第31話 魔王と賢者の食彩

「全員! 緊急離脱! 」

 松瀬マネージャーの鋭い声。

「科学者たちを収容次第、ここを離れるぞ! 」

 その声に弾かれたように、大聖堂にいた人々が走り出した。

 走るのに邪魔になれば、高価な道具の入ったコンテナも捨て置かれた。


「ここの収容者が、最大の証人よ! 」

 マーティンプロデューサーも声を張り上げる。

「最優先で、最終防衛線まで走って! 」


 遠巻に見ていた者たちも、例外ではない。

「早く! 私の車に戻って! 」

 ドラゴンメイドが呼びかける。

 シエロ達も一緒だ。

 彼らをかばいながらだと、ジェットで飛んでいく訳にはいかない。

 足の遅いカーリタースは、ワイバーンに手を引かれている。


「天上人が山を降りてくるぞ! まるで雪崩だ! 」

 言われて振り返れば、その通りの光景が広がっていた。

 高く鋭い山脈も、金色のガス生命体は止められない。

 1か所や2か所ではない。

 山脈全体が金の雲に覆われ、その中で雷が走り、木々を焼いていく。

 地中竜と海中樹も、隠れるのをやめて共に駆け抜ける。


「さて、どうしようかな」

 ドラゴンメイドはそんな三種族を見て、呆れ半分、恐れ半分と言った気持ちだった。

「そんなに怖いのかな、あの科学者たちが」


 大聖堂ではドクターカーが次々に走り出していく。

 ありがたいことに、走り去る直前に煙幕をまいてくれた。

 ドクターカーのベースとなったマローダーは、やはり装甲車だった。

 

「あの科学者より、アンタ達のほうが恐れられてるかもよ」

 ドラゴンメイドの横で、銀色の人影にそう言われた。

 イーグルロードだ。


「これでも、別のルートで異次元遭難した人を救うくらいの余裕はあるん……だけど」

 ドラゴンメイドはそう弁明しようとした。

 それは本当の事だ。


 だが、イーグルロードはジェットの轟音だけを残し、自分のオーバオックスへ飛んでいった。

 あの人は、おとなしい娘のオウルロードと違い、そういうところがあるのだ。


 追って話を続ける気は起きなかった。

 ともに走っていたカーリタースが、叫んだからだ。

「あそこ! 誰か倒れてるよ! 」


 そこら中から響く重々しいモーター音。

 水平方向からは戦車の砲身が、迫りくる敵に向けられる音だ。

 頭上ではスーパーディスパイズの腕の砲塔が、山脈が動くように。


 数秒後、シエロの助けを借りて男が一人、達美専用車の後部傾斜板をあがった。

 4人の少年少女がつづき、傾斜板はしまった。

「1号と2号、アウグルは別の車に乗りました! 」

 運転席と整備室。整備室と乗員室を結ぶ2枚のドアを開けて、ワイバーンが叫んだ。

 となりにはドラゴンメイドが。

「発車します! 」


 連れてきた男は、力なく座席に横たわっている。

 その人は灰色の髪と髭を伸び放題にして、胸に書記長のバッチをつけていた。

 担架から落ちたあと、煙幕の中でノロノロと這い回っていたのだ。

 

「しゅ、主任、大丈夫ですか? 」

 心配そうにカーリタースが語りかけた。

 すると主任と呼ばれた男は目をカッと見開いた。

「主任などと呼ぶな! 書記長と呼べ! 」

 そして、拳を振り上げた。

 だが、その手に力はない。

 カーリタースでも余裕で避けることができる。


「……おや君は、デブでトロいペンフレットじゃないか。

 お前が2ヶ月間生きていられるはずがない!

 ここは天国か!? 」


 殺す価値のない人。

 ドラゴンメイドの心に浮かんだのはその一言だ。

 アクション物語の主人公が、敵を殺さず捕まえるときの常套句。

 この主任書記長を見ていると、その意味が実感できた気がする。

 今の彼らに、何かができるような気がしない。

 立ち直れるなら、むしろ応援してあげたいくらいの惨めさだ。


「テンゴク? 一体何のことだ? 」

 シエロの反応はもっともだ。

「善い人が死んだ後、その心だけが逝くという安らかな場所の事です」

 ワイバーンの説明に、多くのチェ連人は納得できない様子だ。


 しかし主任書記長は、何を悟ったのか笑いだした。

 とても楽しそうな、嬉しくてたまらない様子で。

 

 その笑い声を止めたのは、カーリタースだった。

「そうです。ここは天国です。ただし、入るためにはカギがいります」

 主任書記長の顔が、とたんに青ざめる。

「でも安心してください。カギは、正直になることです」

 作り笑顔であろうカ−リタース。

 だが主任書記長は、その言葉に色めき立った。

「教えて下さい。あの中枢センターで何を研究していたんですか? 最終防壁の正体は何なんですか? 」


 その時、爆音とともに車体が揺れた。

 音速を超えた戦車の砲弾が頭上をかすめ、衝撃波を叩きつけたからだ。

 当然、誰もが肝を冷やした。


 しかし主任書記長は相変わらず嬉しそうで、迷いなく答える。

「魔王の研究だ! 宇宙全域の物理法則を支配する者。それこそが魔王! 我が世界を襲う最強の敵である! 」


 ドラゴンメイドはカップホルダーにおいた猫型ランナフォン、オウルロードに主任書記長の言葉を報告するよう頼んでいた。

 それが、最初から録音できていたか不安になる。


「魔王を仮想敵として、どうすればそれを作り出せるかの研究をしていた!

 それが最終防壁だ!

 壁の中には三種族も、異星人も、我々が集めることができた、あらゆる異能力者が入っている!

 その意識を融合し、全ての能力と、我が惑星に攻め込む方法論を自由に扱えるようにしてある!

 その実験場が量子世界だ! 」


 あまりの説明。

 上手い下手とかは関係なく、それがどんなものなのかがイメージできない。

 ただ、あの小さな建物の中に、多くの人が押し込められているのはわかった。


「ア、アンタねえ! 」

 飛びかかろうとしたドラゴンメイドを止めたのは、やはりワイバーンだった。

「待って! 今は安全に止める方法を聞きだすのが先だ……! 」

 小声で説得され、ドラゴンメイドは渋々引き下がった。


 不愉快な告白が続く。

「だが、問題が起こった。

 電源が切れなくなったのだ。

 最初は機械的な故障かと思った。

 だが実際は、魔王が自分の意思を持ち、一部の脳が活動を休止しても、どこかの脳が活動する、そういうシステムに自己進化していたのだ! 」


 ドラゴンメイドの脳裏に浮かんだのは、インターネットのことだった。

 世界中で起きている人がいて、コンピュータを使い続ける限り、インターネットの電源は切れない。

 

「暴走だ! 永遠に思考を続け、現実世界にまで影響を広げるシステム!

 勇敢なる我々は、量子世界に戦いを挑んだ!

 幸いにも、籠城の準備はできている!

 激戦の結果、魔王にとっての最大の脅威が判明した。

 それが勇者だ!

 深慮遠望なる我々は、その脅威を実行した。

 不思議なことに、勇者のことは魔王に演算されたものではなく、以前から、しかも多数の脳に予め覚えられていたものらしい!

 しかも、異世界から連れてくるという画期的な情報工作論を――」


 それは、異世界から勇者がやってきて、悪者を退治して、成長したり名誉を得る物語が多くの世界で愛されているだけだろう。

 ドラゴンメイドの結論は以上だ。

 だが、それを言うことに価値はない。


 急いで、レイドリフト1号へ連絡しなくては。

「1号! 例のビルの最高責任者から、重要な証言が得られました。

 今すぐ、あの黒いビルをスーパーディスパイズとメタトロンで捕獲してください!

 相手は、複数の異能力を使えるということです。気をつけて! 」


 だが、1号からの返信が希望を打ち砕いた。

『ただいま全方位多数の敵に対応するため、スーパーディスパイズは分離中です』

 

 身長1200メートルの巨人が、メタトロンの星空に包まれ、ふわりと浮かぶ。

 得体の知れないエネルギーの中で、得体のしれない金属の集合体がうごめく。

 その衝撃は、達美専用車の10.4トンなど簡単に揺るがした。


 その時、一発の砲弾が黒いビルを直撃した!

 壁面がはじけ飛び、中にいる異星人や三種族も吹き飛ぶ!

 と思われた。


「!? ねえ。最終防壁には人間は入れられてないの? 」

 ドラゴンメイドが聴いた。


「いません。いませ。ンいません――」

 否定の言葉を繰り返す主任書記長。


「それって、おかしくない? 」

 ドラゴンメイドが割れ目に見た物は、背すじを寒くさせる怪奇な物だった。

「なんで、人間そっくりの目がビルから出てくるのよ! 」


 白目の中に透き通るような青い瞳。

 だがその大きさが異常だ。

 到底、ビルの中に納まるとは思えない、巨大な怪物にふさわしい目。

 その目が周囲を、ギョロリと見まわした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る