第30話 召喚されて、され果てて
レイドリフト・ワイバーンは苛立っていた。
彼は今、達美専用車で助手席に座っている。
簡素なビニールの座席。
右には人一人分の余裕があって、今はランナフォンを詰めたグレネードランチャー2丁を置いている。
その向こうがドラゴンメイドのいる運転席。
ハンドルがあり、ブレーキやアクセルペダルがあり。
それだけなら、日本の大型トラックによく似ている。
この装甲車の場合、各種センサーが充実しているため、液晶と立体映像をふくめて多くのモニターが並んでいる。
運転は電脳と自動操縦で事足りるわけだが。
そして、表情がなくても、微動さえしなくても事足りる。
それが真脇 達美に与えられた機能だからだ。
ワイバーンは、彼女のこの人形のような姿が嫌いだ。
普段の明るい姿も、元気な歌声も、時々見せる悲しさ、憂いさえも、ただの機能なんだと突き付けられているようで――。
「ねえタケくん、やっと二人きりになれたね」
無表情だった目が、なにやら怪しい光を帯びて向けられた。
二人きり。
といわれても、ランナフォンが体のオウルロードがいる。
しかし、気がついた。
弾丸になっている間はスリープモードになっているのだ。
「大丈夫、ナニもしやしないぜ」
怪しい光に変わり今度は、やたら力強い目。
(前にもこんなことがあったな……)
その時ワイバーンは、「ワハハハ」と笑ってしまったそうであります。
そしてそれを見たドラゴンメイドは、不機嫌な様子でそっぽをむいたそうであります。
(こういうときは、僕の方からナニカしてほしかったらしい)
ワイバーンは手のひらで、そっとドラゴンメイドの頬をなでた。
「今はこれが精一杯」
環境破壊が最悪の世界にいたとは思えない、つややかな頬。
触れた手を彼女が掴み返した。
同じ構造のサイボーグとも思えない、温みと柔らかさがある手。
その手でワイバーンの乏しい柔らかさを味わうように揉む。
さらにマスクを外し、鼻を押し付けて匂いを嗅ぐ。
最後は指を舐めた。
情熱的な水音。
ボルケーナのご利益は実にあらたかだ。
(やっぱり、変わってないな)
ワイバーンは、そう確信して満足した。
その満足と同じものを、ドラゴンメイドも感じてほしいと願いながら。
彼ら、メイトライ5とその関係者、すなわち敵陣への突入部隊はスタジアムで待機している。
周りのレイドリフト達の車両も、変形するか、合体するか、あるいわそのままで出発していった。
残ったのは、徒歩か、バイクで出発した者たちの車。
いま動いているのは、PP社の施設と補給部隊。それとメイトライ5と、それを援護する10式戦車が4台。
観客席を消して開けた大きな出口。
今そこから走り出したのは、ロシア軍のT−14戦車だ。
無人砲塔にある特徴的な切れ込みは、マルチパラメータレーダー。
飛んでくるミサイルなどを自動で迎撃するアクティブ防御システムの目で、砲塔に並んだ小さなロケット弾を誘導する。
PP社の補給部隊から燃料を受け取っていたのだ。
彼らの前は中国軍の99式戦車がいた。
その前は韓国軍のK2戦車。
異星人居住区を開放した後の多国籍軍が、ドディやオルバイファス達が守る浄水場に転進してくる。
地響きを上げて迫る、多種多様な戦車、その他の車両。
濁流で泡立つ幅60メートルの川も、ノーチアサンが橋となってくれたため、無効化された。
上空には数を増すヘリコプターや、無人兵器。
(彼らと僕達の国が、普段は領土や資源を奪い合っていると聴いたら、チェ連の人達は信じるだろうか? )
ワイバーンは、三種族ならすぐに信じそうな気がした。
(人間より寿命が永い三種族は、チェ連建国以前の国がたくさんあった時代を覚えているだろう。
殆ど国が大陸を通じて繋がっていたから、一度国境紛争が起きると第3国にすぐ飛び火してしまう。
達美ちゃんが言うには、以前は平和で豊かな世界だったそうだ)
今、街全体を文字どうり揺るがしている音。
それは浄水場から移動する地球の車両が響かせている。
アメリカ軍のM1A2エイブラムズ。
フランス軍のルクレール。
ドイツ軍のレオポルド2もいる。
どれも10式の44トンを超える、60トン近い巨大な戦車たち。
レオポルド2といえば、インドネシアやシンガポールからもやってきていた。
インドからは、ロシア製のT-90戦車も。
(そういえば、見たこともない最新型兵器がかなり混じってるな)
インドが自国開発の戦闘ヘリ、LCHを持ち込んでいる。
売り込みなのだろうか?
(シンガポールやインドネシア、それにインドの戦車は、メーカー国のロシアから見本として持ってくるよう指示されたのかもしれない)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
達美たちのピンチも、思わぬチャンスと考える者。
いないとは言い切れない、そんな仮定に腹がたつ。
だが、ワイバーンが最も腹を立てているのは他のことだ。
(彼らの協力を得るため、誰が、どれだけの交渉をしただろう? )
そう。
平和の祭典オリンピックを支えるために、軍事力が必要。
その集まった彼らを、本物の戦争へ連れて行く。
まるで、人類の自己矛盾の祭典だ。
(だがそれも、地球を信じてくれた人々に報いるためだ。少なくとも、そういう事になっている)
この星へ至るポルタを作るのにも交渉が必要だった。
スイッチアがあるのは、地球とは全く縁もゆかりもない宇宙域。
そこを通るための環境データ。文明があれば付近の通行許可が必要になる。
時には、普段なら敵とされる人々とも交渉しなければならなかった。
(それをしたのが、前藤総理やボルケーナさんたちだ。
僕がしたことなんて、微々たるものだ)
彼自身がしたこと。
それは、少しでも人の目を集めるため、インディーズのジャズピアニストとしての腕を活かすことだった。
メイトライ5達。残った魔術学園の生徒。賛同したアイドル。
彼らの協力を得て、チャリティーコンサートを開いた。
(恋人の不幸でお金儲けする?
そんな批判ももらった。
お金を使わず、異世界から人を救い出す手段。
それを教えてくれる人は、現れなかったよ)
儲かったお金は、段ボールに詰めて生徒会の家族へ送った。
100万円の札束が、いくつもつめられた。
苦労や悩みはあったが、変わらず接してくれる達美を見たとき吹き飛んだ。
今、彼の心を満たすのは、一つの怒りだけだ。
最後の防壁、スタジアムが消えていく。
観客席が消えると、居並ぶ安普請の家々が現れる。
芝生もそうだ。
一見バラバラに置かれた車たちは、家々の間にキレイに収まった。
人工衛星を使うGPS(衛星測位システム)の代わりに、常時滞空させている成層圏プラットホーム飛行船を使った測位システムのおかげだ。
「じゃあ、始まるよ」
ワイバーンがそういうと、達美はしばしのデートをやめ、名残惜しそうにマスクとゴーグルを付けた。
見据えるべき目標は、目の前の観客席の向こうに現れた。
マトリクス聖王大聖堂。
チェ連の現代風に言えば、臆病者の城。
ついさっき、生徒会が守る車列が通った場所に現れた。
隙間なく黒にぬられた、決して大きくないビル。
今は遠くから、強力な灯光器に照らされている。
チェルピェーニェ共和国連邦、マトリックス海南エリアの方面隊司令部。
ベルム山脈にほられた地下要塞の奥から、レイドリフト・メタトロンが引きずり出した量子世界の中枢。
(カーリ君があれだけ愛着を持っていた大聖堂だ。
他にも愛していた人がいてもおかしくない)
その想いがこの場所へ連れて来たのか?
美を愛する者として、カーリタースには共感、好意さえ覚える。
だがその反対ベクトルに、生徒会を召喚した科学者たちへの怒りが湧き上がる。
チェ連の指導権をうばい、生徒会には一度も姿を表さず指示さえ出さない科学者たちに。
科学者たちは、無責任にも自分たちの政治問題を縁もゆかりもない他人に押し付けた。
『魔術学園の生徒は強かった。だからこの星の未来を託したのだ』
そう言い訳するのだろうか?
(オウルロードから聞いたよ。
カーリ君に吹きこんだとおり、『自分たちは次元を超えた実効支配をしている』論を振りかざすのか?
そんなバカな話があってたまるか! )
この星に来た最初の日に、ユウ・メイメイと城戸 智慧どうなった?
彼らが来ることも知らされてなかった地域防衛隊に、大怪我を負わされた。
(召喚なんて、人のそれまでの生活を無意味なものにして、その後の人生もゴミのように捨てさせる行為だ)
今まで、何も語りかけてこなかったことに対しても、言い訳するのだろうか?
『君たち自身が考えることが大切なのだ! 』とか。
(それなら、それでもいいでしょう)
街を揺るがす戦車の音が、止まった。
視界のウインドウでも、準備を完了したというチームの連絡が次々に入る。
連絡はタスクバーとなって並ぶ。
そしてスタジアムが消え去った時、ついに100パーセントになった。
「全部隊。足並みそろいました! 」
ワイバーンがそう報告した直後、デットエンドが、達美の兄でPP社のCEOである真脇 応隆が命じた。
『突入! 突入! 突入! 』
そして、彼らは大通りを疾走する。
前方にはPP社から、横1列に並ぶ4台の10式戦車。
その後ろにメイトライ5が並ぶ。
歴戦の勇士を載せた4台のオーバオックス。
全て人型のロボットモードになっている。
その後ろにキッスフレッシュ装甲車の編美専用車。アウグルが乗っている。
達美専用車は、一番後ろ。
見届け、交渉してくれるチェ連からの5人の有志も乗っているのだ。
(帰る時期も、生徒会に決めさせてもらいます! )
突入は、飛びだすワイバーンとドラゴンメイドによって始まった。
急激な空気圧の変化が、飛行機雲を生むほどのスピード。
なびかせながらビルを回り、プラズマレールガンを放つ。
外から見ると窓がないビルだが、実際には壁に薄い部分があり、そこを突き崩すと銃を撃てる窓がある。
戦国時代の城にある、隠し佐間だ。
その場所は、目には見えないデコボコとして表面に現れた。
包囲監視していたチームが、レーダーなどで見つけてくれた。
そこをプラズマが突き崩す。
次は、グレネードランチャーでランナフォンを送り込む。
オウルロードは、瞬時にビル内外の走査を終えて、伝えてくれる。
それを確認し、真っ先に動いたのはオレンジ色のオーバオックスだ。
松瀬マネージャーが乗る。
戦車の間を駆け抜け、正面のドアを叩き割った。
そのほかのオーバオックスは、ここで装甲としての役目を終える。
ミカエルが、アウグルが、イーグルロードが、スキーマが。
メイトライ5の大人組が等身大となって突入する。
松瀬もすぐ続いた。
最後にワイバーンとドラゴンメイドが。
だがしかし、彼らは数分後に同じ道を駆け戻ることになる。
「お医者さん! 来てください! 」
そう叫びながら。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
方面隊司令部から、次々に担架が運び出されていく。
運ぶのは、装備は戦闘を行う社員と同じだが、医療用のゴム手袋をつけたPP社の衛生課だ。
担架に乗るのは、探していた科学者たち。
ただし、その様子は普通ではない。
無表情で呆然としている者。
「早く連れて行ってください! 早く逃がしてください! 」
「このビルを残してはだめだ! ぶっ壊してくれぇ! 」
さまざまな事を懇願するもの。
口汚くビルを罵る者もいる。
「ざまあみろ! ざまあみろ! 」
異常な精神状態なのは明らかで、PP社からの質問にも耳を貸さない。
暴れる科学者を押さえこむ人手が必要だった。
一度は突入したメイトライ5は、その様子を遠巻きに見て立ち尽くすしかできなかった。
風に乗り、科学者たちの叫びが聞こえてくる。
「なんだ、あれ」
誰ともなく、そういう疑問がこぼれた。
とてつもない虚脱感だけが、彼らを覆っていた。
包囲は解かれていないが、他の部隊でも感じるむなしさは同じだろう。
1号からの連絡が、疑問に答えてくれた。
『ビル内部を調べました。便から栄養や水分を抜き取り、体内に戻す機械を見つけました。
あれが2か月間も籠っていられた理由ですね。
点滴で体内に戻すらしい。
それと、科学者たちから覚せい剤反応を確認しました。これが精神異常の原因ですね』
説明を聞いただけで、嫌なにおいが匂ってくるような気がするから、不思議だ。
ビルの前には衛生課のドクターカーが並んでいる。
白地に赤いライン、赤色灯のついた、救急車でなじみのデザインだ。
ただしベース車両は、普通自動車の2倍以上の大きさを誇る、四輪の装甲車。
南アフリカ製の、マローダーだ。
普通自動車2台をペチャンコにする17トンの重量と、それを行っても問題なく走るタイヤ。
装甲は二重のモノコック構造で、防弾・耐地雷性能を持つ。
車高は高く、後ろのドアに患者を担ぎ上げるには踏み台が必要になる。
中枢ビルには、何一つ防御のための兵器は無かった。
分厚い壁をくぐると、殺風景な四角い部屋。
壁沿いにイスと机が並び、人が何人も座っていた。
頭には、目まで覆う大きなヘルメットをかぶり、そこからコードが壁に繋がっていた。
ブレイン・マシン・インターフェイス。
思考を読み取り、機械を操作する技術。その異世界版。
他にあるものと言えば、食料庫だろう2階と3階へ通じる、建物中央のらせん階段。
そして、集団を生きたままほったらかしにした時にだけ発する、あの悪臭だけだ。
また一人、ぐったりした男性が運びだされる。
髭と髪もだらしなく伸び、その目には生気がなかった。
上半身には汚れた白いワイシャツ。汗と、食べ物によるものだろうか。
シャツの胸に、光を反射して金色に光る物があった。
拡大してみる。
歯車のように、人々の絆ががっちりと組み合わさることを願った、かみ合う2つの歯車。
その前に交差するのは、工業技術を意味する絵の長いハンマーと、国防力を意味する自動小銃。
この星で、1人だけが身につけることを許されたはずの徽章。
チェ連国旗を、そのままあしらった最高指導者の、書記長の証だった。
続く科学者は女性で、その頬はひどくやつれていた。
その口が、微妙に動いている。
「科学者たちの小声、分かるよ」
ドラゴンメイドにそう言われた。
さすがに耳がいい。
ワイバーンは聞きたいと答えた。
検出された声は。
『や、やっと解放された……』『魔王から解放された……』
「あいつら、やっと開放されたって言ってたわね。それに魔王。それが、あのへんな壁の正体? 」
ドラゴンメイドの疑問に、ワイバーンも首をひねった。
変な壁。
それはあのビルの正体であり、地下要塞の廃棄物から分かった。
「さまざまな異能力者を集め、彼らに並列演算させることで作られる、バイオコンピュータ。だったね。
でも、自分で入ったなら、出られないわけないのに。
それに、僕らが入った時には何もなかった」
考えても、答えはでない。
その時だ。
不意に、ワイバーンでもわかる環境の変化。
もっと漠然と、気配を感じたと言ってもいい、何かを感じた。
そして、ある疑問と結びついた。
「ね、ねえ。あの科学者たちの言葉って、山の向こうの三種族にも聞こえるのかな? 」
大聖堂の向こう。
山脈の雄大な姿が、うっすらとした朝焼けを浴びてぼんやりと現れる。
その上で、わずかに赤みを増した光が小さく見える。
キラキラ輝くそれが、いくつもいくつも天に登る。
山の向こうからの旭を浴びた、地中竜。
「聞こえたらしいね」
ドラゴンメイドが認めると、どよめきが彼女のまわりから広がる。
赤い光が、高山をまっすぐ降りてくる。
海中樹の結晶から漏れる日光のレーザーが邪魔な木々を焼き、なぎ倒しながらやって来る。
これも多数。
そして、天上人。
せっかちな朝日と、それに照らされた雲のように、山脈の向こうから湧き上がる。
朝焼けにそっくりだが、彼らが朝を人間にくれる訳がない。
むしろ奪う方だ。
「緊急事態発生! 」
どよめきの後を、ワイバーンの叫びが追った。
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