第16話 融和と痛み

『ドラゴンメイド、このまま市役所の監視を、たのめるか? 』

 1号の声がスピーカーから流れた。

「いいですけど、どうしたんです? 」

 達美=レイドリフト・ドラゴンメイドに断る理由はない。

 そこには戦うすべを持たない友達がいる。

『デッドエンドからの要望だ』

 デッドエンドとは、達美の兄。応隆のレイドリフトとしてのコールサインだ。

 だが今は、彼は傭兵企業PP社の責任者としてきているから、使われていない。

『量子世界の制圧作戦を、直接指導してほしいそうだ』

 1号が指揮ではなく指導という言葉を使ったのは、本来の指揮系統では1号に直接指揮権がないからだ。

『僕と2号でこれに当たる。

 ワイバーン。君は現実世界の市街地を監視してくれ』

『了解』

 達美が最も信頼する男性、鷲矢 武志は少しの緊張も感じさせず、そう言った。

『アウグル。オウルロード。宇宙への通信状況は?

 今、最も強力な制空戦力は四天王だ』

 久 健太郎、編美の父娘は、代表して健太郎が答えた。

『通信の信頼率は40%ほど。やはりデブリが多いですね』

 デブリ。すなわち、これまでの戦いでまき散らされた、戦いの残骸。

『大気圏突入にも、影響が出ています。

 大きなデブリをよけながらですから。むやみに動かすと、どこへ落下するか分かりません』

『だったら、ワープを使えばどうなの? 』

 一縷の望みを抱いた2号だが、その願いは無残にも。

『……無理ですね。デブリには細かな有害物質もあります。

 大気圏に突入するなら、吹き飛ばされますが、ワープでは巻き込んで地上に来ることになります』

 つまり、少なくともドラゴンメイドのメンテナンスが終わるまでは、皆で見物するしかないという事だ。


【城戸! なおしてやれるぞ! 】

 フセン市役所では、メイメイが喜び勇んで智慧の元へやってきた。

 智慧も希望を込めた笑顔で彼を見る。

 だがメイメイは、車いすの前で膝まづき、癒しのブローチをかざして、固まった。

 智慧の足は複雑骨折しており、硬いギブスで覆われているから。

【おーいブライセス先輩! ギブスを外してください! 】

 純白の羽を持つ異星人が目にもとまらぬ速さで駆けこんだ。

 その羽の中の手にあるものは、糸のこぎり。

 石膏と包帯の削りカスを巻き上げて、ギブスが寸断されていく。

 その下から現れた足は、長く使っていなかったため、やせ細っていた。

 縫い合わされた跡も痛々しい。


 その足に、癒しの光が降る。

 傷口が消え、痩せ細った足に肉がもどる。

 智慧は久しぶりに足に力を込めた。

 問題なく立ち上がり、どんどんと床を踏み鳴らして見せる。

【歩けるわ! リハビリもいらないのね! 】

 彼女はさっそく、車いすの下についた引き出しから靴を取り出し、履きはじめた。

 ブライセスの両肩にある目が、しきりに感心した様子で智慧の足を見て、続いてメイメイの腕を見る。

【さすが聖剣の騎士というべきか。本気で腕の再生をやったのか? 】

 ブライセスも、ファントムペインを使う方法には懐疑的だった。

【元・聖剣の騎士ですよ。それでもこのくらいは……。 ところで、このペンダントは異星人に使ったことがないんです。使えますか? 】

 ブライセスは答える代わりに、車いすの横に並んだ木箱に手をのばした。

 ふたのかわりに布がかけられている。その布を外した。

 木箱の中にはクッションが敷かれ、そこには腹に包帯が巻かれた小さな動物が横たわっていた。

 灰色の皮膚。体を支える4本のまっすぐな足。耳が大きく、鼻が長い。

 それは、ゾウだった。

 となりの木箱には、同じようにクッションに寝かされた、つがいのトラ。

 こっちは頭に包帯を巻いていた。

「どうしたの? この動物たち」

 オンライン、途中テレパシー変換で達美は聴いた。

【サーカスの動物たちだ。チェ連人達は、戦闘が始まると、動物たちを撃った】

 ブライセスの言葉は、怒りで震えていた。

【オリが壊れて逃げ出すと、危ないから。だそうだ。今はジルの力で縮小させている。

 メイメイ! この動物たちは地球と同じものだ。そのブローチの光も使えるだろう。

 さっきの智慧への光と見比べて、異星人に使えるかどうか判断する! 】

【わかりました】

 再びブローチに光がともる。

 力なく横たわっていたゾウとトラは、光を浴びたとたんに力強く立ち上がった。

 ブライセスが、嬉しそうに叫ぶ。

【使えるな! そのブローチにはめられた宝石は、間違いなく光を患者に合わせて調整してくれる物だ。

 ただし、一度に治せるのは、おそらく一人だけだ。忘れるな。1人だけだぞ】

 そう言われるのを、メイメイは承知していた。

【1人1人、想いを込めて。ですね。これを渡してくれた人にも言われた】

 そう言って2人は、患者たちに向かって駆けだした。


 テレパシーの送り主が、メイメイから智慧に切り替わる。

 その視界のなかでトラの夫婦が、木箱から抜け出そうとしている。

 しかし、智慧が阻んだ。

 木の板でふたをして、重りに割れたレンガを置く。

 木箱は隙間だらけだから、窒息の心配はない。

【さてと。私は病院食づくりに行こうかな】

 智慧も、そういって歩みだした。

 スイッチアへやってきてすぐに足を折り、直接攻撃力も持たない智慧は、ずっと生徒会の専属コックをやっていた。

 どんなに日本と共通点があるスイッチアと言えども、同じような料理は思いのほか少なかった。

 ダッワーマという料理部の部長はいたが、彼がほかの仕事があるので手が回せない。

 それで彼女が、あてがわれたチェ連人コックと共に街を駆けまわり、生徒会になじみのある味を探し求めていた。

 その努力だけで、ちょっとしたラノベシリーズができるだろう。


「ところで、みんなの家族やゲストのみなさんは? 」

 達美の質問に智慧は。

【秘密のシェルターのかくまったわ。

 総理達と一緒にね。

 こういう時は、政府の存続を最優先にするべきだと言うしね。

 護衛は生徒会長と副会長。ボルケーナ人間体】

 達美はシェルターと会長、副会長は知っていたが、ボルケーナ人間態については知らなかった。

 まあいい。


 達美は、フセン市役所の皆がうまくいくように祈った。

 そして、今の自分に目を向けた。

 歪んだジェットパックに四苦八苦していたアームだが、ようやく取り外しに成功している。

 たちまち、達美の胸の内側が空になる。

【うわぁ。あんたも大変ね】

 智慧に心配された。

 次にアームが伸びたのは、腹の中身だ。

 そこに収まっていた、ひしゃげた金属製の小箱を、今度はスムーズに抜き出した。

 その中身は、食物をエネルギーに変える、消化器官ユニット。

 小さな弁当箱サイズの中に、人間で言えば食べ物を細かく砕く胃と、栄養を吸収する小腸を兼ねた人工内臓が収まっている。

 そして小箱の表面には、三つの首を持つ犬、ケルベロスの絵が描かれている。

 茶色い毛皮に大きな目。丸っこくディフォルメされているのは達美の趣味だ。

 その下に書かれた文字は「υγε?α」

 これは魔界ルルディに伝わる7つの魔導印の一つ。

 イギアと呼ばれ、食に関する状況を操作する。

 文字はギリシャ語と同じ字と読み方だが、ところどころに”?”が入っている。

 この”?”マークが、ルルディが発見した魔導印の根幹だ。

 言葉の中にあえて謎を意味する?マークを入れることで、元の意味以外の次元から超常現象を引き出す源とする。


 古代のルルディの人々は、それを人間の持つ7つの欲としてまとめた。

 未来から現代へ影響を与える概念を思い描くとき、そのイメージを統一させることで、集中させ、いわば川の流れを分けて7つの方向へ向けるように、制御してきたのだ。

 この場合、食欲から転じて健康をつかさどる魔法が掛けられている。

 このほかには、美をつかさどるウサギの絵と「καλο?」の文字が入ったカロス。

 挑戦をつかさどる狐の絵と「πρ?κληση」の文字が入ったプロクリスィ。

 憂鬱をつかさどるフェニックスの絵と「κατ?θλιψη」の文字が入ったカタスリプスィ。

 義憤をつかさどるユニコーンの絵と「θυμ??」の文字が入ったスィモス。

 憧れをつかさどる人魚の絵と「θαυμασμ??」の文字が入ったサヴマスモス。

 誇りをつかさどるグリフォンの絵と「περηφ?νια」の文字が入ったペリファニャ。

 達美のパーツには、実験のために、これらの魔導印が刻まれている。

 誇りは歌声をつかさどる人工声帯。美は左わき腹のエレキギター用アンプに。

 義憤は両腕のプラズマ兵器に、など。


 達美は、これで破損パーツの取り外しは終わったのを確認した。

 次は、新しいパーツを取り付ける。

 先ほどはランナフォンもつかめなかった手に、新しい物がついた。

 ダウンロード中の新しいソフトウェアは、まだ75%。


 そう思ったら、システムから動きのリクエストがきた。

{右足を上げ、つま先も上げてください}

 そのとうりにすると、ずれたパーツの隙間から銃弾が落ちた。


 智慧は怪我人が寝かされたホールを横切り、大きなドアが開けっ放しになっている、調理場に入るところだった。

 そのときだ。

【バカかあんたは! 】

 叫びがとどいた。

 膨大な土砂や資材で作られたシェルターでもある市役所を、揺るがすような男の声。

「だ、誰がバカですってぇ! 」

【達美! 市役所からよ! 】

 智慧の言うとうり。

 調理場のドアがある壁の一番奥に、もう一つドアがある。

 このドアは、先ほどユニと巌がクミを連れて入った物。

 外界から完全に遮断される、地下シェルターに繋がっている。

【下がって! 下がってください! 】

 叫びながらドアに近づく少年。

 予知能力者の黒木 一磨だ。

【そのドアから危険人物が出てきます! 】

 だが、周辺の人々は彼が予知能力者だとは知らない。

 その場で困惑するだけだ。

【そのドアから離れて! 離れてください! 】

 一磨に続いて叫びながら駈けつける少年。

 同じ学園のジルだ。

 2人は、その場にあった車輪付きベッドを動かし始めた。

 動けない人を少しでも遠ざけるために。


 メイメイも一磨とジルに続く。

 だが、その手の中で変化が起こった。

 黒光りする鉄の棒が、勢いよくのびだした。

 長さは1メートルほど。

 その先端に鋭い刃が現れる。

 それは槍だった。


 メイメイ、熊 明明の能力は、どんな異能力法則であっても、対応しきる能力。

 達美達の地球では、概念宇宙論による異能力がほとんどだが、宇宙には、他に様々な異能力がある。

 地球の平行世界であっても違う事がある。

 空気中の霊子と呼ばれるエネルギー物質を取り込むことで力を使う世界。

 本人の遺伝子情報により、脳の中の思考が異なる現実を作り出し、力となる世界など、様々だ。

 メイメイはその能力により、あらゆる世界の異能力を高出力で発動できる。

 それゆえ、幼いころから異世界から召喚され続けていた。

 本人からしてみれば、誘拐だ。

 それでも、彼はその召喚をチャンスに変えた。

 さまざまな世界のアイテムを集め、それを発明家である自分のイマジネーションの源としたのだ。

 今では、コレクションは誰でも使える装備となっている。


【ハッケ! 来い! 】

 槍の調子を確かめるように頭上で音を上げて振り回しながら、もう一人の名を呼ぶ。

 その声に答えたのは、智慧の車椅子だった。


【イエス。マスター】

 新たな声。電子音声だ。

 それはメイメイの声とそっくりだ。

 それも当然。メイメイからサンプリングしたからだ。

 金属の留め金が外れる音、細かなモーター音がひびき、まず横の車輪が跳ね上がった。

 車輪は勢いよく回転する。

 すると、タイヤはローターとなり、下降気流を生み出した。

 車いすが宙に浮く。

 機械音はさらに激しくなる。

 車いすの車体から。折りたたまれていた長いパーツが飛び出す。

 パーツは手足となり、人の形になった。

 人間のバランスからみると、細長い手足だ。

 手足は金属に紺色のペンキを塗った、重々しい質感。

 だが、シートのデザインと合わせて見れば、それは魔術学園高等部の男子制服と同じデザインに塗られているとわかるだろう。

 背もたれの裏から飛び出したのは、頭だ。

 バイクのフルフェイスヘルメットを思わせる。

 車いすとしての車輪は、ヘリコプターのプロペラの様になって背中に。

 背もたれは胸。腰掛は腰から膝を覆う。


 ハッケは、メイメイが作った情報管理ロボットだ。

 名前の由来は、占いにおける森羅万象を意味する「八卦」

 それとメイメイの母校であるマサチューセッツ工科大学の伝統的いたずら「ハック」をひっかけた。

 れっきとした3年B組の生徒であり、図書委員会委員長を務める。


 ハッケは無人になったドアの前に降り立ち、人間たちと隔てた。

 その時、地下シェルターへのドアが勢いよく破られた。

 中から、一人の男が顔をだす。

【我に武器を与えよ! 】

 よろけながら、それでも叫び、力を示すように拳を振り回す。

 そのさまは手負いの獣が荒れ狂っているように見えた。

 だが、男のそれはゆっくりした動きに過ぎない。

【――グフッ】

 ハッケが首の後ろをつかんで引くと、一瞬で倒れた。

 男は不思議な体勢になった。

 足はドアの上くらいの高さで動かなくなり、頭は床に押しついている。

【失礼ですが、引きずり出させていただきます。

 まっすぐ寝ていただかないと窒息してしまいます】

 男と対照的に穏やかな声で、ハッケが話した。

 そして、ドアの向こうから男の足の先を引きだした。

【離せ! はなせ! 】

 男はその姿が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして暴れる。

 不思議な姿だ。

 足首から下、つま先からかかとまでが、自分の身長ほどもある。

 しかも、その足は銀色の鱗に覆われ、爬虫類のような形をしていた。

 間違いなく、地中竜の足だ。

【うわああああぁ! 】

 一喝。男はハッケの手をはねのけ、体を起こした。

 つま先立ちの様に足を延ばし、頭と肩を天井に打ちつけるような姿になる。


 同時に、メイメイの槍が襲いかかった。

 元々バランスがとれていなかった足に無数の切れ込みが走り、崩れ落ちた。

 傷から滲み出す血は少ない。

 手足をうすく切ることで戦闘力を奪う、彼の異世界冒険の成果だ。


【そんな! あれを破ったの!? 】

 智慧が、硬直したように立ち止まってそう叫んだ。

「あれって?」

 達美があわてて聴いた。

【ルルディ騎士団の黒い炎! 3種族があんまり暴れるから、黒い炎で固めていたの! 】

 それを聴いた時、達美の背に冷たい物が走った。

 魔法火。ルルディ騎士団が使う変幻自在にして強固な魔法。 

 自らの魔力を黒い炎に変え、空間そのものを書き換える、最後の切り札。


 達美は想像した。

 この男は、足首から下を硬化させた魔法火に覆われていた。

 それを、地中竜の筋力で引き抜いた。

 そして、彼を人間に擬態させていたボルケーニウムは衝撃に弱い。

 魔法火の拘束から逃れた時点で、擬態は破壊さる。

 どれほどの痛みだったのか。

 達美には想像もできなかった。


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