第18話 涙の居場所

 シエロは、おびえる心をおさえながら、市役所を映すモニターに目を向けた。

 それが何の役に立つかは、わからないが。


 市役所のシェルターでは、ジルに縮小された異星人を、その場にいた全員で捕まえている。

 縮小されたとはいえ、人間大だった者がおよそ20センチになっただけ。

 気を付ければ見失うことはない。

『ダンボール! もってきました!』

 地下室から、赤いつなぎを着たエンジニア風の女性がやって来た。

 シャープな顎と鼻筋の通った精悍な顔立ち。

 首の後ろでひとまとめにした、長いまっすぐな黒髪。

 豊かな胸と腰が、ダブついたつなぎを盛り上げている。

 持ってきたのは、日本のお菓子を入れていた、大きな段ボール箱だった。

『本当に、いれて大丈夫なの?』

 智慧は、差し出された段ボール箱に異星人たちを放り込むのに、不安そうだ。

 異星人の中にはバルケイダ星人のように、光線を放つ物もいる。

 縮小されても、その威力には紙の箱など無力だろう。

 だが。

『ひい! 納得! 』

 同時に、一歩後ずさった。

 黒い魔法火でできた鎖が、箱の中をヘビかムカデのように這い回っている!


『僕のポイズン・チェーンが入ってるから、大丈夫だよ』

 女性の後から、少々高い男の声がした。

 黒い魔法火を固めた鎧をまとったルルディ騎士が、段ボール箱を抱えてやって来る。

 兜の前部分を跳ね上げ、のぞいた素顔には、大きな目と愛嬌のある笑みがあった。

 地下壕で暴れる優太郎を縛り上げた騎士だ。


『カツオくん』

 智慧が話しかけたのは、サッカー部部長、出獲 蠍緒(いずらえ かつお)

 背は平均より低く、頼もしいというより、かわいい生徒だ。

 だが、肩幅は広く、重い鎧を着ても問題ないくらいに鍛えている。

 異世界ルルディの留学生で、今は元いたルルディ騎士団に復帰した。


 蠍緒に太鼓判を押され、智慧は迷いなく捕まえた異星人を放り込んだ。

 異星人は、黒い火にのまれると悲鳴を上げる間もなく固まった。

 その姿は、ガラス細工のようにも見える。

『僕の火の中では時間の流れが止まるからね。

 ブライセス先輩。ここからは拘束を解くのは一人だけにして、1人ずつ治療するのはどうでしょう?

 周りを僕たちに囲まれれば、異星人もおとなしくすると思います』

 カツオの説明に、ブライセスは感心した様子だ。

『よし! それで行こう』


『あの、ところで』

 遠慮がちに割り込む通信。

 メンテナンスを終えようとする、達美だ。

『あの美人さん、ほんとに?』

 シエロが今見ているモニターには、現れる人物の近くに、その名前が表示されている。

 達美も同じ映像を見ているはずだ。

 言いよどむ達美の態度からは、表示された名前が信じられない事をにじませた。

「ボルケーナさんの人間態だよ」

 武志の言葉に、達美は――。

『超美人――!!』

 感情が、熱に変わって噴火したような声だった。

 ボディが打ち震え、体を支えるアームと金属のギシギシとこすれる音を立てる。

『さすがですボルケーナ! 私はあなたに、最大級の敬愛をささげます! 』

 達美にそれをさせたのは、ときめきという情熱。

 その言葉に、ボルケーナ人間態の顔が、さあっと紅色を増した。

『え? そう? ありがとう』

 達美の賛辞は止まらない。

『今まであなたのことを宇宙から突然やってきて好き勝手暴れて去っていく、そんなトリックスター的な存在だと思っていた!

 トリックスターで足りなければ、災害かな!?

 その認識は、あなたが魔術学園の大学で学ぶさまを見ても変わらなかった!

 でもそれは間違いだったんですね!!! 』


 ボルケーナはさらに照れ、顔がにやけてくる。

 だが他の者は、若干引き気味だ。

 場をわきまえない達美のマシンガントークに、耳を疑っているのだ。

 シエロもそう思った。

 だが、達美の性格、と言うより製造目的を考えれば、それが当然のように思えてくるから不思議だ。

(あいつはアイドル。

 人に好かれる美を追求する偶像なんだ。

 初めて会った時のことを思いだせ。

 あいつは廃棄された化学工場で、ハンドクリームを作ろうとしていたんだぞ!)

 あの時、シエロは肌の様子を調べられた。

 達美はレーダーと目のハイパースペクトルカメラを使った。

 診断結果は、ストレスでお肌がボロボロ。

 そして、試作品のクリームを無理やり手に塗られた。

 確かに、翌日の肌は信じられないほどしっとりしていた。

 だが、シエロにとってボロボロの傷とは、肉が咲けて骨が見えるようなことだ。

 あの時、クリームを塗られたベタベタは屈辱以外の何物でもない。

 時間と資材の無駄だ。


 マシンガントークは、まだ続いている。

『ボルケーナは人間の美を覚えて、完璧に実現できる、尊敬すべき女性だったんだ!

 こんなに! うれしいことはないです!』

 シエロに、ハンドクリーム事件と同じ怒りが浮かんだ。

「おいメイメイ。何とかしろよ」

 思わず口をついて出たのは、市役所にいる、天才発明家に頼ることだった。

 しまった、と思った。

(これでは、彼らの仲間みたいじゃないか!

 2か月の間に、彼らの変人ぶりが、乗り移ったのか!?)


 シエロは自己嫌悪に陥った。

 だが、メイメイは普通に返事をした。

『そんなこと言われても……。

 ん・・・・・・なんだあれ?

 地下から変な音がするぞ』

 そう言われて気づいた。

 何か水のような音がする。

 ほかにも、やわらかい物を押し込めるような音が。

 一つひとつは小さいが、音源が大量にあるのだろう。

 耳を澄ますと、しっかり聞こえた。


『地下の様子は、日本国による第12次超次元地域合同調査隊の最高機密だよ』

 ボルケーナが真剣な様子で言った。

『春風さんだけは連れていく――』

 だが彼女は、その地中竜の入った箱を、シェルターの中央へ投げ捨てた。

 すると、箱の中から金色のガスが猛烈な勢いで噴きだした!

『天上人よ!

 春風さんの体内に隠れていたんだ! 』

 ボルケーナが叫んだ。

 と同時に白い閃光。

 それが収まった時には、ブライセスの手にあのダンボールがあった。

『……口からの出血は、ない。

 内臓に損傷はないようだ。よかった』

 天上人の雲は、無人になったシェルターで、人の頭ほどのサイズで浮かんだだけだ。

『優太郎もろとも、縮小されていたのだな』


 それでも天上人は諦めない。

 ゴロゴロと雷のような音と光を放ちながら、出口へ飛んでいく!

 しかし、その動きがピタリと止まった。


 シェルターからの映像にノイズが走った。

 天上人だけがはっきり。

 そのほかの部分は黒く霞がかかったようになっている。

 智慧がテレパシーで天上人を拘束したためだ。

 彼女が注意を向けていること以外は、歪んで見えている。

『私は、正義という


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


言葉が好きでね】


 智慧からの一言。その一言のうち、後半はシステム越しではなく、シエロの脳に直接つながったテレパシー。

 それは一瞬で切れたが、その間に脳には膨大な記憶が刻み込まれた。

「うわあああ!!! 」

 シエロは、凄まじい叫び声を聞いた。


 脳内に、3種族とチェ連の指導者たちが、まるで目の前で見ているように現れた。

 彼らがいるのは、市役所の地下だ。

 20畳ほどの全面コンクリートの部屋。

 部屋は半分に区切られ、そこに彼ら40人が押し込められている。

 つめれば全員座れる程度の広さだ。

 部屋を区切るのは、蠍緒のポイズン・チェーン。

 床から天井へ、壁から壁へと突き刺さっている。

 3種族と指導者たちは、その中で拘束されることなく、自由に振る舞っていた。

 彼らはその中で。

 天上人も、地中竜も、海中樹も、チェ連人も。

 手に地球のお菓子をわしづかみにして、口へ押し込んでいた!

【ああ、甘い! おいしいなぁ】

【こんなうまい物を作らなかったなんて、我が種族はなんてバカだったんだろう! 】

【いや、すべてはボルケーナ様より賜ったこの体のおかげ! ありがたや! 】

【おかわり! 】

 ポイズン・チェーンの内側から、白い紙の皿が押し付けられる。

 このチェーンに触れても、魔法火に覆われることはなかった。

【おかわり! 】

 次に押し出されたのは紙コップだ。

【はい! 】

 おかわりを渡すのは、黒い炎の鎧のルルディ騎士団だ。

 その中に、蠍緒もいた。

 皆、引っ切り無しにお菓子の袋を開け、皿にのせたり、あわてて茶を沸かし、次々にコップに注ぐ。

 お湯を沸かすのは自分たちの鎧の掌に載せた、やかんだ。


 チェーンの内側で、地中竜が大きな菓子の袋を開いた。

 袋の開け方を覚えたばかりなのか、床に小袋が飛び散る。

 飛び散った床に、我先にと無数の手が伸びる。

 その手の内2つは――。

 口にチョコレートをべったりつけ、拾った菓子を嬉しそうに暴食するのは――。

 シエロの父、ヴラフォス・エピコス中将。

 チェ連極限地師団の師団長だった。


――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――◆――


 シエロは今まで感じたことのないショックに、体からすべての力が抜けた。 

 床へ倒れる寸前に、誰かが支えてくれた。

「なんだこれは! 智慧のいたずらか?!!! 」


『あのね、シエロ君。よく聞いて』

 あわてて割り込んだ通信があった。

 達美だ。

『猫をお仕置きと称してケージに閉じ込めても、ケージそのものを怖がるだけなの。

 人間だってそう。

 何かを考えるためには、まず素敵な環境が必要なのよ。きっと』

 彼女はそう言った。

 だが、他の声にかき消され、シエロには届かなかった。


「あは。あははははは!!! 」

 狂った笑い声が車内を覆っていた。

 カーリタースだ。

 シエロが倒れた拍子に、赤いベレー帽をひっかけ、床に落としたのだ。

 カーリタースは、さらに言い放つ。

「なんだよ! チェ連人は弱いじゃないか!

 バカじゃないか! 」

「黙れ! 狂人め! 」

 そうシエロが止めた時、気付いた。

 怯えた叫びは、彼自身の口から出たことに。


『智慧! あんた! 』

 スピーカーからボルケーナの声が聞こえる。

 そのつぎに聞こえたのは、肉を打つ鋭い音と、床をなにかが転がる音だった。

「うううううう! 」

 うめきながらもシエロは、何とか視線をボルケーナと知恵が写ったモニターに向けた。

 だが目のピントが合わないのか、涙のせいなのか、ぼやけて見える。


『まさか、私達の目を操るなんて! 』

 叱りつけるボルケーナ。

 ようやくピントがあった視線には、智慧の床に倒れた視界があった。

 智慧は、ボルケーナに平手打ちされていた。

『それでもさすがね。一瞬で回復したじゃない』

 不敵に笑っている、智慧の声だ。

 ボルケーナは問い詰める。

『狙いは、天上人の記憶でしょ。

 いったい何が目的で……。

 まさか、地下の様子を!? 最高機密だって言ったでしょ! 』

 この怒声だけで、多くの知的生命は恐れおののき、ひざを折り、拝む。

 だが智慧は、すぐに身を起こすと、思いきり怒鳴り返した。

『そんな物、くそくらえよ!! 』

 視界に智慧の右手が写った。

 その手の中指だけが伸びている。

 腕に、天上人のガスがまとわりついている。

 まるで戯れるように。

 だが、そうでないことはすぐわかる。

 天上人は、智慧の完全な支配下に置かれているのだ。


『あのとき総理から、{テレパシーで頭をのぞいても証拠とはならないぞ! テレパシスト以外の人間には証明できないから! }って言われた時、カチンときたのよ』

 智慧が言った一瞬のち、そのとき活躍したティッシーが答えた。

『う、うん。私もカチンときたよ』

 彼女は、床を這っていた。

 視界は、さまよっている。

 奪われた視界がもどっていないのだ。

 彼女だけではない。

 異星人も、地球人も、ボルケーナをのぞいた皆が。


『いただいた記憶は、カーリ君とシエロ君に渡したわ。

 2人には真犯人の交渉役もしてもらうから、与える情報は多い方がいいでしょ? 』

 そんな智慧に、警官たちが反論する。

『必要な情報は、こちらから伝える予定だったんだ!

 知ることで、君たちが危険にさらされる情報もあるんだぞ! 』

 だが、智慧は意にも解さない。

『それに、この情報はミスター・シエロとミスター・カーリタースにとって偉い人の物です』

 ハッケが進み出た。

 ハッケはロボットだからテレパシーは聴かない。

『ミスター・シエロにとっては親族の情報です。

 友達にショックを与える物です』

 まっすぐ、マスクの奥のカメラを向けて話す。


『友達? 』

 智慧は、その単語を汚い物であるかのように言った。

『友達ってのは、苦しみを共感し合う間柄の人なの!

 カーリ君が言うには、異世界から人を召喚するのは、世界を実効支配する行為なんですって!

 あれ?

 シエロ君、現実世界の市街戦は見ていないのね。

 鷲矢君が怖かったのかな? 】


 図星をつかれた!

 シエロは身が凍る思いだった。

 そして今、鷲矢 武志は……。

 倒れ掛かった、自分を支えている!


『じゃあ、こんなのはどう? 』

 智慧のテレパシーが、再び膨大な記憶を押し付ける。

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