第24話 受難者たち

 重さが10・4トンある達美専用車が揺れた。明らかに爆発から発した振動で。

 それを感じたカーリタースは、叫んだ。

「お、オルバイファ――ムグ」

 オルバイファス。それはテニス部の部長の名前だった。

 しかも、怯えた響きを持って。

 シエロは、とっさに口をふさぎ、その声を止めた。

 だが、彼の怯えをとがめる気にはならなかった。

「オルバさんですか? 」 

 ワイバーンは平然と、しかも親しげに名を縮めて言った。

「彼が、どうかしまし――ムグ」

 次の瞬間、青ざめた顔の1号に口をふさがれるまでは。

 チェ連人達は思った。

(これもレイドリフト・ワイバーン=鷲矢 武志のいびつで不思議な部分だ)

 そんなワイバーンも、1号からひそひそと語られ、事情を察したらしい。

「今の爆音ですか?

 スーパーディスパイズによる作業が始まった音です。

 ポルタを拡大して固定して、量子世界の中枢までのルートを確保する作業ですよ」

 それでも、少しも緊張した様子がない。


 オルバイファス。

 3年A組。テニス部部長。

 性格はリーダーシップにあふれ、男性的。

 リーダーシップある男性と言えば、生徒会副会長である石元 巌もそう思われている。

 だが、両者のそれは方向性が違う。

 巌のそれは「仲間の負担にはならないぞ! 」という鍛え方で、物事を決める時も皆の意見を聞き、穏やかに進めるタイプ。

 オルバイファスは、「我こそ最強! 」自ら先頭に立ち、銃弾の雨でも迷わず進撃するタイプだ。


 そして、最大の違いは、オルバイファスは宇宙からやって来た金属生命体という点だ。

 20年前、地球へ宇宙傭兵団として招かれてやってきた。

 自身がリーダーを務める、オルバイファス・ソリューション。

 フーリヤやノーチアサンは、その時の部下だ。

 現在は休業して学生になっている。

 そしてオルバイファス・ソリューションは、株式をルルディ王国に売り払い、国営企業化している。

 今のところは。


『こちらオルバイファス。ネットワーク派ヒーローの臨時幕僚部は、こちらかな? 』

 立体映像に映されたアイコンは、粗削りした岩石のように見える。

 金属生命体特有の顔だが、形は人間に似ている。

 がっちりした顎に、分厚い唇。団子鼻。鋭い目。そしてゴツゴツしたヘルメットのような頭部。

 そして落ち着いた低い声。


「ひっ! 」

 カーリタースの喉が、変な声を上げた。

 今度はシエロも止められなかった。

 カーリタースはあわてて口をおさえるが、あとの祭りだ。


『シエロ、カーリ、恐れることはない。

 と言っても、難しいのだろうな』

 オルバイファスの声には、後悔が滲んでいた。

 チェ連人は、魔術学園高等部生徒会と言われると、真っ先にオルバイファスを思い浮かべる。

 召喚された生徒会は、突如フセン市の街中に飛ばされた。

 現れた生徒会に対し、チェ連人はパニックに陥った。

 また異星人からの侵略だと思ったのだ。

 事情を知らない、というより、知ろうともしない地域防衛隊が攻撃した。

 その時足を撃たれたのが城戸 智慧。腕を失ったのがユウ メイメイだ。

 真っ先に反撃したのが、オルバイファスだった。

 その巨体から放たれた戦力は、チェ連側の常識をも超えていた。

 主力兵器の武装トラックも、数少ない装甲車両も、紙屑のように飛ばす蹴りと拳。

 内蔵火器は多様で、瞬く間にあたりを火の海に変えた。

 その間にノーチアサンが、空中戦艦としての機能を回復させた。

 生徒会はノーチアサンに乗り込み、一時空中へと去った。

 チェ連側はなおも追撃した。

 だが、その日付が変わるころ、すべての兵器は沈黙している。

 チェ連が弾丸も砲弾も使い切ったのだ。

 それをさせたのがオルバイファスと、彼を慕う元部下や異能者だ。

 そして彼自身の戦いぶりから、オルバイファスは「黒い巨神」と言われ、生徒会の印象となった。


「その様子ですと、状況は安定したようですね」

 ワイバーンが見るフセン市の地図には、もはや敵と味方は大きく離れている。

 上空からドローンが撮影した映像にも、映るのは逃げ惑うチェ連兵だ。

『当たり前だ。そちらで確認できないのか? 』

 オルバイファスに面倒くさそうに言われたが。

「どんなセンサーにも死角が必ずある。それが僕の持ち味です」

 それでも、ワイバーンは失礼ともいわれかねない事を言う。

 つぎに、視線をシエロとカーリに移した。

「どうやら紹介は必要ないようですね。

 いったい、何のご用でしょうか? 」

『ああ城戸が、面白そうなことをやっていると聞いたので、我も手伝おうと――』思ったのだ。と言うつもりだったのだ。


「わ~い。タケく~ん!! 」

 突然、車の前方へつながるドアが開いた。

 そこから飛び出したのは、真脇 達美。レイドリフト・ドラゴンメイドその人、いやネコだ。

 表情は明るく、目は爛々と輝いている。

 電光石火の早業。鷲矢 武志=ワイバーンは、椅子から立つ間もなく、膝に達美を受け止めるしかなかった。

 達美は懐に飛び込むと頬を摺り寄せ、両手両足で抱きしめる。

「うわ! 達美ちゃん当ててるの!? 」

「当然! 」

 そうだ。彼女は今、歓喜の表情で体を押しあて、揺らしている。

 きている服も私服に変わっている。

 黒いレザー製のコートは、へその上まで。

 ワインレッドのチューブトップは胸元まで。

 同じく黒いレザーパンツは、右足にはぴっちりフィット。左足は付け根まで見せている。

 後からでた赤い尾は、そそりたっている。機嫌がいい証拠だ。

 すねまで守るブラウンのジャングルブーツ。


 ワイバーンの膝に飛びのった達美は、彼のマスクをつかんだ。

 こめかみあたりにあるマスクとゴーグルを支えるレールが、ギシギシ音を上げる。

「チュー。チュー」

 くちづけを強行しようというのだ。

「折れ曲がるよ」

 困惑しながらもうれしそうなワイバーン。その手は優しく達美の背に回されている。

 達美はマスクを持ち上げるのは諦めた。

 代わりに、装甲のない首元に甘噛みする。

「やめて、恥ずかしいよ」

 そう言いつつも、ワイバーンの声には穏やかで安心した響きがある。

 達美は聞く耳をもたない。

 猫耳を喜びでピンと立て、続いて彼の耳にしゃぶりついた。


『見ていなさい。日本人が武器を振り回したところで、侍になるわけではない』

 侍の話。

 生徒会から聞いた話だ。やけに胸につきささる。

(侍。昔の日本にいたという、戦闘をつかさどる貴族階級。たしか、武士道という厳しい思想により、常に自らを律したとか)

 確かに、そんな精悍さは抱きあう2人からは感じない。

 見ていると興奮しすぎて頭がくらくらする。

 そんな中で、2人は他の顔を確認してみた。

 皆、目が点になっていた。

(良かった。僕らだけじゃない)


「こ。子供は見ちゃダメだ! 」

 アウグルは、必死でランナフォン=娘の編美を捕まえようとする。

「え~? わたしは、もっと見たいです」

 編美=オウルロードの立体映像は、逃げるランナフォンに合わせて左右に揺れる。

 そのフクロウを模した銀の兜には、奥ににやけた目があった。


『相変わらず仲がいいな』

 オルバイファスは、あきれた声。

『閑話休題! 1号! 』

「はい、何でしょう」

 さっきまで呆然としていたのに、1号、2号共に反応した。さすがだ。

『君たちの情報管制システムは、シエロとカーリ以外のチェ連人にも公開されているのだな? 』

「はい。地下要塞の病室で。

 怪我した人たちに見せています。見せたとしても、もはや戦力にならないでしょう」

 具体的には、シエロのような士官候補生。プロの将兵。軍属の民間人。地域防衛隊。

 あの地下要塞で戦った者たちだ。

「他にも、メディアが用意したニュース用テレビも。

 彼らは今後のスイッチアを率いる立場だ。その時に絶対に情報は必要になるから。

 これは日本政府からの要望でもあります」

『そうだな。だが、怪我人たちは、チャンネルの使い方がわかっているのか? 』

「チャンネルでしたら、見張りのPP社や医師達が変えると思いますが」

『そうか? ここにいる二人と病室さえやり取りできていないではないか。フェアではないぞ』


 量子世界のマップ。その中を移動する二つのアイコンが点滅し、自らをアピールし始めた。

「オルバさんのご両親ですか? 」

 2号がたずねた。

『いや、我が私設秘書だ。車の方がマイルド・スローン。飛んでいるのがジェニアル・アイという』

 新たなウインドウが2つ割り込んだ。

 その映像を見た時、一瞬何が写っているのかわからなかった。

『はじめまして。マイルド・スローンと申します』

 そう、自己紹介された。年を得た男性特有のしわがれた声に似た、電子音声だ。

 名前も表示されている。

 

 だが、映るのは大型SUVと同じくらいの大きさの、銀色の何か。

 横に人間を示すシルエットがあるからサイズは分かる。

 角ばった岩のようだ。

 一瞬あとに、その角ばりが左右対称なのに気づいた。

 そして、4つのタイヤで支えられていることにも。

 確かに車。マイルド・スローンだ。


 となりのウインドウに、少しばかり突起の少ない、しかし同じくらいの大きさの白い物が映っている。

『わたくしはジャニアル・アイ。未来あるチェルピェーニェ共和国連邦のエリートたちをお運びできて、夫と共に光栄に思います』

 マイルド・スローンの妻らしい、ふくよかな声。二人共嘲りなどはない、柔らかな話し方だ。

 彼女の姿は大まかに言えば四角い。そして角から、1本ずつ支柱がのびている。

 支柱の先にあるのは、ヘリコプターのようなローターだ。

 後2つのローターが回転を止める。

 3枚羽のローターは折りたたまれると、タイヤに変わる。

 支柱は足のようにまがり、タイヤの位置を整えると体内に収納された。

 後輪が車体を安定させると、前のローターが同じようにタイヤに変形する。

 周囲への影響を最小限にした、上品な動きだ。


『2人には、今動かせる士官候補生を運んでもらっている。あと20分ほどで到着するだろう』

 オルバイファスの声にも、嘲りはなかった。


 ウインドウが追加される。

 現れた映像は、兵員輸送車の中のようだ。

 そこには若者達が向かい合わせで座っている。

『この3人に来てもらう』

 オルバの説明に、1号が頭を下げる。

「すいません。不調法なもので」

 2号は質問する。

「あの、3人だけですか? 」

『ああ。他の連中はすべて入院中だ』

 それを聞いて1号と2号は、言葉を失ったように立ち尽くした。


『……エピコスくん? 』

 新たな映像の1人目は赤い目を持つ少女。

「ジャマルさん? 」

 シエロと呼び合ったのは、サフラ・ジャマル。

 その片方は真新しい眼帯で覆われている。

 短く刈り込んだ金色の髪に、黒いワークキャップをのせている。キャップには白い刺繍で、広がる2枚の翼が。

 そして黒いスーツとスラックスを着ていた。

 空軍士官学校からの増援だ。

 それほど背は高くなく、達美と同じくらいだ。

 だが努力によって体力は増し、立派な体格になっている。

 その彼女が、がっくりとうなだれた。

『あなた達も、我が星の敗北を見せしめられるのね』

 心臓を握りつぶされるような衝撃。シエロはそれを感じた。

『誤解するな』

 それを否定したのは、オルバイファスだ。

『我々は君たちを高く評価している。そして、我々生徒会を召喚した者達は、君たちチェ連人の大多数から姿をくらました、極秘チームであることもはっきりしている。

 カーリタース。君はなかなかできないことをしているぞ。

 我々が君たちに与える物は、今後のチェ連を率いるのに必要な情報。

 それを生で得るチャンスだ』

 チェ連人の目が丸くなった。彼らが持つイメージからは、想像もつかない言葉だからだ。


「あの、ジャマルさんたち。もしかして、テレパシーで外の様子を教えられたの? 」

 カーリが訪ねた。

『ええ。城戸 智慧から。あまりのショックで熱をだして寝込んでいる人もいるわ』


 シエロとおなじ、ウールデニムでできた緑一色の戦闘服と防寒用の牛革ベスト、陸軍の制服を着た者もいた。

『シエロ。無事だったか』

 ひょろりと背の高い男は、ワシリー・ウラジミール。

「それはこっちのセリフだ」

 シエロは知っていた。

 彼が自分の直前に、レイドリフト・ドラゴンメイド、レイドリフト2号、ボルケーナ分身体と戦った事を。

 左腕は肩からつられている。ドラゴンメイドに投げられた際、脱臼していた。

 

 3人目が着ているのは、マリンブルーのセーラー服とスラックス。

 彼の事は、シエロもカーリもよく知らなかった。

(たしか名前は……)

 ウルジン・パンダエヴァ。

 帽子は上の方が膨らんだマリンキャップ。

 海軍の士官候補生だ。

 肌は黒く、全身が太くてたくましかった。

 首など太すぎて、肩と一体化している。

 顔もボールのように丸。

 その口は真一文字に結ばれ、不機嫌そうに横目で睨んでいる。

 右手は包帯で覆われていた。


『うわああああ! 』

 突如電波越しに、耳をつんざくような声。

 叫んだのはウルジン。あの海軍候補生だ。

『お前達! 何やっているんだぁ!! 』

 彼が勢いよく指さした。

 そこでは相変わらず達美がワイバーンの膝で甘えている。

 気づけば、ワイバーンのマスクとゴーグルが外れていた。

 今の彼は、ただの鷲矢 武志だ。

 そして二人の口からは、銀色のラインが……。

 熱い口づけの証拠。唾液。

 一瞬、誰もが目を離せなかった。

 離すには、その時の全身全霊が必要になった。


 代表として、カーリの心を見せてもらおう。

(晴れがましすぎて体から火がでそう! )

 それほど2人は美しかった。その絆は前提であり、たちがたい物なのだ。

 カーリは、過去に同じものを見た覚えがあった。

 幼い日の夜、手洗いに起きたさい、両親がしていた。

 あの時は、気づかれぬように部屋へ入るのに精いっぱいだった。

 カーリは、何とか目を離した。

 シエロは、目が離せなかった。

 1号と2号は、うらやましそうに見ている。だが、アウグルの手で目を塞がれた。

 オウルロードは、そのハードウエアであるランナフォンを風呂敷に包まれ、アウグルに背負われていた。


 呆れた。うらやましい。

 そんな相反する空気が2つの車内で充満する。

『あきらめろ。愛には勝てない。

 我々は未来を考えるだけだ! 』

 オルバイファスはそう言ったが、なんだかヤケになっているようにも思えた。


『……それでは、質問があれば受け付けよう。

 我なら、有機生命体のメンバーではできない説明もできる』

 画面の向こうから、がんがんという金属の衝突音が聞こえた。手でも叩いたのだろう。

『たとえば……ホイ! 』

 ネットの向こうからの操作。

『これが現在の山岳要塞からフセン市にかけての様子だ』

 ワイバーンが見ていた地図。それが更新された。

 チェ連人には意味が分からなかったマークやアイコンは消え、言葉で書き換えられた。

『地球人側の戦力と言うが、それは日本の自衛隊とルルディの騎士団、PP社だけではない。

 アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、ロシア、中華人民共和国、中華民国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、オーストラリア、韓国、インドネシア、サウジアラビア、トルコ、アルゼンチンの25か国が参加している』

 オルバイファスが国名を言うたびに、その字が太く表示された。

『それにEUという28カ国が加盟する連合だ。

 全体で3000人規模が派遣されている。

 オリンピックって、知っているか?

 地球では、四年に一度、世界中の国が詰まってスポーツの国際大会をするのだ。

 彼らは、次の大会の警備のために、合同演習で日本に集まっていた』


「わたし、オリンピックの主題歌のオーディション、受けたかったなぁ」

 突然の、達美のヤジ。

「召喚されたせいで、受けられなくなったんだよなぁ」

 いや、もうマスクとゴーグルをつけた、ドラゴンメイドだ。

「だから、これは私と義姉さんからの贈り物。必ず見なさい。ホイ」

 指ではじくようなしぐさ。

 そして飛んできたのは、赤い新たなウインドウだった。

「義姉さんて、誰? 」

 武志がきいた。

「ボルケーナの事よ。お兄ちゃんと結婚したの」

「え!!!! 」

 赤いウインドウは地図の隣にはりつく。

『そんな顔で見るな。逮捕状じゃあるまいし』

 オルバイファスに言われ、チェ連人達は、そのウインドウへの漠然とした不安が、しっかり認識できたことに気付いた。

(それだ! )


『話を元に戻す。さっき言った部隊のほとんどは、フセン市の異星人居住区に集中している』

 ドローンからの空撮映像が映しだされた。

 ドディたちのいた浄水場。それが取水する川の、下流。

 川の大きな曲がりに、直径100メートルはある中洲ができていた。

 そこは異星人居住区だ。

『あの中州に、約3500人も収容されていた』

 大きな橋がかかっていて、その上で大量のトラックや兵員輸送車が往復している。

『異星人を救出しているな』

『そんなことをされたら、凶悪な宇宙人が出てきてしまう! 』

 サフラが、勢い良く言い放った。

『落ち着け。彼らは母星へ帰す。

 そうすれば各々の星で彼らを引き取り、もうスイッチアへ悪さはさせないという条約がある。

 これは強制力を持つ物で、地球にはそれなりの後ろ盾もある。

 それでも彼らを監禁するというのか? 』

 彼女は今、地図の上に映るオルバのアイコンを、恐ろしい視線で睨みつけている。

『平和は、一部の人間だけの物ではない。というのですか』

 オルバの説明を聞いてサフラは、納得したのだろうか? それは本人にしかわからない。

 ドローンの空撮映像に、ルルディの黒い飛竜が横切った。

 それが得体のしれぬ地球の後ろ盾・・・・・・宇宙の暴力に見えたかもしれない。

『そうだ。50年間で疲弊しているのはチェ連だけではない。

 他の星も同じだ。

 我の経験から見ても、このあたりで手打ちにするべきだと思うぞ』

 サフラの表情から、一時の激情がすっかり消えていた。

 それどころか、顔が青ざめていく。

 やがて、かわいそうなほど消え入りそうな声で。

『どうか、非礼をお許しください』


 居住区の周り、川の両岸にはチェ連による監視場がある。

 高い壁や監視塔がある、立派な基地だ。

 だが、その戦闘能力は消え去ったように見える。

 あちこちで火の手が上がり、それを消すためにおられた消火栓が、ランダムに水を吹き上げている。

『質問はないか? 』


 しばしの沈黙。


『では、戦場を移そう。異星人居住区から川を上ると、浄水場がある。

 我々は、チェ連が侵略された際の作戦計画を研究した。

 そして、敵の侵略が止めることができなくなった場合の、焦土作戦の事を知った。

 その一つが、この浄水場の自爆だ。

 我々はそうなったときのために、作戦計画を練った。

 それが、プレシャスウォーリヤー・プロジェクト。

 まず、ここの機能回復を図ることにした』

 次に映し出されたのは、浄水場へ急行したオルバイファス自身が撮影した映像だ。

 それを見てチェ連の若者たちは、智慧から与えられた記憶を改めて記憶する。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 地域防衛隊のバリアの蒼い輝きが、オルバをしっかりと照らしていた。

 浄水場へ駆けていた攻撃が、ピタリと止まった。

 恐怖ゆえに。


『浄水場に来た時、我は戦闘機形態をとっていた。

 全長30メートル。

 この形態で宇宙空間に飛びだせる。

 自力でポルタを開き、一瞬で惑星間移動も可能だ』


 そんな戦闘機から、飛び下りる二つの人影があった。

 男子と女子、2人の生徒が。

『見ていろ。2人が擬態を解くぞ』

 2人の背中から、次元が歪んでいく。

 彼らの姿は、背後のゆがみに飲み込まれていく。

 その代りに現れたのは、巨大な、オルバイファスより巨大な異形だった。50メートルはある。

『人間に似た体は、一般生活用ボディ。機械に過ぎない。

 本物の体はボディ内の四次元空間に入っている。

 ボディ内の存在概念をゆがませた、上下、左右、奥行きではなく、時間方向へ拡大した空間だ。

 普段はそこからバーチャルリアリティを通じて外に働きかけている』


 少女型ボディが飲み込まれた4次元空間から、濃い緑色の巨体が現れた。

 同時に、空気を連打するビビビビビ――という音がして、巨体が浮いた。

『野球部部長、カーマ。

 マンディター星人だ。

 以前は怪獣ハンターをやっていた』

 怪獣ハンターとは、異能力を使い巨体も維持する、特殊生物を狩るもの達だ。

 怪獣の体内には高濃度の異能物質が蓄積されたりするので、惑星間移動ができる種族には割とポピュラーな職業だ。

 カーマは、カマキリが二本足で立ち上がったような姿。

 全身が甲殻で覆われている。

 背中には、空気が歪んで見えていた。

 透明な羽が、激しく振動して浮力を生みだしている。

 手は人間のように5本指があるが、手首を支点に腕から巨大な鎌が飛びだした。

 その手が、屋上から銃撃する敵に向けられた。

 銃弾が来る。

 それでもかまわず、手の甲から白い塊を発射した。

 白い塊は、人々を避けて屋上にぶつかり、四方へ飛び散った。

 そして、そこにいた人間たちの全身にまとわりついた。

 白いものは、強い粘着性を持つ物質だった。

 たちまち彼らは、カーマに銃を向けた姿勢のままで固まった。


 悠々と降下するカーマ。

 彼女の両太ももにはホルスターがあり、そこからメイメイ謹製の巨大サブマシンガン2丁を引き抜いた。


 彼女より先に、大地に立った巨体があった。

 男子姿の擬態をしまい、現れたのは日本人なら青鬼を思わせる、非常に筋肉で膨れ上がった肉体。

 身長が60メートルに迫る人型異星人だった。

『バスケ部部長、ディミーチ。

 フンダリング星人。

 彼も怪獣ハンターだった』

 その皮膚は爬虫類を思わせる鱗。

 手にしたのは、長く太い絵を持ち、斧の刃がついた武器、ハルマードだ。

『彼の武器、ハルマードはメイメイ謹製だ。

 さまざまなタイプのバリアを放つことができる』

 ハルマードの刃に、光が宿る。

 その刃が、持ち主の膝下に屋根がくる家々の間に振り下ろされる。

 そこにあるのは、バリアを張る大型トラック。

 突然現れた敵に、トラックはバックして逃れようとした。

 だが、込み入った住宅地で慌てすぎだ。コンクリートの塀に突っ込み、動けなくなった。

 トラックの荷台とほぼ同じ大きさの刃が振り下ろされる。

 荷台にはバリア発生器があった。

 そのバリアは、刃を止めることができなかった。

 バリアと刃が放つ光。それは混ざり合いまるで液体のように溶けて、なくなっていく。

 刃は、かんたんに発生機と荷台を両断した。

 光の範囲が徐々に広がっていく。

 しかも、広がるスピードが速まっている。

『ディミーチ自身がバリア・ブリーチングのプロなのもあるが、覚えておけ。このようなバリアは、同種のバリアを扱う技術があれは容易に中和できる』

 たちまち、すべてのバリアがディミーチに溶かされ、消えていく。

『カーマとディミーチは、たんぱく質の型が地球人やチェ連人とは違う。

 いつも、自分たちの食事が皆の重荷になっているのではないかと気にしていたな』

 再び防衛隊の銃撃が止まった。

 止めたのは目を開けていられない閃光と、バリアが焼失したという事実。


『この隙に我は降下した。同時に戦車形態へ変形する』

 戦闘機特有の鋭い先端や翼が、体内にしまわれていく。

 機体そのものも折れ曲がり、前半分が後ろ半分の上にのった。

 下になった半身から、下面全体を動かせる4列の無限軌道が飛びだした。

 同時に、4つの青白いジェットが下へ噴きだした。

『今使っているのは、2対のプラズマシェットエンジン。核融合炉から力を得る。

 戦闘機形態なら前方から吸引する空気、宇宙ならあらかじめ積んでいたロケット燃料をプラズマ化させ、後方へ噴射する。

 この時はエンジン内に残っていた空気をプラズマ化させ、強引に前後から噴射、落下速度を緩めている』

 そして、敵のど真ん中に着地した。


『エンジンは体内から取り出すと、上の砲塔へ移す。

 そして2門の主砲に変わる。その砲弾は何万度ものプラズマ。それと長距離用のビームだ』

 全長20メートルの戦車形態。

 陸上自衛隊とPP社がもつ10式戦車の全長は9.42メートル。

 

 この時になって、初めてオルバに銃弾が放たれた。

 その弾は地域防衛隊と同じ、青い輝きのバリアに阻まれた。

『あきらめるな! 一気に押し切るのだ! 』

 防衛隊から、そんな叫びが聞こえた。その声とともに、攻撃が激しさを増した。


 凄まじい光景だ。

 だが、オルバの話には恐怖感がない。

『先ほど我々の作戦計画と言ったが、概要は我が立てた。

 本来なら生徒会長と副会長がトップに立つべきなのだが。

 会長の息子、クミへの配慮だ。

 母親であるユニバースと、なついている巌に、そんな血なまぐさいことはさせたくない。という意見が相次いでな』

 ドラゴンメイドが付け加える。

「オルバイファスが真っ先にそう言ったんだよ」


 オルバ戦車の各所にある、小さなハッチが空いた。

『この時のための急襲チームを出す。我が生徒会から選抜した』

 オルバのすぐそばで、一つの人影が突然膨らんだ。

『環境美化委員会長、ティモテオス・J・ビーチャム。

 彼は身長3メートルの怪力巨人に変わる』

 目の前の大型トラックの荷台に向かう。

 そこには重機関銃がすえつけられ、次々に重い鉄の玉を高熱高温で吹き付ける。

 だがそれは、ティモシーの両腕が動くたびに、あえなくはじき落とされる。その両手には、赤い装甲が施されていた。

『ユウ メイメイから、ロケットで加速するガントレットを与えられた。

 ティモシーでは対応できぬ超音速弾にも自動で反応し、防御する』

 最後の足の動きも重ねた鉄拳。これはティモシー自身が放ったものだ。

 重機関銃はあえなく砕け散った。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――



『あの、質問があります』

 ウルジンの黒い手が、まっすぐに上がった。

『先ほどプレシャスウォーリアー・プロジェクトは生徒会で行う作戦計画だとありましたが、真脇 達美はその中に含まれないのですか? 』

 凛々しく、しっかりとした声だ。

『レイドリフト・ドラゴンメイド。変身している時はそう呼んでください』

 本人からの忠告。

 そしてオルバイファスからの答え。

『確かに、真脇 達美、生徒会の魔術観測装置も作戦に組み込まれていた。

 だが、今の状況が始まったのは、予測できない要塞からの砲撃からだった。

 真脇はそれに対し、自衛のため反応し、それ以降はレイドリフト仲間と行動を共にしている。

 突発的に対応したのは分かるが、作戦にしたがわなかったのは咎められるべきだな』

 そう聴いてドラゴンメイドは、「ごめんなさ~い」と、全く反省していない声で頭を下げた。

『そう思うなら、答えてもらおう。

 ポルタの隙間から見えたぞ。お前の乗る車の表面に付いているのは、シート状のカメラだな。

 お前は異常物理を見ることができる。

 それで見えるのか?

 召喚者が放つという、メイメイが言っていた魔法は? 』

 その質問には、自身に満ちた声で答えた。

「Negative! 見えません! 」

 おちゃらけたところは全くない声。 

 チェ連のエリートたちは悟った。これは偶然ではないと。


「わたしからも質問があります」

 次に手を上げたのは、シエロだった。

「プレシャスウォーリアー・プロジェクトは生徒会が、召喚者の要望を受けて作ったものだと思っていました。

 もし召喚者にしたがわなければ、異世界に飛ばされるかもしれない、とも聞いています。

 なのに、ドラゴンメイドは勝手に動いていました。

 あなた達を見ていると、彼女の独断専行を黙認しているように見えます。

 本当は、召喚者が魔法を使えないと、解っていたのではないですか? 」

「それには、僕が答えましょう」

 意外なことに、言い出したのはワイバーンだった。

「ドラゴンメイドは、こう見えて特殊合金ボルケーニウム製なのです

 ボルケーニウムは、魔術のように、その次元の通常物理ではありえない現象を受けても、エネルギーに変えて吸収してしまえるのです」

 一呼吸おいて、説明を続ける。

「太陽電池の発電方法はご存知ですか?

 光が半導体や金属の表面にあたると、新たな電子が発生します。これを光電効果と言います。その電子を集めて発電するのです。

 ボルケーニウムは、全体は謎だらけの物質ですが、分かっていることもあります。

 それは、様々な物質の特性を、それこそ次元が違うレベルであわせもっている事です。

 異能現象にあたっても、光電効果のようにそれをエネルギーに変えてしまうのです」

「さすがタケ君! 」

 やはりというか、ドラゴンメイドが抱きついてきた。

「タケ君はね、私の……だけじゃない。サイボーグボディの専門家を目指してるの。

 私が悪い魔法使いにただの猫に戻された時も、ちゃんと面倒見てくれたの。

 だから大好き! 」

 

 シエロたちは悟った。

 達美は、絶対に召喚してはいけない存在だったのだ。

 召喚した者たちへの復讐を誓った。

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