第23話 嵐の誓い
【そいつを見捨てないでくれぇ! 】
いきなり建屋の方から声があがった。
あの、避難民を連れてきた男。白旗をあげていた地域防衛隊員だ。
今は玄関まえの四輪駆動車の影から、頭だけをだしている。
そこから先にはフーリヤのバリアがある。
透明なのに鉄板のような硬さを持つ壁が。
【そいつは、僕の友達なんだ! 】
彼は、川辺のエイリアン・マフラーを指さしていた。
夜空を背に、川の向こうからは雨あられの砲弾。
せいぜい100メートルの飛距離。建屋を、駐車場を、擱座したロボットを豪快にえぐっていく。
そんな中、ドディは走りだした。建屋からの声にはじかれたように。
砕け散るアスファルトが、鋭いかけらとなって襲い掛かる。
それでもエイリアン・マフラーの下で酒をあおる、あのパイロットの元へ駆けこんだ。
お姫様抱っこの要領で持ち上げ、建屋に向かって走りだす。
ドディには勝算はあった。
レミュールはその弓を横一文字に構えている。
弓から放たれる青いオーロラのような光が、砲弾を防いでいる。
彼女が何をしようとしているかはわかる。
ドディが横を駆け抜けると、弓が持ち上がった。
それにつられて、駐車場のアスファルトが割れた。
割れ目が弓と平行に伸びる。駐車場を真二つに断ち切った。
割れ目の下から現れたのは、分厚い土の壁。
高々とそびえたち、無数の爆音をその向こうへ追いやった。
それでも砲撃はくる。
一度上空へ砲弾を上げ、落下する迫撃砲だ。
これにはフーリヤが右翼とバリアをのばして防いでくれた。
その時、エイリアン・マフラーのパイロットが現れた。
建屋の右から銃を構え、道をふさぐ。
足をがくがくふるわせながら。
その銃は、木と鉄でできたボルボロス自動小銃ではなかった。
所々から青い光が漏れている。
明らかに、宇宙の技術で作られた物。
具体的にはバルケイダ星人のバルケイダニウム・クラッシャー。
バルケイダ星人が自らの能力、バルケイダニウムを応用して作った、多目的銃だ。
鉄をも溶かす2000度のプラズマを発射できる。
バーナーの様に噴射し続け、銃剣にもできる。
プラズマを閉じ込めたバルケイダニウムの鞭は、その名のとおり高温の打撃を何度も叩きつける。
どう攻撃が来るか分からない、厄介な武器だ。
だがドディはその武器を見た時、その威力では無く、他の理由で足を止めた。
後にいたレミの足音も止まる。そして息をのむ音。
きっと、彼女も同じことを考えている。
そう考えたドディの心に広がるのは、後悔。
【あのバルケイダニウム・クラッシャー。新しそうだ。もしかして、俺たちが渡した物か? 】
後悔。だがしかし、それを生みだした過去が、一縷の望みとなるかも知れない。
だって、まだ撃ってこないじゃないか
そう信じたくて。
【君も来い! 】
ドディは、道を阻むパイロットを誘った。
同僚のパイロットはドディとレミが守っている。
それを見れば、したがうはずだ。そう思えた。
【来いってどこだ! 地球か!?】
その声と共に、銃は下がらない。
それでもドディはなだめた。
【おいおい。俺たち生徒会とあんた達は、2か月間も頑張って――】
きたんだぜ。と言おうとした。
だが、青い光に照らされたパイロットの顔は、不気味に笑っていた。
【それっぽっちの時間で――】
引き金がひかれ、バルケイダニウム・クラッシャーの銃口にプラズマエネルギーが蓄えられる。
【武器が必要なくなると思ったか!! 】
一秒後には、あの恐ろしい力が放たれてしまう!
『そんなとろい動きで効くか! 』
ふたつの銃口は、突如さえぎられた。
叫びとともに振り下ろされたのは、黒くらせん状に固められた、太く長い物。
フーリヤの触手だ。
それが、ハンマーのように敵のいたところに振り下ろされた。
アスファルトにひびを入れて食い込んだその姿は、大蛇が獲物に巻きついて絞殺そうとしている姿にも見える。
【ぎゃあ!! 】
建屋の玄関から、悲劇を確信した叫びがこだました。
【つ、つぶされた!! 】
玄関から、悲鳴が幾重にも重なる。
思わず、ドディとレミの手が伸びた。
だが、救う手だても、かける言葉も見つからないまま呆然となった。
『つ、つぶしてないよ! 』
困惑するフーリヤの声。
同時に、触手が回り始めた。
まるで、玩具のコマを回すため巻きつけられた紐のような動きで。
触手が離れた。
その中から現れたのは、回転を続ける防衛隊員。
完全に目を回し、その場に倒れこむ。
銃は、はるか遠くまで放り投げられた。
【うわあ! ありがとうございます! ありがとうございます! 】
玄関のバリアが解除された。
それに気づいた人々が、次々に駆けだして、2人の地域防衛隊隊員を受け取った。
【でも、どうして助けてくれたの? 】
1人の少年の目が、それにつられて幾人かの目が、ドディとレミを見て、フーリヤを見上げる。
『助かった。と判断するのは、助けられた人だけだからだよ』
フーリヤが興奮しながらも、静かな声で答えた。
『それに、ピンチを敵と考え殲滅するよりも、選択肢を与える方になりたい。そういう人から教えを受けた』
その時、屋上から人影が現れた。
ハッケだ。
『もうすぐ自衛隊の砲撃が始まります! 中に入りましょう! 』
フーリヤの触手が、外へ出た人たちを抱えるように伸びた。
その中で人々は玄関へ駆けこむ。
ドディとレミもそれを追った。
【壁が崩れる! 】
誰かが言う。
レミの防壁が、青や緑、紫などの様々な閃光によって貫かれていた。
明らかにチェ連製の兵器ではない。
貫かれた穴は、後続の砲弾が爆発し、さらに広げられる。
【本当に持ちません! 】
レミが言いきった通り、音を立てて崩れた。
その土砂は駐車場と、そこに倒れ込んだエイリアン・マフラーを埋め、山積みとなってしまった。
屋上から、空気をかき回す音が降りてくる。背中のファンを回すハッケが。
全員建屋に駆けこむと、再びバリアが張られた。
『状況の変化はくまなく報告しています。
まもなく応援が到着します。安心してください。
みなさんを安全な場所までお送りします』
ハッケの請け負うのを聞いて、ドディは外を見てみた。
変身したことで五感が鋭くなったドディが真っ先に気付いた。
汚い雨の中、空を飛ぶ者がいる。数は十数。
【応援って、あれか? 】
ハッケがやってきて、一緒にそれを見上げた。
『いいえ。あれは、ミス竜崎が撃ち落とした地中竜です』
初めに悲鳴が聞こえた。落下する竜たちが、甲高く吠える声だ。
近づくにつれ、ダメージの様子が見えてきた。
翼の生態ジェットエンジンが、吹き飛んでいた。
ささくれ立ったように鋼鉄の器官がねじ曲がり、羽毛をあらかた失った者もいる。
それを見ることができたのは、一瞬だった。
彼らはなすすべもなく、浄水場と川の向こう、およそ300メートルにわたって散乱した。
その内の一体が、駐車場に滑り込んだ。
同時に、流星群のようなものが降り注ぎ始めた。
それに伴うドン ドンと聞こえるのは、超音速で飛ぶ物体が伴う衝撃波。
自衛隊の砲撃だ。
川の向こうから来るものよりはるかに重く、早く、数も多い。
だが、あの青いバリアに阻まれた。
車両に搭載された物を、何重にも張ったのだろう。
ダメージがあったかどうかは分からない。
駐車場に地中竜が、建屋内部に気付いた。
大勢の人間を見て、その恐ろしげな牙をむく。
ささくれ立った翼も、かえってギラつく巨大なのこぎりのよう。
【キャー!! 】
人々が建屋のさらに奥へ駆けだしてゆく。
だが、どこへ?
狭い建屋では、どんなに頑張っても壁1枚しか違いがない。
パイロットのトランシーバーが怒鳴り始めた。
『こちらフセン市警察特殊任務隊! マフラー隊聴こえるか!? 』
【こちらマフラー隊、どうぞ】
『浄水場はもう包囲できない!
敵からの砲撃を受けている!
それと、辺りは地中竜だらけだ!
海中樹も向かってきている! 』
この大規模な戦闘に反応し、海から上がって来たのだ。
『天上人も向かっているという報告もある!
何とかしてくれ! 』
【もう何もできない……。ごめんなさい!! 】
最後は、本当に怒鳴り合いになっていった。
土壁の土砂が、突然吹き上がった。
倒れ込んでいたエイリアン・マフラーが、竜の顎を殴り上げたのだ。
竜は口の中でため込まれた火を吐きせない。暴発させてしまい、苦悶に身をよじる。
その隙にエイリアン・マフラーが掴み掛った。
エイリアン・マフラーの左足を失っている。マフラーの名の由来であるローターもない。
双方ともに不利な状態だが、土砂を巻き上げる殴り合いが始まった。
ドディ達にも入り込めないまま、目まぐるしく立ち位置を奪い合い、走り去る。
外では、さらに激しさがます。
バタバタと特徴的なヘリコプターの音が近づいてきた。
【PP社のヘリコプター隊だ! 】
ドディは味方だ! と叫ぼうとしてやめた。
なぜなら、彼らが狙うのは……。
ヘリはさらに近づき、普通の人間でも見えるようになった。
やってきたのは6機。
先陣を切るのは2機のコマンチ偵察ヘリ。
細長く、レーダー波を受け流す6角形の機体は鉛筆を思わせる。
搭載された各種センサーもそうだが、PP社では探知系異能力者を必ずのせているので、敵を確実に見つけだす。
機体下のドアが開き、収納されたミサイルが現れた。
50メートルほど離れて続く2機はアパッチ戦闘ヘリ。コマンチと同じアメリカ製だ。
細長い機体に短い羽をつけ、多数のミサイルやロケット砲を吊り下げている。
殿はアパッチより少し太めのハインド戦闘歩兵ヘリ。
ロシア製で、2人の操縦者のほかに8人の完全武装の歩兵をのせられる。
【エピコスさんなら、真脇さんのお兄さんの会社が、なぜ別々の国の兵器を使うのか、不思議に思うでしょうね】
え? と、ドディは意外に思った。
【整備や運用のしにくさがわかるでしょう】
レミの口から、その幻想的な姿には似つかわしくない、現代的な戦争の話題が飛びだす。
【真脇さんが言うには、お兄さんの会社――ポルタ・プロークルサートル社は、20年前の異能大量発生現象と、それに伴う社会不安の受けて作られた警備会社です。
確か、創立から10年もたっていなかったのではないかしら? 】
だが、思い直した。
レミにとっては、真脇 達美もシエロ・エピコスも、大切な存在なのだ。
【その頃は似たような警備会社が幾つも生まれていていました。
しかし、戦車やヘリような大型兵器はすぐには増やせません。
早く戦力をまとめるために、各国の工場でできた順や、中古の物を集めたそうです】
いやなガールズトークだな。とドディは思った。
6機のヘリは周囲を旋回しながら、機関砲やミサイルを四方八方に打ち込む。
地域防衛隊の多重バリアが、それらをすべて防いでいるのが見えた。
だがバリアを張っている間は、地域防衛隊も浄水場へ攻撃はできないらしい。
攻撃できないのは、飛行するすべを失った地中竜も同じだ。
口からの火炎弾は遅い上に目立つ。
鈍重という評価のハインドさえ、余裕でよけた。
【海中樹は……あれか】
ドディが見つけた。
川を超えたはるか向こう。
視界がかすむほどの激しい雨の中、燃え尽きる街の炎をバックに、巨大な影が歩いている。
炎とは違う、明るい白い光が輝いていた。
何となくだが、ゆるぎなさを感じた。
当然かもしれない。
あの輝きはスイッチアの太陽の物。
惑星の反対がわにある島、海中樹の本拠地は今、昼だ。
明るくないわけがない。
その光を運ぶのは、海中樹に伝わる謎の宝石。
あてられたエネルギーを違う場所のある宝石へ伝える性質を持つ。
テレポートさせた日光を受け取るのは、昆布のように垂れ下がる長い葉。
その葉が全身から垂れ下がるのだが、土台になる体型は様々だ。
いびつな4足歩行。2本足に腕が5本生えたような者もいる。
【奴ら、チェ連の戦闘に反応して、上陸したんだよな】
ドディの話にレミが。
【ええ。最初は異星人居住区のまわりを。そこから浄水場へ転進した部隊を見つけ、追って来たのでしょう】
宝石の光が増してゆく。
テレポートさせる太陽光を増やすことで放たれる、高熱の光線だ!
直撃すれば、人間など焼き尽くされてしまう!
だが、その光が何かを焼くことはなかった。
突如雨が強まり、熱せられた雨は一瞬にして水蒸気に変わった。
その蒸気が光線を乱反射させ、無力化する。
上空に、巨大な龍がいる。
あたりの風雨に関係なく、その力強い4本足と翼ははっきり、青く輝いている。
竜崎 咢牙だ。彼が起こした雷が、海中樹に落とされる。
【あちらは心配なさそうですね】
レミの声には疲れが滲んでいた。
浄水場の敷地に、底力を感じさせる、深いエンジン音が聞こえた。
PP社の地上部隊がやって来たからだ。
前方にブルドーザーのようなブレードをした10式戦車が、瓦礫などを払いのけた。
続くのは人型ロボットのドラゴンドレス・マーク6やマーク7。
マーク7の迷彩柄には、見覚えがあった。
雪山で迎えに来た、真脇 応隆の機体だ!
今は巨大な銃を抱え、川の向こうを警戒している。
駐車場の小さな山は、伏せれば格好の遮蔽物だ。
それに続いて、何台ものトラックが入ってきていた。その色は、赤。
そしてフロントガラスがある部分には、大きな二つの目が並んでいた。
マンガのキャラクター化された車のようだ。
【ボルケーナ分身態? 何をするつもりだ? 】
守護女神の列は、浄水場のプール横に次々と並んでいく。
そして並んだ順から、その荷台に折りたたまれたクレーンをのばし始めた。
その先端がさらに展開する。ヘリコプターのローターのような形になった。
とても長いクレーンだ。
柵や高低差に阻まれても、問題なくプールまで届く。
そして、プールにローターを沈めていく。
水がゆっくりと波打ち続ける。
水中でローターが回っているからだ。
『待ってました! 修理はすでに終わっています! 』
フーリヤが、嬉しそうに叫んだ。
『早く電源を! 』
【分かってるって! 】
ボルケーナトラックが2台、建屋に横付けされた。
1台はプールのと同じように、長いクレーンをのばす。
のばす先は、フーリヤのいる屋上だ。
ガチッ という、金属がぶつかり、固定された音がした。
もう一台のトラックは、クレーンではなく、大きなコンテナを積んでいた。
コンテナから伸びるのは、一本のロボットアーム。
アームがクレーン車に接続されると、フーリヤはその長い足を建屋から引きずりだしていく。
黒い鋼鉄の鳥は、飛行を取り戻した。
『電源切り替えを確認! ここからはバリア展開に集中します! 』
【ボルケーナ! 来てくれたんですね!
という前に、お久しぶりです】
レミは、今日初めて機嫌のいい顔になった。
話しかけたのは、宙に浮かび、半透明に輝く燃える石。
【久しぶり~】
ボルケーナのマジックボイスだ。
【そう言えば、あいさつもしてないな。先輩お久しぶりです。
ところで、あのプールに入れたローターは何ですか? 】
【水を電気分解することでオゾンを作る、固体高分子電解質膜。
オゾンで水の殺菌&無臭化するのよ】
説明しながら、マジックボイスの明るさが増していく。
同時に響く、ヴーンという音。
マジックボイスの光は、空中で衝突しあい、そのたびに機動を曲げていく。
直線だった光が、丸みを帯びていく。
干渉レーザーによる立体映像。
ランナフォン、というより久 編美=オウルロードと同じ能力だ。
現れたのは、メガネをかけた大人の女性だ。
眼鏡は縁なし。シャープな顎と鼻筋の通った顔立ち。
ポ二ーテールにした黒く長い髪。
着ているのは飾り気のない赤いつなぎだが、胸と腰は強引なまでに膨らんでいる。
ボルケーナ人間態だ。
【あれがボルケーナ? 報告と形状が違う? 】
建屋の中央から声がした。
そこは玄関から扉か壁、明り取りの窓1枚隔てたところ。
重厚で複雑な送水ポンプが整然と並ぶ場所。
そこでポンプを盾に人々が固まっていた。
彼らに対してボルケーナは、扉を超え、ビジネスライクな笑顔を見せて。
【仕事ですから】
ポンプの影から、1人立ち上がる者がいた。
【ボルケーナ様! ……ごきげんよう】
立ち上がったのは、バルケイダニウム・クラッシャーを突きつけてきたパイロットだった。
【是非ともお教えいただきたい! 】
初老の男だ。50年前の宇宙戦争開戦のころは、幼い子供だったに違いない。
【我々は、いったい、どこを探せばよかったのでしょう?
どう探せば、宇宙の優しさを見つけだせたのでしょうか?
それに気づけなかった俺たちの歴史は、どうなるんですかぁ!? 】
膝まづくとか、手を合わせると言った、神を崇める仕草はチェ連にはない。
パイロットは鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、必死にへたり込むのを耐えて、背筋を伸ばしていた。
未だ隠れる人々から声が漏れた。
【隊長……】 【隊長……】
降伏を選んだ市民たちとは、喧嘩などになってない。
それを見ると、決して浅い仲ではなかったらしい。
【あの、先輩。あなたがいる間は、どんなに相手を殺そうとしても、絶対殺せない。そうでしょ? 】
ドディが、ボルケーナに言った。
明らかにあわてた様子で。
【うん。そうだよね。ハッケ】
ボルケーナは、落ち着いた様子でたずねた。
『はい、中止になった帰還パーティー以降、確認された死亡者数は0人です』
ドディは安心して、笑顔で変身を解いた。
【だったら、俺たちが敵対する理由は無い、そうでしょ? 】
元の顎髭のある顔に戻り、制服を着た体になった。
【ええ、そうだね。
せっかくのご指名を受けたから、彼の質問に答えさせて】
ボルケーナがそう言って、示したのは立ちすくむパイロットだった。
【事実と違う事を言ったら、教えてね】
生徒会は、力強い頷きで答えた。
【あの、パイロットさん。彼らがチェ連に召喚されたばかりのころを思いだしてください。
彼らは、あなた達の協力が必要になりましたね】
パイロットは、恐る恐ると言った雰囲気で【はい】とだけ答え、全身全霊を振り絞った様子でうなづいた。
ボルケーナは話を再開した。
攻めている様子はない。
ただ、事実を確認している。
【ある程度の生活物資はノーチアサンにも備蓄されています。それらを使い尽くしても、どんなものでも作りだせる創世プリンターがあります。
ご存知ですよね? 】
【……はい。他の宇宙船から取りだした物を、見たことがあります。
我々の技術が及ばず、利用できませんでしたが……】
隊長が無念そうに言った、創世プリンター。
ノーチアサンの艦内工場にある、構造さえ明らかならば、どんな物質でも作り出すことができる機械だ。
内臓や手足などの人工臓器さえ作りだせる!
まず準備として、創世させる物の材料が必要になる。
例えば人工内臓を作るなら肉を。機械なら鉄などだ。
プリンターを動かすにも電力がいる。
これもノーチアサンやフーリヤたち機械系メンバーのエネルギー源、核融合炉が使える。
ボルケーナは【そうでしたか……】と関心を示して、話を進める。
【生徒会でも、すぐに限界を悟りました。
タンパク質には2種類ある、というのはご存知ですか? 】
【たんぱく質を構成するのはアミノ酸。アミノ酸には、分子が鏡に映したように左右逆転した並びで配列した物がある、という話でしょうか。
生徒会からのお話にありましたが、詳しくは分かりません】
【無理もありません。
ふつう、アミノ酸の鏡像体を持つ生物の所には、どんな侵略者も行きたがらない物ですからね】
気づけば、ボルケーナと隊長の声はよく響いていた。
建屋の奥からの叫びや泣き声は消え、代わりにいくつもの視線がある。
あの、ひどい雨のにおいも消えていた。
消毒は効果を発揮した。
そとは雨の切れ目だ。
月と宇宙船の反射が、真っ白な光を差し込ませる。
パイロットは、ただ直立している。
しかし、もう涙は流さない。
目はしっかり、話し続けるボルケーナを見据えていた。
【タンパク質が、地球やスイッチアの生物とは違う生徒がいます。
創世プリンターは、彼らへの食糧を作るために使われることになりました】
そうだ。
地球人のような有機生命体を構成するのはタンパク質。そのタンパク質を構成するのはアミノ酸。
このアミノ酸は普通に合成すると、原子の組み合わさり方がまるで鏡に映ったかのように決まる、右型と左型の2種類ができる。
どちらでもタンパク質はつくり出されるが、地球とスイッチアでは左型アミノ酸をもとにした生命しかいない。
もし左型アミノ酸生物が右側アミノ酸生物を食べれば、毒を食べたことになり、場合によっては死に至る。
こういう事は、魔術学園では幼稚園のころから教えられる。
【どうしても、チェ連の方々の協力が必要になったのです。
あなた達の信用を得るために、彼らは決断しました。
ペースト星人テロリストのような、宇宙に陣取る敵をターゲットに、兵器を鹵獲してあなた達に渡すことです。
生徒会内から反対意見はありました。武器を配れば、その分コントロールできない戦力が増える。
その結果、戦いがさらに激化するのではないか?と】
目の前の先輩パイロットの目は、真っ赤だ。
口は叫びたいのを我慢しているのか、深いしわが刻まれている。
後の者達も、同じ顔をしていた。
そんな顔、しなくていいのに。とドディは思った。
【結果を見ますと、目的を果たせたと思っています。
生徒会も、この街の人々に感謝しています。
私もそう思います。
これだけ違いのあるメンバーで構成されたグループを受け入れるなど、なかなかできることではありません。
だから一度は敵対しても、仲間になれると思ってますよ。
あなた達もそうでしょ? 】
ボルケーナは振り向いた。
ドディも、レミとハッケも、しっかりとうなづいていた。
駐車場ではフーリヤが。
これでもう、荒々しい自分を演じなくて済む。
ドディは安心して、このまま寝たい気持ちになった。
だが。
【そうです……そうですとも】
隊長は、最初は絞り出すような声で、それからだんだんと力強く答えた。
涙をこらえ、さらに強まった恐怖を我慢するように。
【宇宙帝国の糞どもや、3種族のバカどもは、我々の生きる権利を奪ってばかりだ!
あの薫り高いマトリクスの栄光も知らない鬼畜ども! 】
隊長は、腕を振り回し、足を踏み鳴らして悔しがった。
【そうだ! 】
立ち上がる人がいた。
【我々の地は、かつて創造力と実行力にあふれた、未来を作る楽園だった! 】
【それの価値を分からぬ鬼畜ども! 】【宇宙人がふざけるな! 】【あいつらが勝手に怖がるから戦争になるんだ! 】
また新たな声。今度は女性が。
【あたしたちをまともにあつかえ!
怖がるなんて、バカのすることだよ!! 】
誰もかれもが立ち上がった。
そして次々に異星人や3種族を詰り、怒り、あざける。
彼らの視線は激しく揺れ動く。
やがてボルケーナに止まった。
希望や強い意志を込めて見据えたわけではなかった。
【もう、奴隷でいいです! いえ、奴隷にならせてください! 】
【僕も! 奴隷になりたいです! 】
【奴隷になれば、あなた達の元で我々は働く!
命さえつなげられたら! それで十分です! 】
幾多の悲鳴が重なり、それは疫病のように広がる。人々は恐怖をさらにあふれさせる。
行うべき手段も、掲げるべき希望も見えず、その心はさまよっている。
叫びの数に反比例するように、ボルケーナの顔から色が抜けていく。
生徒会は思い出した。あの時と同じだ。
チェ連が突如攻撃を始めた時も、こうだった。
ボルケーナが行うべき手段も、掲げるべき希望も見えず、おびえ、考えがまとまらない時の表情だ。
【なんなりと御命じください! 】
最後にかけられた言葉。
【応隆さんと結婚させてください】
ボルケーナは反射的に反応しただけだ。
すると、外からスピーカー越しの声がした。
『はい』
最後の二言に、その場にいた全員が口を止めた。
そして視線が、外に立つ緑と茶のまだら模様に集まる。
高さ5メートルほどの、人の姿に。
その下半身は敵を向いていたが、上半身は建屋を向き、頭のカメラは建屋内のボルケーナにしっかり合わせてあった。
【ギャー! ギャー! 】
誰かが叫んだ。もう狂ったとしか思えない、壊れたような声で。
【オルバイファスだ! 】
その一言でチェ連人の視線が、生徒会やボルケーナ、応隆やヘリより上に移った。
彼は、音もなく、なめらかに滑空してきた。
天から鋭い切っ先を振り下ろす、黒い剣のように。
【黒い巨神だ! 】
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
市民からの、その呼び名を思いだした時。
シエロとカーリタースは、記憶を巡る旅から現実へ引き戻された。
上から叩きつけられた衝撃と、轟音によって。
振動は、例え立っていても倒れる心配のない程度。
ましてや、ここは達美専用の装甲車、キッスフレッシュの中なのだ。
しかも、全員椅子に座っていた。
しかし、黒い巨神。
その一言だけでチェ連人ならその姿を思い浮かべる。
そして、確信めいた恐怖が、心に湧き上がるのだ。
(彼が攻めてきた)
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