第13話 キズナ砲弾

 ワイバーンは続いて、カーリタースを軽々と頭上に持ち上げた。

 カーリタースは、しっかりと帽子を両手で押さえている。

 そう確認すると、猛然と外に放り投げた!

 2人のサイボーグと人工知能が、放り出された人を追う。

 リズムのよい機械音が重なり、ジェットエンジンから力強い流れが噴きだす!

 そこは谷に面した道路側。

 道路を飛び越えれば、険しい山肌に張り付く森。

 翼をいっぱいに広げる。

 重力を加速に変え、杉の先端をかすめて下りていく。


 そのすぐ下では、青いバリアに守られたカーリタースが、ゴロゴロと転がる。

 この世界を作った科学者は、管理者権限によって、攻撃や遠心力など、ありとあらゆる衝撃から守られる。

 ただし、この量子世界が無事な間だけだが。


 4人が飛び出した直後、砲撃が防空要塞の分厚い装甲に次々に当たり、真二つに吹き飛ばした。

 砲撃は4人を追って、と言うより要塞のまわり全体を吹き飛ばし、火の海に変えていく。

 要塞の下を走る道は100メートルほど進むと、山脈の向こう側へとつながるトンネルに入る。

 生徒会が正午過ぎに通ったのと同じトンネルだ。

 今は、現実世界と量子世界をつなぐ入口になっている。

 いまは爆炎で何も見えない。


 最寄りの砲撃は、2人の進行方向から襲ってきた。

 道路から山に向けて、高々と大砲を上げた砲塔がある。

 フリソス戦車と同じ車体を使った、より大きく、遠くへ砲撃する兵器、アツァリ自走砲。それも4台。

 ワイバーンが両手を進行方向へ突きだした。リモートハック。

 両腕を左右へ広げると、車列の中央2台は左右へひっくり返り、砲塔も引っこ抜けた。

 直後、カーリタースにも、リモートハック。

 空中で軌道を変え、引っ張り上げ、脇の下に手を通して持ち上げる

 前方には、谷が徐々にすぼまりながら、待っている。


 巻き添えにされたアツァリ自走砲の生き残りが、まだ動いている。

 ドラゴンメイドは、そのうち一台に飛び降り、砲塔の上で重機関銃を操作していた人形兵士を引っこ抜いた。

「たのんだよ、編美ちゃん」

 抱えていたピンクのランナフォン。

 それを放り込もうとした時、砲塔内部の人形兵士がピストルを突きつけた。

 思ったより細かい動きだがドラゴンメイドは、その銃撃を余裕でよけたのち、ランナフォンをハッチに放りこむ。

 たちまち、自走砲にピンクの光が走った。

「あと1台! 」

 残った一台を同じ目に合わせると、ワイバーンの後を追った。


 残されたアツァリ自走砲へ、6輪駆動するリトス兵員輸送車が向かってきた。

 砲塔には30ミリ機関砲がついている。

 周りには10人の歩兵が。

 うち二人は、肩撃ち式のロケット砲を持つ。


 オウルロードは、すでに自走砲を支配していた。

 主砲を迫りくる敵へ向け、2門同時に火を放った。

 砲弾の衝撃波は路面を割り、木々を揺さぶり、雪を巻き上げる。

 次の瞬間、近づいていた歩兵と軽装甲の輸送車は、跡形もなく吹き飛んだ。


 2人のレイドリフトは、じりじりとせまる谷の中で10メートルまで合流した。

 猛スピードで岩肌や木々が迫る。

 こんな狭い谷では、突風が吹きこめば複雑な流れとなり、軌道を簡単に狂わせる。

 カーリタースは、そのための保険だった。

 彼を先頭にしている限り、風はどこまでも穏やかで、木々は勝手に曲がってよけていく。

 それでも、軌道を上げて敵から丸見えになるのも嫌だった。


 サイボーグの視界には戦場の様子が電子の地図に上書きされている。

 望めば各ランナフォンの撮影した映像を見ることもできる。

 音声通信も自由自在だ。

「予想外です。量子兵器からメインプログラムへのルート切断がはやいです」

 オウルロードのあわてた声。

「ですが、量子兵器はこれでも利用価値がありますね。

 これからは、これを作戦のメイン戦力に据えます」


 視界に新たな映像が送られてきた。

 要塞横の、量子世界と現実世界をつなぐトンネル。

 それを内側から見た映像だ。

 その視界は爆炎で覆われていたが、ピンクの衝撃とともに吹き飛んだ。

 瓦礫だけではない。土埃も、通行や視界を妨げる物はすべて。

 火山の噴火口のようにボロボロになったトンネルが現れた。

 そこから、色とりどりの装甲車とロボットの一団が飛びだす。

 先頭を行くのは、ピンク色の装甲車だ。

 それに続くのは、メイトライ5とPP社。

 味方の増援だ。


 その増援に、砲撃が撃ち込まれた。

 信じられないことに、あの爆撃でも生き延びた敵はいた!

 山に逃れたか、運よく直撃を免れたか。

 とにかく、分母が多ければ分子も多い、という事だろう。


 しかし、敵の機甲部隊は何もできないままひっくり返っていった。リモートハックだ。

 ピンクの装甲車のうえには、リモートコントロールが可能な40ミリ自動グレネードランチャー。

 砲弾は、円筒形のショック吸収形態のランナフォンを、専用ケースに包んだ物。

 道路を駆け上がる、身動きの取れない機甲部隊には、発射されたランナフォンが真上でパラシュートを開き、襲いかかった。


 ドラゴンメイドとワイバーンは、その装甲車を知っていた。

 キッスフレッシュ。

 名前の由来はキュッキュンバー・ホースフレッシュ。お盆に飾られる、きゅうりのウマである。

 オーバオックスから人型への変形機能をはずし、手足の構造を4本足に転化することで、走破能力の高い車両として作られた。

 ウォータージェットエンジンもついているため、水上でも走ることができる。

 乗員は一人。輸送できる人数は十人。

 だが、このピンクの車両は、人工知能による操作が可能だった。

 すなわち。

「わたしの専用車両です」

 オウルロード。ひいてはランナフォン専用車。


 ランナフォン専用車にひっくり返された、道路の外にいた機甲部隊。

 彼らは、そのまま後方部隊の目隠しになる。

 一般に戦車の装甲でうすいところは、上と後方、そして、底。

 丸見えになった底から、砲弾がおさめられている砲塔後ろへ、一直線にレールガンの連射が撃ち込まれた。

 松瀬 信吾マネージャーが駈る、オレンジで飾らせた全高2.6メートルの人型ロボット、オーバオックスの一撃。

 貫かれた砲弾は、次に入り込んだIRSのレーザーの熱で燃え上がった。砲塔を吹き飛ばし、その先にいたフリソス戦車に衝突した。

 それに続くのは、ミカエル・マーティンの赤いオーバオックス。

 山肌から駆け降りる人形歩兵に、大きな丸い物を投げた。

 丸い物が雪腹に着地すると、大きな鉄のばねがはじけ、大きく広がった。

 そのばねには、鋭いカミソリのような歯が無数についている。

 小さな歩兵をいちいちリモートハックするわけにはいかない。

 有刺鉄線で十分だ。

 

 トンネルからは、さらに多くのPP社が飛び出してくる。

 先鋒は3台のマークスレイ。

 シェットエンジンによるホバー走行で、雪原でも自在に高速で動き回る。

 リモートコントロールできる砲塔の25×40mm低速グレネード砲塔から放たれるのは、対装甲兵器用の炸裂弾。

 砲塔にM2キャリバー.50重機関銃を搭載した車両もある。

 車体前部に収められているのも、M134ミニガン。

 放つのは、破壊力のある、鉄の弾。

 後に続くのは、人型を追求した大型パワードスーツ、ドラゴンドレス。

 歩兵のドラゴンマニキュア部隊を満載した、土色で大ぶりの4輪装甲車が何台も続く。

 オシュコシュ L-ATV。

 アメリカ軍の採用した、主力装甲車ハンビーの後継車両で、市販もされている。

 共に、リモートハックと銃撃を駆使しつつ、前進する。

 彼らが戦っている間に、ドラゴンメイドとワイバーンは、狭い谷を通り抜けた。

 2人が飛び出すと同時にプン! と、鳴る小さな爆発音。

 谷を抜けた時、道連れにしていた空気が一気に解放されたためにおこった音だ。

 新幹線がトンネルから出た時などに、聞かれる。


 だが、チェ連の初期的量子コンピュータはその隙を見逃さなかった。

 5秒と待たず、機関砲の弾幕が迫る。

 敵もさる者。対空車両が、なかなか急な坂道で陣取っていた。

 弾幕は、サイボーグをとらえることはできない。

 飛行機とは比べ物にならないほど小さい体で、思考をダイレクトに反映させる縦横無尽な機動でよけきった。

 だが、対空車両は対空ミサイルを積んでいた。

 迫りくる2本のミサイルは、音速をこえている!

 ワイバーンは、掌だけをミサイルに向け、リモートハックを試みる。

 ミサイルは、機動を大きくそらし、地面に突っ込んだ。

 だが、ここからはそうはいかない。

 あの、フセン市を見下ろす山岳要塞だ。

 案の定、山肌から無数のミサイルが噴煙を上げた。

「達美ちゃん! チャフ! 」

 ドラゴンメイドが着るオプション・ジェット・パックには、ミサイルを誘導するレーダーを迷わせるアルミ片や、熱監視センサーを迷わす熱源、すなわちチャフを散布することができる。

 それをまく直前、ドラゴンメイドはワイバーンを追い越し、無数もミサイルの間に割り込んだ。

 ワイバーンの目が、ぎょっとして見開かれる。

 ドラゴンメイドが、自分の盾になるとは思わなかったからだ。

 止める間もなくチャフが散布される。

 ミサイルは、チャフに轢かれて、森にはずれていった。

「また来る! 」

 ドラゴンメイドの言うとうりだ。

 10発目がだめなら、20発目、30発目。というわけだ。

 このままではチャフが尽きてしまう!


 その時、幾筋ものレーザーがミサイルを貫いた。

 振り向くと、緑と銀、2機のオーバオックスが下半身を4輪駆動にして、両腕のIRSレーザー砲を撃ちながら山肌を駆け下りてくる。

 スキーマとイーグルロードだ。


 これでメイトライ5が全員そろった!


 2人について、レモン色のキッスフレッシュが随伴する。

「レモンの車両は、達美の専用車ですよ」とオウルロード。

 高い走破性能だ。

 というより、エクストリーム・スノーボードのように、雪を滑り降りてくる。

 足を持つ車両とは、ここまですごいことができるのか。と、空を飛ぶ者達は自分たちの不明を思い知った。

 木を揺らしながら、3台の味方はまっすぐドラゴンメイドの方へやって来る。

「助かるぅ! 」

 ドラゴンメイドは嬉しくなった。


 だが、すぐに合流は無理だと悟った。

 3台のすぐ後ろで、白い雪が黙々と舞い上がりながら、木々を広い範囲で揺るがし、下りてくる。

「雪崩だ! 」

 ワイバーンがそう言う言った時、要塞が雪崩に巻き込まれた。


 だが、その雪崩は味方の車列さえ飲み込みそうだ!

 3台の前に、レイドリフト2号の魔方陣が現れた。

 3台はそれを踏み台にすると、トランポリンのように飛び上がり。山肌を駆け上がった。

 山の尾根に飛び乗ると、雪崩をやり過ごし、その後は尾根を走りだす。

「そうだ」

 ドラゴンメイドは、自分の専用車についている電子線機能を検索してみた。

 昔ながらの無線、Wi-Fi、リモートハック機能。

「タケ君、私のキッスフレッシュにもリモートハック機能があるよ。

 カーリ君を預かってもらおうよ」

 確かに、カーリタースの巨体はワイバーンの両手をふさいでいる。

 今は管理者権限により、重さや空気抵抗といった影響は与えない。

 とはいえ、邪魔ではあった。

「今の達美専用車には、パパ……アウグルと1号、2号、シエロ君が乗っています。空きは十分です」

 オウルロードの説明に、カーリタースは安心したように言う。

「わたしを抱えていては、自由に手が使えないでしょう。願わくば、この景色を壊さないように戦ってください」

 ドラゴンメイドは、その心に少しだけ共感した。

「分かった。私が見ている」

 カーリタースは、安心した顔になり、ワイバーンが手を離した。

 ドラゴンメイド専用車からのリモートハックは、レモン色の光だった。

 光はカーリタースを巨大な滑り台のようにのせ、おろしていく。

 

「あれ? ボルケーナさんは? 」

 ワイバーンが聴いた。彼にとっては、ボルケーナは達美のいとこのお姉さんと言ったところ。

 だから、さん付けなのだ。

 確かに、さっきまで散々戦っていたボルケーナ分身体がいないのはおかしい。

 それについて、オウルロードが、残念そうに答える。

「彼女の持つ身体的、異能力を含めた精神的情報量は、この世界では多すぎました。

 触手を一本入れたところで、先端から激しい火花が散り、量子世界が維持できないことが確認されたのです」


 カーリタースが車についた。

 キッスフレッシュの天井が観音開きになっている。

 中から現れたヒーロー達が、カーリタースを中に招いた。


「それにしても、オーバオックスと言いキッスフレッシュと言い、マークスレイと言い、PP社もメイトライ5もずいぶんゴージャスになったのね。何があったの? 」

 下には山の空港。そこに並ぶ戦闘爆撃機隊を襲う、横殴りのプラズマ・レールガン。

 そんな光の嵐となったドラゴンメイドの能天気な質問。

 無線越しに、オウルロードが答える。

「すべて、あなた方、魔術学園生徒会が突然いなくなったからですよ。

 それ以来、日本の治安維持能力に疑問符が付きました。

 PP社とその関連団体も。

 そこで、助成金付きで徹底的な戦力強化がなされたのです」

 ドラゴンメイドは、その時、いきなり惨めな気持ちに襲われた。


 フセン市が見えた。

 あの街では、要塞を作る時に出た土砂で包んだ、掩蔽壕のような建物が目立つ。

 市役所のほかに、デパートや、一番大きなホテル。

 堤防のようなものが、道路を挟んでどこまでも伸びている。

 その堤防の中に、商店街の店が収まっている。


 フセン市の向こうに並んでいた宇宙船の廃棄場は、きれいになくなっていた。

 あるのは、牛や羊の大好物である草にあふれた広大な平原地帯。

 その向こうに、海がある。

 チェ連最大の工業地帯は、まだ遠い。

 きれいな砂浜だ。


「発見しました! 残りの科学者たち! 」

 オウルロードが叫んだ。

「目標は、上です! 」

 ワイバーンの足に収まったランナフォンから、ピンクの光が走ってそれを示す。

 もう、主だった飛行機はいないはず。

 ステルス機か? とも思ったが、それは違った。

 

 鋭い、割れ目があった。

 空に大きなガラスを浮かべ、ハンマーで割ったような、大きな穴だ。

 その穴が、震える。

 震えるたびに、ひび割れが広がり、割れた分は、さらに粉々になって消えていく。

 その向こうに見えるのは、本物のフセン市だった。

 いかなる次元のゆがみによる影響だろう。

 割れ目からのぞくのは、街を高い空から見降ろした光景。

 それが今まさに、燃え落ちようとしている。


「あのポルタが、突如現れた航空戦力の秘密なのですね」

 フクロウの顔をかたどった兜をかぶる、銀色の姫騎士。

 コンピュータネットワークにのみ現れ、今もスマホ画面から語りかけるオウルロード=久 編美。

 彼女こそ、チェ連製量子世界の征服者だ。

 征服者が指し示すものは、空にある。光あふれる自然豊かな量子世界と、夜の闇と火災に覆われようとしている現実世界が繋がる穴。


 ポルタ。

 今まで地球と異世界を結んで何度も開き、それに対処する民間企業、ポルタ・プロークルサートル社が活動することで、広まった名前だ。

 ポルタ・プロークルサートルはラテン語で“門の先駆者“を意味する。

 PP社と略され、ドラゴンメイド=真脇 達美にとっては兄の真脇 応隆が社長を務め、自分のボディの維持管理を行い、時々“仕事“にも駆り出される、わが社ともいえる。


 頭上のポルタは、ガラスの様に割れながら広がり、零れ落ちる破片は光を放ちながら消えていく。

「データの出力量が、あのポルタの周りが最も多いです。

 この世界に隠れたチェ連の科学者たちが、あそこにいるからだと思うのですが、どうです? 達美」

 空港への空爆をいったん止め、ドラゴンメイドの猫の目が、ポルタを確認する。

 魔力の流れ、そしてその源が見える。

「確かよ」


 ポルタへは、チェ連の航空機が続々と飛び込んでいる。

 強いエンジン推力を生かし、まっすぐ垂直に登っていくのは、カルコス重戦闘爆撃機だ。

 ポルタをくぐれば、燃え盛る現実のフセン市に先端から落下することになる。

 何割かは旋回行動もとれず、地面に激突するだろう。

 それさえ攻撃になる、無人機らしい使い方だとドラゴンメイドは思った。


 カルコス戦闘爆撃機の全長は21.5メートル。

 それから考え得ると、穴はすでに直径200メートルはある。

 現実世界側も黙っていはいない。

 人間の肉眼では見えにくいが、サイボーグたちのレーダーには、弾幕やミサイルが雨あられと降り注ぐのが確認できた。


 それでも量子で作られたチェ連空軍は諦めない。

 ポルタをくぐる瞬間にチャフやフレアをまく。

 チャフとは、アルミの破片など、レーダーの電波をあさっての方向に反射させるもの。

 フレアは、自らのエンジンと同じような高温で燃える、マグネシウムなどの粉末をまくもの。

 それらをまき散らすたびに、煙がポルタをおおい隠した。

 分母が大きければ、分子も大きい。

 その法則どうり、ポルタをくぐりぬける機影はあった。

 だが、運のない機影はバラバラになって飛び散る。

 その破片はポルタと同じようにガラス状に砕け、光となって消えていく。


 ドラゴンメイドは、ふと不思議に思って、山で破壊された兵器を見てみた。

 デジタルズームで見つけた戦車などは、実にリアルに燃え、ひん曲がり、残っている。

 ポルタ近くの戦闘機と、山の戦車。

 この差に関する答えは。

「どうやら、現実世界に近づいた量子兵器は、一度衝撃を受けるとエネルギーになるまで壊れるようです。

 世界の違いによる物理法則の差を、越えられないのでしょう」

 オウルロードの解析に、ドラゴンメイドは安心した。

「核兵器でもなんでも、破壊してしまえば無効化できるのね。よかった」

 だが、同時に疑問も浮かんだ。

「量子兵器って、再生とかしないの? 」

 そうだ。相手がプログラムなら、コピーと貼り付けでいくらでも増やせそうなものだ。

 それに対するオウルロードの答えは。

「そんなことは、私がさせません! それに、だんだん調子が出てきました」

「そっか」

 周りでは、これまで空港が送り出した戦闘機や戦闘ヘリが、敵を採ろうと集まってきている。

 ドラゴンメイドは安心して、アンテナとなった手を向けた。


 そんな彼女をめがけ、ミサイルの群れが殺到する。

 それをドラゴンメイドは、リモートハックでつかみ、発射した相手に送り返す。

 はたから見れば、両手を連続して前後に動かしているだけ。

 そのたびに広い空の中で、相手は小さな炎となって消えていく。

 空港を挟んだ空では、ワイバーン=鷲矢 武志が同じように戦い、そこでも小さな炎が飛び散った。


 そう、歴史的に見ても小さな炎だとドラゴンメイドは思う。

 建設的な意思を持たない、ずさんな計画を実行するためのタダの機械。

 そのくせ、訓練のためリアルを追求した結果、爆炎は煙たいし、音はうるさい。

 イラつかせる。

 さらに腹立たしいことに、生徒会を召喚したチェ連の科学者たちは、今まで自分たちの目を逃れ、この世界で隠れていた。

 そこで考えていたのが、こんなズサンな計画だったとは。


 すでにドラゴンメイドは、次の彼らの動きを予測していた。

 ヒントは空港のそばにある、観覧車を中心とした小さな遊園地。

 観覧車の回りに、上下差の小さいジェットコースターが、じゃれついている。

 ドラゴンメイドも、噂には聞いたことがある。

 30年近く前まであった遊園地だ。

 エピコス師団長が、子供のころに遊んだだろう場所。

 現実世界では宇宙からの攻撃でなくなり、スラム街になっている。

 カーリタースが、過去の再現にどれだけ拘ったのかがよく分かる。

 それだけ過去に拘るなら、要塞には、あれがあるはず。


『こちら要塞の探索部隊。電磁波探知機に反応』

 オートゾックスな無線で、メイトライ5の松瀬 信吾マネージャーから報告が流れた。

『要塞地下に、直径約50メートルの高エネルギー体が4つ。

 対宇宙レーザー砲だと思われる。

 これより、破壊を試みる』


 対宇宙レーザー。地上から宇宙空間まで射程に収める、光の槍。

 生徒会が召喚される数年前に、隕石の波状攻撃によって破壊された、スイッチアの守護神。

 その隕石攻撃の影響が、現実世界で山を下りる際に見た、ブドウ畑のため池や、遊園地跡地だ。


「ドラゴンメイド! ワイバーン! 空港の航空機は私が預かります!

 空港の入り口で合流しましょう」

 オウルロードが、次の指示をくれた。

 眼下の空港には、未だに手つかずの戦力が多数集中している。

 滑走路には垂直離着陸ができるスフェラVTOL戦闘爆撃機や、レフコクリソス戦闘ヘリ、シデーロス輸送ヘリ。

 空港のまわりは高さ10メートルの土壁がぐるりと回る。

 入り口にはフリソス戦車が。内側にはリトス装甲車。そして間を埋める歩兵隊が不動の守りとなっている。

 ドラゴンメイドとワイバーンは、その兵器を丸ごとではなく、数台ごとに破壊することで、全体的に足止めしていた。

「わたしたち、お邪魔だったかしら? 」

 ドラゴンメイドのとぼけた質問に。

「いえ、誰がやっても同じだと思います」

 オウルロードはおちゃらけて答えた。


 ドラゴンメイドは、それまでの旋回軌道から急降下に切り替え、空港から距離を取り、地上に降りた。

 一般に航空機は、着陸する直前に、最も地上からの攻撃に弱くなる。

 降りやすいように、少しずつ高度を下げれば、簡単に軌道を読まれてしまうからだ。

 

 空港の周りはブドウ畑。家もまばらで土壁には木も生えている。

 ドラゴンメイドはふと、カーリタースがマラソンする姿を思い浮かべた。

 彼も、研究だけでなく、ここで走り込めば少しは痩せたのだろうか。


 そんなことを考えながらも、速度を飛行時から大して変えることもなく、土壁沿いをジェットと足で走ろうとした。

 だが、さすがにダメージがたまっていた。

 どうしても、左右にぶれてしまう。

 それでも土壁沿いに走って入口まで向かうと、戦車部隊の御出迎え。

 彼らは、微動さえせず守りを続けている。

 ドラゴンメイドは、彼らの射程圏に踏み込み、そのまま近づき、ぶつかるぎりぎりになってからブドウ畑に隠れた。


 空港は今、ピンクに輝く球形の結界に覆われている。

 電波の中心は、空港のど真ん中上空に浮かぶ、トンボ型ランナフォン。

 結界は、ドラゴンメイドが隠れる畑まで覆っていた。

 結界に触る。堅い感触で阻まれた。

 今はこの空港全体が、オウルロードの支配下に置かれているのだ。

 先ほどのドラゴンメイドの空爆で吹き飛んだ航空機。

 その煙が、オウルロードの結界によって途中からで断ち切られ、結界の内部では固まっていた。


 ブドウ畑は、空港へ続く道路を挟み、その向こうにも続いていく。

 向こう側のブドウ畑が、風もないのに小さく揺らいだ。

 揺らいだブドウ畑で、ワイバーンのゴーグルがちらりと輝く。

「タケ君」

 安心を込めて、短い無線で答える。


 そう思っていたら、レーダーに高速で近づく物体をとらえた。

 かなり大きい。

 それが、山から滑り降りるように近づいてくる。


 敵味方識別装置が、味方と教えてくれる。

 レモン色に塗られたキッスフレッシュ。

 それが、道路から引きはがしたのであろう分厚いアスファルトに乗って、空中を飛んでいた。

 オウルロードが、アスファルトを操っている。

 まるで空飛ぶ絨毯のように、2人の前の道路に滑り込んだ。

 レモンのキッスフレッシュは全長9.9m、全幅2.45m。

 これが自分の専用車だと言われても、ドラゴンメイドは思わず威圧されてしまう大きさだ。

 それをこれから、自分で動かさなければいけないのだ。

 だが、ドアは手動で開けられる。


 後部に観音開きのドアがある。

 勢い良く開き、そこに黒いボディアーマーを着た二人のヒーローが顔を出した。

「ワイバーン! ドラゴンメイド! 早くこい! 」

 素人目には同じに見えるかもしれない。

 だが、レイドリフト1号=都丹素 巧は小柄な男子中学生で、アウグル=久 健太郎は大人の男性だ。

 今のはアウグルが叫んだのだ。

 アーマーのデザインも違う。


 1号は、式典で着ていたロングコートを脱ぎ、体型にフィットした、体を小刻みに守るアーマーを着ている。

 頭を守るのは、耳まで覆うヘルメット。スキー用ゴーグルのようなデザインで、視界に情報を映し出すディスプレー。口に牙の並んだマスク、面頬。


 アウグルは全身、円柱をつなぎ合わせたアーマーを着ている。

 胸や腰、腹回りも丸いアーマーの組み合わせで、頭は完全な球形だ。

 肥満体の様なアーマーだが、アウグルの正体にして編美の養父である健太郎は引き締まった体型をしている。

 このアーマーは彼の持つある能力を、文字どうり下支えするための物だ。


 ワイバーンとドラゴンメイドがレモン色の装甲車に飛び込む。

 真新しいペンキの臭いがした。

 ドラゴンメイドの、いやアイドルチーム・メイトライ5のギター兼ボーカルである真脇 達美の専用車。


 中は、ベーシックな……と言っても、国際的に見てもそれほど種類は無いが、水陸両用の兵員輸送車。その兵員輸送スペースそのものだった。

 チェ連が生徒会をのせていた、リトス装甲輸送車とほぼおなじレイアウト。

 ただし光は明るいLEDで、内装は明るい緑色。落ち着いた雰囲気にまとめられていた。

 左右の壁に背を預け、向かい合う形のイスは、リトスよりは多少はマシなクッション。

 一番奥の席に座っているのは、シエロとカーリタースだった。

 手錠もなく、ただシートベルトだけをして。

 

 座席の下には、水中で使うウォータージェットエンジンがあるため、隙間は無い。10.4トンの車体を時速120キロで泳がせる。


 床のゴムマットには、まだ傷一つない。

 その端にはロープを縛り付ける鉄の輪が固定され、それは今、大きなオリーブ色のコンテナを固定していた。

 レイドリフト2号=狛菱 武産が、そのふたを開ける。

 雪のように白い肌と、長い髪。

 ツインテールだった髪は、今は頭の後で団子状にまとめている。

 赤く輝くひとみ。

 スマートな体を包む、しなやかでいて丈夫さを備えた、黒いレザーアーマー。

 それに刻まれた白い魔界文字は、着た者の魔力によって自在に動く。

 口を覆う、レイドリフトの証。1号とおそろいの面頬。


 コンテナの中に収められている物は、直径40ミリの擲弾。すなわち、射程が約200メートル、当たった目標を拭き飛ばす砲弾に似ていた。

 実際、彼女が横に置いているのはMGL140グレネードランチャーだ。

 口径40ミリの砲弾を6連発できる、巨大なリボルバー。

 だが、そのコンテナに書かれているのは、[投擲型ランナフォン]

 ランナフォンを40ミリ擲弾と同じ要領で打ち出すための、ケースに収めた物だ。

 

 1号とアウグルがMGL140グレネードランチャーを持っていた。

 ドラゴンメイドにそれを渡したのは、1号だ。

「弾頭はランナフォンです。急いで装填してください」

 そう言って1号は、自分のMGL140を持ち、その巨大なシリンダーを跳ね上げた。

 砲弾が収まるところだ。

「装填する前に、シリンダーを回すゼンマイをまきます」

 ゼンマイとは、昔のおもちゃにしか使われない技術ではない。

 シリンダーを支える基部に、大きなゼンマイがある。

 それを手で回しながら、1号とアウグルは説明する。

 そして、ランナフォンをコンテナからだし、ランチャーのシリンダーに収めた。

「今の空港と兵器は、オウルロードが鹵獲してくれます。

 その兵器と共に、要塞を攻め落とすのです」

 この作戦が成功すれば、要塞を黙らせることができる」


 ドラゴンメイドは、「わかった」とだけ言って、それに従った。

「友達を打ち出すんですか?! 」

 1号の後では、アウグルとワイバーンが同じようなやり取りをしている。

 作戦に異論を唱えたのは、ワイバーンだ。

 それに対してアウグル=久健太郎、久 編美の養父は。

「そうだ。だから君に任せる」

 ドラゴンメイドの装甲の下。

 真脇 達美の心に温かい物が広がった。

 この人は、鷲矢 武志という人間は、機械とか人とか関係なく、夢を持つ者を守ってくれる。

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