第14話 チタン骨格の呼び声
レモン色に輝く自分専用の装甲車。
その持ち主であるドラゴンメイドは、ドアを一瞬だけ開けて手をタイヤにかざした。
キッスフレッシュ装甲車がのる、アスファルト道路の切れ端。
それに、オウルロードがやったリモートハックを行う。
アスファルトを覆う輝きはピンクからレモンに変わりタイヤを固定した。
重量10.4トンの車体が空に浮く。
外の様子は、装甲の隙間につけられた小型レーダーや、カメラでわかる。
ドラゴンメイドは、すべての方位に何があるか。薄い建物の壁なら、その向こうまでレーダーで把握できた。
レモン色の塗装は気に入ったが、光学迷彩の類はついていないらしい。
光学迷彩とは、周囲に合わせて迷彩の柄を変える技術だ。
精度が高い物になると完全に透明に見せることもできる。
自分の専用車を自由に動かせる自信がつくと、ゆっくりと加速させながら、空を登らせる。
前後左右、自由に動かせたが、それをやると中の人が酔いそうなのでやめた。
今は街や山の陰に隠れながら、要塞を目指すことにする。
ドアを閉めようとしたが、手の関節がうまく曲がらない。
レバーを引き寄せ、回して固定するだけの作業に、普通の二倍近い時間がかかってしまう。
気を取り直して、自分に渡されたMGL140グレネードランチャーを手に取った。
砲弾を収めるシリンダーを回し、次弾を装填するためのゼンマイをまく。
そして、直径40ミリの砲弾ケースに収まった投擲型ランナフォンをコンテナから取ろうとするのだが……。
「あら? つかめない」
掌は、すでに銀色の金属剥きだしではない。
ボルケーニウムで覆われ、完全な人間の形に戻っている。
ボルケーニウムを、指先からのばしてみた。
タコの様にフニャフニャの指にしたら、つかめる。
だが不自由な事には変わりない。
「達美ちゃん、メンテ受けてきなよ。装填は僕がしておく」
自分の装填を終えたワイバーンが、手を差しだして言う。
「メンテナンススペースは、ここの輸送席と運転席の間。左のドアだよ」
ドラゴンメイドは、ワイバーンにランチャーと、今まで着ていたジェットパックを渡した。
「うん。行ってくる」
ランナフォンを一つ持って向かうことにした。
ランナフォンのコンテナをまたぐ。
他にも、アウグルや1号が持ち込んだ大きなコンテナがシートを占領し、シートベルトで固定されている。
2号をよけ、椅子に座るカーリタース・ペンフレットと、今のダメージを与えてたシエロ・エピコスの間を通った。
ドラゴンメイドは、思いっきり2人を睨みつけてやった!
だがシエロは、睨み返すわけでもなく、背筋を伸ばし、まっすぐ前を向いているだけだ。
カーリタースも、赤いベレー帽をかぶっている間は同じ姿勢をしている。
それが、ドラゴンメイドには不満だった。
しかも、自分の彼氏であるワイバーン=鷲矢 武志も、何の反応も見せない。
だが、ハイパースペクトルカメラで見ると、それが誤解だとわかった。
ワイバーンのゴーグルについた赤外線ライトが、2人に照射されている。
しっかりにらみを利かせてくれているのに安心して、ドラゴンメイドはドアをくぐった。
その時、オウルロードが支配したチェ連の戦闘機隊が、発進を開始した。
エンジンの轟音が、キッスフレッシュの装甲を突き抜けて響く。
運搬席と運転席の間には、およそ1メートルの隙間がある。
最後のドアを閉めると、そこは人一人が立てるだけの白塗りの空間。
ドラゴンメイド専用の、メンテナンススペースが設けられている。
オウルロード専用車では、投擲型ランナフォンと、砲塔の収まるスペースだ。
誰もが憧れるアイドル、真脇 達美の白く、張りのある肌。
その均整の取れた小柄な体つきは、猫耳としっぽのイメージと合わさって、子供っぽい。
人間なら、花が咲く直前のつぼみを思わせる、これからの美しい成長に思いをはせたくなる姿だ。
だが達美自身は、この姿が好きではなかった。
思えば、同じメカによるアイドルの久 編美は、会うたびに女らしさが増している気がする。
あちらは量子プログラム、こちらは機械であり、アップデートの手間暇は格段に違うのは理解している。
それを差し引いても達美は、2人の体型の差は製作者が両親として接するか、兄として接するかの違いではないかと思っていた。
いつか、自分たちを超えていってほしい久夫妻と、いつまでも手元に置いておきたい兄の差。なのだろうか。
(私も、大人っぽくなりたいのに……)
だが、妹の心、兄知らず。
(ボルケーナが地球にいる間に話して、お兄ちゃんに説得してもらおうかしら?)
そんな関係ないことを考えながら、整備を進める。
まず、壁にはめ込まれたバケツ。
ここに手を突っ込み、皮膚や髪の毛などを構成するボルケーニウムを、赤い液体に変えて移す。
たちまち彼女の姿は、チタン製骨格がむき出しの骸骨じみた姿になった。
続いて魔術学園の制服を、引きちぎるように脱ぎ始めた。
制服は、それまで見えなかった焼けあとや穴が開き、ぼろ衣に変わっていく。
これまでの戦いで制服は破れ、ボルケーニウムでつなぎ合わせていたのだ。
スカートなど、腰回りのベルトしか残っていない。
壁にあるゴミ箱の蓋をあけ、それに捨てた。
視界には、部屋のシステムから脳へ直接データを送る、ブレイン・マシン・インターフェイスによって送られたウインドウ。
修理と更新の、実行とキャンセルの選択だ。
当然、実行を選ぶ。
選択肢は、進行表示バーに変わった。
「バーチャル・チェックを画面表示して」
視界に、自分の全身図と、さらに詳しい故障具合が表示される。
現実世界では、壁に備えられたハッチが次々に開く。
メンテナンスが始まったのだ。
ここで彼女はレイドリフト・ドラゴンメイドではない。
非力な、真脇 達美だ。
壁の中から自動で何本ものアームが伸びてくる。
特に太いアームは達美の体が倒れないよう、細い腹を包み込む。
首の後ろに差し込まれたホースは、脳に酸素と栄養を送るってくれる。
壁からは緑のレーザーが全身に降り注ぎ、その反射具合からカメラが、パーツの欠損やゆがみを調べる。
続いて、小さなアームが次々に飛び出した。
取り替えるべきパーツを支え、ボルトなどを外す。
だがその一部が、シエロに破壊された背中のジェットパックの前で、途方に暮れたのかぐるぐる回っている。
衝撃で折れ曲がり、通常の方法でははずせなくなくなっていた。
結局、モーターで回転する円形のカッターが、火花を散らしながら切りはじめた。
ジェットパックを支え、角度を調整する油圧サーボ。
その黄色いグリス油がもれだし、足元にたまりだす。
耳に響く、ジェットの轟音。
達美には床に広がるグリス油を見ると、それが血に見えた。
ジェットの轟音が、車の音に聞こえる。
彼女がサイボーグになるきっかけとなった交通事故が、嫌なのに思い起こされる。
あの時、達美は赤毛の猫、タツミだった。
猫の目には、赤い色は黄色く見える。
あの冬の日、道路に流れた自分の血は、思い出の中では黄色。
アスファルトの硬さ、冷たさ。
けたたましいエンジン音。鼻を突き刺すような排気ガスの異臭。
それなのに動けない、痛みと、血の中でつぶれた自分の足。
だがその記憶をあわてて振り払う。
そして自分に言い聞かせる。ここは2年前じゃない。事故現場の道路じゃない。
達美はその記憶を、淡々とした物に変えようと試みた。
そうだ。今の自分の意思は、ほとんど兄からもらった量子コンピュータによるものだ。完全にコントロールできるんだ! そう信じながら。
だが、おちつかない。
その上、アームで固定された体は動けない。
すなわち逃げられない。
思いだされる生命として根源的な恐怖が身を震わせる。
気を紛らわすために、電話をかけることにした。
「オンラインへ接続してちょうだい」
オウルロードによる世界支配の一つ。こちらから電波を発信しても、敵には位置がわからない。
ここが現実世界ではなく、量子コンピュータでコントロール可能な世界。
オウルロードは世界の物理法則さえ書き換え、電波を拡散させることなく、指定したランナフォンにだけ照射する。
それこそ、有線ケーブルに近い感覚で。
生まれたネットワークは、入り口のトンネルを通り、現実世界へ伸びていく。
地球側では、20年前の異能力者発生現象と、それに興味を持った異世界人、異星人に触発され、発展した科学技術がある。
未知なるものを積極的に取り入れることで、それまでになかった選択肢を得たのだ。
量子コンピュータも、その一つだ。
一方、スイッチアは50年前に異星人からの侵略をうけていた。
それに対し、スイッチアではチェ連という国にまとまり、手作業で維持できる兵器と地上戦という自分たちの技術的不利を埋めてくれる戦いを選んだ。
そのような世界では、その内に世界を内包さえできる量子コンピュータ技術も、軍の演習に使われる世界を維持するので精いっぱい。臨機応変な対応ができない。
地球側では、最新技術より少し古い技術でも役だつ使い方をする。
生徒会のスマホには、危機的状況でも安全に通話するためのアプリが入っている。
スマホのタッチパネルを触ると、心拍数をはかるアプリがある。
それと同じ原理で、スマホを服などに入れているなら、持ち主の心拍数を調べる。
普通の人間が命の危険にさらされると、心拍数は1分間で175回にもなる。
訓練されたなら、70~100回。
魔術学園の生徒会なら、70~100回の方。
それ以下なら、安全なところにいるはず。
もし、電話の相手が敵から隠れている時に、電話が鳴ったらたいへんだ。
達美は相手を、キャロライン・レゴレッタに選んだ。
キャロの心拍数は、普通。
「キャロ? 今どこ? 」
一瞬、電話の向こうから息をのむ音が聞こえた。
『フセン市役所! そっちは?! どこに居んのよ!? 』
小柄ながらパワフルな体育委員長は、あわてた声で呼びかけた。
「空に、ポルタが見えない? その中に量子ワールドがあるの。私達に隠れて、あんなの作ってたのよ! チェ連の科学者たちは! 」
達美は怒りながら、カーリタースから聞きだしたことについて語りだした。
メンテの雑音は車内には鳴り響いている。
だが、ブレイン・マシン・インターフェイスで行われる電話には流れない。
『それで? あんた、高すぎて降りられなくなったの? 』
キャロの異能力はテレポーテーション。
そんな彼女らしいジョーク。
その声は、達美から乗り移った怒りに震えていた。
「いいえ、ただいま大ダメージで大修理中です」
達美には、こうして話を聞いているだけでも、多くの情報が聞こえてくる。
猫は元々、人間の聞こえない音を聞き分ける。
壁の向こうを歩くネズミの音さえも。
しかもサイボーグボディには、雑音を消して電話から漏れ聞こえる声でもピックアップする機能がついている。
彼女の脳をサポートする量子コンピュータは、違う仕事を並列処理する能力に優れている。
車の運転と並行して、会話に耳を澄ました。
そんな会話の間、キャロの周囲から聞こえる音は。声は。
プラスチックのボールが、いくつもコンクリートの床を転がる音。
『あなた! もう大丈夫よ! 』
女性の声だ。
ただし、ボイスチェンジャーでうすくエコーをかけたような、不自然な声。
『ずっとあなたを待っていたの! この星に和平のためのために旅立ったあなたを! 私を置いて行かないで!! 』
達美には、予想外の事態だ。
女性の叫びは続く。
『ほら、あなたの息子よ。あなたを迎えに行くのにテロリストになるなんて! 叱ってやってください! 』
「そっちも、いろいろ複雑なようね。もっと詳しく教えてくれない? 」
『それなら、智慧の方が早いよ。ちょっと待って! 』
城戸 智慧。保険委員長のテレパシスト。
今、チェ連の攻撃により車椅子を余儀なくされている彼女だが、今回ならうってつけだろう。
やがて、電話から亜麻色のショートボブの少女が叫ぶのが聞こえた。
『THE Student Council! Attention!! 』
生徒会の注目を集めるのは分かるが、なぜ英語?
達美は疑問に思ったが、その効果は確かだった。
フセン市役所だけではなく、市街地中に展開したTHE Student Councilたちが五感で感じた事が、テレパシーで次々に送られてくる。
生徒会全員ではないのは、情報の並行処理の面では嬉しい誤算かもしれない。
残りのメンバーなら、送られてくるいくつかの視界に映っている。
地球にもスイッチアにも生まれていない異形。
彼らが夜の闇と、街を焼く炎の間で駆けまわっていた。
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