第29話 恨みと走る どこまでも
大陸ヤンフスを構成した地殻変動による隆起。
大陸を内と外に分断する、ベルム山脈。
今見える山は、すべて標高3,000メートル級の富士山並み。
それに、空から侵入した光の柱に触れる。
それだけで。
『山脈が! 消えていく! 』
病室からの叫び声。
『消すな! 中に俺たちがいるんだぞ! 』
そして山脈だけではない。
『ええっ!? 青空も消えていく!! 』
スタジアムでは、すっかり夜のとばりに包まれた。
あらかじめ設置してあった灯光器に明かりがともる。
病室から続く困惑の叫び。
ドラゴンメイドを恐れさせる数少ないもの。
「落ち着きなさい。あれは量子コンピュータによって再現された量子世界。幻です」
ワイバーンがそう言っても、阿鼻叫喚は収まらなかった。
スタジアムから視線を天頂に向ければ、現実世界と量子世界を結ぶ穴、ポルタが見えた。
現実世界から光の柱を下すのは、身長1200メートルの巨大ロボ、スーパーディスパイズ。
スーパーディスパイズが手にしてかき回す柱は、レイドリフト・メタトロン。
その姿は、おとぎ話の魔女が大なべをかき回すようにも似ていた。
ワイバーンがドラゴンメイドの手を握る。
彼女の震えが少し収まるのを確認して、説明を続ける。
「これで、あなた達はこちらへ来れなくなりました」
メタトロンが回されると、ポルタのふちが削り取られる。
そのたびに現実世界の夜空が、醜い煙だらけの夜空が広がる。
『……来れなくなった? どういう事? 』
そう尋ねたのは工場長だ。
敬語を使わないという事は、自尊心を回復したのだろうか。
そう願いながら、ドラゴンメイドは自分が答えることにした。
「……あの山脈に、量子世界への入り口がありました。その入り口はもうありません」
複製のスタジアムからは、すっかり山脈も青空も消えてしまった。
それでもメタトロンの柱は、少しずつ半径を縮めながら回転をつづける。
今は街を分解しているはずだ。
「代わりに、量子世界の中枢を現実世界へ強制的に持ってきたんです」
今、2号の作った牢獄の中にはワシリーとウルジンがいる。
足場も手すりもない空間でも、何とかバランスを保ち、上下さかさまになりながら、呆然と景色を見ていた。
皆、同じ表情だ。
「あれはレイドリフト・メタトロンが、量子世界にハッキングしているんだね」
カーリタースが言った。
「そのとうりです」
1号が答えた。
相変わらず、耳のヘッドセットヘッドホンに手を当て、スキーゴーグル状のディスプレーを注視しながら。
「……超宇宙規模で演算する宇宙構造体・・・・・」
好奇心に酔いしれたのだろう。
カーリタースの顔が赤くなった。
しばしの、静かな時間。
その間にドラゴンメイドの量子コンピュータに電子メールが送られてきた。
送り主は川田 明美。
スーパーディスパイズの足もとでプレシャスウォーリアー・プロジェクトの車列を守っていた一人だ。
「1号! いいですか?! 」
ドラゴンメイドの声に。「どうぞ」
「すぐ外にいた生徒会から、食料の提供を頼まれました。
何でも、避難し遅れたチェ連国民がいるそうです」
1号は一瞬考えた。
そして、ディスプレーでは映っているキーボードをたたき、2言3言話して答えた。
「施設部隊に、食料提供の余裕があります。
しかし、応援の多国籍軍も向かってきていますので、あまり時間は取れませんよ」
それでも、ドラゴンメイドは満足した。
「大丈夫。物を運ぶのが得意な連中ですから」
その時、スタジアムの観客席がハッキングされ、消え始めた。
応援部隊との連絡口が開いた。
スタジアム内のレイドリフトたちは、もともとその連絡口に合わせて駐車してあるので、スタジアムの反対側まで広々と道が開いている。
「それでは、あちらの部隊に頼んでおきます」
1号は新たな連絡口の左右にいる、大型コンテナトラックの一団を指差した。
達美専用車の中から、新たな通信が聞こえた。
『達美お嬢ちゃん、ちょっといいか? 』
地下要塞の病室から、千田課長だ。
「はい? なんでしょう」
映像からは、まだ阿鼻叫喚地獄が映っているのではないかと、恐る恐る向かうドラゴンメイド。
だが、けが人はおとなしくベッドに収まっていた。
それでも中心に映る千田の表情には、手こずった様子が見える。
『さっきから騒ぎを巻き起こしてるのは、それにロボットを動かして邪魔をしたのは、お前だな? 』
「あちゃ。ばれてましたか」
ドラゴンメイドは頭を下げた。
『痛かったぞ。
それより、怪我人たちの事だ。
生きる目標を失っているみたいなんだ』
千田の言うとうり、ベッドの上にあるのは自暴自棄になりすさんだ顔。あきらめて歯を食いしばる顔ばかりだ。
『何か、彼らを喜ばせる物を知ら無いかな?
そうすれば、もっと落ち着いて考えてくれると思うんだが』
その問いに、ドラゴンメイドは即答することができた。
「エピコスワイン! ここの地方でできる、最高級のワインですよ。
場所は、そこから4階下の倉庫で、樽に入っています」
となりにオウルロードがやって来た。
「一緒に映画を見ていただくのはどうでしょう?
{ダイヤモンドとマリア様}という映画なら、ランナフォンに入っています。
そちらに向かわせましょうか? 」
そのタイトルを聞いて、千田の顔がほころんだ。
『イギリスのロマンス映画だな。それならいいだろう』
ドラゴンメイドは、2人の行為を嬉しく思った。
と同時に、自分のふがいなさに恥ずかしくなる。
だが、何かをしたからと言って、望みどうりの結果が得られるとも思えなかった。
その時、観客席に空いた入口から、地面を削る音が響いた。
巨大な2台の建設機械がやってくる。
2台とも、直径10メートルでドーム状の車体を持つ。
それを支えるのは、車の底すべて動かす4束の無限軌道。
先に入ってきた建機には、正面に長さ6メートルのドリル。
料理部部長、ダッワーマ。
今はスイッチアで覚えた岩盤突破車に擬態している。
後の建機は直径7メートルある円形の刃を動かすエンジンカッターがついていた。
スイッチアの森林突破車、その擬態。
美術部部長、クライス。
2人ともオルバイファスの元部下の、機械生命体だ。
後にいる人だかりが、避難し遅れた人びとだろう。
ダッワーマとクライスの車体には、人間用の輸送スペースがある。
そこから車体上に出るハッチから生徒会の女子が顔を出した。
黒い雨ガッパのフードをおろすと、黒髪をショートボブにした丸顔がみえた。
メールをくれた、川田 明美だ。
彼女のまわりの空間が、黄色い光で包まれている。
彼女の能力、空気のほとんどを占める気体、窒素を操る影響だ。
ゴムのようになった窒素が、明美の体をふわりと浮かべる。
その後、ホバークラフトのように地面を滑って、ドラゴンメイドたちの方へやって来た。
「あなたが、レイドリフト1号ですか? 」
灯光器の光が、みずみずしい肌にはじかれる。
「はい、そうです。あなたは? 」
どう見ても10代。平均的日本人学生だ。
「私は川田 明美といいます。体育祭実行委員会長です」
その表情はこわばり、強い怒りが込められていた。
「そこのチェ連人学生に、見せたいものがあるんです」
一号は、一切私情をはさまない。
「それはできませんね」
そういった。当然だ。
「彼らには、これから敵中枢への交渉をしていただきます。これから話し合わねばならないことがあるのです」
明美の顔が悔しそうに歪んだ。
「お願いします! 」
その時、後ろの建機たちの所から、もう一人の少女がかけだした。
サラミ・マフマルバフだ。2年A組学級委員長。
赤くて長い布、ブルカで頭から肩まで覆っているので、すぐわかる。
能力はシンプルな怪力。
その脚力で100メートル近い距離を一瞬でやって来た。
「彼女を責めないでください」
ブルカの隙間から見える、茶色い髪。
混血の多いアフガニスタン出身らしく、青い吊り目と白い肌で、おとなしそうに笑っている。
「川田さんは、この星にいる間に、おじいさんを失っています」
その人にはドラゴンメイドもあっていた。
ずっと寝たきりだった人だ。
その時、黄色い空気が爆発した。
明美が、自分とチェ連人を外界からさえぎったのだ。
「士官候補生がさらわれた! 」
珍しい2号のあわてた叫び。
天高く伸びた黄色い光の中には、6つの人影が。
ワシリーとウルジンは、牢獄ごと捕まっている。
明美は外へ向かうようだ。
その動きは大蛇にも似ている。
その周りでは、新たな無数の叫びがあがる。
「わたしが追いかけます! 」
ドラゴンメイドの背中にジェットパックが。そして金属の羽が広がった。
その間に病室へのライブ中継を切った。
ジェットパックを加速させれば、簡単に追いついた。
だが、明美が人に害を与えるところなど想像できない。
ダッワーマとクライスの装甲が分割され、配列を変え始める。
人型に変形しようとしているのだ。
飛行能力こそないが、格闘戦においてはオルバイファスを凌ぐかもしれない巨人に。
ところが明美は、2人の変形を機関に窒素を入り込ませることで、押さえこんだ。
そのまま民衆を避け、スタジアムをでる。
そして現実世界に降り立った。
「あの炎が見えるでしょ! 」
明美が指さしたのは、4階から5階建ての、白い漆喰づくりの集合住宅。
「ああ、見える」
士官候補生たちは、おびえながらも静かに答えていく。
「……見えます」
1階が店舗として使われる集合住宅も多い。
元は活気ある街だったことを忍ばせた。
それを焼く真っ赤な炎。明かりはそれだけ。
フセン市の繁華街。
今は、がらんとした道路が伸び、消火栓からの水があたりで濁流を作る。
ビルの1階部分には、瓦礫が雑多に押し付けられている。
曲がり角にあるのは、元が何色だったのかもわからないくらい燃えた、真っ黒の自動車。
カーブを曲がりきれず瓦礫に突っ込んだ、流線型の車。
プレシャスウォーリアー・プロジェクトに参加したスポーツカーだ。
「パレードであたしたちを騙して、あの炎で焼くことはできるでしょう! 」
シエロ達のまわりには、ひときわまばゆい黄色い光がある。
完全に拘束するための物だ。
「でもそんな嘘つきは、同じ炎で焼かれることになるわ! 」
パレード。
振り向けば避難民の衣服が、これまでのチェ連人らしからぬ、金糸やカラフルな布を使ったきらびやかな物になっている。
花や電飾で飾った山車や、羽や突起をはでに付けた衣装。
どこにこんなにあったのか、というほどの楽器。
昼間はこの通りを埋め尽くしていたそれらは、焦土作戦が始まると打ち捨てられた。
それをダッワーマのドリルやクライスのカッターが、残骸として押しのけた。
「うそつき・・・・・・確かにそうだ」
シエロが言った。
「だが、レイドリフト1号が言った言葉を覚えているだろ。私たちにはできることがある。
それで償いとさせてくれ! 」
その言葉を無視して、明美が新たな帯状の窒素をのばす。
帯は瓦礫に中から、大きなスチールのコンテナを引っ張りだす。
そして中身をぶちまけた。
でてきたのは多数の銃、手榴弾、弾薬、ナイフ。
地域防衛隊が隠し持っていたものだ。
「わたしたちの国にはね! 戦争をしないというルールがあったのよ! 」
叫びながら明美は、帯で武器を広げる。
「家族が死ぬ時、必ずそばにいるというルールもね! 」
ドラゴンメイドが着地したのはその時だ。
振り回される帯を見たが、困惑した。
けん制?
こんなものでは、自分は止められない。
「そのルールなら承知している!
だが、こんなことをして何になるんだ! 」
牢獄の中で、ウルジンが叫んだ。
涙はもう枯れ果てたのか、泣いてはいなかった。
金色の帯は、変わらず武器をかき回している。
「ねえメイミ、私たちがルールを破っては――」
言いかけたドラゴンメイドの顔に、新たな帯が飛びかかってきた。
バックステップして避けた。
「何がルールよ! 」
明美は振り向かずに叫んでくる。
ドラゴンメイドはなるべく明るく、たいした事ではないように話してみた。
「政治的信条を話しても、相手との違いがはっきりするだけ。ともいうよ」
それに対する返事は、意外な、ひそやかな声だった。
「知ってるわよ。そんなの」
そして改めたように、大きな声で叫ぶ。
「だったら、私たちのルールが歪んで伝わるのは許せない! 」
「人には、そこで生まれ育った以上、必ず考える一般論という物があるそうね!
チェ連人のは何? どんな小さい子にも命の危険を感じること? 」
明美の意識が、チェ連人に向いた。
「ち、違う。子供はどこででも守るべきものだ」
そう答えたのはカーリタースだが、それで満足する明美ではなかった。
「違うと言うなら長生きしてみせろ! 」
(やっぱりそうだ)
ドラゴンメイドには、明美の行動が隙だらけにしか見えない。
(まさか、時間稼ぎ? 何か考えがあるの? )
その時、ドラゴンメイドは見た。
ぶちまけられた武器の中から、小さい物が浮かび上がるのを。
それが5つ。2号の牢獄にとらわれていない3人の袖口に入っていく。
あの小さい物はナイフと、おそらくピストルだ。
弾倉には6発程度の、護身用小型銃。
「突っ込むぞー! 」
その時、ドラゴンメイドの後から少女の声がした。
サラミの声ではない。
同時に聞こえるのは、風を切って跳ぶ音。
振り向くと、体全体で手をまっすぐこちらに押しだしたサラミが見える。
それと、頭上を飛び越える人影。
頭上の影には、人の背丈ほどもある巨大な十字がくっついていた。
十字が黄色いエリアに触れた。
それだけで十字は、消しゴムで字を消すよりもあっけなく、黄色い窒素を消し去った。
痕跡さえ、のこさない。
十字を振るい、サラミに投げ飛ばされてきた人は、ふんわりと風船の様に降り立った。
それは黒髪をポニーテールにした女子高生。
白 明花(ペク ミンファ)
未来文化研究部部長。
能力は真空崩壊。
空間を安定した状態から不安定な状況に変える。又はその逆。
対象のエネルギー状態を変えることで、使い消費する、という物理学の基本現象を、のばしたり縮めたりできる。
今はその能力で明美の能力を安定化させ、無効化したのだ。
また、自分の落下速度もおさえた。
ミンファは、手にした十字を背中の鞘に収めた。
それは剣だ。
柄とつばは金色に輝き、刀身に刃はついていない。
切っ先も丸い。
メイメイから受け継いだ聖剣だ。
それにより能力を強化、拡大できる。
「もうよしなさい! 」
ミンファはズイッと明美に詰め寄り、そう力強く話しかけた。
しかし、その後小声で語りかけた言葉を、ドラゴンメイドの音響センサーは聞き洩らさなかった。
「迎えに来ました。首尾はどうですか? 」
明美も同じように答える。
「首尾は良好」
そして、こういう場合にふさわしそうな、嘆きの声色に変える。
「分かった! さっさと連れて行きなさい!
あんた達も、もどりなさい! 」
あんた達とは、ドラゴンメイドと士官候補生5人だ。
スタジアムに向かい、みんなで歩く。
牢獄にとらわれた2人は、2号が魔法で引き寄せた。
「あんた、ばれてるわよ」
ドラゴンメイドも、このひそひそ話に加わることにした。
「ばらす気はないけど、意図は聴いておきたい」
友達として。
「あの言葉は半分以上、私の本心よ。
問題は彼らが聴いてくれるか、聴いても実行してくれるかだけ」
明美がそう言っただけで、ミンファとサラミは答えなかった。
だが、自分たちで仕組んだのはわかる。
その後の荷物の受け渡しは、予想外にスムーズに行えた。
智慧は操った窒素で、ダッワーマとクライスの車体を橋のようにつないだ。
そして車内と、窒素の橋の中に人を載せていく。
まるで列車だ。
生徒会は、先ほどの悶着がなかったかのようにキビキビと準備した。
そののち、撤退した。
行先は浄水場の方向。
その向こうのフセン市役所。
入れ替わりに、文字道理、街全体を揺るがす音が近づいてくる。
2台どころではない、その何倍も何十倍も。
多国籍部隊の戦車だ。
もうすぐ、合流する。
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