第28話 達美の告白



――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆―― 


『何でこんな事にぃ!! 』

 灰色の地下要塞。

 ライブ映像はそこの病室から、チェ連人兵士達の不安を伝える。

『落ち着け! 今放送されたのはただの推理じゃないか! 』

 怒髪天をつく様子で、祖国の未来を憂う声。

 敗戦後、地獄のような祖国になるか不安げに考える声。

『でも、とても合理的な推理だと思います』

 自分たちの居場所などない。という確信。

 他にも意味のない叫び声、泣き声。

 呆然とする者。ベッドにもぐりこんでいる者もいる。

 勇気ある者など誰もいない、阿鼻叫喚の地獄絵図がそこにあった。


 地獄絵図は、達美専用車でも起こっていた。

 サフラが、ワシリーが、ウルジンが、おびえている。


「また、宇宙船が降りてくる! 」

 ワシリーが、折れていない右腕でスイッチアの世界地図を恨めしそうに指差した。

 そこには異星人の宇宙船の軌道と降下地点が示されている。

「ボルケーナ怪獣が宇宙人居住区を開放してる! 俺たちを滅ぼしに来る! 」

 世界地図のとなりには降下地点の一つからのライブ映像がある。

 超巨大カメラ付き巨大タブレットを持った、ボルケーナ怪獣自身が撮ったものだ。

 赤い鱗で覆われたカギ爪の生えた足が、分厚い塀を蹴飛ばしている。

 その横には異星の兵士たちが今か今かと待ち構えている。  

 

 即座にカーリタースが否定する。

「そんなことはないよ。そもそもボルケーナがいるなら、人は死なないよ」

 折れた右手は使えなくても、左手の平を見せてなだめながら。


 それを聞いてワシリーはかえってへたり込んだ。

「それで? 俺達の国はどうなる? 」

 傷ついた右手にもかかわらず、頭をかきむしる。

 包帯から血が滲んでも、かまう事はなかった。

 左腕を折ったウルジンも、傷をかばうことなく転げまわる。

「異星人も三種族も、我々を許さない! 俺たちは生きる価値もない! そう言うことにされるんだ! 」

 シエロが捕まえられたのは、ウルジンだけ。

 傷ついた腕をおさえようとする。それで精いっぱいだった。


「それに私達……」

 片目をつぶされたサフラは、立ちすくんだまま叫びだした。

「政権を奪われたのにも気づかない。世界はすでに破壊されていたのに! 私たち、なんの役にも立ってない! 間抜け兵士よ! 」


 病室からの映像にも、同じような叫びが流れた。

『もう、俺達の居場所はないんだ! 』

『きっと宇宙のすべてにあざ笑われる! 』


 シエロは、それでも訴えかけた。

「私は、君らが好きだ。それでは生きる価値にならないのか? 」

 それを言うのが精一杯だったが。


「気休めなんかいらない! 」

 最後に残ったウルジンのプライドが、シエロの優しさを拒んだ。

 答えはシエロのほおに張られた絆創膏の下を、力いっぱいひっかくことだった。


 レイドリフト・ドラゴンメイド=真脇 達美は。と言うより猫一般は、小さな音に敏感に反応する。

 猫が何もない空間をじっと凝視している姿を見たことがないだろうか。

 あれは壁の向こうを走るネズミなどの獲物の足音を聴いている。

 逆に、大きな音は嫌いだ。

 雷や自動車、自分ではどうにもならない巨大な力を思い出させるから。


 達美の場合、事情が多少異なる。

 好きな音楽はロック。

 激しい音を自分でコントロールできるのが快感だからだ。

 銃撃戦の音だと、これを治めなくてはいけないと、使命感が燃えてくる。

 だが病室と達美専用車を満たす叫びは、怯えを呼び覚ます音だ。

 世界の断末魔ともいうべき、圧倒的絶望が込められた。


 ドラゴンメイドは一目散に乗客を飛び超え、両手の爪を天井に立てた。

 そのまま張り付くように、車内の空気を押しだす勢いで外へ。

 目指すのは、自分に最も安心を与えてくれる存在。

 外で待つレイドリフト・ワイバーン=鷲矢 武志。


 ドラゴンメイドが肩に巻きつくと、ワイバーンは「うわ。うわ」と舌っ足らずな驚きの声を上げた。

 全くかわいいな。とドラゴンメイドは考えながら肩車の格好でおさまリ、さらに尻尾を巻きつける。

 そしてワイバーンの頭に抱きつくと、ようやく震えが止まった。

 ワイバーンはドラゴンメイドの事情を察して、受け入れている。


 この間、誰も手出しできなかった。

 レイドリフト1号達、元の乗客も。ここで合流するメイトライ5のメンバーも。


 周辺にはPP社の社員が大勢いた。

 どれだけ走っても芝生がめくれないスタジアムは、今や野戦用の橋頭保。

 ほとんどを埋めるのは車両だが、ドラゴンドレスやオーバオックス、キッスフレッシュや10式戦車、マークスレイのような兵器は少ない。

 ほとんどは、現代日本で見られるようなSUVだ。


 レイドリフトたちも、大多数はハイテクや魔法とは縁もゆかりもない。

 手にするのはM-16やファマスと言った、地球の軍用ライフルたち。

 その身には緑か茶色と言った目立たない色のセーターにズボン。

 それに防弾チョッキとヘルメット。

 顔はガスマスクか防弾が効く目出しマスク。

 このマスクには、必ずペイントが施されている。

 小さい物、大きいもの。

 花であったり、スーパーカー、アニメキャラ、骸骨。

 自らを正義のシンボルとするためだ。

 普段ならデッドウエイトにならない物を身につけ、戦わなければいけない時、いてほしい者、象徴としたい物の中から一番インパクトのあるものを描いている。

 これが、平均的なレイドリフトの姿だ。


 ドラゴンメイドの猫耳と尾が、垂れ下がりから徐々に上がっていく。

 機嫌が良くなってきた証拠だ。

 だが、その安心感は一時のものでしかなかった。

 次第に罪悪感がふくらんでくる。 

 自分は友達を止めるでもなだめるでもなく、逃げた。 

「……ごめん」

 周囲の冷たい視線を感じながら、名残惜しそうに、肩から降りた。 


「みんな、行くぞ。捕虜救出隊だ」

 一番小柄なレイドリフト1号=都丹素 巧に指示すると、周囲のレイドリフトたちが動きだす。

「据え置き型のシールドで周りを囲め! 」

 ガスマスクと防弾マスクのレイドリフトたちが、SUVから地面に次々と運び出す。

 シールドは鉄板を引き上げたり、折り紙の要領でたたんだケプラーを展開する。

 ケプラーはしょせん布なので軽いが、上から見れば“コ”の字型の盾にしてあるため、大口径の銃弾でも受け止める。

 これらが、達美専用車のまわりをぐるりと囲んだ。


「メイトライ5! 踏み込め! 」

 ドラゴンメイドが属するアイドルグループだ。

 達美専用車から持ちだした、ランナフォンを弾にするMGL140グレネードランチャーを置いていく。


 まずはベースのオウルロード=久 編美。

 銀色の西洋風甲冑は、立体映像とは思えない現実感。

 大きく張り出した胸には影さえ入っている。

 兜はフクロウの顔を。マントは翼を模している。

 彼女の体である大量のランナフォンが、車内にいる人々の足元を走り回った。

 それだけで車内の視線を下に引き寄せた。


 銀色のパイロット用パワードスーツ、ドラゴンマニキュア4Pを着るのは、トランペットの久 広美。

 編美の養母だ。

 そのパワードスーツが、光とともに変形していく。

 現れたのは、オウルロードと同じ作りの銀の鎧。

 ただし、その兜は鷲を模している。

 そして最大の違いは、実態があるという事。

 彼女の能力は、本物の空を飛ぶことで発揮される。

 イーグルロード。

 宇宙空間まで飛行可能な極超音速戦闘と、射程400キロのレーザー砲による狙撃を得意とする異能力者だ。


 イーグルロードが変形する間に近づいたのは、ドラム、スキーマだ。

 青いドラゴンマニキュア4P。

 それに覆われていない左腕は、機械でできている。

 表面はシミやヒビ一つない白。それに巻き付く新鮮なつる草をディフォルメしたような緑の唐草模様。

 その義手が、低いモーター音を上げて2本に展開する。

 

 出口にいちばん近かったのは、なぐり合うシエロとウルジン。

 スキーマは義手を、自分に背中を向けたシエロの両脇の下へ差し込んだ。

 左手は人一人の体重をしっかり支える。

 すかさず両足をスリットでのばし、シエロを空へ運び上げる。

「逃がすか! 」

 そう言ってつかんで離さないウルジン。

 イーグルロードが突き倒した。


 入れ替わりに突っ込んだのは、プロデュ-サーにしてキーボードでもあるミカエル・マーティン。

 ドラゴンマニキュア4Pは、パイロットスーツを兼ねるためかなりタイトだ。

 赤いスーツはそれでも装着者の力をアシストする。

 突き飛ばされ、席の間に倒れたウルジンを、足をもって引きずりだした。

 ウルジンは素早く上半身を起こし、殴りかかる。

 だがそのパンチを、イーグルロードの掌は目にもとまらぬ速さですべて弾き返した。

 

 無駄な拳は、横からきたオレンジのドラゴンマニキュア4Pによって、完全に握り締められ、止められた。

 松瀬 信吾マネージャーだ。

 2人がかりで持ち上げ、引きずり出す。


 ウルジンを待つのは、宙に浮く虹色のリング。

 2号=狛菱 武産が用意した、空飛ぶ牢屋。

 この中へ放り込まれれば、囚人は宙に浮く。

 手足を動かしたところで、その場でぐるぐる回るだけだ。


 車の奥ではワシリーが暴徒と化していた。

「やめてぇ! 止めてぇ! 」

 必死で懇願するカーリタースを蹴り飛ばす。

「うるせえ! 全部お前たち科学者のせいだ! お前は敵だ! 」

 車の前にも後ろにも逃げられないように、道を塞いで。

「敵だから、倒さなきゃ。勝利のために倒さなきゃ……」

 その目には何の希望も感じられない。

 今や、勝利という言葉だけにすがっているのは明らかだ。


「やめて! 止めてよぉ! 」

 カーリタースをかばうのはサフラだ。

 人を守る。

 それは彼女の信じる軍人の本分そのものだ。

 しかしそれは、自分の国が負けたとたん、消えてしまうと彼女の仲間が言っていた。


 そのワシリーが、突然外に引きずられた。

 装着車を透明人間にするメタマテリアルスーツを着込んだ専属カメラマン、編美の養父、アウグル=久 健太郎が捕まえたのだ。

 ワシリーは脇下からアウグルに腕を回された。

 回された手はワシリーの後頭部で握り合っている。


 だが、カーリタースの髪をつかんだワシリーは離れない。

「うわあ! 離せ! 畜生!! 」

 サフラが必死で叩くと、つかむ手はようやく離れた。


 ワシリーと2人の間に、小柄な体を生かして1号が滑り込む。

 ワシリーの上半身をアウグルが、足を1号が抑え込み、車外へ連行する。


 その時、運転席側のドアが開いた。

 現れたのはドラゴンメイドとワイバーンだ。

「救助に来たよ! 」

 そういてドラゴンメイドが差し出した手を、サフラは拒み、払った。

「痛ったぁ」

 チタン製の骨格に手を打ちつけてしまった。

 それでも顔が歪ませながらも、叫ぶ。

「なんなのよ! あの動画! 何であんなの見せたの?! 」

 その一言に、ドラゴンメイドの肩がガクッと落ちた。

「気持ちはわかる。でもそれは自分で考えること。それが義姉たちの願いよ」

 サフラは観念したように、ドラゴンメイドに引きたてられた。

「分からない。分からない」

 そう何度もつぶやきながら。


 ワイバーンが差し出した手は、しっかりカーリタースにつかまれた。

「大丈夫ですか!? 」

 支えられたカーリタースは、予想外の行動に出た。

 捕まったワシリーを見る目には、恨みは無かった。

「怖がらないで。僕もそうだった」

 全身あざだらけになりながら、ワシリーを許したのだ。

「もう少し待てば、心が落ち着いてくる。その時には、ちゃんと話を聞くから」


 サフラは、そんなカーリタースを信じられない様子で見つめている。

「さあ、行こう」

 ドラゴンメイドが声をかけた。

 サフラはまだうなだれながら、したがった。


 ドラゴンメイドは、一緒に外へ向かおうとした。

 その時目に入った、病室の立体映像。

 そこでは未だに、阿鼻叫喚地獄が続いている。

 ドラゴンメイドは、その強烈な不快感に耐えながら、足早に離れようとした。

 それでも彼女の耳は、特に意識しなくても音を事細かに聴いてしまう。

 叫び声に隠れた、ドアの向こうの声さえも。


『みんな並べ! 繋がれ! 』

 おとなの男性の声が、批判的な響きを持って届く。

(チダさんの声だ)

 千田 駈。

 ドラゴンメイドの知り合い。

 そして、PP社の提携する義肢メーカー・小山ブレイスの重役だ。

 福岡本社、精密重機械開発課課長。

 可変高規格双腕重機・オーバオックスやSMBVRKE(シムブバーク)対策車・キッスフレッシュの開発者で、ヒーローの機甲部門にはなくてはならない人。

 そして、屈指のタカ派でもある。

『ペチャンコに踏みつぶしてやれ! 』

 彼に従う大勢の返事と、足音。

 ドアの向こうでは大勢の猛者たちが病室に突入する準備を進めているに違いない。


「っつたく」

 ドラゴンメイドは悪態を一つつくと、その意識を電子的に、病室に送った。

(何か使えそうなものは……)


 病室を撮影するカメラ。

 それを載せた無人ロボットがある。

 BROKK 60という、スウェーデン製の遠隔解体ロボットだ。

 手のひらサイズのランナフォンとは違う。

 幅は60センチメートル、重さは500キログラムに及ぶ。

 見た目は、小さなユンボその物。

 黄色いボディに2帯の無限軌道を持ち、バッテリーで駆動する。

 車体の上に、アームのついた胴体ごと旋回するようになっている。


 ドラゴンメイドはPP社の持つ電子機器に自由にアクセスする権限を持つ。

「しつこいぞ! お前達! 」

 BROKK 60の電動モーターをうならせ、前進させる。

 力強い油圧で振り上げるアーム。その先にはコンクリートを砕く2本爪。

 その姿は、脅しにはもってこいだ。

 騒ぎ立てる怪我人たちは、黙りこくってしまう。

 

 その時、ドアが開いた。

 飛び込んだのはさながら、パワードスーツの多段式ロケットだ。

 一直線に並んだ屈強なヒーローが、すべてをなぎ倒す意思を持て走る。


 500キロのロボットは、ちょうどドアの前をふさがせた。

 突進の先頭は、鉄製の重い盾。

 その勢いにロボットは轟音と共に突き倒された。

 それでも、突進の勢いを止めることはできた。


『誰だ! こんなもの置いたのは! 』

 BROKKは横倒しになったが、アームについたカメラは動かせる。

 何と、先頭の盾から見えたのは千田課長の髭面だ。

 曲がった盾を捨て置く両手、そして覗く足首は金属製。

 彼は自衛隊の元戦車乗りで、多くの犯罪異能力者と戦ってきた。

 だが、最後の戦いで両手両足を失っている。

 それを補ったのだ。


(これで、ペチャンコにされる心配はないね。このままとぼけてよぅっと)

 そう考え、何食わぬ顔で車を降りようとした。

 その時、病室の映像にある人の顔が見えた。

「・・・・・・工場長? 」

 視線の先にいるのは、呆然とする、ベッドにもぐりこんでいる者。

 何でこんなところに。

 その人は、ドラゴンメイドにとって要塞にいるはずの無い人だ。


「どうしたの? 」

 ワイバーンがもどって聴いてきた。

 だがドラゴンメイドは答えることもなく、サフラをぞんざいな手つきで彼に任せ、病室のライブ映像に食い入った。


 プレシャスウォーリアー・プロジェクト。

 このまま戦乱が続けば失われる生命や財産を、その脅威がはっきりした時点で地球へ逃がす計画。

 ドラゴンメイド、いや、プロジェクトにかかわったすべての人にとって、工場長は計画の恩人だった。

 そんな思いが唸りを上げ、勢いづいた手はライブ映像に掴み掛る。

 映像をすり抜けた両手は、後ろの壁に突き刺さる。

 力任せに手を握ると、壁にメキメキ音を立てて食い込んだ。

「あんたっ! あんた誰よ!! 」


 質問は、思わずでた。

 それに応えて、BROKKのアームについたカメラが布団をかぶった人に向けられる

 その人が、かぶっていた布団をとった。

 ドラゴンメイドには、とったというより、人が霧のように薄くなり、布団がすり抜けたように見えた。


『わ、私は……』

 その女性が口を開く。

『カリス・カラー・・・・・・です』

 そう、この人がいなければ、王国の遺臣も、それに賛同する人も集まらなかった。

『カラー自動車工業の社長。兼、マトリクス騎士団団長……です』

 だが、その声は肩書に反して、全く威厳も強さも感じさせない。


 カリスは、青い顔だった。

 肉付が悪いわけではない。

 白いものが混じっているが、まだまだ豊かな金髪がある。

 ドラゴンメイドには、それが何より異常だった。

 工場長は体の震えを止められないようだ。

 自分が知る姿より、縮んだようにも見える。


「ちょっと! ちょっと待ってて! 」

 そう言って、ドラゴンメイドは外へ飛び出した。

 目指すのは、赤と青のドラゴンマニキュア。

 まずは赤。

 空飛ぶ牢獄を見張っていたミカエルの元へ。

「プロデューサー! 顔を見せて! 」

 返事を聞くこともなく、ヘルメットのクイックリリースボタンを押す。

「何よ、突然」

 赤いヘルメットの様々なロックが外れ、現れたのは黒い肌できりりとした顔つきの美女。

 後頭部に、本来なら銀色に輝くウェーブする長髪をまとめている。

 達美は思い出し、確認する。

 ミカエルはカリスと同い年のはずだ。

 その肌は張りも艶もあり、若々しい。

 張艶は肌の色とは関係ないだろう。


「スキーマさん! 顔を見せて! 」

 次に手をのばすのは、青いヘルメット。

 敵の目や衝撃から隠されたアーマーのふちのくぼみに、そのボタンはある。

『いいけど、何に使うの? 』

 中から現れた顔は、さらに一枚仮面をかぶっていた。

 目だけが空いた白い仮面。

 そのせいで声がくぐもっている。

 仮面の頬には、緑の唐草模様が描かれている。

「身元確認に必要なんです! 」

 ドラゴンメイドは困惑するスキーマの後頭部を真剣に見詰めた。


 スキンヘッド。

 毛が一本もないにもかかわらず、白い肌に日焼けの類は見られない。

 スキーマは36歳だが、その肌に衰えは兆候さえ見えなかった。


 イーグルロード、久 広美は25歳。

 彼女は対象にならない。


 カリス、ミカエル、スキーマの肌を見比べて、ドラゴンメイドは結論付けた。

 見た目の肌年齢は、同世代であっても同じとは限らない。

 しかし、本当にこれが役に立ったのか?

 焦りからきた行動を後悔しながら、モニターに戻った。


「工場長、お待たせしました。確かにあなたは、カリス・カラーさんですね? 」、

 カリスが、頷いた。


 ドラゴンメイドの体から力が失せた。

 両腕の追加パワーアシスト機構、そしてマスクとゴーグルが解除される。

 床にへたり込んだ時、彼女はすっかり真脇 達美に戻っていた。

「どうして……。あなたはみんなと一緒に地球へ行くんじゃなかったんですか!? 」


 カリスは、辛そうに目を伏せた。

『最初はそのつもり・・・・・・でした』

 その一言だけで、達美の心は不安でいっぱいになる。

 達美の知るカリスは、もっとパワフルで狡猾で、どんな時でも最大限の利益を上げる、そんなカリスマ性のある人のはずだ。

 自分に敬語など、使ったことがなかった。

『ですが、46年の人生を振り返った時――』

「いけません、女性が年齢の話なんて」

 そう、達美は言葉を遮った。

 少しでも彼女が過去の自分を思い出せば、威厳を取り戻すと信じながら。

 だが、その信頼は裏切られた。

『この星には、宇宙戦争しかないと悟ったのです。

 科学者たちの陰謀を知った時、それは確信になりました。

 この後も、確実に宇宙戦争で人が死ぬ。ならば、彼らを見捨てないことが、人の道ではないかと……』

 最後は、言葉が途切れた。


 途切れたカリスの声に反比例したように、達美は叫んだ。

「その彼らも連れて行けばいいじゃないですか!

 そのくらいの輸送車はあります!

 それに、あんなにうれしそうに、車のメンテしてたじゃないですか!

 地球に言ったら、昔みたいにレースをやりたいって、言ったじゃないですか! 」


 帰ってくるのは、おびえ、あわてたような声だけ。

『今までしてきた整備は、父母に言われた事をやっただけ。

 レースのような実践で経験を積んだわけではありません。実感などありません! 」

 そう言って、カリスはひれ伏した。

『そう! それを自覚したら恥ずかしくて、意思が、旅立つ意思が失せてしまったのです! 』


 それを見ていて、達美の心に再び火がついた。

 変身はしない。

 代わりにカメラの前で、モニターで自分の顔が大写しになるように、立った。

「みなさん、私の顔を見ていてください」

 達美の頭の表面が。顔、髪の毛、猫耳から、ボルケーニウムがはずれていく。

 液体となった皮膚や髪の毛は、ボディの隙間に流れて貯め置かれる。

 中から現れたのは、骸骨じみた銀色のチタン骨格。

 ひたいに手をあて、そこにある観音開きのハッチを開く。

「分かりにくいですか? 真ん中の赤みがかった白いのが、ネコの頭がい骨です」

 画面の向こうの騒ぎが、あっけにとられたのか、止まった。

「耳と、目の所からコードが出てるでしょ? 」

 そう教えたとたん、画面の向こうで悲鳴が上がった。

「それがサイボーグのマイクとカメラに繋がってる」

 さらに悲鳴が大きくなる。

「わたしのお兄ちゃんは、あなた達を捕まえているポルタ・プロークルサートル社のCEO、最高経営責任者です」

 それでも、達美の語りは止まらない。

「でも昔は、高校生ぐらいのころは、悪い奴にカツアゲされて危ない仕事をさせられる、不幸な科学者でした」

 画面の中で工場長は、そんな達美を声を失ったように見ている。

「お金も無くて、近所の人には怪しい研究をする危ない奴だと思われていました」

 そして達美の語りを、ワイバーンは目を伏せて聞いていた。

「そんな時、タケ君のお父さんの乗った車に、轢かれたんです」

 それでも達美の声は、震えることもなく、静かに響く。

「その時、家まで運んでくれたのがタケ君でした」

 その声には、喜びが確かに含まれた。

「今では、私の恋人です」

 顔が、髪が、戻っていく。

「あなた達は、私たちを、そして宇宙の人々を恐れている。仕返しされるのが怖いんですね? 」

 顔が、すっかり元に戻る。

「タケ君も、同じでした」

 その顔は、微笑んでいた。

「それでも、今考える事とは違う未来があるかも知れない。その可能性を忘れないでほしいんです」

 そして、外へ向かう。

「責任を取るべきなのは、誰だかわかるでしょ」

 決意を固め、改めて、ドラゴンメイドに変身する。

「必ずあいつらを捕まえるから、待ってて」

 その言葉は、どんなヒーローの変身ポーズより、怒りを込めた自信があった。


『日本の侍は、大罪を犯した仲間でも、腹を切って自死する権利を与えられるという! 』

 と同時に、病室で一度はとどまった人々が、再び暴れ出した。

『自ら罪を裁かせることで仲間であることを示すため! 』

 千田と仲間たちが押さえこもうとする。

 そんな恐ろしい圧力にも負けず、懇願の声が聞こえてきた。

『ならば我々も、自死する権利を賜りたい! 』

 確かに、生徒会同士で責任をとれ。と言う意味で、腹を切れ。と言ったことはあるかも知れないが。

『自分たちの手で、考えなしの科学者たちを退治したい! 』


 外に出たドラゴンメイドは、自分の視界を病室へ送った。

「気持ちはわかります。でも、私の目で見てください」


 次の瞬間、さらに大きな驚きの声が震えた。

『山脈が! 消えてゆく! 』

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