第32話 攻め落ちる獣たち

 要塞のある山脈をよじ登る坂道。

 そこを小さなオレンジ色の明かりがいくつも昇っていく。

 灯りの元は小さな豆電球を使う懐中電灯。

 小さな灯だけを頼りに、リュックサックや大きなカバンに最低限の財産を詰め込み逃げるしかない市民達だ。

 まともに動く車は、もうない。


 その道に面する山のくぼみと木々の影に、大きな灰色の岩がある。

 その正体は要塞から出入りできる見張り場だ。

 道路からは見えない岩穴にあるドアが、勢いよく開いた。


「急げ! もたもたしてる暇はないぞ! 」

 最初に姿を現したのは、チェ連の地域防衛隊だった。

 達美が尊敬した工場長、カリス・カラーも、その中にいた。

「おーい! こっちよ! 」

 彼女がうごめくような光に呼びかけた。

「救助に来ました! 」

 工場長と共に仲間たちが向かい、見張り場に備えられた大きなサーチライトをともす。

「あの見張り場から変なのが出てきても、驚かないでくださいね」

 そして、自分たちが出てきたところを指さして説明した。


 現れたのは、赤く、ネバネバした大量の液体。

 ボルケーナ分身体だ。

 その表れる様子は、チューブから押しだされる歯磨き粉を思わせる。

「不定形でよかった」

 道路の上で、慣れた大きな岩に戻る。

 ボルケーナ分身体に続いて、PP社の戦闘員が現れた。

 そして一斉に山頂めがけ、銃を構える。


 山頂付近では、三種族が轟音を上げながら駆け下りてくる。

 天上人が黄金のバリアとなって雷を起こし、雪を崩し、木々を焼いて道を作る。

 道を駆け下りるのは海中樹だ。

 彼らを頭上で追い抜いて行くのは、空を飛ぶ地中竜。

 彼らがいくつかにグループに分かれて攻めてくる。

 彼らとて余裕があるわけではないのは、皆の知るところだ。

 それでも、攻めてくる。


 敵が近づいてくるにもかかわらず、サーチライトは煌々と輝き、急いで要塞へ隠れる人々を照らす。

 坂の上のトンネルからは、オーバオックスとキッスフレッシュの一団が飛び出した。

 どちらも電動自動車でエンジン音はしないが、太いタイヤをいくつもきしませる。

 そのトンネルは、もしこの道を敵がやってきたら、ボルケーナたちのいる見張り場と挟み撃ちにするための配置だ。

 現れたのは小山ブレイス福岡本社、精密重機械開発課。

 ネットワーク系ヒーローの機甲部隊。

 しかも歴戦の戦車乗り、千田 駆が率いる最新鋭にして最精鋭だ。

 ボルケーナたちのそばも勢いよく駆け抜けていった。


「ボルケーナさん、ここの様子は上の三種族からは見えないんですね」

 カリスが聴いた。

「はい。ここから上のトンネルまで、スミジマ オウセンという魔法使いが幻をかぶせています。無人の森にしか見えません」


 墨鳥 桜洗。

 千田課長の秘書にして、元ルルディ騎士団団員。


 開発課は道路沿いに展開する。

 しばらく地球を離れていたボルケーナでも、千田課長が乗るオーバオックスは、すぐわかった。

 一見岩にしか見えない彼女だが、暗視装置と同じ能力で周囲を見渡せる。


「バルカン砲……」

 ボルケーナはそう言おうとしてやめた。

 バルカンとはローマ神話の火神の事で、スイッチア人は知らないかもしれないからだ。「3本の銃身をまとめた機関砲を持ってるロボットがいますね」

 手持ちのバルカン砲が、千田専用のオーバオックスの特徴だ。

「その背中にある、籠状の荷台にいる、髪が白い、氷の翼を持った男の人がスミジマくんです」

 布でありながらライフル弾でも防いでしまう、黒い炭素繊維のスーツ。

 その背中には氷が、天使の羽のように形づくられている。

 髪は腰まで伸びたストレート。

 色は魔法世界ルルディの強力な魔法使いの特徴である白。

 パイロットの千田と連絡を取り合う車外電話のヘッドホンを着けている。

「後で、お礼を言ってあげてください」


 彼らの物々しい出立ちに避難民達が怯えた声を上げた。

 しかしカリスたちはそんな避難民を励まし、素早く見張り場のドアへ誘導する。


 開発課に、新たな動きが始まった。

 車体上部についた小さな小窓が、モーターで山頂に向いた。

 と同時に、道路を上下に展開する。

 トンネルの前には千田機だけが残り、機関砲を山頂へ向けた。


「……千田課長からの連絡です。レーザー・ジャマーによるかく乱作戦の準備、完了しました」

 通信係であるPP社の一人が報告する。

 小窓の正体、それがレーザー・ジャマーだ。

「始まります! 」


 その連絡から一瞬おいて、雪崩の如く迫る三種族の動きが、止まった。

 数秒後に、光景より遅れて音が変わる。

 それは天上人の稲妻の響きがいくつも重なる音だった。

 山脈全体で、木々が震えた。


「いったい、何が起こっているんですか? 」

 カリスが聴いてきた。

 彼女はすでに市民を非難し終えている。


 ボルケーナは質問に答えることにした。

「レーザー・ジャマーとは、人の目やミサイル誘導システムをレーザーや赤外線、紫外線を放って狂わせる機械です」

 まず、赤いエナジーフィールドで作られた触手をカリスの前に伸ばす。

 触手の先端をレンズ状にゆがめ、金の雪崩の最前線を拡大して見せた。


 その光景を見た時、カリスが息をのんだ音が聞こえた。

 天上人の雲が味方であるはずの地上人や海中樹にまとわりつき、雷で撃ちすえている。

「車両や航空機に搭載されます」

 ボルケーナは説明を続けた。

「レーザー誘導ミサイルで狙われたときは、その誘導レーザーを解析し、適当なものにレーザーを当てて自分からは外すこともできます」

 見張り場近くの木影では、PP社が三脚に載ったものを設置している。


「レーザー照準?

 という事は、天上人の視界を書き換えたという事ですか? 」

 カリスの指摘は正確だった。

 ボルケーナは、これ以上の説明は必要ないと思い、「その通りです」と言った。


 天上人はガス状の体を持っているが、それは厳密には間違いだ。

 実際にはマイクロサイズの細胞が集まり、宙に浮いている。

 そのままでは人間の目のような期間は持ちようがない。

 彼らは細胞同士で光の波長をそろえ、レーザーとして放ち、その反射を解析することでものを見ている。

 

 レーザー・ジャマーを使えば、そのレーザーに干渉できる。

 人間にあてた時と同じ周波数のレーザーを放つと、好きなところへ誘導できる。


 三種族の最前線は、すでに雪のあるところから森に差し掛かっている。

 レーザー・ジャマーの偽の視界に惑わされた天上人が、雷で地中竜と地中樹を撃ちすえる。

 反撃のために地中竜は炎を、海中樹はレーザーを撃ちまくる。

 山脈のそこかしこで、火の手が上がった。


 空からはヘリコプターの羽音が響く。

 山沿いに多数の対戦車ヘリがはりつき、ボルケーナたちを援護する。

 ここに来たのはインド軍のLCHだった。


「奥さま! 」

 PP社の通信係がボルケーナに駆け寄った。

 ……人の噂ってのは早いなぁ。

 言われると、どうしてもにやけそうになる。

 だが、その報告を聞くと心が青ざめた。

「ここはもう大丈夫ですね。

 応隆さんに呼ばれました。

 ここを離れます」

 通信係だけでなく、PP社員全員が敬礼で見送った。

「了解、お気をつけて! 」

 それにつられたのか、カリスも敬礼した。

 

 ボルケーナは岩の表面に人間態の顔をだし、笑顔を向けてから飛びたった。

 大聖堂の、中枢ビルに向かって。


 ボルケーナは、見た目は変わらないが振り返り、カリスを見た。

 人間が、どれだけ変われるのか、という例を。

 悲しい中間管理職。

 出世できない、というより幸せになれないのでおかしくなったのか。

 そう言う過去を想像しながら。


 彼女ら地域防衛隊はベッドで避難民の報告を聞くやいなや、詳しく聴き出した。

 そして猛スピードで廊下を駆け抜け、階段を駆け上がった。

 分厚い鉄のドアの向こうは、あそこだった。


 老人に手を貸し、怯えた子供に叱咤激励するチェ連の守り人達。


 だがボルケーナには、その姿がどうしても虚勢を張っているようにしか思えなかった。

 ついさっきまで病室でふさぎ込み、自殺騒ぎまで起こした姿が忘れられない。

 彼女は義妹に、達美に与えられた屈辱を許したわけではなかった。

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