第27話 この宇宙域

「テレジ・イワノフ。20歳。出身地はロシア、その首都モスクワ」

 カーリタースが語りだした。


 達美専用車は、乗客を一部入れ替中。

 持ち主のドラゴンメイドと、カーリタース、シエロはそのまま。

 新たに座るのはサフラ、ワシリー、ウルジンの3人。

 以前の客は後部ドアの向こうで待っている。

 

「能力は、これまで自分で狩った動物を、実態を持つ幻影として操ること。

 幻影はそれぞれ、聞く、視るなどの感覚を持ち、テレジはそれを感じることができる」


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 立体映像の中では、その幻影が防衛隊を襲っている。

 建物からは隊員を、オオワシのカギヅメががっちりとつかみ、大きなはばたきで引きずりだす。

 地面では、小さなリスやヤマネコが派手に駆け回って気を引く。

 そのすきに木の上からトラが飛びかかった。


 当然、防衛隊も黙ってはいない。

 ボルボロス小銃もバルケイダニウム・クラッシャーも、次々に幻影に当たると、打ち砕いていく。

 幻影は黒煙のように変わり、そのまま風に流されるかと見えた。

 だが、煙になった幻影は、瞬時に元の姿を取り戻す。そして再び襲いかかる。


『能力者だ! 能力者を狙え! 』

 当然、幻影の源を狙おうとする。

 そんなことはテレジには当たり前だ。

 幻影たちの目で敵の死角を悟り、攻撃を手前でよけながら駆け抜ける。


 防衛隊が陣地とする家屋に手榴弾を投げ込む。

 2階に投げ込まれたそれは腐った床を叩き落とし、1階に隠れていた防衛隊を押し倒した。

 射撃も正確だ。銃に取り付けられた大型スコープと赤外線暗視装置で、壁に隠れた敵さえ無力化していく。

 当然、死者はいない。

 それでも、痛々しい。


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「ねえ、テレジは幻影の感触を感じられるのよね。という事は、痛覚も? 」

 サフラが、青い顔で聴いた。

 カーリタースも、彼女と同じ顔で答える。

「当然、感じています。テレジは、痛みをわざと感じて、それになれることで戦えるようになる。と言っていました」


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 防衛隊は次々に捕まってゆく。

 そして道路上に集められる。そこで、狼の群れに囲まれるのだ。


 それでも、獣の力をよけきるエキスパートはいた。

 宇宙からチェ連に鹵獲された、人型ロボット、アンドロイドだ。

 黒い金属の手足がサーボモーターの低いうなり音を上げる。

 ヒグマの幻影は、本物と同じ体長2メートル、320キログラムもある。

 それでも合気道のように投げ飛ばされた。


 そのアンドロイドに、テレジが立ちふさがった。

 弾倉を奪われないよう、左手でしっかりつかんでいる。右手はグリップを。

 さっそく頭部に3発撃ち込んだ。

 だがアンドロイドは頭を振っただけで、問題なく殴りかかってきた。

 テレジは格闘技の棒術のように、銃のハンドガードと肩当を叩きつけ、迫る拳を弾きとばす。

 両手が広がり、隙ができた。

 戻ってくれば骨も砕きかねない鉄の拳。

 それにも構わず、テレジは踏み込んだ。

 そして、装甲の隙間、首に銃口を叩き込んだ。

 ダダダッ ダダダッ と銃弾が首を構成するアクチュエーターとコードを貫いた。

 そのまま銃をてこにして、機械の頭を背中に追いやる。

 だがそれでアンドロイドの機能が止まるわけがない。

 その両腕はテレジのいるはずの正面を激しく打った。

 その前に、テレジは装甲の隙間を足掛かりに、アンドロイドの肩に上る。

 狙いは、首の無くなったところに開いた胴体への大きな隙間。

 そこへ銃口を突っ込み、再び撃つ。

 アンドロイドが全身の隙間から火花を散らして、倒れ伏した。

 テレジは銃口を引き、余裕で着地。

 そして、周囲を見渡す。その顔は、実に満足そうだ。


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「ドラゴンスレイヤー。

 巨大な異能力を持つ生物の中でも、最強と呼ばれるドラゴン。

 それを狩ることにより、その力を取り込んだ人間の事だ」


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 道路を爆走する武装トラック。

 そのフロントにはH鋼材の槍が並んでいる。

 進行方向にはオオカミの群れに囲まれた防衛隊員がいたが、それにも構う様子はない。


 狼たちが隊員に吠え、ときには押しだして避難させる。

 へたり込んだままの者には、噛みついてでも引きずっていく。


 オルバイファスが車体を揺らすと、突起に刺さったままの装甲バスがくずれおちた。

 無限軌道で路面を削りながら、迫りくるトラックに向かう。


 だが、それをテレジが手で止めた。トラックに向いたまま。

 すると頭上に、新たな幻影が現れた。

 2枚の蝙蝠のような羽と、4本の足を持つ、ほっそりとしたトカゲのような生き物。

 サイガよりはるかに小さいが、ドラゴンだ。

 鱗は白く、全長は1メートルほど。

 そのドラゴンは、テレジの肩に止まった。

 リラックスし、女の肩から垂れさがる羽。その羽がストールのように見える。


 ドラゴンが首を上げ、小さな口が開いた。

 そこから、真っ黒な、得体のしれない気体が、暴風の勢いをもって吐き出された!


 前には、彼らを轢き殺さんと迫る武装トラック。

 だが車は、ドラゴンとテレジに触れる事はなかった。


 気体が生き物のようにトラックに巻きつく。触れると同時に、装甲が崩れ落ちた。

 タイヤが、すべてシャフトごと脱落する。

 ガラクタとなった車は、徐々に茶色く、さらに細かくなっていく。

 装甲車は瞬く間に土くれに変わった。

 その上で、乗組員たちが滑っていく。

 最後は、困惑した表情で、テレジの前に座った。


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「12歳から17歳までロシア軍直属のカテットと呼ばれる全寮制学校にいた。

 成績は優秀。

 だが、それによって得られるのが戦争だけだと、未来に絶望する」


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 画面に変化が起こった。

 連続するけたたましいモーター音。ぶつかる鉄の音。

 それと同時に、映像を映すカメラの位置が、徐々に上がっていく。

 下で黒い装甲が分離し、それが手足に変形していく。


 オルバイファスの人型形態。

 身長25メートルの黒い巨神。


『おーいオルバ。肩車してもらえば? 』

 足もとから、テレジが声をかけた。

 近くには、身長50メートルの青鬼ディミーチや、同じくらいの大きさのカマキリのようなカーマがいる。

『踏むぞ! 』

 オルバイファスが怒鳴った。

 それでも、2人の視線は同じものを見ている。


 オルバイファスの背中で、ほぼ形を保っていた砲塔。

 そこから延びた2門の主砲が、脇下から視線の先に向けられた。

 

 先にあったのは、宇宙戦艦が放つバリアの列。

 だが、もともと壊れかけだったため、天上人の金色の嵐を受け、今にも消えそうな様子で揺らめいている。


 バリアの隙間で、金の台風がさらに光を増す。

『! まずい! スーパーディスパイズを狙う気だ! 』

 光の正体は猛烈な、自然界ではありえないほどの雷だ。

 それをコントロールする電磁波を、オルバイファスのセンサーは捉えていた。

 そして結論付けた。

 巨大な雷が、ポルタに集中して動けない灰色の巨神を狙っている。

 

 彼の主砲が熱を帯び、雨を蒸発させる。

 目には見えないが、放たれたのは2本のレーザー。

 レーザーは雷とスーパーディスパイズの間で交差し、交差点の空気をイオン化する。

 その交差点を地面まですばやく往復させる。

『目と耳を閉じていろ! 』


 天上人の雷が発射された。

 肌を打つ衝撃と、轟音、目をつぶさんばかりの光をともなって。

 しかし、オルバイファスが作ったレーザーの交差点で、すべて地面に落ちた。

 イオンは電気を通す。彼が作ったのは巨大な避雷針だった。


 そのバリアの隙間に、サイガの蒼い煌めきがやって来た。

 全長70メートルの龍も画面では小さな青だが、確かにわかる。

 サイガの前で金色の台風が、まるでカーテンを左右に開く様に消えてゆく。

 天上人の支配から解き放たれ、ただの雨となってしまったのだ。

 まるで滝だ。

 数秒後、巨大な叫び声が響いた。

 全ての水を支配する龍神の声だ。

 歪められた台風による山火事も、復元された雨によって消火される。

 その中で天上人の金色の光は消えていった。


 サイガが台風に向かったため、それまで相手にされていた地中竜や海中樹が逃げ始めた。

 その相手はPP社のアパッチ、コマンチ、ハインドと言った戦闘ヘリが引き継ぐ。

 

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「ショックで引きこもった。広大な森林地帯タイガや、極寒のシベリアに。

 ロシアは地球で最も広大な国土を持つ。タイガやシベリアはそのロシアを横断する。

 異能力もそこで手に入れた。

 偶然ポルタが開き、そこから現れたドラゴンが付近の村を襲っていた。

 そいつを狩ったからだ」

 説明を続けるカーリタース。

「テレジが日本へ来たのは、たまたま密航してた船が、日本行だったから。

 それに、ロシア軍も日本に留学させた方が後あと役に立つと考えたため、魔術学園に入学できた。

 在学中のほかのカテット生徒は、怖がって行きたがらなかったそうだ」


「カーリタース、いい説明だ。だが、なぜ紹介した? 」

 シエロが心底不思議そうに聴いた。

「え? だって、1人だけ外すのはかわいそうじゃないか」


 反論はなかった。

 代わりに、ドラゴンメイドが不満そうに言った。

「そろそろ、引き出物を見てくれない? 」

 そして、強引にライブ映像を消した。


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 消える直前の映像では。

 川の向かい、浄水場のある町が、バラバラになって地面からめくり上がっていく。

 ノーチアサンの70メートルの巨体が滑り込んできたのだ。

 その全身に防衛隊と三種族が持ちうるすべての攻撃が炸裂する。

 しかしノーチアサンは、バリアとはこういう物だ。と言わんばかりに、雨あられの攻撃を弾き返す。

 彼は騒音と瓦礫と共に川を渡り、船首を対岸へ乗り上げさせた。

 ここでも臨時の橋となる。


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 シエロが一言つぶやく。

「地下要塞の病室。そこの士官候補生が見たい」

 音声検索が、それをかなえた。

 

 新たなウインドウ。

 そこには、城戸 智慧のテレパシーにより、熱を出して寝込んだという若者たちが眠るベッドがある。

 若者たちだけではない。

 年配の正規軍、地域防衛隊もいる。

 その視線はこちらを。正確にはこの映像を撮影するカメラの横にあるモニターを見ている。

 向けられた顔は、おびえるか、怒りをかみ殺している物ばかりだ。


 それなら、とシエロは、できるだけ落ち着いて話すことにした。

「これから、ボルケーナから送られた……結婚記念の引き出物の映像が流れる。一緒に見よう」

 それで、彼らの心が少しでもリラックスできればいいと願いながら。


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 それは、ボルケーナのナレーションから始まった。

『ここはフセン市役所の地下。臨時市長室です』


 市長室と言われたが、映るのはトラックコンテナを思わせる、四方を鉄の板でおおわれた狭い空間。

 中には、5つのベッドが窮屈そうに並んでいる。

『ここで眠るのは、テレパシスト城戸 智慧の両親。

 それと杉井 おかき、五浦 和夫たち、トップ・オブ・ザ・ワールドのボランティアたちです。

 ここと同じような簡易シェルターが、会議室や廊下に並んでいます。

 生徒会の家族が眠っています。

 誰もが生徒会に戦場へ行く事を反対しました。

 でも戦わなければ、科学者たちに他の世界へ飛ばされるかもしれない。

 結局、城戸 智慧のテレパシーで眠らせ、ここへ連れてきました』


 士官候補生の知らないシェルターだった。日本から持ち込まれた物だ。

『コンテナの表面には魔術から守るため、ルルディ文字が描かれています。

 ドアは2重で、ドアの間に、つめれば大人2人分のスペースがあります。

 外のドアを開けて人が入り、1枚目を閉めた後、内のドアを開ける完全密封の仕組み。

 ライフル弾さえ防ぐ防弾ドアです』


 そのドアが、2枚とも空いていた。

 その向こうには、まだハッケの車椅子に乗っていたころの智慧がいた。

 そして深々と頭をさげている。

『起きたら、お叱りでもげんこつでも、何でも受けます』

 そう、眠らせた両親に語りかけた。

 となりにいたボルケーナ人間態が、ドアを閉める。


 ベッドと壁のわずかな隙間。体育座りをすると、ぎりぎりのスペース。

 そこに座る生徒会長のユニバース・ニューマン。

 その隣には副会長の石元 巌。

 もう一人の、ボルケーナ人間態。


 起きているのは、この3人だけ。

 ユニと巌の間には、ユニの息子クミが、2人の袖をしっかり握ったまま眠っていた。

 子供とは思えない力なのだろう。きつく握られた手は血が巡らないため真っ白になっていた。

 ユニと巌は、自分たちを離さない手を、ゆっくり、もみほぐしながら開いていく。


 しばらくして外側のドアが開き、内側のドアがノックされた。

『入りますよ』

 ボルケーナが答えた。

『どうぞ』

 入って来たのは、前藤 真志・内閣総理大臣。

 危険がせまると痛むという、腹の古傷を手でかばっている。

 次に入って来たのは防衛大臣。

 ドアは2枚ともあけられたまま、内閣官房参与。官房副長官。外務大臣たちが次々に入ってくる。

 一緒にスイッチアへやって来た政治家たちだ。


 これまでは、一度の攻撃で政府機能が失われるのを防ぐため、バラバラに行動していた。

 それがそろうという事は、一大事だ。3人とも目を丸くした。


 しかも、防衛大臣は一人の男に肩を貸している。

 男は、足を痛めたのか一人では歩けないようだ。

 手や顔も、包帯や絆創膏でかばっていた。

『あなた、パーティー会場で生き埋めになった、カメラマンの? 』

 ユニが気付いた。


『フリーカメラマン、池井 秋男です』

 カメラマンは、力無い微笑みを向けると、今度は総理に向き直った。

『ここなら、安全だな? 』

 完全なため口だ。

『ええ』

 それを聞いて、池井カメラマンは安心したというより、かえって緊張しながら言った。

『お前には痛い目にあってもらうかもしれない。許せよ』


 だが防衛大臣は、先にいた3人を心配そうな視線で見つめた。

『しかし、ここでは機密保持ができません』

 防衛大臣の言うとうりだ。

 ここは狭く、秘書もSPも入ってこない。

『いえ。ここで言いたいのは、ただの記者の推理です。そちらの方々にも聞いてもらいましょう』

 池井カメラマンに誘われた。

『思いだしました。あなた、記者時代の前藤総理の先輩の! 』

 巌が気付いた。


『ご存知でしたか。では、名刺もないので、単刀直入にお聞きします』

 池井カメラマンは、本当に、食い込むような視線を生徒会に向ける。

『チェ連の政治関係者達は、あなた達の仲間によって、考えていることをすべて話すようになった。そうですね? 』

 ティッシー・泉井のことだ。

『はい、そうです』

 ユニが答えた。

『では、その際チェ連の人たちは、何らかの政治的考えを言いましたか? 例えば、どこそこから増援を呼びたいとか』


 池井カメラマンの問いに、3人の異能者は一瞬考えた。

『一番長く見ていたのは、私です』

 ボルケーナが答えた。

『ですが、あの人たちの質問は、地球人がこの星をどう感じたか。とか、これまでの超次元地域合同調査隊の事とか、私たち自身の事ばかりでした』


 その答えに、池井カメラマンは納得がいったようだ。

『前藤、ここにいるチェ連の政府関係者は、もう関係者じゃない。今チェ連がやっている作戦についても何も知らない。すべて、生徒会を召喚した科学者達に権利は移っている! 』


 驚きの声が漏れた。

 と同時に、総理が腹を強く抑え、座り込んだ。

『総理! 古傷が痛むのですか!? 』

 周囲の政治家が心配する中、本人はへたり込みながらも話を聞いていた。

 

 池井カメラマンは、生徒会の3人に向き直る。

 こうなってはどうにもできない。

 わかってはいるが、ぎりぎりの決断で振り返ったのだろう。

『君たちは、フセン市周辺を占領した。

 その占領は、明日の調印式で、即座に返還される。

 チェ連側はそう言ったそうですね? 』


 ユニと巌の、肯定。


『それはおかしい。明日書類にサインしても、それは調印としか呼ばれない。

 そののちに各々が国会に持って帰り、議論して決定する。

 それが地球のやり方です。

 だがチェ連人は、一回の会議で、すべてを決めてしまうのかもしれない。

 会議というより、事実上の命令ですね。

 つまり……』

 カメラマンは、少し間を置いた。

『チェ連では、事前の取り決めさえあれば、最高権力者の権力でも奪うことができる。

 イストリア書記長たちは、勝ち目のない作戦に無理やり巻き込まれたんだ!

 これが私の推理です』

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