第20話 優しい雨

「ところで、時間順ごとに思いだすって、具体的にどうやればいいんだ? 」

 シエロは、自分の声が思った以上に上ずっているのがわかった。

 普段は威厳をだすため腹に力を入れて話すのだが、そんな気持ちは脳内物質と一緒に消費したようだ。

「ぼ、僕、分かったよ。サイガとノーチアサンが、なぜあそこにいるか考えるんだ」

 カーリタースの怯えた声だ。

 だが、わずかばかり勇気を含んでいる。

「彼らがあそこにいるまでに、仲間を運んだり、おろしたり、いろんなことをするだろ。

 それを、自分がやったように思い出す感じで考えるんだ」

 智慧が2人に与えた物。

 それは、テレパシーを受け入れる生徒会メンバーの記憶の集合体だった。

 ある人の記憶からほかの人の記憶へ、移りながら状況を見ていける。


「竜崎 舞とスバル・サンクチュアリもいっしょか」

 最初に記憶が見えたのは、竜崎 砕牙だった。

 今、水を操って街の火事を消している蒼い竜。

 全長は約70メートル。

 実は、いつでも人間の姿になれる。

 その際の人間態は身長130センチ。

 小学生なみだ。

 その声は朗らかな会話が似合う。

 だがその声が語っているのは、彼と家族の暗い過去だ。



――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


【サイガだよ。

 今から、これまで君たちに話してなかった僕の履歴を教えるね。

 僕は182年前、明治時代に生まれた。

 生まれたと言っても、その前は1,000年以上生きた竜だ。

 いわゆる異世界転生という奴。

 竜崎家は、僕がたどりついたことで異世界と強いつながりを持った。

 そして以後、強力な異能力者を生み出す家系となっていく。

 裏の世界とよく言われる、最高機密で隠されてね。

 かなり強力な権力となった。

 便利な物だと感じた。

 20年前の異能力者大量発生現象の後もそうだった。

 魔術学園に、家族ともども入れたのもそのおかげだ。

 だが、僕らは最も重大なことを見落としていた】


 地上すれすれに渦巻くサイガのハリケーン。

 それになすすべもなく消えて着く炎や黒煙。

 だが、その向こうには……。

【自分たちが、所詮は生物だということを、忘れていたんだ】

 誰の力もおよばず、燃え盛る街と山々。


 たちまちサイガの回りで、水が重力への服従を止める。

 そして、直径5メートルほどの水玉となり、真横へ飛んでいく。

 新たな火災に向かって。


 サイガの龍神態は、見晴らしが悪い環境でも気配で状況を把握できる。

 燃える山々も見にくい環境だが、サイガの目はそのかなたから、小さな光の群れを見つけた。

 レイドリフト四天王が落下の際に巻き込んだ、宇宙を漂う瓦礫、デブリの流れ星。

 それと超音速で迫る、地中竜の軍勢だ。

 あの鋼鉄の飛竜が、翼をジェットエンジンとするべく丸め、その中にニトロ系のジェット燃料を爆発させている。

 市役所にとらわれた仲間を救いにやって来たのだ。

 

 だがサイガの関心は、未だ光を放たず、だが確かにその空にいる者に注がれていた。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


「城戸、ありがとう」

 シエロの声に、智慧から驚きの感情が送られる。

「私達が君の試練に打ち勝つと、信じてくれたんだよな? 」

 智慧からのテレパシーが途絶えた。

「……おい」

 返事してください!


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


【私 の 声 、 聞 こ え て ま す か ?  私 の 声】

 サイガが視線を向けた場所からのテレパシー。

 月と、多数の残骸となった宇宙戦艦が輝く夜空。


 その光で輝く雲海を、少女が一人で飛んでいく。

 その服は紺色のブレザー。白シャツに緑のスカーフ、紺の字にチェックの入ったスカート。

 間違いなく魔術高校高等部の生徒。

 彼女がかすめた雲が、円形に押しのけられ、散らばる。

 明らかに音速をこえて飛行すると発生する、衝撃波を放っている。

 少女の髪は黒のショートカット。

 大きな黒い目。

 ほっそりした体つきと白い肌が、清潔感を与える。

 その彼女の顔は、決然として引き締まっていた。

【竜 崎  舞。

 サ イ ガ の 弟の ひ孫 で す。

 能 力 は 、 物 質の結合 を操る こと】

 そんな彼女は、地上にまっすぐ立つように、直立不動で空を飛んでいた。

【 今は、制服と、 前方の 空気を 固体化 し て い ます。

 う し ろ では、空 気の 体積 を、ふ く ら ま せて、ロケッ トの ように 噴射 して います】

 猛烈な空気さえ、彼女の能力の前では道を譲る。


 彼女は今、真正面から迫る地中竜の編隊に向かって飛んでいる。

 横一列に並んだオレンジ色のジェット噴射が12。

 だが、地中竜編隊を発見し、確認させたのはたのは舞の能力ではない。

 

 舞は、自分の体と服に新たな能力を働かせた。

 体や服を構成する元素、窒素、鉄分、酸素など。

 元素はその中心にある原子核と、その周りを回る電子で構成されている。

 この電子と原子核の距離を、縮めていく。

 たちまち157センチあった身長が、15センチにまで縮んだ。


 舞は記憶どうりに地中竜編隊のど真ん中へ突っ込んだ。

 突っ込んだ瞬間、体を元に戻し、両手に能力を込める。

 込めたのは光子、フォトン。電磁的結合を使う。

 一瞬放たれた稲光が、全身を鉄の鱗で覆う地中竜を次々に伝わる。

 舞が通り過ぎた後では、すべてのジェット軌跡が、舞が通った空間を中心に弾き飛ばされた。

 電撃で撃ちすえられた痛み。

 磁力による生体ジェットエンジンの誤作動。

 地中竜たちは、しばらく軌道を安定させることはない。

【わたし に は、気付か なかっ た よう ですね? 】


 次の瞬間、舞の脳に新たな情報が送られてきた。

 テレパシーだ。

 それを受信すると、高度をさらに上げた。

【あれ にも 、気 づか な かったよ う で す ね? 】

 そこには、天空から降り注ぐ無数の流れ星。

 だが、これはそのまま消える物ではない。

 レイドリフト四天王の降下によって引き起こされた、巨大デブリの落下だ。

【重力 子、グラビ トンを つ か い ま す】

 そう言って舞は、全身からフルパワーの異能を放った。

 その体はみるみる膨らんでいく。

 今は空中なので比べる物はないが、一気に地中竜を凌ぐ大きさとなった。

 およそ50メートル。

 四方八方へ飛んでいくデブリが、向けられた舞の手にめがけて軌道を曲げた。

 そして、一直線に向かってくる!

【すべて の 結 合 を無に……】

 次に舞は、自分自身の量子レベルの結合を弱めた。

 今やガスよりも細かい、隙間どころか原子の間さえすり抜ける存在だ。

 目の前には、集まったデブリがぶつかり合い、数十メートルのかたまりとなって迫ってくる。

 舞は、その幽霊の体でデブリに飛び込んだ。

【すべ ての 結合 を 無に……! 】

 舞がそう念じるたびに、デブリは量子間の結合力を失ってゆく。

 それまで固く結びついていた鉄などの金属も。

 乗組員の思い出も。

 それらを焼いていた大気圏突入の炎も……。

 巨大なデブリは、たちまち灰となって霧散していく。

 もはや、いかなる殺傷力もないだろう。

【こ の 力は、 あ まり 好き で は ありま せん。

 脳 の 機能 を 使いすぎ て、言 葉 を話すため の部位も ありませ ん。

 いま だっ て、テレ パシー中継 して、もらっても 言葉 を うまく イメ ージできません】

 灰は、もう雲と見分けがつかなくなっていた。

 それを上空で見降ろしながら、舞は元の姿を取り戻していった。


【そ ん な 私 ですが、 楽器 には自信 があり ます。

 ギター。 ピアノ 。バイオリンにフルート。ドラム。

 幼稚園 から、高校 まで、 見つけた 楽 器 は一通り 覚え ました。

 ストリー トダンスも踊れ ます。

 それ の 腕 が よすぎた ためか、1年 生 で す が 、 音楽部 部長 を 務 め させ て い だい て ま す】


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 シエロが聴いた彼女の心の声には、誇りがにじみ出ていた。

 彼女に殺されたチェ連人や3種族はいない。

 そして、音楽部は真脇 達美が属する部でもある。

 舞にも、芸術家としてのプライドがある。

 悲劇があった時、それだけが世界ではないと、誰かの肩を抱くような能力。

 シエロはそれを感じ取った。


(次は、舞に送られたテレパシーの送り主を探ろう。

 ……ノーチアサンとスバル・サンクチュアリの所か)


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 サイガと互いに援護しあえる距離(と言っても数百メートル)に、灰色の超金属がふわりと浮いている。

 ノーチアサン。

 3年B組、水泳部部長。

 当然人間態はあるが、その実態は全長170メートルを誇る、人工知能を搭載した宇宙戦艦。

 地球外の技術で作られ、地球へは傭兵としてやってきた。

 その姿は、地球の海にすみ、強大さとすばやさを兼ね備えた、ホオジロザメを思わせる。

 今、サイガのハリケーンを滑るように飛び、星明りにやわらかく照らされた灰色の装甲。

 それは、成層圏エーロゾルが降らす酸性雨にも痛むことはなかった。

 そして全身を覆うエナジーシールドは、チェ連にはびこるあらゆる兵器を跳ね返した。

 その声は、スピーカー越しに流れる。

『キューボラを叩く、自然の雨音は良い物だ』

 男の声が流れた。喜びの響きがある。

 スピーカーがあるのは、ドーム状に防弾ガラスが並べられた、キューボラの中だ。

 当然、この窓ガラスも地球上の物とは比べ物にならない強度を持つ。

 今も、バケツをひっくり返したような暴風雨が当たっているが、人間の耳には音一つしない。

 だが、機械の耳なら別だ。


 ノーチアサンの背中には、やや大降りの背びれに見える艦橋がある。

 地球の艦船でもそうだが、レーダーや無線機、司令塔が本来の任務だ。

 だが今の艦橋からはレーダーも無線機取り外されている。

 もちろんそれは宇宙の科学技術が込められたもの。

 レーダーは近隣の平行世界まで視界に収める超次元レーダー。

 無線機は光、すなわち電波を超える速さで通信しあえるタキオン通信機。

 しかも、スイッチアに居ながら地球の電波無線ともリンクできる。


 これらが仕舞い込まれ、代わりに後付けされたのが、人一人用のキューボラだ。

【私か、城戸 智慧のための観測室だ。

 なかは、戦闘機のコクピットに似ている。

 パイロットさながらに、全身をベルトでしっかり固定できる】

 だが、彼女の前には戦闘機のような操縦桿もスイッチもない。

『疑似テレパシーは、うまく働いたようだな』

 ノーチアサンへの返事は、力強く、はつらつとした声。

【うむ。あれだけ異能力を使い、しかも高速で飛ばれたら、無事に使える無線機などないからな】

 スバル・サンクチュアリ。

 地下であろうと雲の中だろうと、いかなるものでも見つけ出す透視能力者。

 3年A組。風紀委員長。

 大人びた顔から切れ長の目が喜びで輝く。

 長めの黒髪を毛先に段差をつけたマッシュレイヤー。

 うなじを隠し、前に行くにつれて短くなっていく。

 スバルはその異能の視線を、次の目標に向ける。

【私の目は、雨にも負けず周囲100キロ四方を視ていた。

 そして舞は、その情報をもとに地中竜を蹴散らし、デブリを霧散させた。

 ノーチアサンの疑似テレパシーネットワークは完ぺきだ】


 スバルが右手に収まるジョイスティックを小さく動かすと、イスが回転する。

【見つけた。 レイドリフト四天王の合体したロボット。

 名前は……何といったかな?

 ノーチアサンは、私の視線をキューボラにつけた監視カメラで追っている。

 そして、予備の超次元レーダーで目標を確認し、データベースを探ったはずだ】


『スーパーディスパイズ。

 身長1200メートルを誇る人型拠点制圧ロボット。

 ネットワーク派の切り札ぐらい覚えておけ』


【済まない。

 私は本気でそう思った。

 アメリカ人留学生だった母が、剣術道場で父と出会い、どこに牽かれたのか。

 晴眼。

 はっきり見える目。

 無知は、晴眼の大敵だ】


 目を凝らすと、スーパーディスパイズの巨大さがしっかり見て取れた。

 ノーチアサンが乗りそうな、300メートルはある太い腕。それに並んだ砲塔。

『片腕にレーザー砲2門並んだ砲塔が2つ搭載されている。

 両腕で合計8門。

 他にも――』


【ノーチアサンの説明。もっと聴いていたい。

 だが私の目は、暗闇に覆われた地上の、ある一点にくぎ付けになった。

 住人の手で瓦礫と炎に変えられた、無残な都市、フセン市。

 サイガの暴風が吹き荒れる中、一か所だけ雨が降らない場所がある。

 マトリクス聖王大聖堂。

 かつては壮麗だった巨大建築も、今は崩れ、醜い残骸をさらしている。

 そこから、仲間の生徒会が放つ、携帯電電話の電波が見えた】

 ノーチアサンが興奮する。

『よし。OKが出た。

 これから資材の輸送に入る』

【あそこでは、地球とスイッチアを結ぶかもしれない、美しいことが行われていました。

 ここで言うスイッチアとは、チェ連だけではなく3種族も含める物です。

 エピコス。ペンフレット。あなたたちには見えますか? 】


 ――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


(ああ、見えるよ)

 シエロは不思議に思った。

 今まで地球人を怖がっていた時には理解できなかったことが、今ではすいすい頭に入ってくる。

 鷲矢 武志の表情を見てもそうだ。

 ゴーグルの奥から自分を睨み付ける目。

 マスクの奥から出かかった苛立ち。

 だが、彼にはそれを収める辛抱強さがある。

 シエロはそう信じた。

(彼のサイボーグボディが、私を貫くことはない! )


「あの、鷲矢さん。私の話を聞いてほしい」

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