第17話 怒りのギャップ

【そいつをやっつけて! 】

 女の叫びがとどろいた。

 その叫びに恐ろしい物を感じた智慧は、はっと声の主を探した。

 そこにいたのは、あのペースト星人の老夫人だ。

 彼女が、近くにあった外科用のメスを握りしめていた。

 その眼は、再びハッケに拘束された地中竜を睨みつけている。

【そいつをやっつけて!! 】

 再び叫んだ彼女は、小さな刃に自分の全体重をかけ、地中竜に突進していった!

【ウオオオおお!!! 】

 上品な顔立ちから想像もできない叫び声。

 それに触発された異星人たちも、シェルター内を叫びで埋め尽くした。

 地球人のような声。獣のような叫び。昆虫の羽のような唸り。金属がこすれるような音。

 そのすべてが、今まで強いられてきた苦しい生活から飛び出した感情、怒りを表していた。

 付添人が駆けだせば、けが人も車輪付きベッドから飛び降りる。

 包帯から血が染み出そうと、気にも留めていない。


【ま、待ってくれ! 】

 そう言ったのは地中竜、あの春風 優太郎だ。

 まだ人間の形を保った右手首を、ハッケにつかまれ、背中側にねじりあげられている。

 そんな身動きできない優太郎に、ペースト星人夫人のメスが突き進む。

 かまえも何もない、ただ右腕を突き出し、やみくもな突進。

 

 その瞬間、メイメイが槍をふるった。

 刃ではなく、反対の石突を向ける。

 その一撃が精密にメスを弾き飛ばした。

 次に柄を横一文字にすると、バランスを崩したペースト星人夫人を押し戻す。

【てめえ! なんてことを! 】

 ペースト星人夫人を受け止めたのは、雄ライオンが2本足で立ちあがったような異星人だった。 

 彼も含め、周囲の異星人が、邪魔する地球人に怒りを向ける。

 そして、手の空いた者から地球人に殴りかかった。

 だが。

【うわっ!】

 突然、彼らの足が止まった。

 バランスを失った上半身が、その場で彼らを転ばしていく。


 同時に、達美専用車へ送られるテレパシーの画像が乱れた。

 異星人の足を止めたのは、智慧のテレパシーだ。

 

【マスター! 手錠を! 】

 ハッケにせかされ、メイメイが駆け寄った。

【分かってる。その前に威嚇を一発だ】

【イエス! マスター! 】

 ハッケは右手を離した。相手の右腕をねじり上げていた手を。

 そして機械の拳を作る。

 そして優太郎の顔、床に押さえつけられ、動かしようのない目の前のコンクリートに、パンチをめり込ませた。

【動かないでください。私はミス・タツミ、レイドリフト・ドラゴンメイドより強いですよ】

 そう言うと、腕の拘束に戻った。

【ミス・タツミは脳を持つサイボーグです。ですから量産ができません。

 ですが、彼女は異能の力を使うことができ、教材としての価値があります。

 そのため、彼女は備品扱いです。

 一方、全身機械の私は、量産が可能です。

 この世界に来てからも、すでに16体を製造し、稼働状態です。

 魔術学園では、未来における能力は私のシリーズ化した物が優勢と判断しました。

 そのため、生徒として扱い、さらなる高性能化への道を与えてくださったのです。

 私の方が、高性能なのですよ】


 その間、優太郎は地下シェルターに向かってずっと叫び続けていた。

【勇者たちよ! 共に立て!

 勇敢さの何たるかを示そう! 】

 だが、三種族の誰も出てくることはなかった。

 その間にメイメイが、ハッケにつけられたポケットから結束バンドを取り出した。

 それで優太郎の両手首を縛る。

 ようやく、ハッケは離れた。


 地下室からは、黒い人影が幾つも飛び出してきた。

 手に黒い防弾盾を持ち、胴体にも分厚いアーマー。

 顔を防弾ガラスで守ったヘルメット。

 手にはピストルか、サブマシンガンを持っている。

 日本のSP。

 正確には、それに一時的に編入された警視庁特殊急襲部隊・SATの隊員達だ。

 これまで、他人に威圧感を与えるという理由で使われなかった装備を、解放してきたのだ。

【我々は日本の警察です!

 この場は我々が預かります!

 日本政府は、あなた方の属する政府から、あなた方が状況を悪化させる行動をとった場合、お止めするよう言われています! 】

 有無を言わさぬ力強い言葉に、異星人たちの動きが一瞬ひるんだ。

 その隙に人の背丈ほどもある防弾盾が次々に並び、優太郎とその周りにいた高校生と、異星人を隔てる壁となった。

【全員! 身の安全を守れ!

 君! 早くこっちへ! 】

 警官の一人が、智慧を招いた。

 智慧は、それに従った。

 それに瞬間移動でキャロが、高速移動でティッシーを連れたブライセスが続く。

 医療スタッフも、警官隊の向こうか外へ走り去った。


【ふざけるな! そこの子供達だって戦っているじゃないか! 】

 這いつくばったまま、銀色の異星人が叫んだ。

 昆虫の様な硬い表皮をしている。

 四本足の上に、地球人のような上半身がのる。

 ただし、右手はそっくりだが、左手にはカニのようなハサミが。

 顔は昆虫のセミにそっくりだ。

 そして顔にあるカメラのような目。

 その全身には、大小さまざまなへこみがあった。

 古傷だ。その古さで、彼が異星人居住区で生まれ育ったことがわかる。


【俺たちだって、戦いたくてやってるわけじゃないんです! 】

 できる限り大きな声で、他の叫びに負けないように叫んだのは、メイメイだ。

【俺たちは、チェ連人によって召喚されました。

 それには、召喚魔法がかかわっています。

 その召喚魔法の中には、召喚された人がいう事を聞かない場合、災いをもたらす機能が有るんです!

 未知の、別の世界へ送られるかもしれない。

 真空の宇宙かもしれない。

 それが怖かったんです! 】

【チェ連人は怖くて、俺たちは怖くないってのか!

 なぜ助けに来なかった!? 】

 続けて投げかけられた質問に答えたのは、智慧だ。

【わたしたち、あなた達のことを知った時、すぐにそちらに行こうと思いました!

 でも、あれが理由です! 】

 そう、智慧が侮蔑の意思を込めて指差したのは、燃え盛るフセン市だった。

【今のチェ連に、宇宙からの侵略を退ける力はありません。

 そこで選んだ方法は、焦土作戦です。

 占領される前に、その土地の価値をなくすことです。

 最初、私たちが異星人居住区に行こうとした時、彼らはそこの広場にたくさんの服を持ってきて、火をつけました。

 そのつぎは、食べ物を。

 そのつぎには街を。

 そうやって自分たちの命を人質にしたんです!! 】

 銀色の異星人、そして背後の異星人たちは、倒れたまま生徒会の話を聞いている。

 事情を知り、話し合う。それが、異星人に人間的配慮を思い出させた。

 銀色の異星人が、少し余裕を取り戻した様子でたずねる。

【俺たちを覚えてるか? バルケイダ星人――】

【怖がる戦士など、いらぬ! 】

 バルケイダ星人の言葉を、優太郎が断ち切った。

【我に武器を与えよ! われらこそ戦士! 】

 そして、拘束を意にも解さない。


【武器さえあれば何でもできる! 何万人の敵でも殺し! 勇敢に死んで見せよう! 】

 優太郎の声に、バルケイダ星人は怒りを再び燃え上がらせた。

 智慧に拘束されたまま、敵と同じような格好で。

【ふざけるな! お前たちに何ができる! 字も読めない、九九もできないくせに! 】

 そして、決意をあらわにした。

【俺の命よ、炎に変われ! 】

 呪文と共にハサミの中で、青白い光が生まれた。

【平和への願いを理解できない野蛮人に、お似合いの罰を! 】

 この光を見た時、その場にいた人々はすぐに何をするのか悟った。

 バルケイダ星に伝わる、特殊な量子・バルケイダニウムが、呪文つまり熱エネルギー増幅異能力を受け取っている。

 同サイズのプラズマより高い熱エネルギーを蓄えることができる、熱エネルギー砲だ。

【させないよ! 】

 そう言って智慧は、ハサミのコントロールを奪った。

 ハサミの向きを持ち主自身に向ける。

 それでも、バルケイダ星人の決意は変わらなかった。

【これだけのエネルギーがあれば、市役所全てを吹き飛ばせる!

 そしてここまでスイッチアの戦乱を長引かせたのは俺の責任もある!

 死して詫びることに恐れなどない! 】

 その光と決断に、異星人たちは喜んだ。

【いいぞ! 野蛮人どもに見せてやれ! 】

 皆、這いつくばったまま。

 それでも声を張り上げる!

【宇宙正義の名において、死刑を執行するんだ! 】

 だがその流れに逆らい、逆転する力があった。


【やめろぉ!! 】

 ジル、1年A組学級委員長。

 テレパシーを送る智慧の視界が、真っ白な光で塗りつぶされる。

 目を閉じても、腕で覆っても見える光。

 同時に、防弾盾の向こうで爆発が起こった。

 狭い空間で起こった爆風は荒れ狂い、立っていた人間を激しく揺さぶる。


 それは、時間にして10秒に満たないことだ。

 光と振動が収まると、智慧は急いで辺りを見回した。

 異星人と、優太郎の姿が見えない。

【ジル、あんた……】

 友には向けたくない、恐怖を込めた言葉。

 優太郎のいた場所に、もう一人のバルケイダ星人がいた。

 ただし、その銀色の甲殻には青いラインが走る。

 バルケイダニウムが、全身に走っている証拠だ。

 盾の向こうを見てみた。

 そこには、5人いる。

 その周りには、誰もいないように見えた。

 だが智慧には、床から放たれる意思が見えた。

 大急ぎで床に顔をつけ、凝視する。

 そこには小さな、手のひらサイズの人影が、いくつも動いていた。

 サーカスの動物たちに施した技術で小さくされた、異星人たちだ。

 智慧は、心底ホッとした。


 ジルの正体は、ハイパーバルケイダ星人。

 異能力をコピーし、凝縮することで強力な異能力へと変える超物質バルケイダニウム。

 ジルはそれを全身にいきわたらせることができる。

 地球人そっくりに擬態することもできる。

 どういう運命のいたずらで生まれたかは分からない、突然変異体だ。

 そしてそのことは、決して祝福されることではない。

 バルケイダ星では、社会にコントロールできない個人は悪なのだ。

 魔術学園には、親から「異能力者がたくさんいる日本で一人で暮らせ」と言われてやって来た。

 そして、学園には彼の様な存在が大勢いる。


 6人のジルのうち、5人の体が青白く光るバルケイダニウムに変わり、盾の向こうに居た一人に吸収されていく。

 分身の術だ。

【さあ、捕まえますよ】

 そしてジルの人間に似た手は、足元のバルケイダ星人をつまみ上げた。


 この様子を、テレビモニター越しに見ていた者たちがいた。

(まるで、SF小説のようだ。いや、こんなデタラメな構成の小説などない。

 これは現実だ)

 シエロ・エピコス少年兵の心は、荒海のように乱れていた。

 彼は、シェルターにいるはずの父、ヴラフォス・エピコス中将が現れるのではないかと探した。

 だが、SAT以外に表れる者はいなかった。


 シエロがいるのは、真脇 達美にあてがわれたキッスフレッシュSMBVRKE(シムブバーク)対策車の中。

 SMBVRKE(シムブバーク)対策車の意味は、Science:科学兵器・Magical:魔法戦術・Biological:生物兵器・Void:真空・Radiological:放射性物質・Kaiju:怪獣・Explosive:爆発物・対策車両。

 ウォータージェットエンジンにより、水上移動もできる。


 その兵員輸送スペース、というより、イスのついた荷台。

 そこでシエロは、恐怖で打ちふるえながらも、背を伸ばして椅子に座り、視線をぶらさずにいる。

 これができるのは、チェルピェーニェ共和国連邦陸軍士官学校の厳しい訓練のおかげだ。

 シエロが思いだす、赤レンガの校舎での厳しい訓練。

 吹雪く雪山での行軍。

 荒海での遠泳。

 脱水症状と、それぞれに違った危機が待つ熱帯雨林と砂漠。

 自然という人間ではコントロールできない自然環境と、人を殺すという究極のストレスを学んだからこそ、魔術学園高等部生徒会ともスムーズに意思疎通ができ、今も取り乱さずにいられるのだ。

 シエロは、そう思いたかった。


 実際には、表情をおさえるため、かみしめ続けた奥歯が痛い。

 心臓はエンジンのように唸り続け、顔は火がでそうなほど、熱い。

 額から気持ち悪い汗がでてきた。

 握りしめた手は血が流れなくなって白い。

 ゆっくり手を開き、血を巡らせる。

 だが、銃もない状況で、これが何の役に立つのか?


 向かいに座る、カーリタース・ペンフレット。

 普段の彼なら、とっくに恐怖のあまりおかしくなったはずだ。

 いや、おかしくなっている。

 今おとなしく座っているのは、赤いベレー帽をかぶっているからだ。

 この太った科学者少年は、ベレー帽をかぶると美しい物にしか賞味を持たない、冷静な人物になる。

 シエロから見れば、それは我が国の独立には役に立たない存在だ。


 目の前の光景は、シエロの十八年の経験をはるかに超えていた。

 視界を埋めるのは、無数の立体映像モニター。

 それを食い入るように見つめる、地球人と未知のテクノロジーを使う者たち。


 口元に牙の彫刻が入ったマスクをつけた少年少女。

 背の低いメカ少年、都丹素 巧・レイドリフト1号と、銀髪のスレンダーな魔法少女、狛菱 武産・レイドリフト2号が見るのは、今シエロ達がいるチェ連製量子世界の地図だ。

 そこに、敵味方を示すアイコンが書き込まれ、駆けまわっている。

 シエロは、アイコンという言葉は知らず、点だと認識している。

 赤い点が敵・チェ連で、緑の点が味方・PP社だと予想した。

 その地図を、2人は叩いたりなでたりしている。

 スマホやタブレットのタッチパネルと同じ動きだ。

 そのたびに小さな立体映像が現れたり、文字や数字が現れたりする。

 小さな立体映像は、戦場のど真ん中で撮影された映像と音を送っていた。

 兵器や兵士が撮影し、送ってくる情報。

 IT技術が進歩しなかったチェ連の電子機器では、多数の情報を並列処理することさえできない。

 成れないながらも映し出される状況を見ると、勝負は決したように思えた。

 PP社の自社製品であり、人のイマジネーションをすべて受け入れる性能を秘めたドラゴンドレス・パワードスーツ。

 人型から、時にタイヤ走行に変形し、重装甲で敵を翻弄するオーバオックス。

 獣じみた4本足と、低空飛行させるジェットエンジンで、岩場も森も我が物顔で走り回るマークスレイ戦車。

 そこに、10式戦車が盾役として加わる。

 陸上自衛隊も採用する戦車だが、ここにあるのはPP社によって運用されるものだ。

 歩兵を運び、サポートする四輪駆動車も数多い。

 その上、量子世界は、地球のさらに手練れの量子プログラム、久 編美、オウルロードによって支配を奪われ続けている。

 山脈の要塞も、遠く離れた海軍の艦隊を攻撃するのも、リモートハックされたチェ連側の兵器だ。

 戦闘機に混じって戦車が宙を舞う。

 目標は割れたガラスの様にとがったふちの、青空に空いた穴。

 その向こうには夜の闇と炎に包まれたフセン市がある。

 現実世界への門、ポルタ。

 この世界を作った科学者たちが潜むという。

 ポルタのまわりの青空に、戦車が何台も何度もぶつかるような、デタラメな攻撃。

 レイドリフト1号と2号による指導は、シエロにはダメ押しのように感じられた。


 次に、アウグル・久 健太郎の受け持つモニターを見た。

 アウグルは、ぬいぐるみじみた丸い頭と、円柱に近い胴体と手足をした、黒いアーマーを着ていた。

 彼の見る映像は、だいぶシンプルだ。

 中心にチェ連がある惑星スイッチアがあり、その周りに無数の赤い点がある。

 赤い点は引っ切り無しに互いにぶつかったり、地上に落下したりしている。

 スイッチアの空を覆う戦いの残骸、デブリだ。

 その真っ赤な画面に、4つだけ緑の点がある。

 レイドリフト四天王と呼ばれる、最大の戦力を持つ者たちだ。

 四天王から、ミサイルか何かを示す小さな点が出る。

 それがデブリにぶつかると、デブリが移動する。

 画面では小さく見えるデブリだが、実際には一つひとつが数キロの全長を持つ宇宙戦艦のなれの果て。

 それらは互いにぶつかり合い、せっかく開けた空間を再び埋めようとする。

 もしこのデブリが地上にぶつかれば、直径がデブリの10倍はあるクレーターができ、巻き上がった爆風は被害をさらに拡大するだろう。

 その時、四天王を表す点が、一つに重なった。

 そして一直線に地上へ向かいだした。

 行く手を遮るデブリを蹴散らし、キリのように突き進んでいく。

「1号! あいつらヤケを起こしたようです! 」

 アウグルが言った。

 やはりそうか。

 シエロはそのすさまじさを想像すると、胃が痛くなる思いだ。


 最後は、レイドリフト・ワイバーン。鷲矢 武志が見るモニターに目を向けた。

 彼が見るのは、現実世界のフセン市の様子。

 だが、シエロの視線は武志の顔に、くぎ付けになった。

 マスクとゴーグルに覆われ、モニターの光に照らされた白い顔。

 その白さが、タオルで拭えばぬれそうな、何か得体のしれない何かに思えた。

 自分と彼らを隔てる物。

 これと同じものを、シエロは見ていた。

 武志の恋人でもある、達美の顔だ。

 彼女は一人になると、柔らかい布をとりだし、それを手でひたすらもむ。

 ネコの習性の一つ、フミフミだと智慧に教わった。

 赤ちゃんネコが、お母さんのおっぱいをまさぐって、お乳をだす。それを思い出す、子猫に戻る幸せなひと時。だと聞いた。

 だが、達美の顔は笑っていたが、その顔にかかる影は、それまでシエロが見たことのない不気味さを持っていた。

 タオルで拭けばぬぐえそうな、実体のある何か。

 心の闇。

 今の武志を照らす、光と同じ感じがした。

 

 そして、シエロは忘れていない。

 武志の目の前で、達美をののしったことを。

(ペチャパイ! アバズレ! ロリコンの餌食! )

 その直後、ロケット砲まではなった。

(どうしよう。ど、どうすればいい!?)


「武志君が、気になるかい?」

 不意に声をかけられた。

 しかし、顔を向けても姿は見えない。

 次の瞬間、何もない空間に無数の隙間が走った。

 隙間は空間をたくさんの長方形に切り裂いた。

 そして、空間を滑るように動き、景色をゆがませる。

 歪んだ空間から現れたのは、アウグルのぬいぐるみじみた姿だった。

「ウッ! 」

 シエロが驚き声を上げたのが、アウグルには面白そうだ。

「メタマテリアル。可視光線を含む電磁波を曲げる素材は珍しいかい? 」

 そう。今までアウグルの体を覆っていたメタマテリアルは、太い針金の様なレールで運ばれ、アーマーの中にしまわれた。

 丸いヘルメットを外し、現れた男の顔は、開いているのか、いてないのか、わからない細い目だった。

 やわらかく笑う顔からは、力強さや腱と呼べそうなものを感じない。

 戦場で戦う姿を想像できない。

 シエロには、この男も不気味だ。


「君、グラマーな女性が好みなんだって?」

 四天王が降下したことで、仕事は終わったと判断したんだろうか?

 アウグルは次々に質問をする。

 だがシエロは、答えられなかった。

 その意図がわからない。

 ハイというべきか、いいえというべきか。

 その後アウグルがどう返すか。

 何をされるか全く分からないのが一番恐ろしい。


「あげないよ。この子はまだ5歳なんだ! 」

 そう言ってアウグルは、足元にいたランナフォンたちを抱きしめる。

「あの、お父さん? 」

 困惑したような久 編美・オウルロードの声。

 そしてランナフォンの頭上には、幽霊のようにオウルロードの姿が映った。

 フクロウをかたどった兜。そして折りたたまれた銀翼。

 銀色の鎧に包まれた肢体は、確かに豊かでしなやかそうだ。

 だが、彼女は。シエロにすればコレは、量子プログラム。物なのだ。

 それを娘として可愛がる久夫妻の苦悩は、分からない。


 それより、見えない者に監視されている圧迫感の方が、わかりやすかった。

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