第15話 強さと運命

 まず達美は、数多くあるテレパシーのチャンネルから、智慧自身の感覚を選択した。

 先ほどの、エコーのかかった女性の声が気になったからだ。


 智慧やキャロ達のいるフセン市役所は、分厚い土砂でドーム状に覆われた、巨大なシェルターを兼ねている。

 智慧たちがいるのは、その一階ホール。

 広々とした全面コンクリートの空間を、体育館にあるような高圧水銀灯の強い光が照らしている。

 そして、外は夜。

 冷たい空気の感覚を予想していたが、その空気は熱く吹き込む風だった。

 市役所の正門は、戦車を受け入れることもできる大きなシャッター。

 それが大きく開かれ、その向こうの街から、燃える火事の風が迫ってくる。


 ホールは車輪付きベッドで埋め尽くされていた。

 けが人や病人をのせたまますばやく運べ、足を折りたたむとそのまま救急車に乗せられるベッドだ。

 それに乗っているのは、地球人やチェ連人のような人間ではない。

 昆虫の様な表皮を持った者、額から角をはやした物。

 身長が5メートルにも及ぼうというかという人もいる。

 異星人。

 地球とは違う星で進化をした、知性を持つ命たち。

 ホールには、力なく横たわる者や、それをいたわる者。慣れないながら、必死で彼らを救おうとしている地球人やチェ連人の医師で溢れていた。


 車いすの智慧は、その壁際で座っていることしかできない。

【家族に会えて、うちに帰れる日のディナーが、これだけなんて……】

 彼女のみじめさが、涙になって視界をにじませる。

 ギブスで固定された膝には、缶詰に入った乾パンとガラス瓶に入った水がある。それだけだ。


【あなた、そうよ、そうよ……】

 あの声の主は、智慧の目の前にいた。

 ペースト星人。

 魔術学園に留学生がいるので、すぐわかった。

 その異星人は地球人によく似た姿かたちをしている。

 鼻や口も、地球人にそっくりだ。

 だが、その頭の金髪からのぞくのは、黒くとがった耳。

 目は昆虫の様な、青い複眼。

 皮膚は真っ白で、ゴムのような光沢をしている。

 服は、彼らにとって高貴な色、黒で統一されたボディースーツ。

 声の主は、ペースト星人の女性の声だ。

 車輪付きベッドには、全身を包帯で覆われ、横たわる男性のペースト星人。

 それを女性のペースト星人が励ましている。

 2人とも、それまでの疲れが顔にしわとなって表れていた。


 ペースト星人の妻は、手に立体映像を映し出す小型通信端末を握っている。

 そこには小さく映し出されるのは、ペースト星人の青年だった。

 ペースト星人と言えば、チェ連の巨大火山をブラックホール砲で打ち抜き、スイッチアに惑星規模の寒冷化をもたらした。

 達美達、生徒会が召喚される直前のことだ。

 だが、目の前にいる夫婦の目は、優しさに満ち溢れていた。


 達美は、自分たちが通う魔術学園の理事長である、越智 進先生に感謝した。

 目の前のペースト星人が、老夫婦であることがわかるからだ。


 概念宇宙論。

 本来地球とは全く接点がないはずの、遠い宇宙や異世界の文明。

 それにもかかわらず、日本語が話されているなど、不思議な文明の一致が存在する。

 それを説明する宇宙理論。

 我々の感覚では、時間は過去から未来に流れる。

 しかし、20年前の異能力者発生現象により、それが間違いであることが分かった。

 異なる宇宙や平行世界へ行き来できる能力者がいる。

 彼らが、この世にある宇宙の法則を一つ解き明かした。

 それは、まず未来があり、それが過去に影響するという宇宙モデル。

 解き明かし、提唱した者は物理学者、越智 進。

 今は超次元技術研究開発機構、通称・魔術学園の理事長でもある。

 彼はこうも言った「遠い未来、今を生きる者達が死に絶えても、生き残る物。それが言葉や文字、芸術などの文化は残る。すなわち概念は残るのだ。今の時代は概念そのものが力を持ち、それを扱うのが異能力者なのだ」と。


【あのおじいさんは、20年間チェ連にとらわれていたそうよ】

 智慧の心の声がペースト星人の夫を指し、気の毒そうに説明した。

【ペースト星の外交官だそうよ。宇宙帝国の崩壊後、和平交渉のためにやって来た。

 でも、チェ連はそれを信じなかった。そして、宇宙人居住区に閉じ込めた】

「あの立体映像の人は? 」

 達美には、立体映像の青年は老外交官とそっくりに見えた。

【息子さん。迎えを送らないペースト星政府に失望して、テロリストに参加したらしいの】

 テロリスト!

 達美は、今夜のチェ連で月よりも明るく輝く、ペースト星人の宇宙戦艦を思い出した。

 魔術学園生徒会が協力し、真二つに叩き割った直径900キロの宇宙船。

 テロリストの持ち物にしては、大きすぎる気がした。

 だが、以前シエロから聞いた話を思いだした。

 宇宙帝国が健在のころには、同クラスの宇宙戦艦が何十、何百隻もあった。

 惑星を丸ごと火の海にすることができたらしい。

(一隻ぐらい、どこかに落ちていたとしても、おかしくないかもしれない)

 そう、思い直した。


「ねえ、智慧。このテレパシーをほかの人にも見せたいんだけど。このまま送り続けてくれるかな? 」

【あんた一人ならね。他へ転送するのは、自分でやってね】

「分かった」

【送り続けるのはいいけど、誰に見せるの? 】

「カーリ君とシエロ君」

【あの裏切り者達に!? 】

 智慧も達美のリサイタルで、チェ連人の少年たちにはあっている。

 だからこそ、彼女もチェ連人との信頼を信じていた。

 達美は送られるテレパシーが、怒りに燃えるのを感じた。

 だが、その怒りも、智慧が考えるたびに、落ち着いてくる。

【いえ……。いつかは分かること……。分からせなきゃならない事なのね。いいわ。送る。

 ただし、メカメンバーがいるところからは、彼らに頼んでね。私ひとりじゃ辛いから】

「うん、わかった」


 達美は送られてくるテレパシーを、猫の脳から量子コンピュータへ出力した。

 出力されたデータはおおもとの生徒会役員ごとに分けられ、視覚と聴覚、つまり見聞きした情報だけを抽出される。

 それは達美専用車の客室へ伝えられた。

 カーリとシエロ。そして1号、2号、ワイバーン、アウグル、オウルロードのヒーロー達は、準備を終えてイスに座っていた。

 天井に、ランナフォンに搭載されているのより大きな立体映像装置がある。

 何もない空間に、智慧から受け取った地上の様子を映し出す。

 それは、さながら何十年もかけて蓄積された毒素が、一度に噴出したよう。


 いくつか送られてくる映像の中で、最も大きく映し出したのは、フセン市役所の一階ホール。

 それを見た者は、痛ましさに胸を締め付けられるだろう。

 そんな中シエロは、慄いた表情ながら一階ホールの映像に奇妙な点を見つけた。

『密閉空間なのに、いろんな方向から風が吹く。しかも赤い風だ。これはなんだ? 』

 達美は監視カメラとマイクで感じたシエロの言葉に答えた。

「覚えてないの? ブライセスとティッシー・泉井よ」

 達美は不満げに言った。

 智慧が向けた視線の先には、異星人が寝る車輪付きベッドの一つがある。

 眠る異星人は、腹を大きく引き裂かれていた。


 そのベッドのそばに、一人の真っ白な異星人が立っている。

 身長は2メートル弱。2本足で立つ、地球人に近い姿勢。

 だが首は無く、肩に目が、その間に鼻と口ばしがある胴体。

 両腕は大きな羽がついていて、それが今、患者の前で目にもとまらぬ速さ動いている。

 同時に、隣にいた医師が持つトレーから、メスや薬品など、医療機器が次々に消えたり現れたりする。

 かと思えば、ジャグリングの様に周りを飛び交うハサミもある。

 見る見るうちに切り裂かれた異星人の腹が、閉じていく。

 信じられないスピードだ。


 この速さの秘密は、翼異星人の白さと直結する。

 宇宙の、ある領域でしか採取できない特殊物質・タキオン。

 光粒子は秒速30万キロメートルで真空を突き進む。

 タキオンとは、光量子よりも早く運動する粒子で、地球では異能力者発生現象以前には確認されなかった粒子だ。


『ワタレ-星人、ですか? 』

 好奇心を発揮したカーリの言うとおりだった。

 彼らの体には、物質を曲げると内部の次元も曲げる、ワラレウムという特殊物質でできた、ワタレウム導管という器官がある。

 それは血管の様に体中を巡り、タキオンを導く。

 ワタレ-星人は、タキオンを全身に駆け巡らせることで、自分と外の世界の物理法則を完全に切り離すことができる。

 その効果は、使う者に通常時間とは違う時間を与え、何百光年も離れた恒星間の旅も、数日で完了させる。

 そうやって、渡り鳥の様に宇宙を旅する種族なのだ。


 達美が説明する。

「3年A組学級委員長。ブライセス。黒髪ストレートのお姉さまなら覚えてるかしら?

 20万歳のベテラン医師だけど、あまり現場にいすぎても技術や知識が古くなるから、10年間は様々な異能力者がいるところで勉強するために、魔術学園にやって来たの」

 カーリの顔がうらやましさでゆがむ。

 達美はその表情を見て、これまでの仕返しに利用できると考えた。

「魔術学園には、そういう異星人がやって来るの。

 普段は地球人に擬態したり、同じようなサイズに変わる面倒はあるけど。

 高校の後に大学へ進むもよし。他の大規模な、それこそ宇宙規模の学校へ行く人もいるよ」

 達美のもくろみは成功した。

「ボルケーナも、以前は働いていたけど、高校から入って大学に進んで、そして仕事に戻ったの」


 ブライセスの隣に、金色の髪を頭の後ろできつく団子にしている、小柄な少女が駆けこんだ。

 そして、突き出した白い手から、赤いガスに見える可能性指向空間を生み出し、傷を覆う。

【科学部部長。ティッシー・泉井。

 能力はスカラー・ブースター。

 どんな可能性も100%にできるすぐれものよ。

 今は、けが人の治療成功率を、100%にしてもらってる】

 智慧のテレパシーがそう言い終える前に、患者の傷は完全にふさがった。

 ブライセスはティッシーを、これからは両手で抱え上げて移動することにしたようだ。

 次の患者へ向かう。


【シエロ! カーリ! てめえら! 】

 突然、テレパシーに割り込んでくる声があった。

 男の声だ。

【てめえらもボルケーナ先輩に泣きつくパターンか!? 情けねえな】

 割り込んだ声は、達美専用車にもスピーカー越しに伝わっている。

 シエロが答える。

 さすがに普段より上ずった声だが、わずかに威厳が残っていた。

『単なる、真脇 達美の習性だ』

【へえ、それは命拾いしたな】

 割り込んだ男の声には、明らかに侮蔑の響きがあった。

 超常の視線が、強制的にさらわれる。

 連れて行かれた先は、意外と近く。

 フセン市役所の扉のすぐ内側だった。

 視線の中に、黒い肌と生徒会の中で最も低い身長を持つ体育委員長、キャロライン・レゴレッタがいる。

 けが人がいれば、ここから彼女の瞬間移動で運び込むのだろう。

 2人の男子生徒がいる。

 1人はジル。1年A組の学級委員長。

 もう1人は優男の予知能力者、生徒会書記の黒木 一磨だった。

 ただし彼の予知能力と言えど、状況が目まぐるしく変わる今では、数秒先のことしかわからない。

 だったら、ここでキャロの手伝いを。という事だろう。


【俺だよ! 熊 明明だよ! 】

『フガフガ! 』

 ユウ メイメイ、と名乗ったテレパシーの主。

 その後にはなぜか、口に何か加えているような聞き取りにくい声が入った。

 テレパシーに、プロフィール画像に使われるような小さな顔写真、のようなものが送られてきた。

 アジア系で若若しい顔。

 金色の髪だが、これは染めた物だ。

 短く刈り込み、エッジを効かせて上にはね上げている。

 その耳には赤、青、黄、金など、様々な貴金属や宝石のピアスが並ぶ。

 がっちりした顔立ちと相まって、チンピラどころではない、本物の猛獣のような雰囲気。

 さっそく達美が説明する。

「2年B組学級委員長 。熊 明明(ユウ メイメイ)。

 14歳でマサチューセッツ工科大学……地球で最高レベルの科学者を何人も輩出している大学なの。そこを14歳で卒業したすごい発明家にして、異能アイテムのコレクターなの。

 能力は、どんな異能力にも対応できる力。

 それと、集めた異能アイテムを使うこと。

 今使っているのは、テレパシーを使える青いピアス。口にくわえているのは、傷を治すことができるブローチ。

 でも、何で口にくわえてるの? 」

 広大な異能力データベースを持つ達美にはわかる。

 ブローチは、本来手に持って使う物のはずだ。

 そして、メイメイの足元には、やたら生々しい2本の義手。彼には両腕がなかった。


【ユウ! 何やってるのよ! 】

 智慧のテレパシーが飛んできた。

 その声に、恐怖と驚きが満ちている。

【見りゃわかるだろ! 火を見て、ファントムペインを感じてるんだよ!! 】

『フガフガ』

 達美は言われて気付いた。そして、ぎょっとした。

 メイメイの額には、気味が悪いほど汗が浮かんでいる。

 視線は痛みのためか、しっかり定まっていない。

 それでも、燃え続ける街を見つめている。


 市役所のまわりは、大規模な火災でも火が追い付かないよう、空地になっている。

 その設計は見事に成功していた。

 空地には、パーティーの残骸が、そこかしこに散らばっている。

 カラフルなテントは、サーカスが行われるはずだった。だが、今は空っぽ。

 壁となって並んでいた花が、無残に倒れて折れ曲がっていた。

 その向こう。街には送電線が焼け落ちたのか、電気の明かりは全くない。

 街の建物は夜闇の中に溶け込み、火に照らされうっすら見えるだけだ。

 フセン市役所は自家発電装置があり、それによって電気が使える。

 

 メイメイは説明を続ける。

【俺の腕は、2か月前にチェ連の攻撃を受けて、燃えちまった。

 智慧の足もその時だ。

 それ以来、火を見ると失ったはずの腕が、失った時と同じ熱さと痛みを感じるようになった。

 それがファントムペイン。脳には体の各部分を動かす、部分がある。それは、担当する部分を失っても消えることはない。

 つまりだ、本物の腕は無くても脳が腕を感じているなら、腕でしか使えないアイテムも使えるんじゃないか?】

 達美は、それを半信半疑で聞いていた。

 カメラに映る専用車の中でも、メイメイの視界も、そんな顔で満ちている。

 

 しかし、不思議なことは起こった。

 支える物のないはずのメイメイの制服の袖。

 それが肘の部分から持ち上がっていく。

 現れたのは、二つの金色の光だった。

 その光が消えた時、現れたのは血色豊かな2つの手。

【見ろ。腕が生えた! 】

 口から出たブローチは、ハートにカットされた赤いクリスタルを、銀色のバラの花がつつんだデザインだ。

 それが、指の間のしわさえない、赤ちゃんのような手に受け止められる。

「【『うそぉ!!!! 』】」

 いくつもの驚愕の声が重なる中、メイメイは智慧の元へ駆けだした。

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