第33話 セカイの生き方
朝日が朝焼けから、黄金色に変わった。お腹すいた。
眠い……。
達美専用車の運転席に座るレイドリフト・ワイバーン=鷲矢 武志。
窓ガラスには分厚い鉄製の防弾シャッターが降りている。
その目の前で、明るくなるフセン市。
どう見てもスラム街かゴーストタウンと言った感じだが、そうではない。
重い足取りで歩く数え切れない市民が、それを物語る。
着の身着のまま・・・・・・とは思えないのは、せめてもの救いなのだろうか。常に戦乱に巻き込まれてきたスイッチアならではのノウハウなのだろうか。
冷える山岳地の夜を耐えるコートを着込み、最低限の衣食住をそろえた大きなバックを抱えたり、背負っている。
彼らのすすむ大通りから伸びた路地に、達美専用車は止まっている。
武志はそこで寝ていた。
しかし、とある理由で眠れない。結果、人波の中で混乱したり、パニックに陥る人がいないか監視していた。
彼自身、サイボーグボディが発する消耗やエネルギー低下のサイン、つまり餓えを栄養ゼリーでごまかし、睡魔と闘いながら。
機械の体になれば、そう言ったサインをすべて視界に映すテキストだけにもできる。
人によっては睡眠を必要とする脳に興奮剤を与えることもある。
しかし、それはできない。
それが、武志が達美のボディを管理する際に、真脇 応隆と交わした条件だからだ。
クオリア、感覚知。
生物と外界をつなぐサイン。
応隆はそこに、達美や武志と、そのほかの戦闘用サイボーグとの一線を置いた。
身近なサイボーグで言えば、スキーマや入船 有希には無縁の感覚知。
それでも二人にも休息は必要で、大切な友達なのは疑う余地がない。
その感覚知を今、武志は膝の上でも感じている。
「く―。く―」
武志の右肩に頭を載せ、抱えられた達美がのんきに寝息を立てている。
着ているのは、みどりのパジャマ。柄は四つ葉のクローバー。
専用車の中にあった。
猫耳は力を込めず柔らかく立ち、ズボンの後ろから飛び出た尻尾はだらりと垂れ下がる。
これが、彼が眠れない原因だ。
尻尾が跳びでたぶん、その付け根の肌がチラリチラリ。
なぜこんなことになったのか?
実は、二人には別々のベッドルームが用意されて入るのだ。
達美専用車を隠す、一応崩れてはいないビル。
街一番の高級ホテルは今、一晩中働いた生徒会とメイトライ5の寝床になっている。
ところが、やはりよいうか、内装は宇宙戦争以降めったに入れ替えられることもなく、いたんでいた。
くるぶしまで埋まるような絨毯は、靴底で削られたあとが溝になっている。
ワックスのつややかな木製ベッドも痛みが激しい。折れた足をコンクリートブロック支えたものまである。
シャワーも使えない。
料理も作れない。
一応PP社は、数々の備品を持ち込んで整えようとした。
窓には防弾カーテンが。一般的な窓にかかってるような薄さではなく、体操用マットのような分厚い奴だ。
廊下には据え置き型の分厚いシールドを立てた。
VIP向けの高級警備などしたことのない悲しさか。
この環境を見たとき、達美は憤慨した。
こんな汚いところで寝たくないと。
あの3ヶ月のあとでも、彼女のわがままは相変わらずだ。
警備の人員も出せなかった。結局当事者の持ち回り。
最初は機械生命体が見まわる。
上空にはサメ型宇宙戦艦のノーチアサンが周回し、その上にはタコの足をはやした大ガラス型ロボットのフーリヤが止まっている。
ホテルの四方には、戦車型オルバイファス、ドリル重機のダッワーマ、巨大エンジンカッター重機のクライス。
そして歩兵のように立つ16機に量産されたハッケと、ランナフォンの体を持つオウルロード。
そんな彼らの各種センサーでも、密閉されたキッスフレッシュ装甲車の中は見えないはずだ。
達美を抱きかかえている武志も。
それでも、やはり……。
(こ、心の準備が! )
その時、達美が身じろぎした。
と思うと、その赤い目が開き、上目遣いに武志を見つめる。
「おはよう」
このまま声をかけたら、上ずりそうだ。
それでは、動揺する心を見透かされそうで面白くない。
そう思った武志は、あえてあくびをしてから答えることにした。
「ファー。おはよう。もう起きて大丈夫なの? 」
達美は彼の存在をにおいで確かめるつもりだろうか。
顔を胸元に埋め、鼻をひくひくさせる。
「大丈夫。すごくゆっくりさせてもらった」
「そう。よかった」
ホッとした。と同時に、不思議な感覚知に戸惑う。
予測はしていたが。
今、自分の膝の上にいるのは地球上のほとんどの兵器に勝てるサイボーグ。
目にもとまらぬ飛行能力、各種センサー、両腕のプラズマレールガン。
重さは180キログラム。
そのスペックを列挙するだけで、ほとんどの人間は恐れおののく。
けれど、その手に触れられ、赤い瞳で見つめられるだけで、武志の心には支配欲が湧き上がる。
それを彼女自身も望んでいると言われた秘密のあの日。
控えめに言っても「運命の赤い糸にがんじがらめだねっ! 」な感じになる。
それが、こうやって抱えてしまうと、今度は弱さばかりが感じられる。
もともと華奢な体つきの達美だが、それがそのまま彼女の実情を表していないのは明らかだ。
それが自分を頼っている。
それだけで、この娘を守らなくてはいけない、という使命感が湧き上がる。
それが戦場では命取りだという事もわかるが、どうしようもない。
これは、感覚知からくる真実なのか? 錯覚なのか?
それとも心を持つ者の当然の権利。希望。それとも根拠のない願望なのか?
自己矛盾はなはだしいそれに、武志は悩んだ。
「作戦、続いてるんだね」
達美がつぶやいた。
「そうだね。君たちのおかげでたくさんの人が救われたよ」
プレシャスウォーリアー・プロジェクト。
魔術学園高等部生徒会が選んだ、確実に逃げてくれる人たち。
それを見た大勢の市民が、我も我もと後を追った。
その人の波は、分厚い壁と柵に囲まれた石畳の広場に入っていく。
そこは、人工の丸い山に覆われたフセン市役所前。
今そこに錆びだらけのバスが、パンクしたタイヤを軋ませながら入ってきた。
次には幌が焦げたトラックが。
トラックの焼けあとから垂れ下がっているのは、何だろう?
木製らしい。焼け残ったところには金色の飾が。
それは、燃え残った柄の額縁だった。
プレシャスウォーリアー・プロジェクトに最初からしたがってやって来た人達だ。
どこにも無事な車は無い。
スポーツカーも何もかも、どこかが焼け焦げているか、ひび割れているか。
並んでいく車から、足を引きずるように人が降りてくる。憔悴しきった顔がふえる。
「あの人たち、嬉しくないのかな? 」
達美の言葉に、「気づいてたのか」と答えた。
避難民は誰にも何も言わない。
でも、時折武志達の乗る車に向けられる視線には、恨みや後悔を込めて睨みつける意思を感じる。
彼らが怒鳴ったり、襲い掛かってこないのは何故か。
やはり、恐怖だろうか。
人ごみの先端が、歩くスピードを上げた。
広場にはすでに、朝ごはんの準備ができている。
用意したのは、日本の自衛隊や警察の人たち。
言語の問題で、彼らにあてがわれた。
湯気を上げるのは、移動できる調理セット。
自衛隊から持ってきた物がある。
残された屋台の残骸から引っ張り出した物もある。
そこへ、避難民が押し寄せ、並んでいく。
はたから見ても、活気が満ちていく。
その人がどくと、次の人に器とスプーン。そしてとにかく食い合わせのよさそうなものを雑多に混ぜたスープが配られる。
疲れた時には内蔵も弱っているから、薄味だ。
正直、今までメイトライ5が行ったどんなコンサートより盛況だった。
きっと避難民にとっては、一晩の恐怖から生き延びたという喜びもあるのだろう。
「朝ごはんを食べたら、元気が出るよね。少しは怖がらせた償いができるよね」
武志と達美はそう願った。
「あれ、あそこ変じゃない? 」
武志が気づいた。
「どこ? 」
「塀が倒れてるところ」
広場を囲う、フェンスを載せた高い赤レンガの分厚い塀。
それが外側からかけられた大きな圧力に負け倒れている。
裂け目の幅はおよそ10メートル。
その端に、一台のブルドーザーが止まっている。
「避難民が、一度喜んだのに、唐突それを止めた? 」
その向こうは市街地だ。
「窓の中を見て」
達美に言われ、目は電子的に拡大する。
隙間なく人が横たわっていた。
武志はあわてて検索した。
「データがあった。
彼らは夜明け前まで、この広場に侵入しようとした市民だ。
大規模な暴動だったらしい」
それを城戸 智慧たちテレパシストが眠らせたのだ。
チェ連の焦土作戦の火は消え、道路は炭混じりの濁流がようやく流れきった。
暴徒となった彼らは、ちゃんとブルドーザーのエンジンを切り、目も耳も何も感じないようにされて、落ち着く闇と無音の中で眠りについた。
暴徒と入れ替わりに、無言の徒がやってきたわけだ。
割りと遠くないところで、何本もの大型ロケット弾が飛んでいく。
陸上自衛隊の多連装ロケット弾発射機MLRSだ。
射程は弾によっては300キロメートル。
サッカーグラウンドを何枚も薙ぎ払うような、点や線よりも面を抑える武器だ。
それが次々と、轟音と白煙を引きつれて宙を登る。
ロケット弾の行き先は、数時間前まで武志たちがいた、山の向こう。
マトリクス聖王大聖堂。
その一点から放たれ、朝焼けより赤く、振り回されるように天を薙ぐ、幾本もの光。
ボルケーニウム光線。
女神ボルケーナの全身から放たれる、超常の光線。
その効果は様々。
三種族に人間の姿と知識を与えたのもあれだ。
ディスプレー上のマップによると、今放たれたのもそれだ。
攻撃のための光線ならば、高熱で空気を膨張させた際の爆音が聞こえるはずだ。
本人が言うには、地球を千切りにできるらしい。
朝ごはんを食べているチェ連人が、そのことを知るはずはない。
それでも彼らが暴れることはない。
でも、喜んでいた雰囲気はどこからも消えていった。
武志は悲しくなった。
「やっぱり後悔してるんだ」
達美が言った。
彼女が思いだすのは、カリス・カラー工場長。達美が自分の理解者で、パワフルだと信じたあの人に違いない。
同じ街に住む人を見捨てられず、結局地域防衛隊に残ったあの人のこと。
「タケくん……」
ふいに達美がつぶやいた。
静かに、嬉しそうに、でも切なげでもある。
結局、武志は思い知らされた。それは達美も同じだと思いながら。
映画みたいに時間内に素晴らしい作戦を思いついたり、大ピンチで大々的にかっこいいセリフを吐く主人公なんて嘘だ。
「愛してる」
結局、どんなに世界が変わっても、自分が変わっても、明日死んでしまう可能性は消せはしない。
それでも効果が残る物があるとすれば、祈りを込めたこの言葉だ。
「愛してる。愛してる! 」
できることは、誓い合うことだけ。
(もしかして、達海ちゃんはその事に気づいて、というより、そう言ってほしくて、僕をここに呼んだのかな? )
「愛してる。愛してる。愛してる! 」
「愛してる。愛してる。愛してる! 愛してる! 」
言い合う「愛してる」の回数が増えていく。
「愛してる。愛してる。愛してる。愛してる! 愛してる。愛してる。愛してる! 」
宇宙戦争に発展するかもしれない武力衝突の中で、可愛い競争が続く。
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