわ」
車の窓から見えた四天王の姿に、サフラは見出した。
「何であんなに傷だらけなの?」
レイドリフト・メタトロンによって守られ、その上3機とも極めて強固な装甲を持つ。
しかも装甲の内側には、血管のようにパイプが張り巡らせてある。
通るのは速乾性の樹脂だ。
装甲に穴が開くと、樹脂がたちどころに噴射され、線維状に固まり、塞ぐ。
色は装甲と大して変わらない、繊維のカサブタ。
スイッチアの様子を見るウルジンの出番だ。
「反逆者異星人の兵器のせいだ。
2年前に地球を襲ったのと、同じ系列らしい」
シエロが、リーダーを務める。
「待て、それはおかしいぞ」
彼が見ていたのは、2年前の戦闘機録だった。
「2年前のその戦いには、レイドリフト四天王も参加している。
その時は現れた兵器を完全に圧倒できた。
その時の兵器を送り込んだのが、我々が滅んだ後のスイッチアなら、進化する前の兵器が来るはずだ」
そう聴いてカーリが、有ることに気付いた。
「あり得る違いと言えば、有人機か、無人機か、そのくらいかな? 」
ようやく、バスが停車した。
木材の柔らかな色合いと木目を存分に生かし黒い瓦屋根の、小等部校舎の前に。
道には自衛隊の輸送車がずらりと並んでいたが、この校舎前だけは要人用バスが止まれるよう、開けてあった。
「なんだあれは」
他の面々が校舎に入ろうとした時、そう言った声があった。
その場にいた人にはマルマロス前書記長のように聞こえ、実際それで正しかった。
空のKK粒子は、死のアレルギーによって変質したボルケーナの肉体。
その下の面がスイッチアの地表。
つまりKK粒子の下から何か現れるなら、それはボルケーナの許可を得た味方という事。
だから、KK粒子の下から黒く巨大な物が見えても、騒ぎ立てる者はいなかった。
その表れた物は丸く、いきなり二つに割れた。
割れ目がワニのように突きだした口だとわかるのに、誰もが時間がかかった。
その後ろには巨大なネコ耳。
そして2つの目が、地上を見下ろし始めた。
「まさか、ボルケーナさん? 」
シエロの言葉に、周囲から疑問の声。
「普段からよく使う姿が、あんな感じだと聞いたんです」
だが疑問も当然だ。
現れた者の表面は赤く艶やかな毛並みではない。
黒く、角ばった固形状。
それでもシエロの言うとうり。
現れたのはボルケーナの頭。
そこから聞こえたのは、連続する小爆発。
爆音が聞こえるたびに、口が大きく開く。
突如せき込みだしたのだ。
同時に、体が膨らみ始めた。
異能力によりコントロールされた体調ではない。
膨らむ体は表面から灰や炭の様に砕け散り、痛々しくえぐれていく。
知っている者なら、ヘビ花火を思いだすだろう。
火をつけると黒い燃えカスが伸び、ヘビのように見える花火。
ボルケーナの体は、燃えカスでできているとしか思えなかった。
爆発するようなせきと共に表皮は砕け散り、破片は地にまき散らされる!
「急いでください!」
立ち止まったシエロ達を、自衛官がせかす。
しかし、ボルケーナから視線が離せなかった。
対するボルケーナの視線は揺らいでいない。
彼女の視線の先。四天王の後ろに、新たなポルタが開いた。
現れたのは、ルルディの豪華客船ルルディック。
上甲板こそ人が歩き回れるよう平らになっているが、それ以外は翼も何もない流線型。
全長200メートルの純白の船影。
ボルケーナはその船をじっと見ていた。
だがその目さえ、炭となったボルケーニウムは容赦なく覆い尽くそうとしている。
やがて、ボルケーナの顔はKK粒子の中に戻っていった。
「行きましょう」
ボルケーナがもどるまで、その自衛官は待ってくれた。
マルマロス前書記長やエピコス中将はもう臨時オフィスに向かっていた。
士官候補生は彼について行く。
その横を大きな機関銃を持った自衛官が追い抜いて行った。
一歩中に入ると、そこは落ち着いた雰囲気の学校ではなく、要塞だった。
窓は分厚い防弾盾でふさがれ、その横には先ほど持ち込まれた機関銃が机を台に、二脚で固定されている。
机のサイズは、どう見ても小学生向け。
教室から持ってきた物だ。
シエロ達は、日本では床に上がるとき靴を脱ぐのを知っていた。
だが、そうやって綺麗だったはずの木の床は、ブーツにより傷つき、泥だらけになっていた。
士官候補生には、そのことがひどい間違いに思えた。
思わず目をそらす。
盾の隙間からふもとの繁華街が見えた。
その時、初めて気づいた。
見渡す限り、自動車が連なっている。
ここまで逃げてきた人々による、路上駐車だ。
港から魔術学園に連なる道だけが、力づくであけられている。
半分になった車道をゆっくり走り去るのは、日本がチャーターしたバスだろうか。
港にいた漁船は、もう一隻もなくなっていた。
それに乗った避難民が遠くへ逃げていく。
だが、シエロにはここで籠城するのと逃げるのと、どちらが安全かはわからなかった。
同行する自衛官の無線機が鳴った。
「申し訳ありません。計画の変更です。
ここから離脱することになりました。
そこのグラウンドに迎えが――」
その時だ。
廊下の奥から、奇声が重なり合って響いた。
「うわあ! 捨てろぉ! 」
かろうじて、それだけが聞こえた。
シエロ達が駆け付けたのは、現政権が運ばれた医務室の前だった。
「一体どうしたんですか!? 」
叫んでいたのは、前聖剣や自衛官達に再び羽交い絞めにされる、現政権だった。
「最高機密の流出だ! 捨てろぉ!! 」
羽交い絞めにされた一人。
現書記長が必死に手をのばし、破り捨てようとする物は、小学生が作ったスイッチアに関する壁新聞だった。
その内一枚は、すでに破られていた。
だが貼られていたのは、4枚あった。
残された壁新聞に張ってあったのは、汚れた黒で覆われた丸い物の写真。
背景は黒一色。
それも複数ある。
シエロ達は、それらが何なのか分からなかった。
だがその内の一枚をよく見た時、見慣れた線があることに気づいた。
丸の大部分を覆う、大きなC型。
「う、うわぁ! 」
身のすくむような叫び声をあげ、カーリタースは腰から崩れ落ちた。
「スイッチアの写真だ! 」
丸は惑星。Cは、ヤン・フス大陸。
それを悟ったシエロ達は思わず後づさった。
大人たちも、同じように狼狽するしかなかった。
壁新聞のタイトルは、{滅び去ったスイッチアと、その近くの星たち}
一番下には、写真を撮影してくれた神獣ボルケーナに、感謝します。とあった。
「嘘だ! 嘘だ! 我が国が亡ぶはずがない! 」
何が何でも破り捨てようとする現書記長。
他にも矢継ぎ早に、様々なことを口走った。
だが聴く者にとっては何を言っているのかわからなかった。
それもあるが、背後からけたたましいジェットの轟音が迫っている。
ジェット音が最大になった。
窓のそばだ。ガラスがびりびり揺れる。
「ギャあああああ!! 」
座ったままのカーリは外を見て再び叫び声を上げた。
壁まで尻を引きずるように後ずさる。
そこにいたのは、銀色のガイコツ。
それが窓ガラスをノックしている。
となりにはレイドリフト・ワイバーンがいる。
「……真脇か?」
シエロが、ガイコツの服を見て気付いた。
黒いレザー製のコートは、へその上まで。
ワインレッドのチューブトップは胸元まで。
同じく黒いレザーパンツは、右足にはぴっちりフィット。左足は付け根まで見せている。
すねまで守るブラウンのジャングルブーツ。
そして、頭から伸びる2つの突起。猫耳だ。
窓をノックし続ける。開けて欲しいらしい。
しかし、そこにあるのはアルミサッシ。
チェ連人には、開け方がわからなかった。
「すみませ~ん。窓を開けてください」
チェ連のガラス窓は、木の枠でクルクル回すねじがカギになっている。
窓が開くと、二人は中に入ってきた。
達美のボルケーニュウムも変質したので、外してきたのだろう。
金属の口元が、わずかに動く。
笑ったようだ。
ワイバーンはジェットウイングをしまうと、自分の上着を脱いだ。
そして不気味な姿になった達美にかけた。頭から。
「わたしは凶悪犯か! 」
そう言って突き返した。
彼女の太ももが開き、中から2匹の猫型ランナフォンが飛びだした。
猫の額からレーザーがほとばしり、立体映像で元の姿を映しだす。
「ごめんね。どうしても聴いてほしいことがあるの。
ドラゴンメイドの伝説の事」
有無を言わさず、一気に話しだす。
「ドラゴンに変身させられたか、もともと半分ドラゴンの形質を持つ女の子の事よ。
この場合のドラゴンは、悪魔の事。
だけど、真実の愛を込めたキスを受けることで、人間になることができる。
私も、真実の愛があれば人間になれるんだろう。そんな気がしたからなの。
それは無理でも、私は猫のままでも、なりたい事はたくさんある。
ドラゴンメイドは成長して夢をかなえる勇気の象徴になるでしょ」
その後はさらに唐突だった。
達美の顔がシエロに近づいたと思うと、ほおでいたずらなリップ音がした。
次の瞬間には本来の骨格の姿になる。
ランナフォンが足に戻ったのだ。
ジェット音がひびき、窓から飛びだした。
それを目で追った武志は。
チュッ。
達美とそっくり同じ動きをなぞり、シエロのほおに触れた。
「待ってよ~」
チェ連人も、地球人も、呆然とそれを目で追った。
「分かってた、分かってたんだよ……」
弱弱しい、悔しそうな声。
現書記長だった。
先ほどまで暴れていたとは思えないほど、疲れ切った様子で。
「カーリタースは気付いていた。未来を観測した時、スイッチアの反応が根こそぎなくなっていることに……」
それでも、あきらめ切れない者はいた。
「滅びない! 滅びてなんかやらねえぞ! 」
そんな者に現書記長は。
「お前は、クビだ! 」
だが二人とも、崩れ落ちたままだ。
「マルマロス・イストリアに、書記権をお返しします」
それでも現書記長は、威厳を取り繕った声で宣言した。
それに対して前書記長は。
「なぜ、今になってそのような事を? 」
震える声同士での会話になった。
「生きていたいのです。
今のドラゴンメイドの話を聞いた時、愛さえあれば、だれかが生かしてくれる。
そう思ったんです」
立たない足で立とうとするが、揺れるだけだ。
それでも語りだした。
「我々の、愛国心を信じていただきたいのです。
これから罵られ、鞭打たれ、牢屋に、もしかしたら死刑になるかも知れない。
それでも最後の瞬間まで、生きていたいんです!
無性に生きたいんです! 」
虫も殺せぬ拳を握りしめ、叫びすぎて枯れた声で語る。
「その先にチャンスがあるのなら、今度こそこの世の幸のために、働きたい。そう思ったのです」
この会話中も、クビを言い渡された閣僚は叫び続けていた。
「一体どうすればよかったんだ!
あらゆる方向から取り囲まれて!
自分たちがつかんだ真実も話し合えない!
何が平和だ! 何が自由だ!
こんな禁じ手だらけで何ができるものか!? 」
叫ぶ仲間や、周囲に対し、権利を譲り渡した小さな男は。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
さらに小さな声で謝り続ける。
それを見て、シエロ達は情けないと思った。
だが、それは自分達も同じじゃないか? そう思いながら。
すがる気持ちで外を見てみた。
ドラゴンメイドとワイバーンのジェットはもう見えない。
2人が向かった先には港があった。
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