第21話 シルエットは天使と悪魔
『ミスターワイバーン。
どうかしましたか? 』
シエロの誘いは、立体映像に映し出されたロボットによって打ち切られた。
青いバイク用フルフェイスヘルメットを思わせる、ハッケの顔。
そして、その姿は一切雨に濡れていない。
それがネット上で図書委員会会長を示すアイコンだからだ。
今、16機量産されたハッケの任務は、監視と各委員への連絡係。
「いや、ちょっと待ってて」
そう言ったレイドリフト・ワイバーン=鷲矢 武志は、シエロに向きなおった。
「悪いけど、先にこっちを話させて。
なぜ魔術学園の先生方が来ないか。その理由がわかったんだ」
武志は優しく話しだした。
「異世界へのポルタを開くためには、膨大な計算をしなきゃいけないだろ?
だから、送る人数は少ない方がいい。
先生たちは、親御さんを確実に送るため、こっちへ来るのを辞退したんだ」
それを聞いても、ハッケのアイコンの雰囲気が変わるわけではない。
『承知しました。
我々は、誰からも見捨てられていなかったのですね。
皆に伝えます』
武志は、何度もうなずいた。
ハッケが表情を緩め、心から喜んでいるように。
(誰にも見捨てられていないにしては、異星からの増援が少ないような)
シエロはそう思った。
(やはりボルケーナが恐ろしいのか。
それとも地球人もチェ連人の様に、宇宙社会に参加する資格はないととらえられているのか……)
「では、改めて」
そう言って武志=レイドリフト・ワイバーンは振り向いた。
その顔には、相変わらずゴーグルとマスクがある。
「なぜ、僕に言うんです?
他にも上の立場の人はいるでしょう」
草食系男子。
日本でよく言われる、欲望が薄く、温厚な男性という意味。
それが生徒会から聞いた鷲矢 武志の評価だ。
その彼が、世界でも最高水準のサイボーグボディを十二分に活用し、優秀なヒーローとなっている。
シエロには、草食系とヒーローの差が、どうにも理解しがたいいびつさに思えて仕方がない。
それでも、質問には答える。
「そう言う人々には、秘書がいるでしょう。
それなら、いつでも連絡がつきやすい。
ですが、あなたとの話はこれっきりしかないかもしれない」
シエロに続いて、カーリタースも話しかけた。
「それに、あなたの話は生徒会からも聴いています。
レイドリフト・ワイバーンは自分よりも他人の心配ができる、信頼できるヒーローだと」
シエロもカーリタースも、自分の中にあった死への確信が消えていた。
「まずは、謝りたい。
あなたと真脇さんの関係を罵ったこと。
そして、あなた方の社会を、安易に私たちのそれと比較して、破たんしていると判断したこと。
そんな認識を改める情報を、城戸 智慧からもらいました……」
武志は、2人の話をただ、静かに聴いていた。
そして、静かに話しだす。
「まず、僕らの間で敬語は止めませんか。
同世代ですし。
それと、ヒーローの呼び名がわかっている時はそちらを使ってください。
本名を知られるのを嫌がるヒーローもいますから」
敵対する人物であっても、ちゃんと話を聞いてくれる。これは幸先がいいぞ。とシエロは思った。
だが、ワイバーンが見ていたフセン市の地図に目を移すと、やはり肝が冷える。
フセン市は、地球人を示す緑のアイコンによって寸断されていた。
時々映る直線は、長距離砲かミサイルだろう。
赤いアイコンがチェ連軍だ。
地球とチェ連が入り乱れている場所がある。
そこはフセン市を貫く大きな川のほとりだった。
川幅は60メートル。
ベルム山脈に源流を持ち、マトリックス海へつながる大河、一級河川7号。
その全長は約5900キロメートルにも及び、その流域は支流も含めて約310万平方キロメートルになる。
そして、川のほとりから記憶を送るのは。
1年B組学級委員長のドディ・ルーミー。
――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――
【空で戦ってる連中とは違って、こっちは余裕がない。
俺が代表して記憶を渡す】
激しい雨音があたりを満たす。
その間をぬって響く、銃声、爆音。
まさしく戦場。
ベルム山脈に始まり、フセン市を貫き、マトリックス海へ至る川。
昼間は1年半ぶりの日光でかろうじて銀色に輝いた大河。
それが、今はサイガの雨でにごり、荒々しさを増している。
しかも、ひどいにおいだ。
幾多の戦乱は、人々の生活環境を改善する力さえ奪っていた。
工業や生活排水が汚染する河は、死の川と化していた。
その水が今、街中の消火栓から噴出している。
【キャロによると、地球にあるミシシッピ川と同じ規模らしい】
彼は、市役所にいる小柄な体育委員長の名を上げてきた。
【ミシシッピ川は地球では4番目に長い川だそうだ。
スイッチには、地球で一番長い川より長いのがある。
きっと観光名所になるぞ】
幅が60メートルある川のほとりに、大きな浄水場がある。
取水塔からくみ上げられた水から、砂や土を沈殿させる12の巨大なプール。
上澄みをポンプでくみ上げ、さらに細かい粒子をポリ塩化アルミニウム凝固剤で固める注入設備。
薬品混和のため、それぞれ違うスピードで拡販するプール。
粒子を沈殿させるプール。
消毒のための最初の塩素注入設備。
ろ過プール。
二つ目の塩素注入設備。
きれいになった水をためるプール。
都市に上水道を通じて水を送るポンプ。
これらの設備が、燃えていた。
プールはひび割れ。
それ以外の設備が収まった建屋からは黙々と白い煙が上がっている。
【地域防衛隊が、爆弾を仕掛けたんだ。
ここをつぶせば、街中の消火栓もつぶせる。
そうすれば焦土作戦が滞りなく終わるってわけだ。
さっきまで火の手が上がっていた】
静かだが、怒りで震える声。
ドディがいるのは、浄水場の建屋の玄関。
建屋奥からは、金属のぶつかり合う音が響いてくる。
【ろ過施設は無理だから、いまは送水ポンプを修理してる。
浄水場職員が何人ももどってきた。
うちの学園からは、フーリヤとハッケMK.6、7、8が】
フーリヤ。
3年B組、文芸部部長。
建物の奥を見せる窓。
その奥に、裸電球のオレンジの光に照らされ、黒い巨大な影がうごめいている。
鳥のような羽。それをまさぐるタコのような足。
その周りを飛び回る3機のハッケと、駆けまわる人々。
【フーリヤは、翼の中にたくさんのローターを仕込んでる。
それをポンプの代用品にしてるんだ。
健気じゃないか】
ドディの言葉。
笑っているようで、フーリヤにそんなことをさせる者達への強い憎悪が滲んでいた。
【俺たちの任務は、ここを復旧させて、市街地の消火栓を復旧することだ。
俺とレミは、護衛だ】
ドディの隣に立つのは、レミュール・ソルヴィム。
レミという愛称を持つ女性だ。
魔術学園独特の部活である、魔法部の部長。
3年A組。
ショートボブにした茶色い髪。
大人びた切れ長の目には輝く黒曜石のきらめき。
白い肌とシュッとしたラインが合わさって、穢れのないイメージがしっくりくる。
だが、日の当たらない御嬢様というイメージではない。
手足は引き締まり、意外とたくましい。
その顔の左半分は木でできている。
濃いクリームを思わせる色と、やわらかそうな木目が美しい。
仮面ではない。
彼女は今苦虫をかみつぶしたような顔をしているが、木の部分も同時に動いている。
左腕も、同じ木材。
義手だ。
さらに背中からは天使の様な羽が生えていた。
その羽も木製だった。
羽の間には、折りたたまれた弓と矢を収めた、箙が背負われている。
ドディは玄関へ向き直った。
鉄の玄関ドアは、建屋が壊れても出られるように開け放たれている。
その前には乗って来た大きな四輪駆動車。
【この車にも、世話になったな。
ポンコツなのに、また無理させてる】
この車は、生徒会がガラクタ同然だったのを手に入れ、メイメイらが修理した。
座席のシートは薄く硬い。後ろに倒すこともできない。
改造の際、シートベルトやエアバッグなどが追加された。
いざ足として使おうとした時、一部の生徒がないので怖がったからだ。
【メイメイが言ってたな。第二次世界大戦直後の、最初の世代の車みたいだ。とな】
チェ連では資源の節約や、素早く車を生産しなければならない、などの理由はあっただろう。
そう言う改良は、ある程度平和な世界でないと成立しないのか。
生徒会にそんなことを考えさせる一件だった。
【ドディ。
屋上のハッケが、ここに向かう不審な車両を探知しました】
レミが、鈴を転がすような声で報告した。
彼女の義手は、普通の人間の手のようにタブレットをつかんでいる。
【何? どこからだ? それと、どんな様子だ?
あ、テレパシー先。屋上にいるハッケはMK.9とMK.10だ】
ハッケには、スマートコンストラクションという機能が備わっている。
ハッケ自身やノーチアサンのようなメカ系メンバーからの情報をもとに、現場を3Dデータ化。
それに気象や地質、建物の材質などのデータを加え、状況を把握する。
さらに、それをもとに作戦計画の立案さえ行ってしまう。
元々は日本の建機メーカーKOMATUが、技術のない若手でもベテランのような土木作業を行えるシステムとして作り上げた。
メイメイは、それを素人でもプロ並みの戦術を使えるシステムとして応用した。
【川沿いの道を川下から走ってきます。
白旗を上げています。
ハッケが車内をスキャンしました……終了。
人がすし詰めになって、子供もいます!
戦闘目的とは思えません。
降伏するつもりでは?! 】
ドディは玄関前の車に、屋根のあるぎりぎりまで近づき、その大きなタイヤの陰に身を伏せた。
タイヤのホイールが、銃撃などに最も強い場所だからだ。
【待て! 少し様子を見よう】
レミもうなづいて同意を示し、タイヤのそばにしゃがんだ。
ふと思いついて、ドディは雨に濡れるのも構わず車に近寄った。
したことは、車のミラーを覗き込むことだった。
そこに映ったのは、人間の顔ではなかった。
縦に長い、馬のような顔。
後頭部から伸びた、竹のような節を持つ二本角。
その顔は鹿ヨーロッパやアフリカで見られる、アイベックスなどのカモシカの仲間そのものだった。
表皮は硬そうな毛で覆われ、色は緑。
雨水を弾きながら、火災の光を浴びて輝いている。
【俺の顔、見てみろ】
カモシカの顔が、水のように変わり、内部に吸収されていく。
内から現れたのは、あごに黒く立派なひげを蓄えた男の顔だった。
【アラブ系の浅黒い顔のことじゃないぞ。
デーモンに似ているというのも聞き飽きた。
緑の毛は、アラブで縁起のいい色だからだ。
俺の顔、老けてるだろ?
一昨年まで本物の大学生だった、23歳だよ】
それだけ伝えると、再び身を伏せた。
次の瞬間、彼のまわりの時が止まった。
これはドディが、これまで何度も思い返し、当たり前になっていることを語るため起こった現象だ。
大量の情報を一瞬で送ってくる。
【俺が生まれたサウジアラビアという国は、石油が取れるんだ。
親は石油採掘会社の重役。
おかげでかなり贅沢をさせてもらった。
フランスという、外国の……チェ連しか国がない星の人にはわかりづらいな。
とにかく、遠くの有名商業大学にいた。
成績もなかなかのものだったんだぜ。
クラブは今も続けてるバスケットボール。
シエロとは、一緒にやったことがあるな。
シュートが決まるたびに女の子がキャーキャー黄色い声を上げていた。
俺の大学時代は、もっと派手だったぞ。
どうだ、なかなか充実した人生だろ。
だが、時代が悪かった】
そう言ってわずかに視線を動かし、遠くで未だ続く焦土作戦を見る。
【俺はあれと同じ火を見ている。
俺がいた大学の近くで、テロ事件が起こった。
事件を起こしたのは、外国から難民として来た異能力者!
元いた国で、罪もないのに危険生物のレッテルを張られ、追い出されてきたんだ!
わかるか!? 外国だぞ! 複数の国でそれぞれ異なる政策を行ってるんだ! 】
いらだつ心のまま、ドディは語る。
【難民たちを、フランスもその周辺の国も、受け入れる政策をとっていた。
だがな、それに反対する国民もいた。
難民が、自分たちの仕事を奪うのではないか。
ここに来るまでに金を使い果たした難民が、犯罪を起こすのではないか。
そんな不安からな!
そんな時代がテロ事件を起こした。
どちらかが始めたかは、結局わからなかったがね。
当然、フランス人と難民は報復合戦になった。
そしたら、俺まで胡散臭い目で見られるようになった!
警察署で、延々やってないテロ事件の尋問を受ける屈辱!
お前らにわかるか!
うっ! 】
その時、ドディは気付いた。
同時に、時が元に戻る。
レミが、不安げな表情で自分を見ていた。
苛立ちは消えない。
それでも、安心させる表情を取り繕う。
【俺が日本に来たのは、比較的差別が少ないと聞いたからだ。
だが、それはあくまで比較的。だ。
……もう何もかも嫌になり、すべてを終わらせるつもりで崖の上に立ったよ。
その時……俺を止めてくれた人。
それが応隆。PP社の社長で、真脇 達美の兄だ。
結局、日本政府も俺を疑っていたんだ。
だが、それのおかげで命を救われた。
そのことが、生きることへの欲望をよみがえらせたのかもしれない。
俺は、もうちょっと人の役に立とうと思った。
高等部に入ったのも、年下相手なら大人ぶれると思ったからだ。
実際は、それほどでもなかったけどな】
車のエンジンが近づく。
騒音公害に厳しい現在の日本車ではありえないうるささだ。
ヘッドライトが川下から現れ、視界の真ん中に滑り込んで止まった。
今、彼我を分けるのはメイメイ改造車と車7台分の幅を持つ駐車場。
駐車場には車50台は止められる。
その向こうには、コンクリート塀と、閉められ鎖で封印されたゲート。
ゲートの外に、幌の屋根を持つ車が滑り込んだ。
第二次世界大戦のアメリカ軍から始まる、軍用4輪駆動車の代名詞、ジープそっくりに見える。
その窓から、白旗を持った手が伸びてた。
【撃たないでください! 我々は、降伏しに来ました! 】
ドアが開き、白旗を持った地域防衛隊員が降りてきた。
車の幌が開き、次々に人が降りてくる。
本当にすし詰めだったのだ。
降りる人々は、もう20人近くになっていた。
【開けて! 開けてください! 】
そして全身に大粒の雨を浴びながら、ゲートの鎖を外そうとしている。
【屋上に見えるの、フーリヤでしょ!?
君たちなら、助けてくれるって、言ってたよね!? 】
そう言った少年の顔に、ドディは見覚えがあった。
共にバスケをした覚えもある。
【ああ! そうだ!
それも俺たちの任務だ! 】
助けをこう声にそう答えると、ドディはレミを向いた。
【君はここで警戒してろ。
状況が変わったら知らせてくれ】
レミはタブレットを床に置き、弓を構えた。
【分かりました】
彼女の声に、緊張が走る。
レミの体半分を構成するのは、地球の木ではない。
彼女の生まれ育った異世界にのみ生い茂り、至宝ともされる、聖樹。
聖樹は、その中で自己組織化と自己増殖、自己進化する概念を集める。
その聖樹と融合した彼女は、そこからくる膨大な概念を、自在に操ることができる。
膨大な概念を武器として発動する武器が、同じ聖樹から切り出された弓、神来(ジンライ)だ。
レミが準備を終えるのを見て、ドディは外へ出て行った。
【俺の顔は覚えてるな!
ドディ・ルーミーだよ!
武器は、川に投げ捨てるんだ! 】
その声にしたがい、チェ連人達は振り向いて川に武器を捨て始めた。
【隠して持ち込もうとしても無駄だぞ!
知っての通り、ハッケは何でもお見通しだ!
捨てたら、ゲートを開けて――】
【ドディ――!! 敵襲です!! 】
レミの叫び。
たちまち、天に赤い光が二つ煌めいた。
『迫撃砲だ! 大丈夫!
あれなら撃ち落せる! 』
屋上からの機械音声。
フーリヤだ。
雨の中に、明るく光る線が見える。
フーリヤの背中にある、2連レーザー砲塔。
巨大な鳥のくちばしが、天を向いた。
フーリヤの頭。
そこには小型レーザーバルカン。
雨をプラズマ化させる高温が、続く追撃を食い止めようとする。
『やっぱだめだ。雨でレーザーが拡散されてる』
(だと思った)
そんなことは気にせず、ドディはゲートを戒める鎖をつかんだ。
外では、あせる叫びが聞こえる。
ドディの持つ能力の一つ。
全身から放たれるガスバーナーの様な炎。
手のひらからの炎で、たちまち鎖は赤く焼け切れた。
【さあ! 早く入って! 】
それに従い、人々が流れ込む。
それをよけながら、ドディは下流を見てみた。
未だ燃え盛る戦火。
主戦場だからだ。
その火の中から、3つの人影が近づいてくる。
だが、なにかおかしい。
人影と、その横に立つ家の窓。
二つの遠近感が一致しない。
【人型ロボットか! 】
人影から、連射する銃声が折り重なって響いた。
人の持つ自動小銃とは違う、より大きな、大口径の銃。
その銃弾はたちまち無人のジープを貫き、鉄片と炎をまき散らした。
【あいつら、宇宙人から奪った虎の子の兵器まで持ち出したんだ! 】
塀の影でバサバサッと、風を押しのける音がした。
音を鳴らしたのは、ドディの背中から現れた2枚の翼。
翼のある鹿は、アラブでは強い生命力を意味する。
そして、人間そっくりの手のひらを地面に向ける。
そこから放たれるのは、ジェットエンジンを思わせる青白いまっすぐな炎。
それを、蹄のある長くしなやかなシカの足がさらに加速させる。
はずだった。
だが。
【毛が逆立ってる?
確実に帰れる道があるから、もう戦いたくないと思ってるのか?!
俺の心が?!
何で?! こんな時にビビってるんじゃねえよ! 】
一方のレミは、弾丸にもひるむことなく立ち、天に向かって次々に弓を射ていた。
その弓の軌道は、変身すると強化されるドディの五感によって、正確にとらえられていた。
矢はAの字の様に空中で大きく軌道を変えると、迫る人型ロボットの銃を正確に射ぬいた。
銃は、人間そっくりの手に握られていた。
それは銃弾の火薬の誘爆により、粉々に砕け散った。
それでも、その足は前進を止めていない。
【どうしたんです!? 】
レミの心配する声。
彼女の姿は、人生の長い月日を武門にささげた者だけが持つ、弱さや穢れを寄せ付けないたくましさ。
まさに武人の気配。
その姿に、ドディは思い出すことがあった。
【そう言えば、こいつも知ってるんだよな。
あの火を】
ドディを心配しながらも、レミの弓矢は次々に放たれていく。
侮れぬ兵器の存在を知った3機のロボットは、背中のブースターからジェットを放ち、真上とななめ左右の3方へ飛んだ。
そして、短い飛行の後、浄水場へ迫る。
【……くそっ!
負けるか! 】
ドディは叱咤するように足をたたいた。
そして、今度こそ手のひらからジェットを放つ。
たちまちドディは嵐の空へ駆けあがった。
雨粒がまるで石つぶてのように全身を打つ。
銃弾で撃たれても平気な毛皮越しでも、それは痛い。
飛行の衝撃で、空中のロボットは大きくバランスを崩した。
街を見下ろす。
一時よりは燃え上がる火は少なくなっていた。
それでも、変身したドディの五感は、はっきり見える。
街頭も、街灯りもない。
送電線が切られたからだ。
チェ連の手によって。
また、山の要塞は火山のように炎を高々と上げている。
その有様に、痛ましさを覚える。
空には無数の宇宙船の残骸が受ける、日光の白い光。
そして、スーパーディスパイズが大気圏突入したことを示す、火球。
【レミは、あるファンタジーな異世界の政治家の娘だ。
その異世界にも名前はあるが、今は話させないでくれ。
……憎しみや野心をもって攻め込む奴がいるかもしれない。そうレミは心配している。
そのくらい政治が不安定な世界なんだ。
その世界へ、高校時代のボルケーナが夏休みの一人旅でやって来た。
本当にあてもなく、概念宇宙の導くまま旅したことがあったんだ。
とても広い草原で2人は出会い、遊んだそうだ。
だが、それは罠だった】
続いて、浄水場建屋を向いた。
コンクリート三階建の、幅のある建物だ。
その屋上で働くフーリヤが見えた。
その姿を一言で言えば、大鴉。
広げた翼は30メートルにわたるが、いまは建屋に半分以上おしこめている。
その下でうごめくのは、本来鳥の足がありそうな場所から生えた、無数の触手だ。
雨が、フーリヤの黒い表面を濡らす。
本来、無機質なはずの機械生命体の肌が、修理を進めるたびに生物的にうごめいている。
【レミの父親とその一派は、ボルケーナを恐れ、攻撃を決定していた。
国には内緒でな。
発射されたのは、戦略級魔法。核爆弾みたいな魔法だそうだ。
それは、ボルケーナの真上で爆発した。
ボルケーナは必至でバリアを張ったそうだが、レミは、体の半分以上を焼かれた……。
ボルケーナは怒ったが、レミの命を救わなくてはならない。
義体に使うため、聖樹の枝を急いで食いちぎると、地球へ帰った。
それ以来、レミは故郷へ帰っていない】
次に見たのは、川下。
あのジープとロボットがきた方角。
そこで川は二手に分かれ、間は巨大な島になっている。
島のまわりには、輪中と呼ばれる川の水を防ぐ堤防。
そして、高圧電流の流れた大きな柵が並んでいる。
宇宙人居住区。
チェ連を、スイッチアを訪れた異星人が、捕まり、おしこめられた場所。
収容所。そんな言葉が一番しっくりくる。
その河の浄水場側に、フセン市役所も地球人の主力もある。
そして宇宙人居住区へかかる一本の橋。
その周りが、最大の激戦地だった。
地球人は、とらわれた異星人を保護し、地球まで連れ帰ろうとしている。
それが異星からの支援を取り付ける条件だからだ。
一方のチェ連人は、異星人が帰り、恨みを持ってチェ連を語ることで、さらなる戦乱が起こるのを恐れている。
チェ連の基本戦略は、宇宙人がスイッチアから出て行きたくなるまで攻撃する。という物だからだ。
収容所へかかる他の橋は、落とされた。
チェ連では、橋やトンネルのようなインフラは、敵に使われないようにすぐに破壊できる構造になっている。
だが激戦地の橋は、設計が古すぎて頑丈にできている。
これは、生徒会のつかんだ情報だ。
そこを地球側は確保し、今は異星人をのせた輸送車が次々に走り出している。
今でも火の手が増えている。
黒煙は雨に逆らい、どこまでも伸びていく。
その中で地球の戦車が、消火栓に体当たりしてへし折っている。
そのたびに新たな水が噴きだす。
【それでも、焼け石に水じゃないか! くそっ! 】
ドディの心に、無力感が広がる。
やがて、ドディは上昇を止めた。
そして、全身からジェットを放ち、がけから落ちるよりも早く、追手めがけて降下した。
雨水は一瞬で蒸発し、痛さは無かった。
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